荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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邂逅×3(若気の至り、遭遇・・・・・そして悪夢)

走って……走って……

 

 

走って走って走って走って

 

 

 

走って走って休んで走って走って飛んで

 

 

 

走って走って走って走って!

 

 

 

結構走りましたが……

 

 

 

まだ海につかねぇ

 

 

 

幽州より旅立ち、俺は基本走っていた。

台車の分があるため普段よりも遅く、さらに気力と魔力の出力は体力を考えて抑えめにはしていた。

それでも気力と魔力を併用しての俺が走って、まだつかないとは思わなかった。

 

大陸ひっろ

 

さすがはもっとも大きな大陸……俺の世界のと同じだったらという前置きがつくが……と言っていいだろう。

実に広大だった。

広大ではあるが……あまりたいした物もなく荒野が続いているだけで辟易していた。

途中黄巾党の連中と出くわしたりもしたが、そのことごとくを俺は気力で気絶させて放置した。

普段ならば殺しに来た連中など殺し返すのだが……刀が抜けないことで殺すことはせずにその場で放置していた。

そのまま放置の場合下手をすると死ぬこともある……といっても半日ほど気絶させているだけなのでそうそう死にはしない……だろうが、その辺は深く考えないでおく。

 

そうしてひたすら走っては黄巾党どもを気絶させ走って、黄巾党どもを気絶させて走って……を、日に数度繰り返し、それが一ヶ月ほど経っていた。

俺は緊急的に補給が必要な場合を除いて、可能な限り小さな村にはよらないようにしていた。

何せ俺の荷物には食料が……種も含めて……ある。

そして俺には賊を追い返すだけの力もある。

故に面倒ごとになるのが目に見えていたからだ。

食料については自生している植物や木の実、果物、川などを見つけては魚をとり、蛇に虫も食した。

 

これぞサバイバル……

 

とまぁ、それなりにこの大陸で楽しくはないが、あまりつらくもない生活を送っていた。

たまに襲われている弱い存在を助けたりして、そいつの村に送り届ける等を行っていたので、まっすぐ東に向かえていないが、それでも海に近づいていると信じていた。

それでも噂というのは馬鹿に出来なかったらしい。

というよりも、噂というのを俺が甘く見ていたというべきだろう。

便利すぎる時代に生まれたが故の弊害と言うべきだろうか?

噂は確かに噂だが……それでも情報として十分に貴重なものであるということを失念していた。

 

俺側だけでなく……俺に興味を抱いている存在から見てもだ……

 

 

 

 

 

 

「へぇ……賊にただの一人も死なさずに気絶させる、荷車の男ね……」

 

その声は実に澄んでおり、そして聞く者を自然と萎縮させるほどに、覇気が込められた声をしていた。

無論本人はただ自然に言葉を発しただけだ。

それだけで畏怖させる人物は陣地の天幕の中で……簡素ではない椅子の上に腰掛けて微笑んでいた。

名を曹操。

この大陸の覇者となるために、尽力している少女だった。

 

「はい……。私たちが街や村で入手した話と、兵が斥候に出て荒野で無傷のまま倒れている黄巾党を捕縛したのはすでに三度目です。実際にいると考えても不思議ではない状況です」

 

椅子に座り、妖艶の微笑んでいる少女のそばに立つ少女……荀彧は、自らの敬愛なる主である曹操に恭しく報告を続けていた。

 

「報告ではどれもが数十人規模の賊の群れでした。捕らえ拘束した賊の話では、武器も持たずに一人の男が賊たちを返り討ちにしていたということです」

「武器も持たずに……そんなことができるのか?」

 

その荀彧の報告に驚きの声を上げたのは、一人の少年だった。

昼間とはいえ天幕の中にいて尚、光るかのような白い衣装を身にまとっている。

どこか垢抜けなさを見せるが、それなりに鍛えていることが服の上からも判断できる程度には身体が引き締まっていた。

その少年……一刀が自らの報告を遮ったのが気にくわなかったらしく、荀彧が露骨に顔を歪めながら一刀を睨み付けた。

 

「出来なくはないでしょう。あの馬鹿だってやろうと思えば出来ると思うわ。というか私の華琳様への報告を邪魔しないでよ!」

「ご、ごめん」

「いいのよ桂花。一刀の疑問ももっともだもの。でもそれだけじゃないのでしょう?」

 

報告を促す曹操……華琳の言葉には自らの部下に対する信頼が見て取れた。

まだ報告すべきことがある……つまり情報を得ていると信頼しているのだ。

その信頼を理解しており、その信頼が嬉しくて桂花は頬を赤らめて、笑顔になりながら……陶酔しているかのようで若干危ない笑顔だが……報告を続けた。

 

「はい華琳様! ただ不思議なのがこの荷車の男の移動速度です。早馬でもこれほどの移動速度を出せるはずがありません。複数人物が同じ行動をとっているとも考えられますが……行動は一貫して東に向かっています。また目撃情報が一度出たところは再度出現しておらず……正直何が目的なのかわかりません」

 

早馬よりも早い速度……ね……

 

荷車を引きながら早馬よりも早く駆けるというのがあまりにもうさんくさかったが、それでも信じるに足る物証がいくつもあった。

傷一つなく、荒野で倒れている賊たち。

いくつかの村から話を聞いた際の、荷車の男に心から感謝しているという言葉と態度。

そして格好が一目でわかるほどに奇異だという。

噂話は噂である……と断言するにはあまりにも物証がありすぎていた。

当然だがこの時代には車、飛行機等の文明の利器である機械のたぐいは一切ない。

移動手段といえば徒歩が主であり、馬に乗れるのは軍人や商人といった、それなりに裕福な存在だけだ。

早馬すらも超えた速度というのは、非常に興味をそそられる存在だと言っていい。

この時代では情報のやりとりも、早馬を飛ばすのが最速の方法だ。

つまり早馬よりも早く駆けると言うことは、それだけ情報伝達能力が向上することを意味する。

妖術や化け物といった線も曹操の頭の中に思い浮かんだが……男であるという報告はあがっている。

そのため曹操はうさんくささよりも、それ以上に有益であると判断した。

 

「それで、まさか正体不明な存在の噂話を私に聞かせたくて、こんな報告をした訳じゃないのでしょう?」

「もちろんです華琳様!」

 

挑発的に妖艶に微笑む華琳の表情がたまらなく愛おしい……そう全身から好き好きオーラを発しながら、荀彧は報告をさらに続けた。

 

「先ほど斥候に向かった部下が視察に行った村に、荷車の男に助けられた人物がいたので話を聞いたところ、その荷車の男は我々が向かっている砦に向かったようです」

「そう……それは好都合ね」

 

そう嬉しそうに微笑むと、曹操は立ち上がり自らのそばで報告していた荀彧のあごに指をはわせて上向かせ……自らと視線を絡め合わせた。

 

「私のためによくやってくれたわ。今夜、私の閨にいらっしゃい。ご褒美をあげるわよ」

「はい! 華琳様! ありがとうございます!」

 

主である曹操の言葉に、それはそれは嬉しそうに、荀彧は身体をくゆらせながらうなずいていた。

そんな様子を……一刀は乾いた笑みを浮かべて見つめていた。

 

しかし一人で賊を殺さずに撃退するなんて……どんな男なんだろう

 

荀彧の報告にあった男。

同じ男として一刀は興味を抱いていた。

自らが剣術をやっていたこともあって、完全な素人ではないが真剣の戦闘など想像もしたことがない。

一刀からしたら、この世界の……賊を相手に武器もなしで戦って勝てるのが、信じられなかったからだ。

 

「何を呆けているの一刀。すぐに移動の準備を行いなさい。その荷車の男に会いに行くわよ」

「あ、あぁ。わかったよ、華琳」

 

曹操に言われて、一刀は自分の部隊……輜重部隊に指示を出しに向かっていった。

そんな自分の部下でもあり、気にいっている男である一刀を微笑ましく見ながら曹操……華琳は実に好戦的に笑みを浮かべた。

 

荷車の男……いったいどんな男なのかしら?

 

曹操は軍令に従い、賊討伐に向かっている最中だった。

古い砦に住み着いた賊がいるため、命令を受けての行軍でありその砦へと向かっている最中だ。

そして因果と言うべきか、それとも必然か……。

荷車の男もその砦へと向かったという。

 

賊相手とはいえ、たった一人で賊が占拠している砦へ。

 

普通に考えれば無謀だ。

賊が占拠出来たと言うことは、うち捨てられた砦ということがほとんどだと言って良い。

実際その砦はすでにうち捨てられて時間が経っており、完璧に機能しているとは言い難い。

だがそれでも腐っても砦なのだ。

塀も堀もあり、ぼろくなっているが門もある。

夜風が防げて根城にするには実にもってこいの場所だった。

 

そして報告が正しければその男は一人で砦へとつっこんでいったという。

 

ぼろくなったとはいえ砦に一人でつっこむのは自殺行為だ。

数十人の賊を無力化できるとはいえ、砦にいるというのはそれだけ攻めるのが難しくなると言うことだ。

そのため曹操もそれなりの数の兵を連れて来ているのだ。

普通なら無謀にも、死にに行ったのだと認識しただろう。

 

だが曹操は……華琳はそうは思わなかった。

 

確かに砦につっこんでいくのは無謀だが、それでも砦の制圧が出来るから向かったのだと、なぜか曹操には確信にも似た思いがあった。

その男には勝算があって砦へと行ったのだと思えた。

 

会ってみたいわね……

 

男にこれほどの興味をそそられたのは初めてだった。

庇護欲と自らを驚かせた男はすでに自らの陣営に加えている。

ならばその愉快な男がどの程度のものなのか……

 

見ておいて損はないわね

 

休憩し、情報収集をしていた陣地を引き上げて、いざ進もうとしたそのときだった……。

 

 

 

物見に見た斥候が、砦がすでに陥落していると……報告に来たのは。

 

 

 

「何ですって?」

 

さすがにその報告には曹操も驚きを隠せなかった。

それは行軍していた全ての兵も同様であり……武将である夏侯惇に夏侯淵も同様だった。

 

「馬鹿な、ぼろくなったとはいえ砦だぞ? それがたった一人の男に敗れたというのか?」

「……にわかには信じがたいな」

 

黒い長髪をなびかせながら手にした剣を握りしめる女性と、その傍らで驚いている弓矢を装備した短髪の女性。

夏侯惇と夏侯淵。

姉妹であり、曹操を補佐する頼もしき存在。

勇将と名高い二人が驚くのも、無理からぬ事だと言えた。

 

「ともかく急いで村へと向かうわよ」

 

曹操はすぐさま指示を出した。

半分ほどの兵を砦へと向かわせて、黄巾党の捕縛をすること。

そして残りは話を聞くために村へと向かったのだ。

するとそこには……

 

「ほーいあわてなくても量はある。早い者勝ちじゃないから落ち着いて食え。あわてて食べると死ぬ可能性が高いからな。本当にゆっくり食え」

 

炊き出しをしている異様な格好をした男の姿があった。

 

「え? あれって……革ジャン!?」

 

革ジャン?

 

そばで騎乗してついてきていた一刀の驚く声と、その意味のわからない言葉を聞いて顔をしかめたが、すぐに曹操はその単語の意味を理解した。

 

一刀の不思議な言葉と言うことは……天の国の……

 

「んん? 学ラン?」

 

その一刀の言葉が耳に入ったのだろう。

配給をしている男が……一刀へと目を向けて驚いた顔をしていた。

 

 

 

これが一刀と荷車の男……刃夜の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

気配で大勢の人間が近づいてきているのはわかっていた。

大勢だったが統率がとれていたことで、俺は賊の可能性は真っ先に捨てていた。

 

どっかの軍が来たんだろうが……おせ~よ

 

と、俺は軍が来たのがあまりにも遅かったので興味など一ミリも抱いていなかったのだが……

 

「え? あれって……革ジャン!?」

 

ん?

 

軍が近づいてきていたが、それ以上に給仕が忙しかったため、俺は軍などそっちのけで給仕をしていたら、実にこの世界で聞くはずのない言葉を耳にした。

その言葉に俺は給仕の手を止めてそちらへと目を向ける。

そこには、行軍してきた軍の先頭にいる男が、俺を見て驚いているのが見て取れた。

ちなみに俺が公孫賛のところでもらった衣装ではなく、革ジャンの現代衣装を身にまとっているのは、戦闘を行うので念のため気を込めた防具を身にまとっていたからだ。

そして、そいつの服装を見て俺も驚いた。

 

「んん? 学ラン?」

 

そう、馬上の男の服装が……遠目に見ても学ランに見えたのだ。

真っ白い学ランというのも実に珍しいが……あの光沢はほぼ間違いなく化学繊維の反射だろう。

男が馬を降りてこちらに走り寄ってくる。

俺も相手がどんな男か知りたかったので、鍋から離れて……軍が近づいてきて村人たちはすでに逃げていて遠巻きにこちらを見ている……俺も男に向かって歩いた。

互いに手を伸ばせば届く距離になって……男の方から言葉を発した。

 

「日本?」

「東京」

「浅草?」

「雷門」

「学ラン?」

「セーラー服」

 

たったそれだけのやりとりで、俺と男は固い握手を交わしていた。

見た目から言って高校生だが、俺よりも年下だろう。

だがそれでも間違いなく同士であることは容易に想像できた。

 

「まさかな……同類に会えるとは思わなかった」

「俺もです」

「敬語じゃなくていいぞ。俺も高校生だから大して年は違わないだろ?」

「高校生!? とてもそうは見えないで……見えないけど」

 

まぁそれなりに修羅場くぐってるし……年齢的に見ればもう高校生じゃないしな

 

モンスターワールドに聖杯戦争。

俺の世界から旅立たされてからすでに二年以上の月日が経っている。

すでに成人している自分に、心の中で失笑するしかなかった。

 

「まぁいろいろあるさ。よろしく。俺は入寺刀月。真名は……そっちもないよな?」

「あぁ、俺もない。北郷一刀だ。よろしく」

 

互いの手を握る手に力を込めて、俺たちは笑いあった。

特に相手の北郷の笑顔は本当に嬉しそうに笑っていた。

年下で、しかも一般人でしかなさそうな感じだし、心細かったのだろう。

そうしていると後続の女たちも、兵に指示を出してから馬より降りてこちらへと向かってきた。

 

「ちょっと、一刀? 何を言っているの?」

 

そういいながらこちらによってきたのは、少々小柄で凛々しい目をした少女だった。

髑髏の意匠の髪留めで、髪をツインテールにしていた。

さらに何故か慎ましい胸の上部分と肩を露出させた衣服に、超ミニのスカート。

ロングブーツを身につけているので太もも全部が露出したわけではないが……実にこの世界の衣服は奇天烈だった。

ただその背負った得物が……

 

大鎌って……スゲー武器だな

 

小柄な得物でよくぞそれだけのトップヘビーな得物を振り回せるなと、内心感心していた。

歩き方にも隙が少なく、それなりに修練していることが伺える。

 

「あ、あぁすまない、華琳。どうやら俺の国……同郷の人みたいだ」

「へぇ、一刀以外にもいたのね」

 

北郷は嬉しそうに華琳とやらに報告していた。

俺と同じ現代の人間がこうしてどこかしかの軍の庇護下にあり、さらに乗馬も出来ている。

握手したときに竹刀ダコを確認したので全くの素人ではないようだが、それでも立ち居振る舞いがあまりにもなってないので、恐らく文官として召し抱えられているのだろう。

 

運がいい上に、きちんと努力もしていると言うことか

 

偏見だが馬に乗れるようには見えなかった。

恐らくこの世界に来てそれなりの日数を経験していると考えられた。

そして華琳と言われた女。

こちらに目を向けて、子細に俺を分析しているのがよくわかった。

そして驚いている風にしながらも、言葉のやりとりで俺が普通ではないことはすぐに把握したようだった。

そしてその華琳とやらを守るために二人の女が華琳の脇へと立ってこちらを警戒して来た。

 

一人は両手剣、もう一人は弓か……

 

気配の感じから言って姉妹のように思えた。

剣の方は溢れんばかりの気を発しており、弓の方は冷静に鋭くこちらを見据えていた。

剣の方は猪突猛進の剛将で、弓の方は冷静沈着で知将という感じだ。

剣の方が両の二の腕に、弓の方が左の二の腕に髑髏の意匠の腕当てを身につけている。

何故か知らんが、剣を持った両骸骨は左胸、左骸骨は右胸の上部分が露出した……実に奇怪な衣服を身にまとっていた。

しかし片方の上部分の乳房が露出しているとはいえ、この二人の衣服はチャイナ服故、まだ奇抜に感じない……何となく納得できる衣服だった。

 

どっちもこっちを警戒してるね~

 

こちらとしては別段やる気もないので警戒しないでくれると嬉しいのだが……主君の身を案じてのことなので、無理もないことだろう。

故に俺は特段気を悪くすることもなく、とりあえず北郷と会話を続けることにした。

 

「それはどうも。んで……北郷、出来ればそっちの人の名前を教えてくれないか?」

「あぁ。華琳……いや、曹操だよ」

 

へー、曹操かぁ……

 

もう俺は考えるのをやめた。

ただぼそりと言葉が出てしまうのは……無理からぬことだった。

 

「……また女なのかよ」

「……やっぱりそう思う?」

 

その俺の言葉に北郷も反応した。

どうやら北郷も俺と同じような歴史観を持っているようだ。

 

「そらそう思うわ。ということは北郷も、歴史的に違和感を覚える歴史が、常識だという認識でいんだな?」

「あぁ」

「ちなみに……まわりの結構強そうな人とか、頭が良さそうな感じの人も一緒?」

「あぁ。夏侯惇だったり、夏侯淵だったり……みんな三国志の武将だよ」

「……マジかぁ」

 

先ほどからこちらを警戒している姉妹とおぼしき女の名前を聞いて俺は途方に暮れた。

劉備に関羽に張飛に馬超に曹操に夏侯惇に夏侯淵……俺が知る限りの武将その全てが女。

俺は実におもしろい平行世界に迷い込んだと言えるだろう。

俺が乾いた笑みを浮かべていると、剣の方が突っかかってきた。

 

「貴様! 華琳様を前にして敬いもせず笑うとは何事か!?」

「おっと失礼。ちょっと思うところがあったのでな。不快に思ったのなら謝罪しよう」

 

こちらとしても賊の討伐と給仕で疲れているので、あまりこれ以上体力を消費したくなかった。

故に俺は剣を向けて脅してくる両髑髏に対して、両手を挙げて無抵抗の意志を示した。

そんな俺の態度に……ますます髑髏ツインテはおもしろそうに俺を見て笑った。

 

「へぇ……」

 

あちらからしたら俺は興味深いことは間違いないだろう。

また先に髑髏ツインテは天の国と言っていた。

以前に片側ポニーに聞いた話を思い出し……天の御遣いを召し抱えたのがこの髑髏ツインテであったという。

状況から察するに、北郷が天の御遣いということだろう。

 

確かに歴史に詳しいのなら……これ以上の援軍はいないな

 

また北郷もどうやら言葉が通じているらしい。

読み書きが出来るかはわからないが、意思疎通が出来る上にさらに歴史を知っている人物がいるのは、この時代の人間からしたら相当でかいメリットだろう。

 

まぁこの髑髏ツインテにその辺の話をしているのかはわからないし、興味もないが

 

俺は俺の目的のために動いているので別段仕官するつもりはない。

故に北郷がどう動こうか俺に興味はなかった。

 

だが、さすがにわかっているのに忠告もしないのは寝覚めが悪いな……

 

ただ念のため、俺は北郷が今でも天の御遣いと喧伝しているのかは確認しておいた。

この時代……天というのは基本的に絶対的権力者である天子なんかと同義だ。

にも関わらず、天の御遣い……しかもこの乱世を治めるという御遣……を名乗っていては、今の天子政権に問題があると喧伝しているようなものだ。

暗殺されるか、反逆罪として魏事消させるだろう。

しかし確認してみれば、さすがにそれは曹操がさせていないらしい。

北郷がそれを承諾しているのは間違いなく曹操が魏を興すからだということを知っているという証左だ。

また曹操が喧伝をやめさせたと命じたということは、曹操もある程度は北郷から話を聞いていると考えて良いだろう。

 

まぁどうでも良いけど……

 

しかし俺としては関係ない話なので、とりあえず天の御遣いを名乗っていないのであれば、俺と別れた後にどうなろうと別段問題はなかった。

 

「あなた……刀月と言ったかしら?」

「えぇ、曹操殿。姓は入寺、名を刀月です。以後お見知りおきを」

「あなたも真名を持たないと思っていいのね?」

「真名は持たないな」

 

偽名だけど……

 

嘘は言ってないのでそこらは割愛する。

 

「ここから少し行った先の砦を賊が根城にしていたはずなのだけど……それを鎮圧したのはあなたかしら?」

「そうだが?」

 

別段嘘を言う理由はなかったので、俺はあっけらかんと普通に答えた。

すると両髑髏と左髑髏がさらに警戒を強めた。

そんな部下たちに、髑髏ツインテは右手を振って声を上げた。

 

「下がりなさい二人とも。今は私がこの男と話をしているのよ」

「華琳様、しかし!」

「くどい! 二度は言わないわよ」

「は……はい」

 

うわーお……これはすごい

 

実力もそれなりにあるのだろうが、それ以上にこの髑髏ツインテ……曹操には実にカリスマとも言うべき覇気が身体から発せられていた。

猪突猛進とも思える両髑髏を声だけで下がらせていた。

実力的には恐らく両骸骨の方が上だ。

よほど骸骨ツインテに忠誠を誓っているのだろう。

 

さすがは曹操といったところか

 

曹操……魏は三国の中で一番強かったと認識している。

俺が知る限りでももっとも有名な戦は赤壁の戦いだが……そのときも蜀と呉は同盟をくんで魏と争っていたはずだ。

それもこれだけのカリスマと……統率のとれた軍を見れば納得が出来た。

 

「刀月。あなた、私の配下になる気はあるかしら?」

「配下?」

「!?」

 

主の言葉に驚き再度声を上げようとした両骸骨だったが……骸骨ツインテの「黙ってろ」の威圧に負けて再度黙り込んでしまった。

 

「一人で賊を……それも廃れてしまっているとはいえ砦に陣取った賊たちを無傷で捕らえたと言うその武。それに春蘭に脅されても眉一つ動かさず、私にも全く気後れすることなく話すその胆力……。このまま野に放っておくのは実にもったいない存在だわ」

 

あらまぁずいぶんとべた褒めやな

 

骸骨ツインテである曹操にそこまで過分な評価を受けるのは……なんというかおもしろかった。

何せ俺が知る曹操というのは歴史上の存在だ。

こうして言葉を交わすどころか、時代的に写真があるわけもないので、姿形すらもわからないはずなのだ。

そんな存在にここまで褒められるのは……ちょっとおもしろい感覚だった。

 

「私の元に来なさい」

 

決定事項であると……そういっているかのような断言口調だった。

常々思っていることだが……俺は仕官したいわけじゃない。

というかしたくないというのが本音だった。

面倒な上に治世など……俺の頭脳には無理があるからだ。

 

俺はただの剣術と料理が出来る鍛造士だ。

 

しかもこの時代の治世など……出来るわけがない。

 

 

 

また、俺はこの曹操に、絶対に従いたくない理由があった。

 

 

 

「評価してくれたことは感謝しよう。だが俺はお前の元に下る気はない」

 

 

 

評価してくれたこと自体には礼を言いながらも、それでも俺ははっきりと……素人娘よりもさらにはっきりとした拒絶をした。

その言葉に、背後の両骸骨、左骸骨は怒気を発し、骸骨ツインテも目を細めて……実に怪しく笑った。

 

 

 

「へぇ……私の誘いを断るの?」

 

 

 

不愉快そうだが……それでも断った理由を知りたいらしい。

後続の連中に襲いかかられそうだったが、正直怖くも何ともなかったので、俺は心の中で溜息を吐いて理由を語った。

 

「噂に聞いたが……黄巾党の連中が奪っていった食料を燃やしたらしいな?」

「あら、よく知っているわね。確かに私は賊から食料を奪ったとは思われたくなかったから焼いたと噂は流したけど……」

 

そう、食料を焼いたこと。

これこそ俺がこの村を救うために賊退治を行った理由だった。

この村に水をもらいに来たときに噂話を聞いたのだ。

曹操の軍が賊を討伐し、その食料を焼き払ったと……。

場所がそう遠くないので、この村に被害を与えている賊が討伐されるのも、時間の問題かもしれなかった。

そして俺の噂も入手していたらしい村人たちから、総出でお願いされたのだ。

 

賊が討伐される前に食料を奪い返してほしいと……

 

このまま曹操が賊を討伐した場合食料が焼かれてしまうと、村人たちは恐れたのだ。

何せほとんどの食料を奪われてしまったのでそれを焼かれてしまっては……この村に文字通り未来はないのだから。

そのため俺は急いで賊討伐を行った。

そしてその際に食料は賊より村から奪われた分と、ほかの村から奪ってきた物も根こそぎ奪い返して持ってきており、配給として振る舞っていた。

それなりの量は残しており、奪われた村に返すように……本当に返すかはこの村の人間次第だが……すでに伝えてある。

 

「賊から食料を奪ったという悪評を防ぐためだろう。その行為は戦略的に、戦術的に正しいと判断できる」

「……へぇ」

 

俺の言葉に、骸骨ツインテは先ほどよりもさらにおもしろそうに俺を睨みつけてきた。

俺はその目を真っ向から受け止めて……挑発的に鼻で笑ってやった。

 

「だからだよ」

「? どういうことかしら?」

 

 

 

「戦略的に正しいのは認める。だが人道的には絶対に間違っている。だから俺はお前の元には行きたくないんだよ」

 

 

 

賊から食料を奪ったという悪評は、確かに防ぐべきものだ。

特に骸骨ツインテ……曹操はこの大陸を統べようと尽力している人物だ。

後々のことを考えても悪評がはびこるのは避けたかったのだろう。

 

だが……俺には許せなかった。

 

「確かに後々のことを考えれば正しいだろう。だが……それはお前が強き者で、明日を考えられるからこそ出来る行動だ」

「……えぇ、そうね。否定はしないわ」

「強い故に……いいや無知故にお前にはわからんのだろうな」

「……なんですって?」

 

無知故に……明らかに侮辱されたとわかったのだろう。

確か曹操はかなり知識人でもあったはずだ。

そして文化にも精通していたような……違ったような? ともかく頭がいいのは間違いない。

だが……それでも知らないのだろう。

 

「飢え」というものを。

 

俺もこれほどの飢餓を味わったことはない。

せいぜい数週間、木の根をかじって生をつないでいたくらいだ。

だがそれでも……飢えというものがどれほどつらいことかはよくわかっていた。

さらに言えば俺にはまだ非常食がかなりの量ある。

現況それに手を出す状況ではないという、ある種心に余裕がある状況のため辛いことは辛いが、命の危機に瀕している訳ではない。

さらに言えば……俺にはまだ「力」という奥の手がある。

食いっぱぐれた場合、どこかの村に用心棒として雇われるか……本当に最悪の場合は村などから強奪することも出来なくはない。

 

だが、「力」を持たない村人達には、奥の手などないのだ。

 

そしてこの村の連中にとって辛いとかそういうことではなく……すでに「明日がない」と言えるほどに追い詰められていたのだ。

 

こんな怪しい格好をした俺に懇願するほどに。

 

 

 

「食料を焼くってのはたとえ正しくても出来ないと俺は思うよ。もしかしたら俺と違ってお前は出来るのかもしれないが……どちらにしろ、そんなやつの下に行くのはごめんだね」

 

 

 

俺は意識的に顎をあげて……文字通り見下すようにそう言い放った。

そして……言い放った瞬間に両骸骨左骸骨が動いていた。

左骸骨が瞬時に数射俺へと矢を放つ。

そしてそれとほぼ同時に両骸骨が俺へと斬りかかってきていた。

俺は先に右手で全ての矢を回収し、見向きもせずに左手の指で挟んで剣を止める。

 

「「「!?」」」

 

右骸骨の驚く気配が発せられ、ほかの連中も軒並み驚いていた。

そんな些末事など俺は一切気にもとめずに……まっすぐに骸骨ツインテを睨みつけていた。

 

「ここまで侮辱されて俺を部下に迎えるなんてもう考えてないだろうが……だからといって部下に俺を討つのを命じるのはやめておいた方がいいぞ? 無駄になるからな!」

 

そう言い放つのと同時に、俺は掴み取った矢を骸骨ツインテ、左骸骨に投げ返す。

また左手の指で挟んだまま剣事、両骸骨を後方の軍の方へ投げ飛ばしていた。

 

「「「!?」」」

 

それぞれが視線を俺以外の物に投じる形を作った。

俺の近くの骸骨ツインテと左骸骨、北郷は矢。

軍の連中は両骸骨。

当然骸骨ツインテと左骸骨は迫ってくる矢の対応をし、軍の連中も落ちてくる両骸骨に巻き込まれないように移動していた。

視線が外れ、行動を起こしたその隙に俺は隠していた……村の連中に変なことをされても困るため……台車の元へと全力で走って、台車を両手で持ち上げて、気力と魔力を全力でまとって駆けだした。

 

「さらばだ、曹操!」

 

挑発するだけ挑発しておいて逃げる男。

別段気絶させてもよかったが……こいつの噂を聞いた上で判断すると、こいつはまだ独立していない。

そのためまだ「魏」という国が出来ていない可能性がある。

つまり……こいつには「上」がいると言うことになる。

こいつ自身に睨まれても痛くもかゆくもなかったが……「上」の連中に睨まれるのは避けたかった。

故に……

 

三十六計逃げるにしかず!

 

ちなみに台車を持ち上げて走っているのは、そっちの方が速いからだ。

台車を引きながらだと足を満足に動かせない上に、当然のように台車が重いのでバランスも悪い。

両手を上げた形で台車を持ち上げていくのもバランスが悪いが……走りやすさでは上だった。

 

まぁ左右骸骨が一番強い気を放っていたことを考えれば……楽勝で逃げられるだろうな

 

夏侯惇に夏侯淵。

この二人ぐらいまでなら俺も知っている。

曹操に付き従った有名な武将だ。

つまりあの二人が曹操の最強戦力と考えていい。

そして馬に乗っていたことを考えれば……俺の足に追いつくことはあり得ないだろう。

そうして俺はさっさと逃げていった。

 

 

 

 

 

 

む……むちゃくちゃだ……

 

それが一連のやりとりを見た一刀の正直な気持ちだった。

曹操に喧嘩を売ったまではまだ理解できた。

一刀も正しいと思っていたが、それでも食料を焼いたことに気持ちの整理が出来ていなかったのだから。

そこから先が驚きの連続だった。

何せ刀月は、夏侯惇と夏侯淵の攻撃を同時に防いで見せた。

しかも見向きもせずに。

一刀は祖父の家が剣術道場で、一般高校生から見れば遙かに強い実力を有しているのだが……それも所詮一般レベルのため、すごすぎることしか理解できなかった。

だがそれでも成長がほぼ終えている女性を剣事投げ飛ばす、放たれた矢を素手で掴み取ることなど出来ないことは誰でも理解できる。

またその後の行動……一瞬だけ目を離したその隙に移動して、なんと台車を持ち上げて目にもとまらぬ早さで駆けていってしまったのだ。

台車に大量に荷物が積まれていたのは見て取れたので、普通に考えれば持ち上げることなど不可能なはずの物を持ち上げて、あげく高速で走っていった。

あれでは馬ですら追いつくことは出来ないだろう。

 

これじゃ噂になるわけだ

 

半信半疑の噂だと思っていた一刀だが、目の前で隔絶した行動を見せられては信じるしかなかった。

何よりも、刀月の化け物じみた実力を見て……絶句していた。

 

指で挟んで春蘭の剛剣を止めるとか……どうやったら出来るんだよ

 

まず武将である夏侯惇の剣を見切れること。

そして指で挟んで動きを止めることの出来る筋力。

さらに放たれた矢を素手でつかみ取る俊敏性。

そしてそれを成し遂げたのが……自分と同じ現代の人間であると言うこと。

嫉妬しようにもあまりにも実力に差がありすぎて感嘆するしかなかった。

 

実力を行使したことだけ見れば……だが……

 

 

 

……うわぁ、怖い

 

 

 

自らの主君である曹操へと目を向けると、顔を正面から見るのが恐ろしいほどに、怒りのオーラが体から発せられていた。

自分の誘いを断っただけならいざ知らず、なんとあの曹操に対して「無知」と言って逃げていったのだ。

それも、追ってくるのが無駄だと……自分の実力を見せつけた上で。

これほどコケにされたのは曹操としても生涯で初めてのことだった。

 

出来れば挑発しないでほしかったなぁ……

 

自らの主が怒り心頭なのは目に見えてわかったのだが、それでも放っておくわけにも行かず、一刀は何とか勇気を振り絞って華琳へと声をかけようとした……のだが、しかしこの後すぐ夏侯惇が切れて同じ天の国の人間である一刀に八つ当たりをして鬼ごっこが始まったので、うやむやになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

やれやれ、ここまでくればいいかな?

 

しばらく走って気配が追ってこないことを確認して、俺はゆっくりと走るのをやめて持ち上げていた台車をおろした。

 

やっちまった~な~……まぁいいか……

 

飢餓状態の村人の様子と、俺自身最近まともに食えていないことでいらいらしていたためか、思わず普通に喧嘩を売ってしまった。

別段どこにも仕官するつもりはないが……それでも面倒なことになったかもしれんと少々反省するが、やってしまったものはしょうがないと諦めて、俺は再度海に向かって走り出した。

 

否、正しくは走ろうとした。

 

その瞬間だった。

 

 

 

突如として……俺を中心にしていくつもの気配が「出現」した。

 

 

 

!?

 

 

 

驚きつつも、俺は急停止して警戒態勢へ移行した。

あまり強そうな気を感じられないが、突如として出現したのは十分警戒に値する。

そして当然相手が実力を隠している可能性もあり得る。

何より……その気配の感じがあまりにも空虚だった。

 

いったい……なんだ?

 

あまりにも生気が感じられなかった。

そして出現した気配へと視線を投じて……俺は眉をひそめた。

出現した生気の感じられないその気配の衣装が、あまりにも気持ち悪かったからだ。

別段あまりにも変な格好だったわけではない。

だが、足下まですっぽりと隠れるような長い丈の灰色の服に、白い頭巾肩掛け。

さらに口元を灰色の布で隠し、さらに口の布と頭巾には……目玉のような丸い模様がいくつもあったのだ。

率直に言って怪しげなオカルト集団か、怪しい宗教の団体にしか見えなかった。

俺を中心にして周囲をぐるりと囲んで来た12人。

そしてそいつらはまるで歩いていないかのように、体を上下させずにゆっくりと……俺へと近寄ってきていた。

まるで歩いているのではなく、浮いて近寄ってきているかのように。

 

……

 

しばらく近寄ってくると俺から5mほど離れた距離で、一斉に全員が停止した。

その中で、俺の真正面にいた男が一歩分だけ俺へと近づいてくる。

 

 

 

「……」

 

 

 

声を発することもなく、無言。

雲一つない晴天だというのに……あまりにも気持ちが悪かった。

 

 

 

俺の本能がこいつらを心から気味悪がっていた。

 

 

 

恐怖ではない。

恐怖たり得ない。

こいつらが同時に襲いかかってきても……俺は余裕で対処できる。

だが……煌黒邪神、この世全ての悪(アンリ・マユ)に対峙し、いろんな存在から助力を得たとはいえ討伐してきたこの俺が……

 

 

 

気味が悪いと……

 

 

 

思っていたのだ。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

ぼそりと、歩み寄った一人の謎の存在がそうつぶやくと同時に全員が一斉に襲いかかってきた。

一度戦闘が始まれば本能すらもねじ伏せて戦うしかない。

しかも恐怖で逃げなければいけないと思っているわけではない。

ぶちのめすのに支障はなかった。

 

だが……怒りでも恐怖でもなく「気味が悪い」と思いながら戦うのは……それなりにストレスのたまる物だった。

 

また、いつも通り気を流し込んで相手を行動不能にしようとしたら、驚くことに何もなかったとでも言うように、全く意に介さず再度襲ってきた。

 

!? 何!?

 

気で相手が倒れなかったことが初めてだったので思わず隙が生じて、敵が持っている刃物で斬りかかられてしまった。

しかし気も魔力もなしに俺の気壁と魔壁を突破できるわけもなく、刃を弾いて終わる。

 

不覚!

 

気味が悪いとわかっていたのだから、何かしらあると予想してしかるべきだった。

自らの失態にさらに怒りを加速させつつも、とりあえず全員を吹き飛ばして殺さずにたたきのめして、尋問をしようと思っていた。

 

峰打ちが効かん以上痛い思いをしてもおう!

 

瞬時に思考を切り替えて、俺は戦闘方法を打撃による四肢の破壊を選択。

大して時間もかからず相手を撃退し、最後の一人を行動不能にし終えて俺は尋問を開始しようとした。

 

「さて、訊きたいことは山ほどあるが、まずは目的を言っても――!?」

 

どうせすぐ喋るわけがないだろうから、長くなるだろうと思った俺は再度驚愕した。

相手が現れた時と同じように消失したのだ。

姿形もなく……まるで何もなかったかのように……。

 

 

 

……おいおい、質量を持った幽霊とでも言うのか?

 

 

 

あまりの不気味さと、ある種の手応えのなさに、思わずそんな突拍子もないことを考えてしまう。

四肢を破壊した際の感触は間違いなく人間のそれであり、得物を持っていた。

だが相手の肉体は消失し、手にしていた武器もどこにも見あたらず、ただただ見渡す限りの荒野が広がるだけだった。

 

 

 

「……ようやく課題らしい物が見えてきたな」

 

 

 

これが今回の課題かどうかはわからないし、白装束気味悪集団がいったいどうして俺を殺しに来たのかはわからない。

だが出現と消失したことで、少なくとも普通ではないことは理解できた。

今回の世界では、あの集団と白装束気味悪集団と何かしら起こることが容易に想像できる。

 

「やれやれ。面倒な」

 

あえて言葉にして、俺は溜息を吐きながら台車へと戻って再び海へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

ふむ……やはり一筋縄ではいかないようですね

 

台の上に置かれた水晶から発する光だけが光源となっている部屋。

水晶に照らされながら、かけている眼鏡に手をかけて外してすぐそばに置かれた布でレンズを拭き、私は吐息を漏らした。

 

異物が紛れ込んだと思って見てみれば……ほかにも恐ろしい物が紛れ込んだようですね

 

異物……白い衣服を身にまとった少年、北郷一刀。

様子見で術を使って姿を確認してみればおもしろい者が紛れていたことに気づいた。

この世界で……自分に気づかれずに紛れ込んだ異物。

 

ぞくりとしたのだ。

 

そして試しにちょっかいをかけてみれば、自ら使役した兵を一蹴した。

それも不可思議な力を使って。

 

おもしろい! おもしろい!

 

私は歓喜した。

これほどの素材を使えば……さらに上に行けるだろうと考えたからだ。

 

「于吉、どうだった?」

 

興奮が隠しきれない私のそばによってきて、少年と見まがう男……左慈がそばに寄ってきて私に様子を聞いてきた。

 

「どうやら一筋縄ではいかないようですね」

「そうなのか?」

「えぇ。私が呼び出した術兵を一瞬で撃退しました。その感触から言っておそらく左慈、あなたでも容易には行かない相手です」

「!? そうか。ならすこし対策を練るとしよう」

 

確かに対策を……いいえ策を練る必要性がありますね

 

不可思議な男の実力は、左慈でも容易に勝てる相手ではない。

ならばその男をどうにかするためには、私自身も策を講じて当たらなければならないだろう。

だがそれでもいい。

それさえかなえば、私はさらに上へと行くことが出来るのだから。

 

役に立ってもらいましょうかね……左慈に、そしてこの男に

 

左慈に気づかれないように笑みを浮かべながら……私は、左慈の後を追っていった。

 

 

 

 

 

白装束の連中の襲来から翌日。

警戒しながら俺は再び海へと向かって進んでいたが、さすがは大陸。

体力を落とさない程度の俺の速力では、未だ海岸へとたどり着くことが出来なかった。

そのため定期的に補給をかねて森とかに入ったりするのだが……見事というべきか、食える物はほとんどなかった。

 

乱世ってことなのかね

 

さすがに取り尽くしてはいないが、それでもかなり乱獲されているかのように感じた。

しかしまだ時代が浅いこともあってか、食うことが可能な虫、野草、キノコ等々はそれなりにあったので、特段問題はなかった。

 

しかし……俺はこの日、悪夢に出会った

 

 

 

うん?

 

時刻は夕刻。

俺は森の中の川辺に来て、野営の準備を行っていた。

天気から察するに雨が降ることはないと判断して、特段屋根等をこしらえることはしなかった。

だが、虫に食われても嫌なのでテントは張っており、一応休む準備を整えて夕食の食料を集めて、火を興し終えた時だった。

上流より……人の気配が流れてきたのを感じ取ったのだ。

 

おぼれてるのか?

 

川に沿ってやってきた感じだったので、おぼれていると思い食事の準備を中断し、救助に向かおうとして違和感に気づいた。

 

……こいつ

 

何というか……古龍に匹敵するほどの圧力を感じた。

気力と魔力がどうこうではない……こいつの存在そのものが圧倒的な圧力を持っている、そんな感じだった。

気力と魔力で強化していても俺は所詮人間だ。

こんな圧倒的な存在感を放つことなどできない。

だが今向かっている存在は気力も魔力も発していない……気配からいって恐らく気を失っている……というのに、まるで凶悪な獣が眠っているだけのように感じた。

 

一応杖を持ってきたが……これでどうにかなるか……

 

今現在、俺のもっとも信頼する得物が使えず、代用品すらもまともに用意出来ていない状況だ。

古龍が相手でも何とか出来るとは分析しているが……それでもある種不安なのは間違いなかった。

 

まぁ殺すならともかく撃退とかならどうとでもなるが……

 

これほどの存在がおぼれているとはとても思えなかったのだが……逆にこの圧倒的な存在感を持ったものがどういった物なのか知りたくなった。

不安半分、楽観視半分で俺は現場へと急いだ。

 

 

 

と……数分前は思っていた……

 

 

 

上流へと向かい、何故か止まった存在に疑問を浮かべながら気配の場所へとたどりつき……俺は絶句した。

 

 

 

……なんだこいつ

 

 

 

正直言って……来たのを後悔した。

 

背丈は間違いなく俺よりも上だろう。

 

 

 

まぁそれは百歩譲って良いとしよう

 

 

 

筋骨隆々というか……端的に言ってマッチョだ。

 

 

 

それもまぁ許容範囲だ

 

 

 

そして極めつけが……ビキニパンツを履いている。

 

 

 

これもまだいい……

 

 

 

しかし、どうしてもわからないことがあった。

 

 

 

何故こいつは……流されて川面まで垂れた木に引っかかっている状況で……

 

 

 

 

 

 

気を失っているのに、仰向けでサイドチェストのポーズをしている……

 

 

 

 

 

 

サイドチェストとは……ボディビルダーのポーズの一種だ。

手首を逆の手で掴んで肩や腕、胸の厚み、足の厚みなどを強調したポーズの事である。

いや、正直ポーズのことなどどうでも良いのだが……寝ているのか気を失っているのかわからないが、川に流されている状況でそんなポーズをしているのか。

さっきまであまりの巨大な威圧感に警戒していた、俺の気持ちを返してほしい気分だった。

 

どーしよ

 

正直なにかやばい類の物かと思ったため……いや、絶対に普通じゃないことは、格好と気配から間違いないのだが……急行したのだが、無駄足に終わった気がする。

このまま放置して帰っても良いのだが……

 

なんか癪だな

 

このまま放置するのもあれだったので、俺は河原の石を拾い上げて……そのマッチョ三つ編みが引っかかっている川面まで垂れて育った幹の根元に向けて、気力と魔力を使用して思いっきりぶん投げた。

 

!!!!

 

実に派手な音を立てて、幹が折れて川へと落ちて……あのマッチョ三つ編みの流れを阻害する物がなくなった。

そのため、三つ編みマッチョは川の流れのように、緩やかに水に流されていった。

 

さて、急いで戻って拠点を変えないと

 

流れて行き着く先は俺の今晩の拠点だ。

別段流れてきても問題はないが、精神的に問題なので早速戻ろうとしたのだが……

 

「なぁぁ~~~~にぃぃ~~~くれんのよう! こんな可憐な漢女を放置プレイするなんて、どういうつもりなのかしらん!」

 

激しい水しぶきを上げながら、何というか……非常に特徴的な声と言葉でそいつは立ち上がって、俺へと急接近してきた。

ぬれたままだったため、水しぶきが飛んできており……なんか嫌だったので俺は風翔の能力で、こちらに接近しようとしている巨漢を風圧で少し押し出した。

 

「あらあなた……。ただ者じゃないわね」

「……お前に言われたくはないな。というか近寄ってくんな」

 

妖術っぽいもの使ってこの反応……格好に圧力もそうだがこいつ……

 

能力……この時代においては妖術と捉えて差し支えのない風翔の力を用いて、驚愕するのではなく、冷静に分析する。

しかも今の突風を、俺が使用したと瞬時に判断した。

さらに言えば……

 

プレイ……だと?

 

こいつが立ち上がるときに言った言葉。

プレイだと……確かに言った。

こいつは間違いなく異物ないし、普通ではないと……そう判断できた。

 

いや、まぁ見た目からいって普通じゃないけどな

 

「だぁ~れぇがぁ!!! 近くで見ると悪夢にうなされて不眠症になるような顔ですってぇぇぇ!」

「いや、一言もそんなこといってないし」

 

と、真面目な考察をしようとしているのに、こいつがそれを実に阻害してくる。

しかし先ほど感じた威圧感は紛れもない本物だ。

 

……いや、見た目からいってわかっていたが、意識があって立ち上がるとよりいっそういろんな意味で圧力があるがな

 

こいつは横文字を使い、あげくこのさりげないやりとりでも隙を見せていない。

敵に回れば間違いなくいろんな意味で厄介になるだろう存在だ。

溜息を吐きつつも警戒を解かない俺を見て……相手も笑みを浮かべた。

 

「私、貂蝉よん。川辺で寝てたらいつの間にか流されてしまったみたいねぇん」

 

 

 

……貂蝉だと?

 

 

 

その名前は俺も多少は知っていた。

三国志に出てくる人物で、「美女」として知られている人物のはずだ。

そう……美女のはずなのだが、どう見てもマッチョな男にしか見えなかった。

 

「あらん? なぁにぃ? そんなに熱い目で見られたら……身体が火照っちゃうわよぉん? でも、ごめんなさぁい。私は今、華佗ちゃんにぞっこんなの。だからいくらあなたがイケメンでも、お誘いには乗れないわん」

「はっ倒すぞてめぇ」

 

このふざけた態度と言葉遣いでかなり調子が狂わされているが……こいつは間違いなく異物だ。

しかも先ほど感じた威圧感は伊達ではなかった。

こうして意識がある状態で相対すると……間違いなくこいつが異常だというのがわかった。

 

何というか……老山龍と同じような感じだな……

 

だがそれでもこいつには敵意と悪意が感じられない。

恐らく戦えば苦戦は必至で、下手をすれば勝てない可能性もあるが……こいつと敵対する事はないと、感じられた。

そんな風に、俺がある程度相手のことを分析していたのだが……それは相手も同じだったようだ。

 

 

 

「さすがはと言っておこうかしら。異世界からの使者様」

 

 

 

!?

 

 

 

異世界からの使者。

こいつは確かにそういった。

そして俺のことをそう呼んだのは……モンスターワールド古龍の連中と、龍神に連なる奴らのみ。

一瞬にして警戒を最大限まで引き上げて、気力と魔力を解放し……杖を相手へと突きつけた。

しかし……

 

!!!!

 

乾いた音が響いた。

驚くべき事に身体強化し、気力と魔力を乗せた杖の一撃を……寸止めするつもりとはいえ俺の攻撃を、貂蝉と名乗るこの男は弾いて見せたのだ。

 

!?

 

油断もなく慢心もない。

俺の攻撃を防いで見せた実力は紛れもなく本物だった。

だが、相手もそれが精一杯のようで、すぐに反撃が出来る状況ではなかったようだ。

弾いた時に少しバランスを崩しているのが見て取れた。

虚実には見えなかったので、恐らく弾くのが限界だったのだろう。

しかし……俺自身攻撃を防がれたことに驚いて、反撃されていないとはいえ致命的な隙を見せてしまっている。

これが勝負であれば間違いなく俺の負けだろう。

 

「驚かせてしまったし、驚かされたわぁ。さすがねぇん」

「貴様……いったい何だ?」

 

あえて何者とは俺は問わなかった。

圧倒的な気配、俺の攻撃を防ぐ技量に膂力。

 

そして、俺を使者という何か。

 

あまりにも普通の存在とは思えなかった。

 

 

 

まぁいろんな意味でだが……

 

 

 

何というか、この格好に実に振り回されるというか、実に締まらない感覚が俺としてはなんか悲しかった。

そう、気が抜けるのだ。

格好もそうだが……何よりもこのこいつの存在自体に。

老山龍と同等の存在感を持っているというのに……こいつからは何も感じない。

 

まるで何かを諦めてしまい、ただ存在しているだけというかのような……

 

ただただそこに存在しているだけという感じだったのだ。

そしてそれに気づいて俺は思った。

俺はこいつが好きになれないと。

それが態度に出てしまったのだろう……先ほどまでにふざけた態度が少し霧散して、貂蝉とやらは力なく笑った。

 

「本当に見事ねぇん。さすがは使者様だわん」

「話を聞かせてもらおうか?」

「そうねぇん。確かに今のままではフェアとはいえないわねぇん」

 

フェア?

 

何を言っているのか理解できなかった。

まぁそれも当然といえるだろう。

俺自身使者と呼ばれたのは実に一年ぶりだ。

しかも言われるまで俺自身、古龍や龍神達にそう呼ばれていたことを忘れていたくらいだ。

圧倒的に情報が不足していた。

 

「あなたに話すわ。この外史の世界の話を」

 

外史?

 

「ここは言うなれば平行世界の一つにすぎないわん」

「ほう?」

 

平行世界。

簡単に言うなれば可能性の数だけ世界があるという考え方。

この世界で考えるのであれば、男のはずの武将が女になっているという可能性の世界ということなのだろう。

 

確かに可能性の話で考えれば納得出来る話だが……それはもう知っている

 

自分自身平行世界に飛ばされているし、あまりのぶっ飛んだ世界であるため、平行世界と言うことはわかりやすかった。

俺が知りたいのは……その先だ。

 

「そしてあなたをこの前襲った白装束。あれを操る者と、あなた自身がこの世界にとっての異物になってるわぁん」

「!? ほう、実に興味深い話だな」

 

白装束の存在。

それを操る者。

 

そして……俺自身。

 

その三つを、こいつはこの世界における異物だと断言した。

無論得体の知れない存在であるこいつの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないが……それでも全く情報がなかった俺からみれば、この情報は実にありがたい有益なものだった。

 

だが、もらってばかりというのはあまり性に合わん

 

「それは本当のことと……判断していいんだな?」

「えぇ、かまわないわ。あなたが信じる信じないは……別だけどねぇん」

「……情報の対価は何が良い?」

「あらぁん? こちらとしては代価を求めるつもりはなかったわよぉん?」

 

俺の言葉に、目の前の存在は意外そうに目を瞬かせた。

フェアじゃない……そういっていたということは、公平を期すためにこいつは無償で俺に情報を提供したのだろう。

そう考えれば、恐らく先ほどの話は嘘ではなく本当の事であるという裏返しでもある。

 

しかしそれとこれとは話が別だ

 

「俺の気が済まないんでな。何か対価として渡せる物はあるか?」

 

交渉としては下策だ。

相手に望む物を聞くというのは。

しかも俺はすでに支払ってもらった後だ。

何か高い対価であっても断れない事もあり得る。

だがそんなことはどうでもよかった。

 

何よりも……俺が気にくわなかったのだ。

 

 

 

フェアじゃない? 観測者のつもりか?

 

 

 

実に子供じみた感情だと言って良い。

 

何せ使者だ。

 

使わされた者。

 

それはつまり……

 

 

 

俺自身があの二人の差し金となっているという事実に他ならないからだ。

 

 

 

修行と思えば耐えられるが、だが感情は納得しきれない。

俺を修行の旅に出させたのはほぼ間違いないだろう。

だがそれでも駒として扱われるのは納得できなかった。

 

「いいわねぇん。若さってやつかしらぁん?」

「やかましいわ」

 

全く持ってその通りなので言い返せないことが腹立たしいが……しかし現在の状況では、俺自身の気持ちを何よりも優先する。

精神的に病むことはないだろうが、心身のバランスを保たなければ俺自身も危ないからだ。

そんな俺を見て、貂蝉やおかしそうに笑っていた。

見透かされてそうで実に嫌だったが……やむを得なかった。

 

「そうねぇ……なら、今度華佗ちゃんが困っていたら助けてもらってもいいかしらん?」

「華佗?」

 

その言葉と同時に、貂蝉は俺の後方へと視線を投じた。

全く警戒もしてない気配が俺の後方から迫ってきているのはすでに察していたが……話しぶりと目線の動きから言って、後方からやってきている人間が華佗という存在なのだろう。

気配と足取り等から察するに、間違いなく戦闘する人間ではない。

当然暗殺者ということでもないだろう。

そして先ほどこいつは今から来る奴のことも異物と言わなかった。

 

 

 

当然……貂蝉自身のことも

 

 

 

北郷の事も……

 

 

 

異物は俺と白装束の黒幕のみ……か……

 

 

 

「おぉ、貂蝉! 探したぞ」

 

俺がこの世界の事について思案していると、後方から貂蝉を探しに来た存在が姿を現した。

若い男だ。

背丈は俺とそう変わらないだろう。

それなりに鍛えているようで実に健康的な肉体をしている。

鍛えていると言っても先ほどから感じているように、戦闘を行う者ではない。

肉体労働をする者だ。

そして先ほどから感じていたことだが……姿を見て確信した。

 

ま、眩しい存在だなぁ……

 

すでに夕方も過ぎ、夜へとさしかかった時間帯。

後光などあるはずもないのに、この男からは後光が差しているのではないかと錯覚するほどの「陽」の気があふれ出ている。

気配も眩いと感じるほど活力に充ち満ちていて……何というか、もう本当に眩しいとしか言いようがない存在だった。

 

しかもイケメン……この気配から言って性格も悪くないだろうな……

 

「おぉ、貂蝉! 急にいなくなったから探したぞ!」

「華佗ちゃん! 嬉しいわぁ! もう、ほ・れ・ちゃ・い・そ・う・よぉ~ん!」

 

くねくね動くな気色悪い……

 

何というか、筋肉もりもりマッチョマンが、くねくね腰を動かしているのが失礼だが実に気持ち悪かった。

しかし新たにきた男は嫌な顔一つせず、笑顔で貂蝉と会話をしていた。

もう気配通りというか……「陽」の気を発しているだけあって、実に人格者な感じだった。

 

「ありがとう。貂蝉を見つけてくれたんだな。俺は華佗。五斗米道の教えを受け、大陸を旅しながら医者をやっている。君は?」

 

あぁ、なるほど医者か……納得できる感じだ

 

五斗米道とやらはよくわからんかったが、それでもこの男が医者をやっているというのは、実に俺自身すぐに納得が出来る職業だった。

 

「ご丁寧に。俺の名は刀月。姓は入寺。旅の者だ。華佗さん」

「さんなんていらないよ。よろしく、刀月」

「こちらこそ、華佗」

 

実に快活にそう挨拶をしてきて、さらに笑顔で手を差し出してきた。

俺としても断る理由もなかったので、気持ちよく握手をすることが出来た。

 

「あらん! イケメンが二人が笑顔で握手するなんて! わたし、どうすればいいのかしらん!?」

「どうもせんでええわ」

「い、イケ? と、とりあえず何もしなくて良いぞ貂蝉」

 

横文字はさすがにわからないが、貂蝉の反応には華佗も苦笑していた。

困っているほどではないが、しかし嬉しいわけでもないのだろう。

 

まぁそれも当然か……

 

「それで、刀月はここで何をしているんだ?」

「俺はここよりもっと下流で野営の準備をしていて……材料を探しに上流まで来てみたらこいつがおぼれていたようだったんでな」

 

気配を察知してここまできたと言っても信じてくれないと思い、俺は無難な嘘を言っておいた。

華佗としても別段疑う理由もないので、それを普通に信じてうなずいていた。

 

「野営の準備が必要なら俺のところにくるか? 火も興しているし、食料もそれなりにあるが?」

 

これは善意だけではなく、貂蝉と話す機会を作るために提案したことだった。

あまり長い時間話をしたいわけではなかったが、それ以上に情報が欲しかったのだ。

しかし、そう簡単にいくほどあまくはないようだった。

 

「その申し出はありがたいんだが、今日は夜通し歩いて次の村に行かなければならないんだ」

「……そうか」

 

俺は立ち寄らなかったが、少し手前に村があったのは把握していた。

確かにあの村であれば、夜通し歩けばたどり着くことは出来るだろう。

そして夜通し歩く……この乱世の中にあっては危険な行為を行うというのは、医者として一人でも患者を救いたいという思いなのだろう。

他人のことなど知ったこっちゃない……とまでは言わないが、それでも己を優先する俺だが、さすがに己のために「医者」の華佗を引き留めることは出来なかった。

武術が出来るようには見えなかったので、恐らく華佗の護衛をしているのは貂蝉だろう。

俺の攻撃すらも防いだ男だ。

その辺の夜盗など……束になっても勝てるわけがない。

 

「ならせめて、しばし待て」

 

華佗を引き留めることをいい、返事も待たずに俺はきびすを返して自らの野営地へと向かい、道中採取しておいたそれなりに日持ちのする食料……木の実やジビエの燻製肉……を持って華佗の元へと戻り、それを渡した。

 

「夜通し歩くのだろうが、歩きながらでも食べられるなら食べた方がいい。だがどちらも保存食だから消化にはあまりよくない。出来れば調理してから食べてくれ」

「!? 済まない、恩に着るよ」

 

華佗が俺の台詞に驚いていたが……恐らく消化に悪いということが驚きだったのだろう。

この時代に来て思ったのは……当然だがあらゆる事が未熟な事だった。

食料にしても、調理にしても、食事の仕方にしても……。

それは平行世界とはいえ未来からきた俺からすれば当たり前なのだが、しかし逆に言えばこの時代に医者とはいえ消化にいい、悪いがわかっている華佗という存在は、本当に優秀なのがよくわかる。

 

「それじゃ、刀月。また会おう!」

「じゃぁねぇん、刀月ちゃん」

「あぁ。気をつけて」

 

ウィンクしながら去っていった貂蝉に一泡吹かせようと一瞬能力の使用を考えたが……魔力の無駄なので普通にやめた。

そして貂蝉という存在について嫌々ながら考察をした。

というか、すでに結論は出ていたと言ってよかった。

 

異物ではないが……俺と同じような存在と言うことだろうな……

 

横文字。

俺の攻撃を防ぐことが出来るほど武力。

そして異世界……平行世界からの存在を知っていること。

にも関わらず己自身の事を異物と言わなかったということは、使者ではないが何らかの強力な力なり何かしらを有した存在と言うことだろう。

先ほど思ったことだが、観測者というのは言い得て妙な感じだった。

 

そして俺に情報を与えたという事は……間違いなく黒幕が今回の課題ということか……

 

突如として人形のような存在を召還した存在。

使者という言葉を信じるのであれば……使者である俺をつぶしにかかったという事実に他ならない。

 

まぁだいぶ有益な情報だったな

 

ある程度はわかっていたことだが、確信に至ったのは実に収穫と言っていいだろう。

いろいろと心中複雑ではあったが……とりあえずそれとなく目標がわかった事でよしとして、俺は自分の野営地へと戻って軽く食事をして、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 




わかるかもしれませんが、これ元々二つに分けていた物を、上げる直前に

×3にできることに気がついて急いでつなげました

変でも許してください!w

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