亜利沙が魔法少女トゥインクルリズムに加入する話を書きました。
 一部、流血表現等がありますので、なんでもOKな方のみ突き進んでください。

 亜利沙って、自分のためじゃなくて、他人のために頑張れる子だと思うんですよ。
 その他人っていうのは、大衆ではなくて、特定個人だと思っています。

 そんな彼女は、正義のヒーローではないかもしれません。
 ですが、誰かのヒーローにはなれるかもしれません。

 そんな感じです。

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 前回までの魔法少女トゥインクル・リズム!
 私、七尾百合子! 普通の中学生だったんだけど、ある日、妖精のぴーちゃんに貰ったラブプリズムで、魔法少女に変身しちゃったの! 悪の組織、ギョーカイジン達と戦うことになった私。どんな相手でも、この魔法少女の力で、蹴散らしてみせる!
 ……って、思ってたんだけど。ギョーカイジンの幹部、ギロッポンにコテンパンにやられちゃった。やっぱり、私一人じゃ無理があるよね。ぴーちゃんが言うには、魔法少女は後二人いるみたい。この街を守るためにも、仲間を探さなきゃ!


第三話「新たな仲間! その名はトゥインクルアリサ!」

 亜利沙は、小さい頃からずっと、魔法少女に憧れていました。いいえ、今でも憧れています。

普段は普通の女の子。そして、変身すれば悪を懲らしめる。そんな存在に。

 何でもできる魔法、大切な仲間、悪に立ち向かう勇気。全部、亜利沙は持っていないものでした。

でもいつか、亜利沙も魔法少女になって、悪を成敗するのだと思っていました。

 亜利沙は、その日のために、魔法少女を研究してきました。日曜日の朝は、正座で待機して、どんな一瞬でも見逃すまいと、目を凝らしました。遊園地でショーがあれば、ずっと現地で応援してきました。「頑張れ、負けるな」と、自分自身の理想に向かって叫びました。

 亜利沙は、研究すればする程、魔法少女の魅力に取り憑かれていました。

 ですが同時にどうしようもなく、魔法少女にはなれない、という現実に突き当たってしまいました。

 お星様に願っても、魔法を授けてくれる妖精は現れません。

 オモチャのステッキを振っても、何も世界は変化しません。

 それでも、亜利沙は、魔法少女の研究を止めることができませんでした。幼い頃から、それしかやってこなかったからです。他に趣味らしい趣味もなく、いつしか研究は生きがいになっていました。

 

 こんなことを続けていたら、亜利沙はいつのまにか高校生になっていました。

そして、周囲から浮いてしまっていました。

 小学校までは、まだ大丈夫でした。皆も魔法少女のアニメを見ていましたし、話も通じました。

ですが、中学、高校と進学するにつれて、皆は魔法少女からは卒業してしまっていました。魔法少女は子供向けと揶揄され、その話題は嫌厭されがちでした。

 自分たちだって、ついこの間までは子供だったのに。そうやって過去を遠ざける姿は、早く大人になりたいあまりに、無理をしているようにしか見えませんでした。

 お互いの話が合わないのに、同年代の友達なんてできるはずがありません。

 亜利沙だって、友達とおしゃべりしたり、買い物に行ったり……ごく普通の青春を送ってみたい気持ちはあります。ですが、そのための努力をする気は、少しも湧いてきませんでした。

 そんなことより、魔法少女の研究の方が、ずっと楽しかったからです。

 友達がいない寂しさを感じても、その心の隙間を、魔法少女で埋める悪循環に陥っていました。

 そんな自分に焦りを感じないことに、焦りを感じていました。

 ですが、他に夢中になれることもない亜利沙は、このまま幻想を追い続けて、何物にもなれず消えていくのだと、心のどこかで諦めてしまっていました。

 

 ある日、亜利沙はいつものように、遊園地の魔法少女のショーを観に行きました。

 ステージから一番遠いベンチに座り、開演時間までワクワクする時間が、亜利沙は好きです。

 できれば最前のベンチがいいのですが、目立ちますし、何より他の観客の多くは幼女先輩なのです。同じ魔法少女を愛する同志として、迷惑をかけたくありませんでした。

 そろそろ開演だ、とポケットからオペラグラスを取り出したところで、違和感を覚えました。

 いつもなら、開演前に司会のお姉さんが出てきて、注意事項等の説明があります。それが、まだ行われていません。準備が遅れているのかもしれない、とその時は思いました。

 ですが、ショーは時間になっても始まらず、アナウンスもないまま十分が経過しました。

 何かあったのでは、と周囲がザワザワし始めたその時、ステージに敵役らしい怪人が出てきました。

 待ってました、とばかりにとオペラグラスを覗きこんだことを、亜利沙は後悔しました。

 その怪人の姿は、いつものチープな着ぐるみではなく、妙にグロテスクだったからです。

 ピンク色の甲殻で覆われた身体に、何対もの膜状の翼が生え、手と思しき部分は巨大なハサミなっていました。頭部は渦巻き状の楕円形になっており、とても短い触手が覆うように生えていました。頭の先端部には小さな口のような器官があり、そこから体液が止めどなく垂れていました。

 何より異様なのは、そのハサミで、今日の主役であっただろう魔法少女を挟み、引きずっていたことでした。彼女は、まるで死んでいるかのようにピクリともせず、されるがままになっていました。

 そして、怪人はゆっくりと観客席の方を向き、口のような器官を蠢かせました。そこから出る声は低く、粘着質で、聞くものすべてに不快感を与えるような音でした。

「我が名はペリ=ドン。ギョーカイジンの幹部が一人、ギロッポン様の忠実な部下である。貴様らのドリームパワー、頂戴する!」

 ここは、喜ぶべきところなのかもしれませんでした。そんな、まるで本物の怪人のような台詞は、ショーとは思えない迫力だったのですから。

 ですが、その見た目が、声が、状況が。非現実めいているにも関わらず、どこまでも現実であるかように感じてなりませんでした。子供達は泣き出し、大人達もどう反応したらいいかわからず、おろおろするばかりでした。

 亜利沙の本能が、ここから逃げろと告げていました。明らかにおかしい状況です。オペラグラスを懐に入れ、この場から走り出そうとしました。

 ですが、亜利沙はここから動けませんでした。他の人が、誰も逃げていなかったからです。

 高校生が、魔法少女のショーの怪人怖さに、我先に逃げだす。そんな状況で動くのが、恥ずかしいと思ってしまいました。

 そうだ。きっとこれはショーの一環なのだ。だから大丈夫。

 ここから逃げ出す勇気もない亜利沙は、情けない現実逃避をするしかありませんでした。

 そんな亜利沙を嘲笑うように、ペリ=ドンと名乗った怪人は、魔法少女役の女性を観客席に向かって放り投げました。そして、両手のハサミを観客席に向けて突き出しました。

 そこでやっと、皆、これは異常事態であると気付きました。徐々に悲鳴があがり、パニックになりながら、我先に逃げようとしました。

 ですが、ペリ=ドンのハサミを向けられた人は、糸が切れた人形のように倒れてしまいました。

 まるで、生命に必要な何かを吸い取られてしまったかのように。

 亜利沙も、今度こそ逃げようとしました。ですが、恐怖のあまり身体は動かず、その光景から目が離せなくなっていました。

 一人、また一人倒れてき、ゆっくりとペリ=ドンのハサミが動き、ついに亜利沙の方に向きました。

 ――なのに、亜利沙は何故か倒れず、意識を保っていました。歯の根が合わず、身体は震えが止まらず、下半身は生暖かくなっているのに。いっそ、気を失った方が楽だったのかもしれません。

 ペリ=ドンは、亜利沙に頭部の触手を向けると、興味深そうに語り掛けてきました。

「ほう、ドリームパワーを吸われて、平気な人間がいるとはな。いや、貴様は違うな」

 背中の羽をはばたかせると、亜利沙の近くまで移動してきました。そして、頭部を亜利沙に近づけてきました。その光景は、どこまでも悪夢のようで。ですが、その口から洩れる生臭い吐息は、どうしようもなく現実でした。

「貴様、現実に生きる気力を持っていないな。自分の夢を持たず、怠惰を、退廃を良しとしているな。成る程、興味深い。サンプルとして、脳髄だけ頂こう。ギロッポン様の研修材料となれること、誇りに思うといい」

 ペリ=ドンは、花が咲くように、その口ごと頭部を裂き、皮膚を大きく広げると、頭上から亜利沙に覆いかぶさってきました。その口腔には光も何も無く、ただひたすらに暗闇が広がっていました。

 亜利沙の命は、このままでは消えてしまうでしょう。なのに、身体は動いてくれません。亜利沙の憧れる魔法少女は、この状況でも諦めることなく、最後まで足掻くでしょう。ですが、亜利沙は、どこかで諦めてしまっていました。絶対的な恐怖の前に屈してしまいました。

 魔法少女は、こんな化け物と相対していたのでしょうか。こんな恐怖に立ち向かっていたのでしょうか。亜利沙にはできません。できっこありません。結局、魔法少女は空想の存在なんです。そうです。そうに違いありません。

 そうでなければ。

 こんな、こんな化け物に立ち向かえる人なんて、いるわけがありません。魔法があったところで、恐怖の前には心が折れてしまうじゃないですか。

 ――こんな時でも魔法少女の事を考えてしまう亜利沙は、最期にそんな、自分の憧れを壊すようなことを漠然と考えていました。

「お願い、トゥインクルサイズ!」

 亜利沙が怪人という闇に覆われ、その口が閉じられようとした時、少女の声が聞こえてきました。

 同時に、周囲に強烈な風が吹き抜けました。思わず腕で顔を覆うと、ペリ=ドンが苦悶の声を上げるのが聞こえました。薄目で見れば、ペリ=ドンは亜利沙から離れており、胴体には、深い傷が付いていました。切り裂かれたような傷口からは、緑色の血が溢れ、その隙間から薄っすら臓器のようなものが覗いていました。

そして、私とペリ=ドンの間には、いつのまにか少女が立っていました。

いいえ。正確に言うならば。

 ――魔法少女が立っていました。可愛らしいゴシック調のワンピースに身を包み、背中には二つに分かれた青いマントをはためかせていました。

 手には不釣り合いな程巨大な鎌を持っていました。その大鎌は、ゲームの世界にあるような、ゴテゴテした装飾が散りばめられていました。お世辞にも、実戦向きの武器には見えません。ですが、その威力はペリ=ドンの傷が示していました。

 少女は大鎌を振り、ついた血をはらうと、亜利沙を守るように構え直しました。

 彼女の肩のあたりには、ピンク色の鳥のような生物が、寄り添って浮いてしました。ころころと丸っこい身体に、両手には短い羽根が生え、やたらと長い尾羽がありました。亜利沙の知っているどの生物にもあてはまらないその姿は、まるで妖精のようでした。

「誰だ、貴様は! まだ我々ギョーカイジンに、逆らう奴らがいると言うのか!」

 ペリ=ドンは傷を庇いながら、少女にハサミを向けました。それを受け、少女は大鎌を相手に向け、応えるように名乗りをあげました。

「私は、平和へのプロローグ、トゥインクルリリー! 貴方の思い通りになんか、させません!」 

 トゥインクルリリーと不敵に名乗った彼女は、こちらを振り返り、「もう大丈夫だよ」と、安心させるような優しい笑みを向けてくれました。

 その姿は、亜利沙が憧れた魔法少女そのものでした。同性から見ても、ため息が漏れるほど可愛い顔立ち。カッコいい衣装と武器。さっそうと現れ、悪に立ち向かう姿勢。

 亜利沙がなりたかった存在が、今、目の前にいました。助かったという安堵と、自分の憧れが現れた興奮で、地面にへたり込み、泣いてしまいました。

 そんな亜利沙を見たリリーちゃんは、あたふたしていました。

「だ、大丈夫だよ、私が守るから! ごめんね、遅れちゃって」

「リリー! 急ぐっぴ! 皆、ドリームパワーが吸われてしまってるっぴ! 早くしないと、目を覚まさなくなっちゃうっぴ!」

 ピンク色の妖精が、焦ったように短い羽根を羽ばたかせて言いました。

「わ、わかった。ぴーちゃん、その人をお願い!」

 リリーちゃんは、どこからともなくコンパクトを取り出し、その中心の宝石に触れました。

 すると、コンパクトは、『ウィンド・プリズム』と応え、大鎌が緑色の光をまといました。

「いきなさい、トゥインクルサイズ!」

 その声に合わせて大鎌を振るうと、凄まじい風が起き、ペリ=ドンだけを器用に屋外ステージまで吹き飛ばしました。

 リリーちゃんは、ペリ=ドンを追いかけステージに乗り、大鎌で追撃をかけました。ですが、ペリ=ドンは態勢を立て直すと、ハサミで大鎌を受け止めました。甲高い金属音が響き渡り、その衝撃の余波で、亜利沙の髪が逆立ちました。

 あまりの光景に放心していると、ぴーちゃんと呼ばれた妖精が、心配そうに覗き込んできました。

「私は、妖精のぴーちゃんだっぴ。君、大丈夫っぴ? ともかく、間に合って良かったっぴ」

「だ……だいじょうぶ……です……」

 まだ身体が震えていて、上手く喋れませんでしたが、何とかそれだけ絞り出しました。

 ぴーちゃんは安心したように頷くと、ステージの方に向き直りました。亜利沙もステージを見やりましたが、肉眼では二人の戦いはぼんやりと見えるばかりでした。

「まずいっぴ……相手が強すぎるっぴ。このままじゃ、リリーが!」

 その戦いを見たぴーちゃんは、悲痛な声をあげました。まさか、そんな! 亜利沙を助けてくれたかっこいい魔法少女が、あんな奴なんかに。

 亜利沙は、信じられなくて、信じたくなくて。オペラグラスを取り出すと、ステージを見ました。

 ステージで戦うリリーちゃんは、果敢にペリ=ドンに切りかかっていました。ですが、その刃は全てハサミで受け止められていました。

 むしろ、ペリ=ドンの反撃を流しきれず、リリーちゃんの方が負傷していました。致命的な怪我はしていないものの、衣装は破け、所々に血がにじんでいました。

 さらに、ペリ=ドンの胴体の出血はいつのまにか止まっており、徐々に塞がりつつありました。なんという回復力でしょうか。このままリリーちゃんが有効打を与えられない限り、押し負けてしまうのは時間の問題でしょう。亜利沙は、オペラグラスから目を離すと、ステージに向かって叫びました。

「リリーちゃん! 逃げてください! 勝てませんよ!」

 悲鳴のような、黄色く掠れた声が喉から出てきました。リリーちゃんが負けるところなんて、見たくありません。例え逃げた結果、亜利沙や皆が死ぬことになったとしても。

 ですが、リリーちゃんは、どこまでも正義の味方でした。

「逃げません! 物語の主人公は、誰かを見捨てたりしないんです!」

 リリーちゃんはそう叫ぶと、乱れた呼吸を整えて、怯むことなく大鎌を構え直しました。

 その行動は、魔法少女として正しいものなのでしょう。

 ですが、戦局は絶望的です。いつあのハサミで両断されるかわかりません。

 亜利沙は、震える膝に活を入れて立ち上がり、ぴーちゃんに詰め寄りました。

「ぴーちゃん! リリーちゃんを止めてください! あの怪人は強すぎます!」

 ですが、ぴーちゃんは苦虫をかみつぶしたような表情で俯いてしまいました。

 リリーちゃんを止めようともしません。

「……ぴーちゃんだって、止められるなら止めたいたいっぴ。でも……でも! 魔法少女は今、リリーしかいないっぴ! それに、今ここでアイツを倒さないと、他の街にも被害が及ぶっぴ! 皆も、君も、助からないっぴ!」

 ……だから、リリーちゃんを見殺しにするんですか。亜利沙達を助けるために。

 どうして。どうして、傷だらけでも立ち向かえるんですか。あの恐ろしい怪人に。

「――リリーちゃんは、怖くないんですか。皆のために、亜利沙なんかのために戦って。死ぬかもしれないんですよ!」

 亜利沙の言葉に対して、ぴーちゃんは、怒りに満ちた表情で、その体を亜利沙にぶつけてきました。

「リリーを良く見るっぴ! 怖く無いわけなんか無いっぴ! でも、リリーは、皆のために頑張ってるんだっぴ! この街が好きだから頑張ってるんだっぴ!」

 怖くないわけがない? そんな馬鹿な。なら、どうして、逃げ出さないのでしょうか。

 亜利沙は、オペラグラスを覗き、もう一度ステージを見ました。

 ペリ=ドンの胸の傷は、すでに綺麗に治ってしまっていました。

 一方、リリーちゃんは、体中から血が滲み、無事な箇所を探す方が難しい状況でした。

 何とかペリ=ドンの攻撃を受け止めていますが、もう限界は近いでしょう。それでも、リリーちゃんは必死に大鎌を構えていました。

 そして、その足は、その手は。

 

――亜利沙と同じように震えていました。

 

 気付けば、亜利沙は声にならない悲鳴をあげていました。やっと、亜利沙はわかりました。魔法少女でも、怖いものは怖いのだ、という当たり前のことを。

 ですが、その恐怖を無理矢理勇気で押さえつけて、戦っているのです。菜種油を絞るように、立ち向かう勇気を、死ぬ程無理して出しているのです。亜利沙より、ずっと怖いはずなのに。

 亜利沙は、余りにも非力で、弱虫な自分自身を心底呪い、涙がまた溢れてしまいました。

 リリーちゃんは、あんなに傷だらけになりながら戦っている。

 なのに、亜利沙は、リリーちゃんに、何もできないのでしょうか。

 亜利沙にできること。

 ここがステージで。今、魔法少女が怪人と戦っている。

 そんな中、亜利沙ができることは。

 亜利沙は、オペラグラスを放り捨てると、ステージに向かって叫びました。

「リリーちゃん! そ、そんなやつ、倒しちゃってください! 負げないでぇ!」

 嗚咽まじりの汚い声ですけれど。

 もし、ショーが開催されていたら、皆でかけていたであろう言葉を、懸命に叫びました。

 その時、ぴーちゃんから光が溢れだしました。その光は球状になり、ぴーちゃんから飛び出すと、亜利沙の目の前に止まりました。そこには、リリーちゃんのモノと同じコンパクトが浮いていました。

「す、すごいっぴ! トゥインクルパクトが、君を主人と認めたっぴ! それを使えば、魔法少女に変身できるっぴ! お願い、リリーを助けてほしいっぴ!」

 ぴーちゃんが、バタバタと上下に動きながら、亜利沙に懇願していました。

 あんなになりたかった魔法少女になれる。なのに、亜利沙は躊躇っていました。

 このコンパクトを取ったら、きっと今日みたいな怖い思いを、これからずっと、することになるでしょう。それを考えただけで、亜利沙は身体の震えが強くなり、落ち着かない気持ちになりました。

 それでも。

 それでも、亜利沙を助けてくれたリリーちゃんを、見捨てたくありませんでした。

 こんなに頑張っているリリーちゃんが助からないなんて、あっていいはずがありません!

「わかりました! 亜利沙、いきます!」

 コンパクトを手に取ると、脳内に不思議な言葉が溢れました。その言葉の意味なんて何一つわかりません。ですが、何をすれば良いのかはわかりました。

「ありがとうっぴ! このラブプリズムを使うっぴ!」

 ぴーちゃんは、緑色を帯びた宝石を亜利沙に投げました。それを受け取ると、コンパクトの中心にセットし、頭に浮かんだ言葉を唱えました。

「ラブプリズム、セット!」

『アリサ・プリズム』

「トゥインクル、リザーブ! プリズム・トランスフォーム!」

 亜利沙の叫びにコンパクトが応えてくれました。

 次の瞬間、周囲に光が満ち、亜利沙は世界から分断されました。

 沢山の魔法陣が宙を漂う、円形の空間に飛ばされた亜利沙達は、まず衣服が消え去りました。

 そして、コンパクトから魔法の帯が飛び出し、亜利沙の全身を覆っていきました。

 手首が、足首が覆われる度、亜利沙の服は変わっていきました。その度に何か不思議な力が高まっていくのを感じました。全身から力がみなぎった時、光は消え、現実世界へと戻ってきました。

 亜利沙は、憧れる魔法少女になってしまいました。超常現象そのものと言ってもいいでしょう。

 そうです。今の亜利沙は、いいえ、アリサは!

「夢見る超常現象! トゥインクルアリサ!」

「やったっぴ! 二人目の魔法少女、誕生だっぴ!」

 魔法少女といえば決めポーズ。片足を上げ、両目の前にダブルピースを構えました。

 ぴーちゃんといえば、興奮気味に亜利沙の周りをふよふよと飛び回っていました。

 恥ずかしくなったのでポーズをやめて、自身の衣装を眺めてみました。

 アリサの服は、リリーちゃんと同じ衣装に変わっていました。ただ、色は、リリーちゃんが青色だったのに対し、アリサの衣装は緑色を基調としていました。

 やっぱり、というか。レッドではないですね。元が亜利沙ですから。

「待っててください、リリーちゃん。今、アリサが行きます! ラブプリズム・セット!」

『ウィップ・プリズム』

 再びコンパクトの中心の宝石に触れると、コンパクトはそれに応えました。

 アリサの手に光が溢れ、いつのまにか武器が握られていました。

 ですが、それは鞭とは名ばかりの物でした。剣の刃の部分が、ワイヤーで何個も繋がれている、蛇腹剣と呼ばれる物騒極まりない武器でした。

 アリサは鞭を構え、ステージに向かって駆け出しました。

 

 ――ステージでは、リリーちゃんは傷をおさえ、膝をついていました。大鎌はハサミに弾かれてしまったのでしょう。ステージの端に刺さっていました。

 そんな状況でも、リリーちゃんはペリ=ドンを睨みつけていました。

 ペリ=ドンは、右のハサミを開き、リリーちゃんめがけて突き出しました。

「貴様は、人間にしてはよくやった方だ。だが、喧嘩を売る相手を間違えたな。死ね!」

「させません! トゥインクルウィップ・パニッシャー!」

 間一髪。ステージの下、最前席からアリサの放った鞭が、右のハサミを絡めとり、リリーちゃんに当たる直前で止まりました。

「え、さっきの……どうして!?」

 リリーちゃんが、驚きに満ちた表情で、アリサを見ていました。

 間に合った安堵でまた泣きそうになりましたが、ぐっとこらえました。

 今は泣くのも、喜ぶのも、怖がるのも。全部後回しです。

「説明は後です! トゥインクルサイズを取り戻してください! ちょっとの間だけですけど、アリサが抑えます!」

 鞭を引き、魔力を込めて、アリサは答えました。

 リリーちゃんは、最初は戸惑っていましたが、すぐに頷くと、大鎌の元に走り出しました。

 一人では勝てないかもしれません。

 でも、二人なら。勝機があるかもしれません。

「行かせるか! こんな鞭なぞ……」

 そう言って、鞭を振りほどこうとしたペリ=ドンは、右のハサミからステージに倒れ、そのまま床にめり込みました。立ち上がろうとしても、右のハサミが地面から離れず、まともに動けない状態になっていました。

 ペリ=ドンは、頭部の触手を激しく蠢かせると、怒りに満ちた声を上げました。

「貴様、我に何をした! この重さ、何なのだ貴様は!」

「この鞭にまかれたものに限り、アリサは重力を操ることができます。アリサが魔力を込めれば込めるほど、貴方の腕は重くなるのです! さぁ、観念しなさい!」

 アリサは全力で魔力を流し、ペリ=ドンを拘束しました。ハサミが、ミシミシと嫌な音を立てステージに沈んでいきます。これで、十分時間稼ぎはできるだろうと思いました。

 ですが、ペリ=ドンは諦めるとごろか、無事な左腕のハサミを大きく広げました。

「これしきのことで、小娘ごときに負けてたまるか!」

 ペリ=ドンは、あろうことか左のハサミで鞭を右腕ごと切り落としました。切断面から緑色の血を吹き出しながら、咆哮を上げ、アリサに突撃してきました。

 ヒッ、と声にならない悲鳴が出ましたが、リリーちゃんのことを思い浮かべ、なけなしの勇気を振り絞りました。今は、怖がっている場合ではありません。

 鞭を引き寄せ、今度はペリ=ドンの胴体に巻き付けました。魔力を流し、ペリ=ドンの体制を再び崩そうとしました。

 ですが、ペリ=ドンは倒れるどころか、左のハサミで首を切断し、頭部だけをアリサに向けて飛ばしてきました。その口は、亜利沙を飲み込もうとしたときのように、大きく広がっていました。

 ……嗚呼、アリサは、ここまでのようです。もう鞭を引き寄せたとしても、それより前にペリ=ドンの首が、アリサの首を噛みちぎるでしょう。

 ですが、不思議とアリサの心は落ち着いていました。

 だって、リリーちゃんを助けられたのですから。

 ここまでダメージを与えられたなら、後は、リリーちゃんの大鎌で何とかしてくれるでしょう。

 アリサの人生は、無駄じゃなかったのです。ちゃんと、意味がありました。

 

 ――そんなアリサの最期の想いは、天使のように透き通った声に止められてしまいました。

「屈んでください!」

 その一言でハッとなったアリサは、急いで屈みました。

 次の瞬間、強い風と斬撃が、さっきまでアリサの頭があった場所を通過しました。

 振り返れば、観客席のベンチに、ペリ=ドンが大鎌で縫い付けられていました。刃が頭部に深々とささり、しばらくピクピクと痙攣していましたが、やがて動かなくなりました。

「か、勝った……アリサ、生きてます……」

 アリサは、緊張の糸が切れたのか、地面にへたり込んでしまいました。もう、一歩も動ける気がしません。文字通り、一生分の勇気を振り絞りました。

「だ、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!」

 リリーちゃんが、アリサに駆け寄って来てくれました。リリーちゃんの方がボロボロなのに。

 心配されるのは申し訳なくて、立ち上がろうとしました。ですが、腰がぬけてしまったのか、とても動ける状態ではありませんでした。なので、なんとか笑顔だけ取り繕いました。

「怪我は無いですけど、身体が動かないです……。それより、リリーちゃんは大丈夫、ですか?」

 そんなアリサを見て、リリーちゃんは泣きそうな顔で、アリサを抱きしめてくれました。

「なんであんな無茶したんですか……。あと少しで、死んでいたのかもしれませんよ」

 本当に、リリーちゃんは天使なのかもしれませんでした。こんなアリサを気遣ってくれて、大切にしてくれるなんて。それだけで亜利沙は死んでも良いのかもしれません。

「リリーちゃんだって、アリサの……皆のために戦ってくれたじゃないですか。だから、今度はアリサが助ける番なんです。それに――」

 アリサはリリーちゃんの目を見ました。人の目を見て話すなんて、家族以外だといつ振りでしょう。

「それに、アリサの理想の魔法少女は、リリーちゃんなんです。だから、死なせませんよ」

 やっと出会えたアリサの憧れなのですから。

 そのためなら、命をかけられます。

 そんなアリサの告白も、遠くから聞こえてくるサイレンに邪魔をされてしまいました。

「大変だっぴ! 警察が来ちゃったっぴ!」

「ええ! ど、どうしよう……。ステージ滅茶苦茶だし、みんなまだ寝てるし……」

 わたわたとぴーちゃんとリリーちゃんが慌てています。

 この惨状は放っておけません。かといって警察に見つかるとまずいでしょう。奇抜な衣装を着た二人に、妖精なんて怪しさ満点です。

「大丈夫っぴ。みんなじきに目を覚ますっぴよ。リリー、アリサを連れて、逃げるっぴ!」

 リリーちゃんは、アリサの肩と膝裏に手を回し、抱きかかえるようにして持ち上げました。

(お、お姫様だっこ!)

 顔を真っ赤にして悶絶するアリサを余所に、リリーちゃんは空へと逃げ出しました。

 嗚呼。アリサは……アリサは幸せものです!

 幸せを噛みしめるアリサに、リリーちゃんが、改まった表情で話しかけてきました。

「ええと……アリサさん。さっきはありがとうございます。貴方のお陰で助かりました。もし良ければ、私と一緒にこの街の平和を守ってくれませんか?」

 リリーちゃんからの提案は、やはり魔法少女へのお誘いでした。

 正直、アリサには、亜利沙には、リリーちゃんのような正義感はありません。

 この街も、人も、怖い目にあってまで守りたいなんて思えません。

 いつだって、中心にあるのは魔法少女なんです。

 だから、アリサはこう答えます。

「……わかりました! アリサ、魔法少女、頑張っちゃいますよ! 任せてください!」

 アリサの最推しの子を守ることで世界が守られるなら。

 それは、やぶさかではありませんでした。

 




 普段はpixivで活動していますが、こちらでも投稿してみようかと思います。
 楽しんでいただけたのであれば、幸いです。

 こういうのが趣味です。同志諸君はよろしくお願いいたします。

 また、今回出てきたギョーカイジン・ペリ=ドンは、元ネタがいます。
 クトゥルフ神話のミ=ゴという怪物です。
 割と怖い見た目なので、大丈夫な方は検索してみてください。
 それでは、またどこかで。

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