赤の広場にもゲートが開いてしまったようです 作:やがみ0821
9月1日に現れて瞬時に撃退された連中――帝国軍の生き残り達はNKVDによる質問に対して、快く答えてくれた。
なお、取り調べに使われた部屋の壁や床は勿論、調書の一部が質問の最中で赤く染まったりしたが、問題にはならなかった。
その結果、得られた情報を元にして、スターリンは決断を下していた。
アメリカやイギリスをはじめとして他国に対してできる限りの隠蔽を行うこと――
門を超えた先にある異世界の調査及び帝国に対する徹底的な報復攻撃――
後者はともかく前者は既に難しいというのがスターリン自身も分かっていた。
既に各国の大使館からは先の騒動に対して、問い合わせが多く寄せられている。
とはいえ、そちらに関しては有耶無耶にできるとスターリンは考えていた。
元々ソ連はポーランドがドイツの要求に屈したことで、振り上げた拳を下ろす先について考えていた為だ。
そのターゲットとしてポーランドにおける親ソ政権樹立や英仏米をはじめとした各国植民地と定めており、これらは報復攻撃と同時並行で行っても多少スケジュールに遅延はあるだろうが、大きな問題はない。
異世界との門がいつまでも繋がっていると考える程にスターリンをはじめ、党幹部達や軍人達も楽観的ではない。
迅速に報復し、奪えるものは全部奪って門を爆破するか、爆破できない場合は自然に消えるか、破壊できる手段が見つかるまで赤軍の包囲下に置くことが既に決定されていた。
もしも破壊できない場合は門から何かが出てきたら随時迎撃するという形であるが、門の立地が問題だ。
ソヴィエト連邦の中枢部であるクレムリン宮殿の目の前に門がある為に。
そのためにモスクワ市内の別の建物か、あるいは念には念を入れて別の都市へ移転するか協議が始まっている。
さて、モスクワの市民達は異常事態が発生したことを知っていた。
赤軍部隊が空を飛ぶ生物に攻撃を加えるところを目撃した者も多い為だ。
そして、市民達はこれをドイツ軍による奇襲攻撃だと考えた。
元々指導部がドイツとの全面戦争に備えて、愛国心を煽っていたこともあり、またいくら何でもモスクワに異世界との門が開いたなどと予想できる筈もない。
何よりもモスクワが攻撃を受けたというのは事実であり、また史実よりも遥かに生活が豊かになっており、自動車や電話などの通信・連絡手段が人民に広く普及していたことで各地に広まってしまう。
これはスターリンがNKVDを使って人民に対する情報遮断を行わなかったという部分も大きい。
彼は前述の通り、各国の大使館から問い合わせが来ている時点で既にバレていると判断し、異世界云々ということさえ隠蔽できれば良いと考えた為だ。
ともあれ、人の口に戸は立てられないということわざ通り、モスクワから情報は広まった。
モスクワがドイツ軍によって攻撃を受けた――
仰天したのはドイツであり、ヒトラーから黒いオーケストラの面々まで誰もが困惑し、イギリスやフランス政府の面々は独ソ戦勃発に喝采を叫び、日本は義勇軍の派遣を秘密裏に申し出てきた。
ドイツによる破壊工作だとドイツ以外の国々は予想していた。
ドイツとの戦争に備えて戦時体制へ完全に移行していた状態で、モスクワを攻撃されたソ連が報復に出ない筈がない、と。
そして、それは正しかった。
プラウダ紙をはじめとする全ての新聞・雑誌は自発的に愛国心を煽る記事を掲載し、全てのラジオ局もまた特別番組を組んで愛国心に訴えかけた。
侵略に対して我らは一歩も退かぬ!
ソヴィエトの全人民よ、団結せよ!
我らの愛する祖国の為に――!
また、モスクワ防衛を題材としたものをはじめ、愛国心に訴えかける歌が数多く作詞作曲されるなど、戦争に対して人民は急速に纏まっていった。
各地における各軍の事務所には志願者が男女問わずに殺到してしまう。
元々、ドイツとの戦争に備えて1000万から1500万の間くらいの人員が既に動員されていた。
なお、これでも根こそぎ動員ではなかったが、これ以上の人員はさすがに必要ない。
しかし無下にもできない為、予備兵力ということで志願者の多くが入隊を許可された。
もしかしたら異世界を殴っている最中に、他国が戦争を仕掛けてくるかもしれないという想定である。
そのような状況で、異世界の現地調査が実施されていたのだが――
「門がもう一つあったとはな……」
執務室にてスターリンは報告書を読み、困惑した。
異世界の調査ということで化学・生物兵器対策を入念に施した上で、恐る恐る進出した小規模な赤軍部隊と専門家チーム。
門の先は草原であり、また異世界の軍勢が小規模であったものの駐屯していたが、赤軍部隊が対応した。
なるべく死者を出さないように、ということでこの派遣部隊には戦車もあったが、主に小火器が使用された。
といっても、それで十分であり、負傷者は漏れなく回収されてルビャンカに移送されている。
そんなこんなで調査が始まったのだが――門が少し離れたところにもう一つあったのだ。
帝国軍が駐屯していたこともあり遠距離からの偵察に留めた為、どこに繋がっているのか不明である。
現状ではどうしようもないが、朗報もある。
異世界――繋がった先はファルマートという大陸らしい――の大気組成は少なくとも現時点では地球人にとって有害なものではないことだ。
とはいえ現地の風土病はまだ未確認であり、そちらは調査を進める必要がある。
油断はできないものの、大気という問題はクリアされたと言って良いだろう。
「もう一つの門がどこに繋がっているかは分からないが……万が一、未来の地球とでも繋がっていたら……それはそれで面倒くさくもある」
この世界の未来ならまだしも、史実の未来であったならば尚更だ、とスターリンは心の中で呟く。
もしも史実の未来であったならば、NKVDに指示を出して各国の書店を回って書籍の大量購入をせねば、とスターリンは考える。
またそれだけでなく、買ってこれるものは全部買ってくる必要があるだろう。
たとえばネジ1本であっても、その工作精度は段違いだ。
いくらソ連が史実よりも遥かにその国力・技術力を増しているとはいえ、数十年先の未来には敵わない。
おまけに政治的問題もたくさん起こるだろう。
「とりあえず、そちらよりも帝国に対する報復が先だ」
戦力の集中は順調であり、赤軍及び空軍部隊は続々とモスクワ近辺に集まっている。
過剰ともいえるほどだが、戦争は短ければ短いほど良い。
ましてや今回、国交がないどころか相手は地球における諸々の条約を結んでいない上、更には宣戦布告もせずに一方的にモスクワへ侵攻したという状況だ。
そんな輩に対して、遠慮する必要性は欠片も存在していない。
もっとも、相手がたとえ赤軍と同等の兵力を繰り出してきても、技術の差から演習にしかならないだろうというのが大方の予想だ。
無論、数的に劣勢ならば方面軍単位で追加派遣する用意はされている。
また今回、赤軍においては空軍と協同し、トゥハチェフスキーによって構築された縦深戦略理論を試すことになっていた。
本来はドイツ軍相手にやろうとしていたものであり、それは徹底的な欺瞞行動を取った上で、全縦深同時攻撃から開始される。
その後は第一梯団が戦車と歩兵を注ぎ込み、補給切れで止まったら第一梯団の後ろにいた第二梯団を投入することで絶え間なく攻撃し、全てを粉砕するというものだ。
また撹乱や退路遮断の為に空挺部隊なども投入される。
そして、この攻勢の幅は数十kmから数百kmであり、突破距離の目標は最低でも100kmとされていた。
結果は分かりきっているが、それでも一応実戦であるのは間違いない。
実際にやってみるというのは重要であった。
「戦力の集結が終わるまでの辛抱だ。それで異世界とは決着がつく」
スターリンは確信するのだった。
続くかはわかんないです。