FGO×月姫 亜種特異点『血鬼跋扈 三咲町』   作:風海草一郎

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 今年から社会人で社畜なので更新は遅いですが完結させる気はちゃんとあります。どうか気長にお付き合いください。


第六話 交錯する二人

 命からがらの逃亡を果たした立香たち一同は、町はずれの洋館に身を隠していた。

 重苦しい鉄格子の門扉をくぐると、よく手入れされた若々しい花草が出迎え、新緑の匂いが立香の花をつく。

 

 虞美人は警戒を緩めようともせず、マシュも虞美人ほど露骨ではないが、彼女の一挙手一投足に気を配っているように立香は感じた。ベレー帽の少女はいつの間にか歩けるまでに回復したらしく、居心地悪そうについてきていた。

 

 いまだにこういった上流階級特有の匂いに慣れない根っからの小市民である立香は、二人とは違った意味で僅かに身を強張らせながらメイドの背に黙って従っていた。

 

 豪奢な刺繍が施された絨毯の敷かれた長い渡り廊下を歩き続け、やがて食堂を思しき場所に案内されると、ようやく一息つけた。

 翡翠と名乗った表情に乏しい少女曰く、この屋敷の主人はこの町一帯を管理する大地主で名は遠野グループというらしい。

 

「遠野グループ? 遠野って君は」

 

 立香の脳裏にあの勝気な少女の顔が浮かぶ。確か彼女も自身を『遠野秋葉』と名乗っていたはずだ。

 表情を一変させた立香に翡翠は深々と頭を下げ、素性を明かす。

 

「申し遅れました。私の名は翡翠。遠野家当主である遠野秋葉様の兄君であらせられる遠野志貴様にお仕えするメイドでございます」

 

 そして、と彼女は右手の甲を眼前に翳し、いびつな形のタトゥーを見せた。

 

「この三咲町で最初に起きた聖杯戦争の参加者であり、アサシンのマスターです」

「……っ!!」

 

 立香は息を呑む。彼女がこの特異点における何らかの関係者である事は間違いないが、まさかマスターであるとまでは想像だにしていなかった。

 となると、トリスタンとの戦闘時に現れた学生服の男がアサシンなのだろうか。

 

「……どういうつもり?」

 

 立香の疑問を引き継ぐ形で虞美人が翡翠に詰問する。柳眉を逆立て、舌鋒鋭く翡翠を貫く。

 

「ここで起こっている聖杯戦争が特異点の原因である事は明白。それを白状してどういうつもり? おまけにサーヴァントは戦闘力に乏しいアサシン。普通、アサシンなら最後までその存在を悟られないように隠れて不意打ちに徹するのが定石でしょう。あなたに一体、何のメリットがあってそんな事を言うの?」

 

 虞美人のもっともな指摘に立香も内心で同意する。

 元来、アサシンは戦闘能力においては三騎士と比べるべくも無く、下手をしたらキャスターにも劣る貧弱なサーヴァントだ。正攻法で勝てない格下のマスターが一縷の望みをかけて一発逆転を狙いに行く意味合いが多い。

 そのためには自信の存在を決して敵方には悟られず、背後から必殺の一撃を放つために存在を隠し通さなければならないはずだ。

 

「皆様方のご指摘はもっともです。しかし、もともと私は聖杯戦争で優勝するつもりは無く、あくまで裏方に徹するつもりでした。しかし、予定が多いに狂ってしまったのです。ですからこうして協力してくれる方を集めて事態を収拾するしかないのです」

「その事態とは何でしょう?」

 

 おずおずとマシュが尋ねると、翡翠は薄く目を閉じた。何か遠い昔の記憶に想いを馳せるような、憂いを帯びた逡巡。時間にして一秒にも満たない瞬きほどの間で、翡翠は躊躇いを心の奥底へとしまい込む。

 小さく息を吸い、震えそうになる身体を懸命に動かし、翡翠は深々と頭を下げた。

 

「私の願いはこの果てしない闘争の終結。繰り返される亜種聖杯戦争を終わらせ、私たちの主人である秋葉様を助けていただきたいのです」

「『止めて』じゃなくて『助けて』か、実に君らしいな翡翠。全く、抱きしめたくなるほど健気で愚かしいな。まだそんな甘っちょろい事を言っているのか」

「っ!」

 

 皮肉気な声音と共に空間が蜃気楼のように歪み、メイド服の隣に学生風の男が姿を現した。およそ現世の全てに価値を見出していないような、ひどく空虚で無感動な瞳。

 単に無気力なだけの男かと立香は瞬きほどの間騙されたが、即座に違うと本能が察した。

 

 この男は研いでいる。爪を、牙を、五体の全てを。

 

想像を絶する修練の果てに全身を凶器に作り替えた生粋の暗殺者。

立香は背中にじんわりと汗をかき、半歩後ろに後じさりすると、七夜と呼ばれていた男は僅かに口の端を綻ばせた。

 

「七夜。あなたが出ると話がややこしくなるので大人しくしていてくださいと言ったはずです」

「つれないな。この屋敷には俺とキミの二人しかいないんだぜ? お互い、一人きりしか相手がいない同士、仲良くしようじゃないか。そもそも俺は君のサーヴァントで君は俺のマスターだ」

「っ! ここには貴方以外にだって…………!」

 

 怒気を声に乗せて、眉を吊り上げた翡翠は怒りを露にする。今の今まで鉄面皮だった少女が感情を発露した事に立香は意外に思い、七夜は柳のように受け流す。

 翡翠はなおも食い下がろうと何度か口を開閉したものの、やがて諦めたらしく唇を真一文字に結んだ。

 怒りをすとんと鎮めるように小さく息を呑みこんでから、努めて冷静に翡翠は現状を説明する。

 

「ともかく、今の段階でこちらの戦力はアサシンのみ。はっきり言って勝負になりません」

 

 翡翠は言下に切って捨てた。

 

「ははっ、まさしくその通り。名だたる英霊の中で、うたかたの夢の影法師がカタチを成しただけの俺なんぞが敵うものか。まあ、もし俺にもヤツと同じ眼があれば話は別――おっと」

 

 やや自嘲をこめた七夜が皮肉気に笑ったかと思うと、淡い光の粒子となり突如霊体化した。

 数舜、遅れて蝶番の軋む音と共にドアが開き、またもや学生服の少年が現れた。

 

「えっ、あなたは……?」

 

 マシュが瞠目し、口元を手で押さえる。皆の気持ちを代弁してくれたマシュに追随するかのように、立香も目を丸くし視線を注目させる。

 

 突然の来訪者はアサシンと瓜二つだった。

 

 流行に流されない短く切りそろえた黒髪に、やや小柄な体躯を包む紺色の学生服。唯一、違う点を挙げるとすれば、野暮ったい黒ぶち眼鏡とその奥から覗く瞳くらいのものだろう。

 七夜は常に獲物を狙い定める猛禽類だとすれば、この少年は無害な草食動物だろうか。

 

「くあーあ。ん……? 何だい翡翠、お客様かい? それとも俺の知り合いかな?」

 

 少年は眠たげにあくびを一つ零すと、どこかピントのずれた推測を口にした。

 眼鏡を外し、袖口で涙を拭うと視界がクリアになったのか、ようやく自身が猜疑の視線を向けられている事に気づいたらしく、やや及び腰になる。

 眼鏡のブリッジを押し上げると、やはり七夜と同じ声音で言葉を発した。

 

「えーと、何この空気……? 俺何かした?」

「何かしたっていうか、あなたがあんまりにも…………」

 

 翡翠は七夜が『この愚鈍が』と吐き捨てていたのを黙殺し、立香はようやく衝撃から立ち直ると、疑問を口にしかけるが、

 

 

『志貴!? あなたは志貴なのですかっ!?』

 

 

 通信越しに発せられた驚愕の声が立香の疑問を消し飛ばした。

 立香がポケットから取り出した通信機のモニターを起動させると、空間にモニターが出現し、先ほど別れたばかりのシオンが画面いっぱいに顔を映し出していた。

 生真面目でありながらも、常にジョークや娯楽を忘れず自由奔放な彼女らしからぬ狼狽ぶりに、管制室の方でもちょっとした騒ぎになっているらしい。

 

『落ち着きたまえよシオン。いったい、何をそんなに騒いでいるんだい』

 

 ダヴィンチが興奮冷めやらぬ様子のシオンを宥めるが、一度発進した暴走機関はブレーキをかける様子も無く、ただ溢れる感情を言の葉に乗せて捲し立てる。

 

『お久しぶりです志貴! 会いたかった……っ! あなたは無事だったんですね!?』

 

 喜悦の情が湧き上がってくるのを止められないシオンは、満面の笑みでおよそ二十年越しの友人との再会に心を躍らせる。そのあまりの豹変ぶりに背後でダヴィンチとネモがぽかんと口を開けているが、それに気づく様子は見られない。

 

「え? ええとキミは?」

 

 一方、志貴とシオンに呼ばれた少年は困惑の色を浮かべ、突如モニター越しに言い立てる美女に面食らっていた。

 

『シオン、彼が君の言っていた友人? それにしたって君は見た目も大分変わっているんだから、その事も伝えないと』

 

 ネモの言葉にシオンはあっと息を呑み、冷静さを取り戻す。誤魔化すように咳ばらいを一つして、ツインテールをほどくとあっという間に三つ編みをつくると、紫のベレー帽を被った。

 その姿に今度は立香達が震撼した。目元や服装に差異はあれど、モニターに映るシオンと、翡翠にシオンと呼ばれていた少女はよく似ていた。

 

『これで気づいたでしょう? あの夏、ワラキアをの夜を倒すために共闘した日の事を、私はまるで昨日の事のように覚えています……』

 

 ほんのりと頬を桜色に染め、かつての若き青春の一ページに想いを馳せる。それは恋する乙女の表情そのもので、想い人との久方ぶりの逢瀬に心を弾ませているようにも見えた。

 しかし、志貴の表情は困惑の色のままだった。熱のこもったシオンの言葉も彼の心に届かず、眉を八の字にする。

 

「……ごめん、人違いだと思うよ」

『っ!? そんな!? 時間軸からしてあの日からそう経ってはいないはずでしょう!? お忘れですか!? 私です! シオン・エルトナム・アトラシア! 誇り高き錬金術師にしてあなたの友人、シオンです!!』

 

 シオンは胸に手を当て、自身の存在を記憶の底から引きずり出すようにアピールする。しかし、志貴の海馬のサルベージ結果は芳しくない。

 そして、重苦しい息と共にシオンにとって最悪の一言を口にした。

 

 

「――――ごめん。そもそもさ……シオンって…………誰?」

 

 

 

 

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