狂い舞う蝶に花を   作:イベリ

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強者共

サァサァと夜風に木々が揺れ、月がいっそうにその場を照らした。

 

その場を支配する殺気、剣気は常人ならば数秒ともたずに失禁するだろう。

 

「────ッ!!」

 

睨み合いの続いた沈黙を突き破るように、まず命が飛び出した。

 

独特の緩急を付けた踏み込みは、黒死牟に無数の残像を見せた。しかし、その中から正確に命を見抜き、刃を煌めかせた。

 

「月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵ノ宮 」

 

横に広がる死の領域を、命は上に飛んで回避。それを目で追った黒死牟は、余裕で命の首を狩りとる。

 

「……小賢しい…だが…技は確か……肉の頃は…17…未だ未完成と…見た…あの方が…危惧する気持ちも分かる…」

 

しかし、それも残像。少し体を横に傾けた黒死牟の伸びた髪が、ハラリと舞った。

 

余裕のある黒死牟とは対照的に、大きく息を吐いた命の着物は、腹がスッパリと切れていた。幸い肌まで届く前に回避はしたものの、やりにくいと感想をこぼした。

 

しかし、黒死牟は自身の髪を斬り裂いた斬撃は見えていなかった。勘、動きを見ていたから避けられただけだ。長い袖で隠れた命の着物は、振りを隠す目的もある。

 

「…上手い…常に刀を体の側面に隠し…間合いを測りきれぬ…未だ…色すら見えぬか…」

 

「余裕だな、黒死牟!」

 

命に集中する黒死牟に、縁真は肉薄。そのスピードは、齢70を越えた人間が出せる速さではなく、黒死牟は素直に感心した。

 

そして、それに合わせるように背後から命も迫る。

 

「天道流 ────」

 

「武の呼吸 剣閃────」

 

似通った構えから繰り出される一撃は、黒死牟にいつかの情景を思い起こさせた。

 

天剱(アマツルギ)

 

天之羽張(アマノハバリ)

 

横薙ぎの一撃は、ほぼ同時に黒死牟の首元に軌跡を残したが、黒死牟は受けること無く上に跳躍し、2人の頭上から背中側に刀を担ぎ、大きく振りかぶった。

 

「月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面(クダリヅキ レンメン)

 

黒死牟の血鬼術により、降り注ぐような軌道で、複雑かつ無数の斬撃が放たれる。

 

しかし、その真下で2人はどっしりと構え、同時に技を放つ。

 

「 武の呼吸 天刀 火之夜藝・暁光(ヒノヤギ・ギョウコウ)

 

「天道流 火之篝毘・日陽(ヒノカガビ・ヒヨウ)

 

2人が放った立ち上る豪火の螺旋は、下段から大きく振り抜かれ、黒死牟の技を一刀のもとに斬り伏せる。

 

それと同時に飛び上がった縁真は、黒死牟に斬り掛かる。

 

「喝ァァァッッ!!!」

 

空中で真上から振り抜き、縁真が一閃。それを受け止めた黒死牟は大きく吹き飛ばされ、地面に荒々しく着地。そのタイミングは、命が踏み込んだ瞬間だった。

 

「月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間(トコヨコゲツ・ムケン)

 

命に向かい無数の斬撃が襲いかかるが、命は先の世界で見切り、斬撃の軌道を避けながらを爆進する。水底を自在に泳ぎ、鯰のようにするりと避け、黒死牟に肉薄する。

 

「武の呼吸 要刀 地鯰の癇癪」

 

真正面から迫った命は、黒死牟が反応した事を視て、剣を地面に叩きつけて軌道を変え、真横から強襲する。

 

(自重だけでなくあの速度さえも殺し、強引に軌道を変えているのか…なんという膂力…地すらも揺るがすか!)

 

内心で零した黒死牟の言葉のとおり、命が剣を叩きつける度に地が揺れ、正しく癇癪を起こした大鯰の様な力強さを見せつけた。

 

迫る剣気は、黒死牟に大鯰の尾を想起させる。

 

とてつもない威力で叩きつけられる刀は、土煙に隠れ未だしっかりとした影を捉えることが出来ずにいた。

 

(成程…恐らくこの男が、現柱の上位の者…童磨に未だ癒えぬ傷を与えた、あの刀を持つ者。)

 

そして、命の情報を聞いていた黒死牟は、刀の変化に注力していた。本当に、この男が忌々しい弟と同じ能力を持っているのか。

 

命の刃が迫る瞬間。踏み込みを変え、握りを変える。音叉のような高音が響く。

 

「月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(ゲッパクサイカ)

 

一切の振りを省き、斬撃を飛ばす。本命の斬撃に混ざる不規則な刃が弾ける。

 

(振りを省いた斬撃…!だが、甘いッ!!)

 

これを避けられなかった者がいなかった事への慢心。次の動きまで読めると言う油断。それが、僅かな隙を生み出す。

 

命の見る世界は、未来(サキ)をうつすのだ。

 

風を切る刀の軌道を無理やり真下に落とし、その衝撃を利用して飛び上がり、空中で身体を捻りながら斬撃を紙一重で回避。そのまま縦に高速で回転し、黒死牟の肩に刃を叩き落とす。

 

「武の呼吸 臨剣 炎天鳥船(エンテンノトリフネ)!!」

 

(此奴…見えているのか(・・・・・・・)!私と同じ世界が!)

 

驚愕に生まれた隙は、決して大きなものではない。しかし、命が刃を振り抜くには十分な時間だ。

 

舞いあがる鮮血。ぼとりと落ちた黒死牟の腕。確かに、命は黒死牟の技を一瞬上回った。

 

大きく飛び退いた命、縁真の真隣に着地し、荒れた息を整えた。

 

「ふははっ、やるではないか!」

 

「…はぁ…はぁ…先生。無理するなよ、何歳だと思ってる。」

 

「ククク…老兵は死なず。まぁ見ていろ。」

 

不敵に笑う縁真と、表情を変えぬ命は油断なく黒死牟に切っ先を向ける。

 

目を瞑った黒死牟が、感嘆の溜息を吐き出し、口角を薄く上げた。

 

「…貴様の剣…漸く見えた…よもや…色無しとは…初見なり…」

 

「…御明答。この短時間でよくお分かりで。」

 

「…長さは…2尺8寸…長く、厚く、硬く、重い…その大刀をその速度で扱うとは…これほどの使い手は…戦国の世でも稀であった…」

 

(…ここまで、見破られるか。)

 

そう、命の剣が黒死牟に見えなかったのは、剣が色を失い鏡のように周囲の色を反射している事で、極限まで見えにくい色をしている。

 

その大きさも、厚さも特注。命の膂力に耐えられる刀を作るとなると、これ程の大きさにもなる。

 

黒死牟は切り落とされた片腕を再生させながら、久方振りに感じる高揚感を隠すことが出来ずにいた。

 

「…これ程まで完成された剣士を見るのは…400年ぶりだ…痣すら無くそれ程までの技…やはり、血は受け継がれている…」

 

「…血だと?」

 

命の問に、黒死牟は懐かしげに語った。

 

「…親子…いや…孫と祖父(・・・・)で鬼狩りとは…なんとも感慨深きもの…」

 

「──────は?」

 

命は、黒死牟の言葉が理解できなかった。

 

孫と祖父?それは誰と誰だ?俺?俺と────先生が?

 

縁真を見れば、苦々しそうに命から目を逸らすだけ。だが、それが雄弁に真実である事を語っていた。

 

「…真実を…知らなかったのか…貴様らは血縁にある…比較的近い物だ…家督争いから逃したか…」

 

「まさか…馬鹿な…!」

 

その推察は図星だった。

 

「先生…どういう事だ!」

 

「…お前は、私の2人の子のうちの一人…我が娘…継国伊弉(イザナ)の一人息子…私の孫に間違いはない。」

 

(じゃあ、先生も…この鬼の子孫だってのか!?)

 

初めて聞く母の名。考えすらもしなかった縁真との関係に、命は激しく動揺した。

 

「家督争いから…息子娘夫婦を逃がすために名を変えさせた。1人を時透…もう1人を武布都として。」

 

「時透…!じゃあ、彼は俺の…!」

 

「会っていたのか…そうか…その子はお主の従兄弟に当たる子だ。」

 

「────後でたっぷりと話してもらうからな!先生!」

 

似ているわけだ、と内心で零した命を見た縁真は、もう十分だと黒死牟に目を向けた。

 

「…継国の家は…私の代で絶えさせる。この因縁も…血の記憶も…この技も…誰にも継がせぬ。」

 

「…嘆かわしい…それ程の技を…絶えさせるなど…同じ武人として惜しくは無いのか…」

 

「クククッ…何を言う。何も残せなかった…残そうとしなかった貴様が、未来を語るな。先を語る権利があるのは、何かを残した者のみよ。」

 

「私が…技を保存するのだ…そうする事で…得た技術を…永遠に磨く事が出来る…」

 

「それが貴様の限界だろう。技とは、始まりが至高では無い。時代を経て、形を変え…より洗礼されるのだ。私は、命にそれを思い知らされた。我らは何も…特別などでは無い。」

 

そう語る縁真に、黒死牟は嘆かわしいと言わんばかりの表情で続けた。

 

「…愚かな…人の口伝程信用出来ぬものも無かろう…貴様は老いた…全盛の時ならば…私の首にもその刃が────」

 

 

 

 

 

「────誰の全盛が過ぎたって?」

 

 

 

 

 

その言葉が続くことは無く、縁真の刃は黒死牟の首元に迫った。

 

(速い、これが先生の本気…!齢70にして、未だ全盛か!!)

 

そこから繰り出される剣技は、今こそが全盛であると誇示するように流麗で、何よりも力強かった。

 

希望が湧き出た命は、畳み掛けるように突貫する。

 

「先生!行くぞ!」

 

「おうさ!!」

 

黒死牟を吹き飛ばした縁真と並び、2人は大きく沈み、力強く踏み込む。

 

「天道流 ────」

 

「武の呼吸 刀環(カタワ) ────」

 

もう隠す必要は無いと、命は思い切り柄を握り締め剣に紅蓮を宿す。

 

黒死牟は、2匹の龍を幻視した。

 

「龍頭 光冠の舞 陽雲(ヒウン)!」

 

赫蛇王(ヒダオウ) 神祇(ジンギ)の舞・旱天(カンテン)!」

 

正にそれは、白き龍と紅き龍の夜行。特殊な歩法でうねりを描き、爪と牙が同時に迫る。

 

迫る黒刀と赫刀。

 

鳩尾から突き抜けるような焦燥。目の前の龍に切り裂かれ、噛み砕かれる未来。最早感じることは無いと思っていた、死の予感。

 

ゾクゾクと腹から湧き出る、喜び。

 

嗚呼、この男達には────本気を見せてもいいかもしれない。

 

同時に黒死牟の胴を切り裂き、そのまま2人は畳み掛けるように地を滑り、最後の構えに入った。

 

「行くぞ命ッ!」

 

「応ッッ!!」

 

背中を晒す黒死牟に、最後の一撃を加える瞬間。

 

命は、無数の斬撃を見た。

 

「先生!来るぞ!!」

 

「────!」

 

瞬間、その場全てが死地と化した。

異様な間合い、速度も今までとは一段は違う。

 

「ぬぅんッ!! 」

 

「ぐ…オオォォォォ────!!」

 

2人はその斬撃を弾き返さんと剣を振るうが、やがて2人の咆哮ごと斬撃の波に飲み込まれる。

 

地面が、木々が、岩が。全て斬られた。

 

舞い上がった土煙が晴れれば、そこには全身を斬られた命と縁真が荒い息のままその場に立っていた。

 

「…見事…今の斬撃を防いだのは…お前達が初めてだ…」

 

「何が…防いだだ、クソッタレ…!」

 

黒死牟の刀は、七支刀に姿を変え、長さを増し、間合いを大きく増やした。

 

もし、ここにしのぶがいたのなら。有無も言わさず細切れになっていた。己の判断は間違っていなかったのだ。

 

そして、後悔した。柱を呼べと言ったことを。これは、誰がいても邪魔にしかならない。カナエでも、義勇でも駄目だ。

 

「八咫!岩柱を呼べッ!その他は誰も近寄らせるな!無駄死にさせるだけだ!!」

 

「デ、デモ…」

 

「いいからお前も行け!死にたいのか!?」

 

「カ、カァー!ツタエル!ツタエルーっ!」

 

「…成程…これで明瞭となった…今の鬼狩りに…お前を越える者は…いない…つまり…お前を殺してしまえば…後は楽に済みそうだ…」

 

ドス黒い、まとわりつく様な殺気。それが2人にのしかかる。

 

(不味いな…使うか…?あの薬を…)

 

最悪の状況を想起して、懐に手を入れたその時。

 

対照的に、縁真はまた笑った。

 

「ククク…そうか…其方が本領を出すのなら…此方もやらねばなぁ?」

 

そう言って、腰に差していた古びた脇差しを抜いた。それは酷く錆びついているような見た目をしているが、その刀が放つ異様なまでの鋭さは、錆を感じさせぬ程に顕著だった。

 

「天道流の真髄…お見せしよう。」

 

錆び付いた刃が月明かりに照らされ、鈍く輝いた。

 




初めて黒死牟を書いてるワイ「こいつ(…)←これ多くね?」

命君の刀の色は《色無し『鏡面』》と言う新たに発見されたものです。鏡よりも自然に周囲を写すことで、刀を透明化させることを再現しています。雑魚鬼では刀身を見ることすらできません。

これは命君の起源である『鏡のように真似た』ことからこの色になりました。



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