赤の広場にもゲートが開いてしまったようです 作:やがみ0821
「スターリンに対する認識は改めねばならない」
アメリカ合衆国のディレル大統領は日本政府経由で届けられたスターリンの書簡について、そう呟いた。
日本を窓口として世界各国とやり取りをするという、以前日本がソ連へ行った提案が初めて実行された形だ。
無論アメリカだけでなく、ロシア側にもスターリンは自らの書簡が届くようしてあるのは想像に難くない。
ともあれ、アメリカにとって最大の利益はソ連が異世界に興味を示していないのが分かったこと。
どうやらソ連側はいつ閉じるかも分からない不確かなものに固執していないようだ。
その思い切りの良さは感心するが、それでも異世界で得られる利益は21世紀世界においてはアメリカだけでなく、多くの国々にとって魅力的で見て見ぬ振りをできるわけがない。
スターリンはアメリカ政府に対して幾つかの提案をしてきている。
その提案の中でも、もっとも大きなものはソ連が異世界においてアメリカの進出に際して良心的な態度を取る代わりに、日本が抱えている諸問題の解決に尽力をすることだ。
異世界は21世紀世界のどこの国の領土でもない。
日本政府が苦心して絞り出した見解はあるものの、アメリカにとっては日本政府を叩こうと思えばいくらでも叩ける材料があった。
しかし、現在、異世界に大きく進出しているのは自衛隊ではなく別世界のソ連軍だ。
日本から漏れてくる情報を統合すると1939年時点でT-54に類似した戦車やらAK-47らしき小銃が部隊に配備されているという。
この状況からソ連が既に初歩的な核兵器を開発している可能性が専門家から指摘されている。
もしも交戦した場合は21世紀世界の軍隊相手に、ソ連側は核兵器の使用を躊躇しない可能性が高いと国防総省は予想していた。
アメリカがソ連の了承を得ずに進出した場合、異世界を舞台に核のパイ投げパーティーが開かれるかもしれない。
良心的な態度とは、ソ連がそういうことをしないという意味であるのは明らかだ。
たとえ場所が異世界であったとしても、アメリカとソ連による核戦争が起これば国内外にどれほど政治的・経済的そして外交的な影響が及ぶか分からない。
ディレルとしてもさすがにそれは勘弁してほしかった。
「何よりも、ソ連の提案はアメリカに利益がある」
中国の露骨な勢力拡大も見過ごせない段階になっており、最前線としての日本の価値は増すばかりだ。
スターリンの提案に乗れば日本に大きな恩を売りつけ、さらには異世界進出をソ連が黙認してくれる――これはアメリカにとって大きな利益となるだろう。
とはいえ、さすがに他国の問題に関して、当事者ではないアメリカがしゃしゃり出るのはおかしな話だ。
支援しかできないが、そこはスターリンもさすがに分かっているだろう。
「やるしかない」
ディレルは決意した。
アメリカと同じように、日本政府経由でロシア政府にもスターリンからの提案は届けられていた。
といっても、こちらはアメリカと比較すると非常に提案が多く、基本的にはロシアとソ連、双方にとって利益のあるものばかりだ。
その最たるものがロシア軍で型落ちした兵器の売却だろう。
あるだけ全部買いたい、とソ連側は言ってきており、かつてない大口取引に大統領のジェガノフをはじめロシア政府はホクホク顔だ。
他にも多種多様な工業製品の大量購入や技術者や軍事顧問団の派遣などがあったが、ロシアに対してスターリンが出した要求がある。
ロシアは異世界への進出は日本の首都に門があることから当初より諦めており、懸念は異世界から地球へ資源が流入することで資源外交を行っているロシアの発言力低下くらいだった。
しかし、ソ連が異世界経由で繋がっていることから全ては変わった。
ソ連との貿易を行う為には日本に恩を売りつけておく必要がある。
日本の首都のど真ん中にある門へロシア製の色んなものを通す為にはちょっとやそっとのことでは日本政府は首を縦に振らない。
日本政府に首を縦に振らせる為に必要なもの、それこそがスターリンが出してきた要求だ。
「択捉島などの諸地域における問題解決か……」
ジェガノフは呟いた。
領土問題を解決することで日本に対して最大の恩を売ることができ、その対価としてソ連との貿易などを要求できる。
アメリカが反発するだろうが、基本的にアメリカをはじめ西側はロシアがやることには何でも反発するのでいつものことだ。
「しかし、面白いことが聞けた」
スターリンからの書簡によれば、向こうの世界では中国を舞台に列強はそれぞれ適当な軍閥を支援して内戦を起こし、程よく儲けているという。
一方こちらの中国は露骨な拡張主義である為、そろそろ叩かねば後々面倒くさいことになる。
将来的には向こうの世界を見習って、米露で適当な軍閥でも支援して内戦を起こして纏まらないようにするのも良いかもしれない。
ジェガノフはそう思うのだった。
「疲れた……」
本位はソファにてぐったりとしていた。
首脳会談から数日が経過し、ソ連側は順調に日程を消化している。
そちらは問題なく、スターリンも予想していたよりも遥かに良い人物で好感を抱いてしまう程。
そんな本位が疲労困憊である原因はアメリカとロシアである。
日本を窓口として、各国とやり取りをするという日本側の提案を受けスターリンは今回初めて実行したのだが――書簡に何が書かれていたのか、アメリカは領土問題のサポートを、ロシアは北方領土問題解決に尽力すると言ってきていた。
情報によると両国とも、口だけではなく本気であるのが日本にとって恐ろしさを増している。
解決後、どんな要求がされるのかと戦々恐々しているのは本位だけでなく日本政府に共通したものだ。
アメリカは異世界進出関連、ロシアはソ連との取引などではないかという予想がされているが、実際はどうであるか分からない。
どう転ぼうとも日本が米露の板挟みになるのは変わらない。
一方でスターリンは日本を非常に楽しんでくれている。
事前に彼が色々と日本政府に要望を出していたこともあり、それらを叶えつつ、日本側が組んだおもてなしコースだ。
数日前の生放送後、すぐに短文投稿サイトやSNSにてアカウントを開設したらしく、そこでは色んなものが頻繁にアップされているという。
本位が見たのはスターリンがテーブルを挟んで対面に座った写真であり、『スターリンと会談中――に使って構わない』とスターリンのコメントがついていた。
他にもトハチェフスキーやブハーリン、リトヴィノフといったバージョンやスターリンも含めた全員が集合して『ソ連の偉い人達と会議中』というバージョンもあると嘉納から聞いていた。
この写真をはじめ、スターリンが出す様々な写真は若者を中心にネット上で大流行しているらしい。
マスコミがよく言う、庶民感覚とはああいうことを言うのだろうかと本位は思わず考えてしまう程だ。
「ソ連が日本に好意的となってくれるのは良いこと……だと思いたい」
本位はそう自分に言い聞かせるしかなかった。
スターリンは夜の生放送を行っていた。
初日は1つのサイトで行った為、アクセス過多となって視聴者側にアクセス制限が掛かったものの、2日目からは複数のサイトで同時配信を行うことで辛うじて解消している。
基本的にはスターリンがいつものメンバーとともに酒を飲んで、つまみを食べながらのぐだぐだ雑談生放送で、当日にあったことが話題となる。
「今日、SNSに上げたタピオカミルクティーを飲んだ写真はSNS映えしただろう?」
スターリンの問いかけにコメントは一気に加速する。
ギャップが酷いやら、映えていないといったら粛清されそうなどなど様々な反応が返ってくる。
「人民と直接やり取りできるのは、良いものだ」
スターリンは大満足であった。