冥府の眷属 作:ぶっちかん
「ここに来るのも一苦労...」
13階層への階段が見える。ここまでの戦闘で十分に武器を操ることができることを試した上での戦闘だ、慣れたとまでは言わないが戦うことはできる。
「よし。」
躊躇いを持たずに踏み出す。
「中層ってのは聞いたが...さて、どんなものやら。」
階段を下り、死線を越える。
「さて...」
降りて最初の感想は――若干、暑いといったところか。誤差程度ではあるが、それが所感。そして、ここまでと比べ広大である。
自身の体躯ほどもある巨斧を担いで、前へ。
「...」
においも違う。...何かが焼けたかのような臭いがかすかにする。
「炎...か。魔法かモンスター...モンスターか?」
魔法だけならば、全体的な温度の上昇にはつながらないだろう。精々が一時的なもの。絶えず...とは言わないが短期間で使用されている。
『ウウゥ...』
「――。」
唸り声...狼のものと酷似している。
「早速来たか。」
歩み出たその場所は一つの広間、待ち構えていたのは予想通りの狼だが、大きさは大型犬といったものを超えている。
「...5、か。」
踏み込み、接近する。
『オオオオオオッ!!』
無論傍観してくれるわけもなく、噛みかかってくる。
「っ、らぁッ!!」
体ごと瞬時に回転させ、その慣性のまま真横から刃を叩き込み破壊する。さらにそのままもう一体を巻き込み、斧ごと地面にたたきつける。
『オァァ――ッッ!!』
――熱気を感じた。柄を軸に体を斧の上へ。そして踏みつけ、上へ飛ぶ。
「っ...!」
その瞬間、斧と地面が炎に包まれ見えなくなった。
「――はッ!!」
真上から狼の脳天を踏みつけ、すぐさま真横へ蹴り飛ばした。口が閉じられた狼はそのまま、自身の炎で破裂する。
爆破にもう一匹を巻き込み、残るは一匹。
「ッ!」
狼を見る、だがあまりに近い。既に狼はとびかかってきていた。間違いなく瞬きをする程度の時間でその牙が自身を襲うだろう。
どうするか。考えている暇はない、できることをするだけだ。
『――ッッ!?』
自身に牙が食い込むこと前提に、口へ両腕を突き刺す。
「ハッ!!!」
内側から能力を最大限発揮し、無理やり引き裂く。
「っつ...!」
炎を放っていたのだ、当たり前だが熱は残っているだろう。現に今腕を焼かれた。
「...まぁ、この程度ならいいか。」
痛みはあるが、それだけだ。伊達に10年以上回復だなんだのと無関係な場所にいたわけじゃない。
過去、大怪我をしても隠し通した自分を今になってほめてやりたいと思う。...流石に道具については、ごまかしきれず、モンスターを......あぁ、どうやら迷宮は回想に浸らせてはくれないようだ。
斧を引き抜き、モンスターの群れと向かい合う。
「上等だ、虫ケラ共!!」
「なぁ、聞いたかレイちゃん。最近中層に現れた奴のうわさ。」
「はぁ、奴...ですか?」
一人の冒険者がアドバイザーへの相談中の雑談として、その話題を切り出した。
「十日程前か、中層に体つきに似つかない巨斧を持って迷宮を闊歩する怪物が現れた。あぁ、怪物ってのは比喩表現だ、だが、あの戦い方は怪物と言われても仕方ねぇなぁ」
「...冒険者、ですかね。体つきに似つかない巨斧...」
ん?と顔をしかめるアドバイザーをよそに、男は再び口を開く。
「13、14階層だけらしいが、モンスターをその斧で一掃! 受けた傷もそのままに迷宮を駆け巡る。まさにあれは...そうだな、闊歩する怪物ってなもんだ!!」
「あ、あの、一つよろしいですか?」
「ん?あぁ、もちろん。」
「...その怪物とは...このような人ではありませんでしたか?」
仕事上いつも持ち歩いている一覧の中から一枚の似顔絵を取り出し、冒険者に問う。
「おぉ、そうそう、こいつだ!」
「.........そうですか、ありがとうございます。」
アドバイザーの脳内は、疑問だらけではあったが、ここは落ち着いて――
「――っ、ど、どういうことですかっ、も、もっと詳しくっ!!」
つい、取り乱すほどの情報であった。
「ここらの敵はもう慣れたな...」
斧を担いで狩りつくした怪物達の残骸、塵の上を踏み進んでいく。
「次だ。」
少年は狂気的な笑みを浮かべ、自身の興味を惹く迷宮、その深部へとさらに歩みを進めた。
「...?」
さらに、空気が若干変わった。
「...血の臭い...」
つまりは、この近くで無残にもモンスターに殺された冒険者が居るということだ。
「ま、自己責任ってやつだよな。」
この世は弱肉強食。弱い者が死ぬことは仕方がない、自由を求めるものには力が求められる。
「...」
死体の数は4、体は所々が欠けている
「――、――ッ!」
背後から投擲された斧を、紙一重で回避する。
「...っ、牛の頭をした怪物.....あぁ、あぁなるほど、テメェがあの、ミノタウロスか!」
かつて読んだ童話にも載っていた怪物、それが目の前のモンスターのことを言ってるのは明らかであった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
咆哮を受け、体に電流が走る。
「...っ。...最高だな。」
思わず笑みが浮かぶ。その反面、本能はかつてないほどの警鐘を鳴らしてくる。
興味をとるか、本能をとるか、ここは...
「本能、だな。」
そして、今頃投擲された斧が壁に激突したのか、破砕音が背後から聞こえてきた。
『オオオオオオ――――ッッ!!』
それを口火に、雄牛がこちらへ向け疾走してくる。
「――。」
先ほどの音からしてこの先は行き止まり...
「...あぁ、なるほど。」
このミノタウロスを超えなければ、逃げることはかなわない、この冒険者たちも同様の手口で殺されたか。
足は恐怖を覚えながらも、十全に力を引き出すことができる。
「――下がる道は無いな。」
逃げ場がなければ逃げれない、自明の理である。
まっすぐこちらへ向かって来る雄牛へ、斧を投擲する。いや、正確には、少し上へ。
これ余裕とばかりに、雄牛は姿勢を低くし斧を回避する。
雄牛が前方へ一瞬そらしただけの目線を戻すと、既にそこには目標は居なかった。
「まぁ、進む道はあるわけだ。」
背中を踏まれ、背後へ回られる。――いや、逃げられる。
『アアアアアッ!!』
全力で停止をかけ、背後へ振り返る。
怪物には自我が芽生えかけていた。それは、他者への優越感が起点となっていた。
冒険者たちを殺した、その方法がたまたま食いちぎるという方法だっただけだった。その時、なにか、石のようなものをかみ砕いた。それが魔石であることへの理解はなんとなくできた。
優越感から始まった自我故に、自分から逃げおおせようとする存在には強い怒りが沸いた。自分より強い存在にも怒りが沸いた。
強くなればこの優越感は失われない、本能で理解し行動に移していた。最初と同じように冒険者を殺し、魔石を食らう。同胞を殺し、魔石を食らう。
だから、今回も同じだ。また喰らえばいい、そう考えていた獲物が自分の頭の上を飛び越えた。逃げられることだけは許せなかった。何者であろうとも、何であろうとも。
憤怒に包まれた怪物がそこに居た。
その怪物の目に映るのは同じく、怪物のような形相をした何か。先ほどまで追っていたはずの獲物は消えていた。
だが、怪物からすればどうでもいいことだった。
――眼前の敵を排除するだけ、それでいい。
恐怖を興味が打ち消した。本能のまま、怒りのまま、力を使う怪物に対し、どうしてもこの興味へ消えそうになかった。
口端が吊り上がる。
「さぁ来い...ミノタウロス!!!」
能力全体では明らかに雄牛が先を行く。これは、どうしようもない事実であった。冒険者が勝るものといえば、積み重ねられた経験のみである。
『オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
迷宮を響かせる咆哮を上げ、怪物が爆走する。
広く見えた距離を一瞬で埋め、肉薄する。雄牛が冒険者へと行うのは突進。最大最強の矛である角が、冒険者へと――
「女神様。」
「ん...どうしたのだわ?」
夜、ベッドで眠る女神の枕元へ、少女が寄ってきた。
「...私、冒険者になります。」
「――。......どうして?」
「私が今、あの人にできることは...ありません。あの人は本来、女神様さえいればそれでいいという性格なのでしょう。」
「...っ、ま、まぁそういわれればそんなこと言われていた気がしないでも無いわねいやでも結婚はまだ早いというか多分向こうはそういうことを考えてなくて――......えっと...ごめんなさい、続けて。」
赤面から一旦、体勢を立て直し小さく一つ、咳払い。それを見届け、少女は語る。
「...私は、庇護の対象。...でも、それではダメなんです。あの人に私は何もできていない、観察対象としてのみあり続けるならばそれは観賞用の人形と何も変わらない、それは――...それは.........嫌なんです。」
願いは一つ。
「あの人を支えるものの一つに、なりたいんです。」
少年を支えるものは、女神と少年自身の望みのみ。
「...わかったのだわ。」
女神もそれがわかっていたからこそ、少女の望みを知ったからこそ、あの少年を想い、微笑む。
「貴方の迷宮入りを、私は応援します。でも、潜るからには万全を期して挑むように。貴方が死んでしまえば元も子もないのですから。」
「――...っ、はい!」
翌朝、ドワーフの男はいつものように部屋を――
「...あ?」
出ると、少女がそこにはいた。今はもう顔を知って久しい少女だ。
さらに、その隣には女神が。
「ドルムさんね。一つ、お願いしたいことがあるのだわ。」
その依頼を快諾したのは、隣室の友人から話をきいてしまったからだ。
それを聞いて、少女へ怒りを覚えることはできなくなっていた。むしろ、沸いたのは...同情だったのかもしれない。なんにせよ、自分はその少女の願いを手助けすることに決めたのだった。