FGO×月姫 亜種特異点『血鬼跋扈 三咲町』   作:風海草一郎

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 二連休ってとっても貴重なものだったんですねえ……



第七話 赤ジャン目覚める

 暗く、昏く、溺れるように。

 

 ゆったりと揺蕩いながら、全身を包み込む暗闇に身を任せ、思考はゆっくりと沈んでいく。そこに苦痛や不快さは無く、午睡の夢のように心地よい。

 細胞全てが眠りこけ、徐々に役目を放棄していくのが感じ取れる。

 蕩けた理性が警鐘を鳴らすも、聖母に抱擁される乳飲み子のように、この安息に身をゆだねてしまいたい衝動に駆られる。

 

 欠片となった思考を無理やりに起こすと、ここは夢の中なのだと式は気づいた。

 元来、夢は余り見ない方だし、見たとしてもすぐに忘れるタチだ。

 

 どこかのお人好しは「夢とはその人の願望を表すものなんだよ」と言った。

 

 なるほど、それなら生きている実感に乏しい自分に夢など不要なものなのだろう。

 

 いっそ、このまま身を任せてしまおうか。

 

 靄のかかった思考は快楽に引きずられ、底へ底へと引きずり込む。

 しかし、白地にインクを垂らしたように胸の奥底へ広がるものがあった。

 

 降りしきる通り雨の中、口ずさんだ流行歌。

 好みを抱き留め、決して許さないと言ったヤツ。

 

 そして、どことなくヤツの雰囲気を持った、放っておけないあのバカを――

 

 微睡みを断ち切った式はスパークする思考と共に覚醒。あやふやな感覚全てを振り払うかのように腕を一閃。

 

 腕に微かに伝わる感触の後、ガラス細工を叩き割ったような破砕音と共に、式の意識は現実に引き戻された。

 

 雑多に並ぶ煤けたビル群から覗くのは、スモッグで天窓を汚された星々。

 輝きを遮られた星々は、それでも光る事だけはやめまいとなけなしの光量で己が存在を知らしめていた。

 室外機がむわっとした熱気と鼻につく匂いを吐き出し、式は思わず鼻の下を人差し指で押さえた

 

 そこでようやく自分は仰向けに寝転がっているのだと式は気づく。気だるげに身を起こしながら、全身についた汚れを手で払い、現状を把握する。

 

「マスター? おいマスター?」

 

 反響する声は壁とアスファルトに吸収されるばかりで、目的の人物の耳には届かない。

 

「まいったな。完全に迷子か」

 

 式は面倒そうに溜息を一つ零すと、頭をひとかき。ちなみに迷子になったのは自分ではなく、マスター達の方だと信じて疑わない。

 

 仕方なしに編み上げブーツで地面を蹴りだそうとすると、前方の暗闇から人影が現れた。

 暗闇から顔をのぞかせたのは、一見、何の変哲もない三十代半ばのサラリーマン風の男だ。くたびれたスーツと片方脱げた靴がなんとも哀愁を誘う。

 

 ――酔っ払いか?

 

 眉をひそめた式は、表通りに戻るよう声をかけようとした瞬間、強烈な違和感に襲われた。

 

「お前……それで生きているのか?」

「…………」

 

 答えは無い。男の顔には生気が無く土気色。色を失い、ガラス玉と化した眼球は何も映していない。

 火葬場で焼却寸前の遺体でさえ、もう少し生の気配を纏っているだろう。

 

 そして、

 そして何より。

 

「なんだ、その数の死は……」

 

 顔、首、胴、腰、両手足に走る無数の線。

 崩壊寸前の陶器のように亀裂が縦横無尽に刻まれ、およそ生物が内包できる死を遥かに超えていた。

 

 一歩、歩くごとに男の死は揺らめき濃厚になっていく。

 表面張力ぎりぎりまで注がれたコップに、さらに水を一滴ずつ垂らしていく行為に等しいそれは、眼前の生物がすでに存在ごと壊れかかったモノなのだと式は確信した。

 すかさず帯からナイフを取り出すと、男に突き出す。

 

「オレはもう二度と人殺しはしないと誓った。だから、もしお前が人なら近寄るな。オレには探さなきゃいけないヤツがいる。そしてもし人でないなら――」

 

 式は言葉を区切ると一拍空け、瞳が青と赤に輝く。

 

「容赦はしない」

 

 構えたナイフを緩く握り、目前の男の返答を待つ。

 じりじりと、後ろ毛が焦げ付くような緊張感が周囲を支配し、張り詰める。

 男が地面を蹴ったのが合図だった。引き絞った弦のような緊張は弾かれ、男が腕を前方に突き出し突進してくる。

 狙いは式の華奢な首。人外の膂力を誇る腕ならば、脛骨を捻り壊す事など造作もない。

 

 一呼吸の間に距離を詰め、一気に腕を首へ絡めさせる。その細い首をへし折った後は、晴れて自分たちの仲間入りだ。

 

 濁った思考はそこまでだった。

 

 腕をすり抜けた式は、踊るようにナイフを全身に滑らせると男の体を分断する。

 落下する頭が最後に見た光景は、わが身に何が起きたか理解できずに立ちすくむ胴体。

 それすらも四肢を切断され、地面に落ちる前に灰となって雲散霧消した。

 

 風に流れて消えていくソレを、式は何の感慨も浮かばない表情で見送ると、ナイフを帯の中へと仕舞いかけると、ぴたりとその動きを止める。

 

「やっぱり人じゃなかったんだなオマエ」

 

 どことなく安堵したような言葉を発すると同時に、三階建てビルの屋上を睨め付ける。

 

「それで? オマエ達もこいつらと同じで人間じゃないのか?」

「失礼ですね、昔はともかく今の私は別物。そしてこの方をそんな連中と一緒にしたらぶっ飛ばされますよ」

「ぶっ飛ばしません! もう私はそういうのは卒業したんです! あなたそれでもキリスト教徒なの!?」

 

 すとんと、重力を感じさせない動きで二人の女が降りてきた。一人は夜闇によく紛れる簡素な法衣を纏った眼鏡の理知的な女性。

 そしてもう一人は自身の背丈ほどもある巨大な十字架を持った、勝気な姉御といった雰囲気を纏う修道女。

 

 いずれにせよ、現代日本の繁華街には似つかわしくない二人組だ。

 眼鏡の方は知らないが、あの特徴的な修道服の女性には見覚えがあった。直接話した事も何度かあるので顔と名前だけは覚えている。「あの露出具合で聖女は無理でござろうwwwあっ、もしかして性女の方でござるかwww」と言っていた気持ちの悪い髭を素手で半殺しにしていたのも記憶に新しい。

 

「おまえ確かマルタだったか?」

「どうして私の名前を? 私たちが真名を看破されて見逃すなんて……もしかしてアサシン?」

「おまえにとっては一方的だろうが、知り合いだよ。まあ、でもおまえに関係の無い話だ。俺は会わなくちゃいけないやつがいるから、ここで失礼させてもらう」

 

 二人に背を向けて歩き出そうとすると、首の後ろをひんやりとした感触が撫でた。

 慣れ親しんだ冷気で、刃物を押し付けられている事を式は文字通り肌で感じ取った。

 地面に視線を落とすと、ネオンに照らされて生まれた影が三つ伸びる。自分の影と法衣の女の影を、細い棒状の暗闇が繋いでいた。

 

「……何のマネだよ」

「何でも何もないでしょう。あなたはサーヴァント。私は聖杯戦争のマスターですし、こちらの方もサーヴァント。……ならばやる事は一つでは?」

「あいにくとオレはこっちに来たばかりでここの事は何も知らないんでな。聖杯とやらにもほんとは興味ない」

「召喚されたばかりの野良サーヴァントですか? 亜種聖杯戦争の参加者となったのでは?」

「おまえに言わなきゃならない義理は無い」

 

 それだけ言うと、式の全身から殺気が膨れ上がった。周囲の喧騒が消え失せ、己の制空圏に入り込んだ獲物を狩るべく、戦闘態勢に移る。

 

 右手の指先に僅かに力を込めて、踵を僅かに強く踏む。

 式の纏う空気が一変したのを感じ取ったシエルは肩眉を吊り上げる。

 彼女は武器を手にしていない。一方、こちらは抜き身の黒鍵を急所に突きつけている状態である。抜刀の一動作分、こちらに明らかに利があるはずであった。

 

 しかし、シエルは依然として油断が出来なかった。刃物を突き付けているのは確かに自分だけのはずだ。

 

 ならば、この喉元にひりつく怖気は何なのだ?

 

 喉笛の薄皮一枚を剥ぎ取られるほど、凶刃が肉薄しているように感じるのはただの錯覚か。

 肉体は理性による思考を放棄し、本能による意志で予断を許さない。

 そこでシエルは遠い過去の記憶からある存在を引っ張り出した。

 確か、東洋には抜き身の刀と対峙しても、出遅れずに初撃を放てる剣術が存在したはずだ。その名は――

 

 シエルの思考は寸断された。全力でふくらはぎに力を込めて後ろに飛ぶと同時に、掠めたナイフが前髪の何本かを持って行った。

 左足を後ろに抜くと同時に腰を捻り、その動作のままナイフを振るう。抜刀と同時に攻撃に転じるその技術体系は。

 

「居合…………」

「へえ、こっちの文化に詳しいのか。ご名答。本来は刀でやるもんなんだけど、ナイフでも案外どうにかなるもんだな」

 

 鷹揚にナイフを握る式は余裕綽々。全身を弛緩させ、人間の肉体を戦闘用に作り替えた式に型はなく、無形の構えとでもいうべき気楽さだ。

 

「今のは警告だ。おまえは話が通じないタイプじゃなさそうだし、そっちのサーヴァントだって知らない仲じゃない。できればやりたくないんだ」

 

 謝絶は許さない、というように式は薄く二人を睨みつけて威圧する。

 

「…………どうしますライダー?」

「仕方が無いんじゃないかしら? 嘘を言っているようには見えないし、彼女はかなり強力なサーヴァントのようよ」

 

 しばし、シエルと式の視線が交錯し、無言の時間が流れる。

 間延びした時間は一分以上にも十秒未満にも感じた。

 先に折れたのはシエルの方だった。

 

「……分かりました。それでは不可侵条約を締結するとしましょう」

 

 シエルは憮然とした表情を隠しもしなかったが、背に腹は代えられないらしい。黒鍵を消失させると、再び夜闇に消えようとして、視線を鋭くした。

 鼻にこびりつく獣臭と血臭。忌まわしい記憶と共に呼び起こされる惨劇。

 ぬらぬらと艶やかに光る鮮血が両手を染め挙げる錯覚に陥り、思考が朱く塗りつぶされそうになる。

 

 シエルは激情に駆られた獣のように低く唸ると、路地裏の暗闇に黒鍵を放つ。

 しかし、何かに刺さるでもなく、落下しアスファルトを転がる音も無く、まるでビルの作り出す陰影に吸い込まれたかのように消失してしまった。

 

 最悪のシナリオがシエルの脳内で綴られる。

 確かに、スペックからしてやつらが現界するのは道理ではある。人間のいち武芸者やおとぎ話の住人ですら座に刻まれるのだ。道理ではある、道理ではあるのだが――

 

「ご挨拶だなエレイシア。久方ぶりの父娘の再会だっていうのに、これがお前の流儀か?」

 

 指先につまんだ黒鍵を爪楊枝のように弄びながら、長身痩躯の男が現れた。

 黒いズボンにワイシャツ一枚というシンプルなファッションに、緩くウェーブのかかった黒髪はどことなくピアニストを想起させる。

 

「ロア…………っ!!」

 

 怨色を露にして怒気を全身にみなぎらせるシエルは臨戦態勢。マルタも尋常ではないマスターの態度に目を白黒させるが、やがて十字架を構えた。

 

「おいおいそう剣呑な顔をするなよ! せっかくの美人が台無しだぞ!!」

「油断するな小僧……。目前の女は搾りかすとはいえ、蛇の因子を内包していたものだ。わが盟友の英知を有している事をゆめ忘れるな」

 

 さらに二人の不審人物が現れた。

 白髪頭に甚兵衛らしき和服の男に、筋骨隆々とした肉体を黒コートで覆った大男が喧しく夜の舞台に登壇する。

 どことなく学者然とした大男はじろりと式に視線を寄越し、僅かに首を傾げた。

 

「貴様は……いや、勘違いか。どこの英霊か知らんが、今宵の私は貴様のような雑魚にかまけている暇は無い。失せろ」

「んー? 何だお前。何かお前を見ているとムカつくなー? どうせ野良だし、殺してもいいよなー?」

「おい、勝手な事をするなよ俺。今は、ターゲットの排除だけを考えろ。あの目障りな女を――」

「うるっせえなあ。どっちが上の立場かもう忘れたのか?」

 

 ロアが苦言を呈しようとすると、白髪頭は買ってもらったばかりのおもちゃを自慢する幼児よろしく、手の甲をひらひらと振って見せつけた。

 すると、ロアは憎々し気な表情を浮かべ舌打ちと共に引き下がる。

 

 ……アレは?

 

 目を凝らした式は振られた手の甲を凝視する。そこに刻まれているのは一本線のタトゥーかと思ったが、式は違う解に思い至った。

 アレは間違いなく令呪。通常は三画あるはずだが、一画しか存在していない。もう二つとも使い切ったというのか。

 

「仕方がありません。ここは私が引き付けるので、あなたはそのうちにどこかへ避難してください」

 

 シエルが式の前に歩み出ると、黒鍵を出現させると三人の男を睨み据える。

 式はしばしの無言の後に、シエルの隣に並び立った。

 

「あ? 何だ何だ? 何のつもりだ?」

「それはこっちのセリフだ。いきなり殺気をぶつけてきておいて、何だは無いだろ優男」

「あなた……」

 

 シエルが驚愕の表情を浮かべ、白髪頭は憎々し気に顔を歪ませる。

 式はゆらりと流水のように体躯を弛緩させ、ナイフで空を切る。

 白髪頭の男のこめかみに青筋が浮かんだ。血管壁を強烈にたたく奔流は、ボルテージの上昇と共に壁を食い破ろうと暴れまわる

 

「お前まさかその女に加勢するってのか? 俺は一連のやり取りを見ていたが、お前とは縁もゆかりもないはずだろう。それなのになぜだ?」

「言動がどう見ても外道だから。それにおまえ達は存在しちゃいけない連中だろ? それじゃ不満か?」

 

 ああそうかい、と白髪頭は一瞬、にこやかに笑うと、

 

「――やっぱてめえ、気に入らねえわ!!」

 

 地面を滑空するように襲い掛かった。

 




 
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