FGO×月姫 亜種特異点『血鬼跋扈 三咲町』 作:風海草一郎
彷徨海中央管制室、様々な計測機器が忙しなく動き続ける室内中央で藤丸立香は困惑していた。
「……これは一体、どういう事です?」
「うん、私も混乱している最中さ。クリプターとの闘いで寸暇も惜しい状況だっていうのに、ここで亜種特異点ときた。おまけに何やら相当、込み入ってそうな気配も感じるしね」
「そうではなくて」
軽快な指さばきでコンソールを操作し、中空にモニタ―を映し出す。そちらには近代日本の繁華街らしき場所が映し出されており、立香には郷愁を覚えさせる風景だった。
確かにそれも気になったが、目下のところ突っ込むべきはそこではない。
立香は杭で服の端を杭に貫かれ、四つん這いになりながらカーミラのヒールに踏まれている男――ゴルドルフ・ムジークに視線を落とした。
上等そうな貴族服にでっぷりとした肥満体系を包み込みこんでいるものの、だらしなさや不潔といった印象を与えないのは腐っても上流階級の人間といったところか。
もっとも、その品格も文字通り地についており、見るに堪えない醜態を晒している。
恐怖で顔は蒼白となり、ギロチンを下ろされる寸前の死刑囚じみた表情のゴルドルフは立香に援護を求めてきた。
「その声は立香! 立香か!? サーヴァントどもが暴動を起こしたぞ! 貴様もマスターならばしっかり手綱を握っておかんか!!」
ゴルドルフは立香に非難の声を挙げるが、肉厚の体に再び鋭利なヒールのかかとがめり込まされると「ぶひぃっ!」と哀れな鳴き声と変わってしまった。
「誰が発言を許可したのかしらこの豚野郎は? ねえ、おじ様、やっぱりこのような礼儀知らずの豚は誅殺しておくべきじゃないかしら?」
ぐりぐりと踵をねじ込まれるのは、なまくらの釘を撃ち込まれる痛みに近い。シャツを突き破り、皮膚まで達しそうな勢いでエリザベートは怒りを露にする。
「落ち着け、エリザベート。この不敬者には後でしかるべき罰を与えるが、仮にも余のマスターの上役だ。易々と殺すことはできぬ」
憤慨するヴラドの発言にも一理あると思ったのか、カーミラは不承不承にゴルドルフを足蹴にするのを止める。ゴルドルフが少しだけ残念そうな顔をしているのはなぜだろうか。
「まったく、所長の私になんて事を。こんな屈辱はトゥールⅣにすら……いや、あいつはもっと酷かったな。お仕置きと称して雪山に捨てられた事に比べれば大した事はない」
服についたほこりを払いながら、ゴルドルフは嘆息する。
「改めてお聞きします。一体、これはどういう事です?」
「どうもこうもまったく、この私が素晴らしい采配でメンバーを選出したというのに、何が気に入らないのか私に襲い掛かってきたのだよ。虞美人に至っては無言でボイコットを決め込む始末。どうにかならんのかねキミィ」
「選出? その三人をどういった理由で――あっ」
合点がいった、という風に立香は一つの解に思い至るが口を閉ざした。三人に共通する事といえば一つしかないが、口にすればゴルドルフの二の舞になることは火を見るより明らかだった。
「いやー、よりにもよってあんな笑顔で地雷原を踏み抜くなんてほんとナイナイ」
「あ、おはようございますシオンさん」
「おはようございます立香クン。朝早くからご苦労様です」
眼鏡の奥で知的に光る怜悧な瞳を呆れで曇らせ、溜息交じりに背後からシオンが現れた。ツインテールを左右に振りつつ、小脇に抱えられた資料らしき紙束をめくる。
その表情はいつになく真剣で、冗談交じりの発言も多いだけに事の深刻さを立香は何となく察した。
立香が表情を引き締めたのをダヴィンチが確認すると、先ほどのモニターを立香の目の前にアップで映し出す。
やはり、それは立香にも馴染み深い現代社会の風景で、異常が日常と化した日々の中では返って異質に映ってしまうのだから慣れとは恐ろしい。
しかし、そこで立香はわずかに引っ掛かりを覚えた。モニター内の人物は確かに現代人達の服装だ。
よくよく見ると携帯電話はアンテナ付きで、家電量販店に陳列されているテレビもブラウン管。ファッションに疎い立香にも分かるほど服装は時代遅れなものだった。
「ダヴィンチちゃん、これって俺が生まれるより少し前の時代の映像?」
「ご名答。これは西暦1999年の日本。立香くんが生まれるより少し前の時代だね。君には近いようで遠い風景かな?」
「うーん、どうだろう? そもそも俺は田舎育ちなんでビル群にそもそも思い入れが無いからなあ」
日用品の買い出しに困るほどではないが、これといった観光名所やお出かけスポットも無い地方のベッドタウンで生まれ育った立香にはいずれにせよ縁の無い光景である。
「先輩の故郷はのどかな所だったんですか。それはぜひぜひ、お時間がある時に先輩の部屋でお話を聞かせていただきたいです」
「え? あ? 俺の部屋で? まあいいけど……」
「はいはい、初々しいやり取りはその辺にしておいて、こっちの話にも耳を傾けてくれるかな?」
瞳を輝かせていたマシュは、自身が漏らした言葉の意味を理解すると耳を赤くし、立香は視線をあらぬ方向へ向ける。
その二人をニマニマと見つめるダヴィンチはなぜか眼鏡を装着すると、見慣れぬビル群について解説しだした。
「モニターに映るこの町は日本の地方都市である三咲町。何てことない数あるベッドタウンの一つなんだけど。少々見過ごせない事態が起きているようでね」
「その見過ごせない事態というのは?」
立香が真剣そうに身を乗り出すと、ダヴィンチは頷く。
「実はね、この特異点では聖杯の存在が観測されているんだけど、それが複数。おまけに何度も出現しては消失するのを繰り返しているんだ」
「はあ!?」
立香とマシュはほぼ同時に驚愕の声を挙げる。
基本的に特異点の原因となる聖杯は特異点ごとに一つだ。例外的に微小な聖杯もどきが複数観測される事もあるにはあるらしいが、それもきちんとした主軸となる聖杯が存在してこそ特異点はその存在を確固たるものとする。
頭上に疑問符を浮かべる立香にダヴィンチは肩をすくめ「これはまだ仮定の話なんだけど」と前置きする。
「私が思うにこの反応からすると、この特異点では亜種聖杯戦争が繰り返されている可能性が高い」
「亜種聖杯戦争というとあれかね? 冬木の聖杯戦争を模した簡易版のヤツの事かね?」
ゴルドルフは覚えがあるのか、指先で髭を撫でつけながらダヴィンチに尋ねた。
「所長、その亜種聖杯戦争というのはどういったものなんですか?」
「はっはっはっは。これだから魔術のまの字も知らん素人は! 仕方が無い。ここは博識な私が無知な貴様に教えてやろう。まったく感謝しなさいよホント!」
「……ぜひお願いします」
大人な立香が素直にご教授願うと、ゴルドルフが得意げに語った亜種聖杯戦争の要点は以下の通りだった。
亜種聖杯戦争は文字通り冬木の聖杯戦争を模した大魔術儀式である。
しかし、龍脈やそのシステムの煩雑さゆえに完全に再現できたものは少ない。召喚されるサーヴァントもせいぜいが五基と、聖杯大戦のような特殊なケースを除けば大抵は本家より規模が縮小されたものとなる事が多い。
用意される亜種聖杯戦争は魔力の純度も量も少なく、万能の願望器としての機能は望めず、膨大な魔力を収集するのが主な目的となる。
「もっとも、そんな苦労をして手に入れた聖杯も百個中九十個は暴発して周辺区画ごと吹き飛ばして消滅するというはた迷惑な代物だがな。……ぶるるっ!」
自分の発言に寒気を感じたのか、ゴルドルフは背筋を震わせる。
「はた迷惑な代物、言いえて妙だね。こんなものを集めたってリスクとリターンが釣り合わないよ。しかもたかが一地方都市でいくつも開催するなんて、下手したら特異点ごと消し飛んだっておかしかない」
「じゃあ、一体なぜ」
「私が聞きたいくらいさ。とにもかくにも分からない事だらけさ」
肩をすくめるダヴィンチに、立香は息を呑む。
「そして問題点は他にもあります」
シオンが言いにくそうに口を開閉していたが、やがて意を決したように重々しく口を開いた。
「私の杞憂かもしれませんが……その特異点には吸血鬼が数多く存在している可能性があります」
「……吸血鬼だと」
今まで事の成り行きを見守っていたヴラドの全身から殺気が立ち込め、室内の空気が澱む。首筋に鋭利な刃物を突き付けられるような激情の波が肌を泡立たせ、立香は戦慄する。
マシュが僅かに怯えた表情を見せると、ヴラドはバツが悪そうに矛を収めて殺気が霧散する。
「すまなかった。続けよ」
「はい。私はまだ若かった頃、この三咲町に滞在した事があります。そしてとある魔眼持ちの少年と友人となり、強大な吸血鬼と戦い、辛うじて勝利を収めました」
「何それ初耳なんだけどシオン。それならそうと早く言ってくれればいいのに」
背後からコンソールを動かしていたネモが首だけをこちらに向けた。仲間外れにされたと思ったのか、やや不機嫌そうなのを隠しもしない。
「ごめんなさいネモ。でも隠すつもりは無かったんです。三咲町は私にとって、色々と思うところがある土地だから」
「まあ、人には言いたくない事の一つや二つあるさ。シオンは吸血鬼だけど。よーし、仕事終わりっと」
それだけ言うと、ネモは椅子から飛び降りてシオンの隣に並び立つ。シオンは話を続ける。
「吸血鬼というものは一般人はもちろん、生半可な魔術師では歯が立たないほどの戦闘力と生命力を有しています。今回、特異点を修正するにあたって、サーヴァントだけでなく、吸血鬼まで相手取るとしたら、相当な負担になるんです。おまけに条件付きとはいえ不死を確立させた強大な吸血鬼――死従まで出てきたらサーヴァントより厄介な相手となるでしょう」
「限定的な不死。それでは式さんがこちらにいらっしゃるのも」
「まあ、そういう事だろうな。いきなり、そこのちょび髭に起こされて連れてこられたかと思ったらとんだ橙子案件に駆り出された」
マシュの視線の先から、気怠そうな返事が返ってきた。
黒絹のような艶やかな髪は肩口で切りそろえられ、着流した紬の上に赤い皮ジャン。靴は編み上げブーツとなかなかに理解しがたいファッションセンスも、本人の人並外れた美貌のおかげで実によく似合っている。
眠たげにあくびを一つすると、ナイフを手で弄びながら肩をごきごきと鳴らす。寝起きからまだ覚醒していないのがまるわかりだ。
「それで? 俺は誰を殺ればいい? 吸血鬼だろうが神様だろうが、生きているのなら問題無く殺せるぜ」
涼し気な顔で物騒な事を言う式を立香は頼もしいと思うが、所長は小動物的センサーで引き気味となっていた。
それでも(見た目は)遥か年下の小娘に及び腰になる事はプライドが許さないらしく、精一杯の虚勢を張る。
「う、うむ。君の直死の魔眼は不死の相手と非常に相性が良い。だから君には攻撃の要として出陣してもらい、吸血鬼に詳しそうな者にはアドバイザーとして同行して欲しかったのだが――」
「それを『次の特異点では吸血鬼が出るらしいから、ぜひとも頼むよ。君たちは専門家のようなものだろう? アッハッハッハ!』なんて言ったら殺されるに決まってるだろ。お前、俺より空気が読めないんだなチョビ髭」
「よ、よりにもよって君に言われるとは……」
式の言葉のナイフは容赦なくゴルドルフを抉った。石化したゴルドルフを意に介する事も無く、式はナイフを指先に挟むと、
「まあ、例外もいるようだがな」
手首のスナップを効かせてナイフを投擲。
狙いは室内の隅。誰もいない空間めがけて放たれたそれは、壁に突き刺さるはずが鈍い金属音と共に道半ばで弾かれた。
何が起きたと立香が眉をひそめて音のした空間へ目を凝らす。すると、塵が集合するように密を作り、人型を形どり、見知った姿を現した。
「ぐっちゃん先輩!!」
「ぐっ……芥先輩!!」
「その名で呼ぶなと何度言わせるのよ後輩!! あとマシュもつられそうじゃない、お前のせいよ!!」
照れ隠しなのか眼鏡のブリッジを押し上げ、必要以上に喚く虞美人に式は生暖かい視線を向けながらナイフを回収する。
不思議と人を集める魅力を持つ人物と立香を重ねながら、式は念のため問いかける。
「で、アンタも行くのか?」
「行くわけないでしょ! あんな紛い物どもと一緒くたにされて不快だっていうのに! この馬鹿はいつまで経っても項羽様をお呼びしないし!!」
子供のように駄々をこねる虞美人に式は嘆息する。
「一緒に同行してくれないんですか、先輩?」
「だから行かないって言って……うっ」
上目遣いに不安と緊張を内包した瞳で見つめられ、虞美人は言葉に詰まる。
「どうしても駄目ですか?」
「どうしてもよ!」
「これだけ頼んでも?」
「駄目ったら駄目! この私が何で人間ごときの頼みを……っ!」
「………………」
「そ、そんな目で見つめたって駄目よ。第一、あなた項羽様をお呼びする約束をいまだに果たしていない……」
「……………………………………」
「~~~~っ! ああ、もう! 分かった、分かったわよ!! ついて行ってあげる!!だからその目をやめなさい!!」
「本当ですか先輩!? ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
頭を下げながら虞美人の両手を掴み、ぶんぶんと振る立香。そんな立香の手を虞美人は鬱陶しそうに振り払うと、指先を立香の眼前に突きつける。
「その代わり! 絶対に項羽様を一か月以内にお呼びしなさいよ!! 出来なかったタダじゃおかないわ!!」
「はい! 精一杯善処させていただきます!!」
「ありがとうございます、芥先輩!」
立香は平身低頭し、先輩に最大限の感謝を送る。ぺこぺこと立香は頭を何度も下げ続ける。
しかし、その口元が薄く笑っているのを式は見逃さなかった。そして、内心で呟く。
――あんたチョロすぎないか?
弊カルデアの立香はそこそこクズいところがあります。