FGO×月姫 亜種特異点『血鬼跋扈 三咲町』   作:風海草一郎

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一年弱放置していたのに、まさか続きを待っていて下さる方がいらっしゃるとは思いませんでした。これからちょこちょこあげていこうと思います。


第八話 密会

 毒々しいネオンを眼下に睥睨し、居丈高に胸を逸らしながらも秋葉は腕を組み夜風に吹かれていた。はためく黒髪は風と共に憂いを孕み、流されては新たに孕むのを繰り返していた。

 寂れた地方都市を見渡せる程度には標高がある建築物の上で、ポツポツと浮かび上がっては弾ける泡のような光を秋葉は目で追っていた。

 不況の煽りと殿様商売により破綻寸前だったところを、拠点として秋葉が買い取った総合病院も今は両手で数えられるほどの利用者しかいない。

 

 今宵もあちこちで小競り合いが起きては何事も無かったように消えていく。

 一際大きな破砕音が響き渡ると、遠方のビルが一棟、倒壊した。逃げ惑う市民の恐怖と怒声が耳に届く錯覚に陥りそうになるのだから、まったく人間の想像力というものは不思議なものだと秋葉は不釣り合いな感想を浮かべた。

 

 そんなものは、とうの昔に無くなったというのに。

 

 口の端を嗜虐と自虐で薄く吊り上げ、秋葉は心を凍てつかせる。

 どの道、この閉鎖された空間で死人が何人出ようが恐慌状態はほんの一瞬。翌朝にはいつもと同じ日常が繰り返され、ルーティンワークをこなすだけのプログラムと化す。

 プログラムは破壊されてもまた組みなおせばいい。聖杯という甘い餌に引き寄せられた獲物がかかればそれでよし、かからなければまた循環させるだけだ。

 たとえ外道と誹られようと、あの人を取り戻すまで歩みを止める事は決して無い。

 もはや習慣になりつつあるこの決意表明を終えると、横目に視線を流す。

 

「もうすぐ、もうすぐ私の望みが叶うのよアーチャー。カルデアだか何だか知らないけれど、私の悲願を踏みにじろうとするのならば、誰であろうと叩き潰してやるわ」

 

 獰猛な殺気を全身から膨れ上がらせる秋葉は、隣に佇む赤髪の騎士に語り掛けた。

 しかし、彼は秋葉の問いかけには答えず、切込みのように細められた瞳に燃え上がる爆轟を映しこんでいた。

 

「……アーチャー。言いたいことは分かります。ですが、もう決めた事です。あなたに汚れ仕事をさせるのは確かに思うところはありますが、あなたは主君の我欲のために呼び出された従僕です。私の意向には従ってもらいますよ」

「……………………」

 

 返答は帰らず、端正な顔立ちのまま直立不動の騎士へ秋葉は不審げな顔を向ける。

 

「アーチャー? マスターの問いには答えなさい。無言は相手にとって不都合な解釈をされると言ったでしょう? 答えはハイかイエスよ。答えなさい」

「……………………」

「アーチャー? アーチャーったら!」

 

 いよいよ不信感を募らせた秋葉がトリスタンの前方に移動し、見上げる形でトリスタンの端正な顔を覗き込む。

 

「…………………………………………スースー」

 

 トリスタンは盛大に舟をこいでいた。

 

 瞬間、盛大な火柱が上がった。

 

 突発的に発生した爆炎は床を焼き焦がし、波状に広がる熱波は周囲の観葉植物を吹き飛ばしながら派手な叫びを挙げた。

 蝶の鱗粉のように舞い落ちる火の粉に降られながら、鼻提灯を割られたトリスタンはおもむろに口を開く。

 

「……ええ、その通りですマスター。全てあなたの御心のままに」

「全く聞いていなかったくせに適当に合わせるんじゃないわよこのポンコツ騎士! 何が『アーチャー』よ!! 『あちゃあ』よ貴方は!!」

 

 秋葉の罵声が鼓膜を打ちつけ、額に脂汗を流しながら弁明を考えるトリスタンのもとへ助け船が入港した。

 

「秋葉様。そろそろお時間です。病室へお戻りください」

「……ありがとうナナヤ。もうそんな時間かしら。」

 

燃え盛るような赤髪の色を抜き、割烹着の少女へ秋葉は向き直る。かつて琥珀と呼ばれていた少女と顔を合わせるたびに秋葉は心臓を締め付けられるような感覚に囚われる。

しかし、その感覚もすぐに奥底へ落とし込み、秋葉は琥珀に促されるまま屋上を後にした。

 

 〇

 

 窓枠に切り取られた月光が仄かに病室を照らし、リノリウムの床に二つの影が落ちる。

 一つは月光を溶かし込んだような黄金色の髪の美しい女。深紅の瞳は規則的なリズムを刻む心電図のモニターを飽きる事も無く見つめ、深紅の瞳には慈しみの色が濃かった。

 そんなものは無用とでも言いたげに化粧っ気の無い顔は、ただそこに在るだけで『美』という価値観を自分に置き換えられるほど絶対的な美貌を備えていた。

 純白のハイネックに藤色のスカートから伸びる足はすらりと長く、つま先と鼻歌で軽快なメロディを奏で始めた。

 

 ショパン ワルツ第六番 子犬のワルツ

 ヴィヴァルディ 協奏曲第1番ホ長調 春

 フォスター 草競馬

 

 芸術方面に疎い彼が何とか彼女に趣味を見つけられるようにと、乏しい知識から選曲し編集してくれたクラシック集。

 楽曲など単なる複雑な音の組み合わせとしか感じられなかった彼女も、彼とコーヒー片手に聞き入れば、単なる雑音も美しい旋律へと変貌を遂げた。

 

 流れるように軽快なリズムから、一点して陰鬱に。おどろおどろしく、暗雲が立ち込めるようなしらべは冬の到来。凍えるような吹雪と耐え抜いた種は、やがて暖かな日差しと共に顔を出し、この世の春を謳歌する。

 この緩急のついた変貌と、流転するような循環が彼女――アルクェイド・ブリュンスタッドは何よりも好きだった。

 

 世界に不変なものなどあり得ない。季節は巡り巡って流れ続けて、常に形を変えていく。しかし、どれだけ見た目が変わろうとも、存在の骨子とも言える何かは変わらずそこにあった。

 しばし、うろ覚えの曲調に陶酔する。このまま瞼を閉じて夢の世界へと沈みこもうとしていると、無機質な開閉音に意識を引き戻された。

 

「お帰りなさい妹。そっちの様子はどうだった?」

 

 妹、と呼ばれた事に秋葉は僅かに眉を吊り上げたが直ぐにいつもの澄ました表情に戻した。何度言おうと直さない学習能力皆無のあーぱーに使う無駄な体力気力は今の秋葉には無かった。

 

「いつも通り……と言いたいところですが、妙な連中がやってきました。カルデアとかいう組織の方たちで、私たちの目的を邪魔する可能性があります。妙なサーヴァントを二体連れていましたので単なる聖杯戦争の参加者とは明らかに異質です」

「ふーん」

 

 興味なさげに気の抜けた返事を返すアルクェイドに、秋葉は嘆息しながらも報告を続ける。

 

「いよいよ大詰めだっていうのにこのタイミングで現れるなんて、これも抑止力とかいうもの? それとも運命のいたずらとでも言うべきでしょうかね」

「抑止力? 違うわよ。あれは単なる星見の機関。気にするほどのものじゃないわ」

「お星さま? キラキラ光るお星さま! 夜のとばりはすとんと落ちて、星の天幕ひらりと上がる!」

 

 およそこの場に似つかわしくない舌足らずな声が足元から聞こえると、秋葉は毒気を抜かれたように視線を落とす。

 

「だ、駄目ですようキャスター。今、秋葉さま達は大切なお話をされているのですから邪魔をしては」

 

 くるくると楽し気に回りだす少女をナナヤは控えめにたしなめるが、腰ほどの高さで踊る少女は三つ編みの赤髪を振り回しながら、はしゃぐのを止めない。

 背丈はナナヤの腰ほどで年のころは六つか七つ。黒を基調としたフリル付きのドレスは非現実めいていて、おとぎ話に出てくるアリスのようだ。

 リボンで止められた黒いケープとフリルスカートから出る手足には球体関節が覗き、少女もまた人ならざる身である事を如実に表していた。

 

「楽しいわ! 何だかとっても楽しい予感がするの! やっとページがめくられる! 読まれない本なんてかわいそう! 始まりがあれば終わりはあるの!」

「キャ、キャスター……」

「そうと決まれば急がなきゃ! ここからは巻きでいくわ! ナナヤ、今までの遅れを取り戻すのよ! 遅刻だ遅刻だ!!」

 

 ナナヤの小言に耳を貸さず、無邪気な態度を崩さないキャスターは一人、夢の世界にトリップしていた。

 子供に理詰めの会話が通じないのは世の常であるからして、秋葉やアルクェイドはさして気分を害した風もなく会話を続けた。

 

「それで? あなたはどうするのですか? 打って出ますか?」

 

 秋葉は窓際のパイプ椅子に腰かける絶世の美女へ水を向けると、アルクェイドは首をひねると少しだけ逡巡する。

 

「うーん、どうしようかした。正直、無視していいレベルだとは思うんだけど、何だか気になるしね。今度見かけたらまた考えるわ」

 相も変わらず気まぐれな猫のように悠長な事を言うアルクェイド。秋葉は予想通りだったのか、小さく頷くと再び踵を返した。

「あら、もう行くの? せっかくなんだからもう少し顔を見ていけばいいのに」

「そんな暇はありません」

 

 言下に切って捨てると、用事は済んだとばかりに秋葉は病室を後にし、ナナヤもそれに追従する。

 小さくなっていく背中をしばしぼんやりとアルクェイドは見送ると、僅かな変化に目を見開いた。

 

 指が、

 動いた。

 

 僅かに、ほんの数ミリ。注視しなければ分からないほどにではあるが。

 生気の抜けきった肌は土色をとなり、肉のこそげ落ちた手足は枯れ枝のように細い。虚ろな瞳は何も映していないように天井を見上げていた。

 ミイラもかくやというようにやせ細った少年へ、アルクェイドは妖艶な笑みを浮かながらガラス細工を扱うように、そっと頬へ触れた。

 

「大丈夫、きっとぜんぶ上手くいく」

 

 それは誰に対しての言い聞かせだったのか。

 自分か、はたまた眼前で眠りこける少年か。

 子守歌でも歌うように彼女は少年へ言い聞かせた。

 

「だから、今はゆっくり休んでいて。――――志貴」

 

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