赤の広場にもゲートが開いてしまったようです   作:やがみ0821

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予想外の事態へ

 ソヴィエト連邦にとって帝国への報復は長くても半年以内、可能であれば3ヶ月以内に終了する予定であり、それから迅速に頂けるモノを頂いて撤収するつもりであった。

 スターリンは勿論、党幹部達や赤軍の将官達も誰もがそう確信しており、またあまり長く異世界と関わり合っていると他国に付け入られるのではないか、という予想もあった為だ。

 

 異世界側の門の周辺はもう1つの門も含めて、その全体をアルヌスの丘ということが捕虜への尋問により判明している。

 真横というほどに近くはないが、かといって遠いというわけでもない絶妙な距離にもう1つの門はある。

 

 その門に関して現段階では干渉すべきではないという決定が下されており、アルヌスの丘における帝国軍の完全排除が済んだ後、改めて協議することになっていた。

 

 

 しかし、事態は予想外の方向へ転がる。

 アルヌスの丘及びその周辺における敵の殲滅を目標として派遣された赤軍が、若干遅れてもう1つの門から出てきた日本軍――自衛隊と彼らは名乗った――と遭遇した為だ。

 

 互いの指揮官達は困惑して、それぞれのお偉方に指示を仰ぎつつも、日本側は行動を停止したのに対し、赤軍側は当初の予定通り作戦を続行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……異世界に来て、なんでソ連が出てくるんだよ」

 

 伊丹耀司の呟きに周りの隊員達もうんうんと頷く。

 

 今もなお星弾が大量に打ち上げられ、すぐさま気前良く敵軍に対して砲弾がバカスカ撃ち込まれている。

 一定の範囲に満遍なく撃ち込むようなやり方だ。

 

 

「伊丹二尉、もしかしたらソ連の書記長って……?」

「まあ、そうだろうなぁ」

 

 倉田の問いに伊丹は答えた。

 

 

 もう1つ門があることは事前の偵察で知られていたが、どこに繋がっているかまでは不明であった。

 帝国軍が銀座に通じている門の周囲に陣取っており、まずはその帝国軍を排除することが優先された為だ。

 

 

 といっても、その帝国軍は現在、ソ連軍によって排除されつつある。

 向こう側からしても自衛隊――彼らからすれば日本軍――がいたことに驚愕であっただろう。

 

 だが、彼らは自衛隊に対して敵対行動をするわけでもない。

 ソ連軍から派遣されてきた連絡士官は演技とは思えない程に友好的で、上の連中が困惑しているらしかった。

 

 

 別の歴史を辿った世界とやらかな、と考えたところで伊丹はあることに気がついた。

 

 日本は首都である東京の銀座に門ができて襲撃され、民間人に甚大な被害が出ている。

 そこから考えると、ソ連側の門も首都にできたのではないか――?

 

「……ソ連側に開いた門、もしかしてモスクワに繋がっちゃったんじゃないかな」

 

 伊丹の呟きは倉田だけでなく周囲の隊員達にも砲声の最中であったが、よく聞こえた。

 

「モスクワのどこかにもよると思いますが……まさか赤の広場に繋がっちゃってたりとか」

 

 倉田の予想に、伊丹を含め周囲の隊員達は察してしまう。

 

 

 スターリン時代のモスクワ、それも赤の広場を帝国軍が襲撃した――

 その予想が正しかったら、スターリンが中途半端なところで矛を収めるわけがない。

 WW2末期のドイツと同じか、それよりももっと酷いことになるのは間違いない。

 

 

「あーうん、とりあえず……帝国はご愁傷様としか言えないね。ソ連軍、帝国相手にバグラチオンやるんじゃないの……」

 

 伊丹は何だかとんでもない方向へ事態が転がったことに、溜息を吐くしかなかった。

 しかし、しばらく戦闘はなさそうだ、という確信だけはあった。

 それは彼以外の隊員達も口には出していないが、思っていることである。

 

 戦闘において予想外の事態でも対応できるのが軍隊というものだ。

 しかし、政治がそうとは限らない。

 特に日本において。

 

 

 そして、その予想は的中した。

 朝になる前にアルヌス周辺から帝国軍はソ連軍によって完全に排除されたが、自衛隊は戦闘をすることなく、警戒しつつ待機であった。

 

 またソ連軍が帝国軍の排除している最中にも、ソ連側から派遣されてくる連絡役は増加の一途を辿り、しまいには外交官まで派遣されてきた。

 

 彼らは自衛隊の装備を見たがり、また日本政府との交渉を望んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「史実の戦後日本だな、間違いない」

 

 スターリンは執務室で最新の報告書を読みながら、笑みを浮かべる。

 

 前哨戦として、アルヌスの占領を目標として赤軍が門を通り、自衛隊と邂逅したのは3日前のことだ。

 既に作戦目標を達成され、今は拠点及び陣地構築が始まっている。

 

 自衛隊――日本とはアルヌスにてやり取りがされている段階だ。

 

 向こう側も外交官を派遣してきたのだが、中々面白い反応をしてくれている。

 日本側が反応したのが、こちらの世界の最近の出来事だ。

 

 ポーランドがドイツの要求を呑んだということを聞いた時、相当に愉快な表情だったらしい。

 また日本側が教えてくれた日本の歴史についても、今回の報告書に記載されている。

 

 世界の歴史ではなく、日本の歴史にのみ触れられていることから、ソ連崩壊については隠すという配慮をしてくれているようだ。

 

 とはいえ、日本は史実通りの歴史を辿っており、向こうは西暦2018年だという。

 こういった情報を得た段階で、スターリンは幾つもの指示を下している。

 

「悲しい話だが……日本人は平和に毒され過ぎてしまった」

 

 NKVDには美形の男性職員だけではなく綺麗な女性職員も多数在籍している。

 ロシア系からアジア系まで幅広いが、彼女達は単なる事務職員ではない。

 

 

 日本においてハニートラップを仕掛ける相手は民間人だ。

 極論すれば、パソコンとプリンターを持っていてインターネットに自由にアクセスできさえすれば、誰でも良い。

 某百科事典がこの日本のネット上にあるかどうか知らないが、似たようなものがあれば色々と参考にはなる。

 また彼ら民間人が書籍をはじめ、色んなものを購入してNKVD職員へ渡してもらえば非常に助かる。

 

 問題はどうやって日本へNKVD職員を潜り込ませるかだ。

 日本も門周辺は警備が厳重であることが予想され、また警察の捜査能力は非常に高いとスターリンは知識として知っている。 

 

「日本が民間交流を早急に決断してくれれば良いのだが、そういうことはしなさそうだ」

 

 スターリン時代のソ連とうまく付き合えるかと問われれば、日本側からすれば勘弁してくれというのが本音だろう。

 また下手に歴史に干渉しては問題があるという輩もたくさんいる筈だ。

 

 

「せめて貿易ができれば良いのだが……あるいは食糧が足りないから、と適当に理由をでっち上げて農業に関連した技術だけでも人道支援として……」

 

 あれこれ悩むスターリン。

 既に彼をはじめ、ソ連においてその興味関心は未来の日本に向けられている。

 対帝国に関しては、早くも消化試合といった感覚であった。

 




次回は未定。

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