赤の広場にもゲートが開いてしまったようです   作:やがみ0821

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右往左往

 どうしたらいいんだ――?

 

 

 日本政府をはじめとして各省庁は誰も彼もが頭を抱え、お手上げ状態となっていた。

 銀座事件の首謀者を逮捕する為、自衛隊を門へ送り込んだまでは良かったが、潜った先には帝国軍だけでなくスターリン時代のソ連軍がいたのである。

 

 ただし、そのソ連軍は明らかに史実の同時期とは逸脱した装備を揃えていた。

 その最たるものはAK47であり、T-44とかいう実質的なT-54だ。

 

 AK47は言うに及ばず、そもそもT-44もT-34の発展型であり、その武装は大戦末期のT-34/85と同じ85mm砲搭載をしたタイプもしくは単純に主砲を交換して100mm砲を搭載したT-44-100かと思いきや、最初から100mm砲搭載を前提にした新砲塔タイプであった。

 その新砲塔タイプは史実では、T-44からT-54とナンバリングが変更されて、1946年から量産されている。

 T-44とは名ばかりで、どう見てもWW2末期から朝鮮戦争時代のソ連軍であるが、しかし、向こうの西暦は1939年だという。

 おまけにポーランドがドイツの要求に屈したとのことで、ポーランド国民が激怒して暴動が起こっているという。

 

 

 

 一応、ソ連については何となく原因が分かっている。

 

 

 スターリンがアレコレ口出しをしているということであり、またソ連の経済や技術レベルが明らかに史実よりも強化されている。

 

 史実ではこの当時、見つかっていなかった様々な鉱脈や油田までもこのソ連は見つけており、商業生産しているという。

 またソ連は日本との関係を重視しているようであり、友好国であるとのこと。

 

 

「スターリンは一体、何者なんだ?」

 

 嘉納はソ連に関する報告書を読み終え、そう呟いた。

 特地でやり取りをしているソ連側は気前良く、向こうの世界での出来事を教えてくれるから有り難い。

 

 有り難いのだが、日本側は彼らの発言一つ一つに驚愕するしかない。

 

 赤軍の満州侵攻など、明らかに史実には無かった出来事であり、特に2回目の満州侵攻により関東軍は満州事変を起こせなかったという。

 

 満州国は影も形もなく、代わりにあるのは列強による経済特区だ。

 欧州方面ではソ連はイギリスなどの西側と水面下でやりあっているが、中国では仲良く利益を貪り食っているという。

 

 他にもスペイン内戦が実質的な独ソ戦になっていて、T-34と長砲身四号が殴り合っていたり、1939年にも関わらずドイツ軍の主力戦車がパンターになっていたりと中々愉快な世界である。

 

「スターリンは転生者か、それに類する存在なのか……?」

 

 何気なく嘉納は呟いた。

 もしも自分がある日突然スターリンになったら、と考えてみれば何となくしっくりくるような気がする。

 

 まさかそんなことがあるわけがないと思うが、そうでない場合はスターリンが未来予知紛いのことができる超人ということになってしまう。

 

 超人であるならもうお手上げだが、もしも転生者などであったならば何とか友好的に事を収められるかもしれない。

 

 向こう側は既に日本の技術レベルに気づいており、ダイヤモンドや金塊をはじめとした天然資源との取引を提案してきている。

 

 核兵器が開発済みであるかはさすがに確証はないが、そうであると想定して動いたほうが良いというのが政府内の意見だ。

 

 こちらの世界に持ち込むことは阻止できるだろうが、特地で核兵器を使われるのも勘弁して欲しい。

 たとえスターリンが転生者であったとしても、スターリンはスターリンである。

  

 モスクワの赤の広場に帝国軍が雪崩込んで、怒っていないわけがない。

 事実、赤軍側の陣地では大量の大型トレーラーやトラックが昼夜問わず出入りしており、膨大な物資の集積が行われていることが判明している。

 それに伴って戦力も集結しつつあり、大規模攻勢の前兆だ。

 帝国軍も黙って見ているわけではなく、何度か攻勢をソ連側だけでなく自衛隊側にも仕掛けてきているが、全て撃退されている。

 

 一方、自衛隊は銀座と繋がる門周辺に拠点と陣地の構築を行っているが、ソ連軍と比較すると小規模である。

 自衛隊よりもソ連軍が投入している戦力の方が多い為だ。

 また、特地派遣の自衛隊は使い捨てても問題がないように旧式装備であるが――ソ連軍次第では、より進んだ装備を投入する必要がある。

 

 今のところは友好的だが、どう転ぶか分からないのが外交だ。

 もっとも国会をはじめとして色々なところの反応を見て笑えたのも確かだ。

 

 スターリン時代のソ連と特地を介して繋がった――

 

 その情報は既に全世界に公開されているのだが、野党やマスコミもソ連に関して腫れ物扱いであり、他国においては歓迎したり困惑したり警戒したりと様々だ。

 

 ネット上の反応では真面目に警戒する者、ネタに走る者、絶賛する者などと様々であるが、いつものことだ。

 一部の界隈では、パンターとかチハを個人輸入したいとかそういうことで盛り上がっているらしい。

 

「貿易をするにしても、難しいところだ」

 

 日本の利益だけを考えればソ連との取引は魅力的だ。

 だが、早くも歴史に介入するのは云々という輩が出てきている。

 

 介入も何も繋がっちまったんだから仕方がないだろう、と嘉納としては声を大にして言いたい。

 ソ連とは当たり障りなく、距離を保って――なんて相手が許してくれない。

 押しが強く、ぐいぐい来る。

 

 まるで日本が押しに弱いことを知っているかのように。

 しかも、ただ無理難題を吹っかけてくるのではなく、日本にとっても利益があることを提案してくるのだ。

 

 挙句の果てには農業技術を支援して欲しい、こちらの日本では不作による飢饉の可能性がある、同胞達を救えるのは未来の日本だけとか言ってくる始末。

 

 さらには政治的・思想的な干渉はしないと、向こう側の外交官が密かに伝えてきている為、こっちのソ連よりも厄介なんじゃないか、と嘉納は思ってしまう。

 

 彼らは純粋に取引を求めているのであって、共産主義思想の拡散を目的としているわけではないようだ。

 もっとも、向こう側のソ連が共産主義といえるかどうかは疑問であるが、こちらで広まってしまったら厄介になる。

 

 日本は独裁国家ではない為、総理の一存で全てが決まるというわけではないが、向こう側のソ連はスターリンによる独裁体制が構築されている。

 

 労働法の悪質な違反者を問答無用でシベリア送りになんぞできない。

 

 万人が平等に豊かになる社会というスターリンの理想を実現する為、彼は手段を選ばないのだが、それが日本ではウケてしまう可能性がある。

 

 とはいえ、ソ連は外交関係の構築を日本に求めており、無下にすることもできない。

 というよりも、どんな報復があるかを考えれば無下にするなんぞ怖くてできない。

 

「……いっそのこと、スターリンに国会に立ってもらうか? 国会で色々と説明してもらって、他にも帝国軍がモスクワで何をやらかしたのか証言してもらうとか……」

 

 その為には他国――特にアメリカには十分な根回しをしておく必要があるだろう。

 日本が置かれた面倒くさい状況を理解してもらわねばならない。

 

 そういった厄介な問題がある一方で、いつもワーワー騒がしい野党とマスコミその他一部の連中の反応は楽しみでもある。

 

 ソ連側も友好関係構築の為に拒んだりはしないだろうが、それでも色々と条件をつけてくることは予想できる。

 そこはうまくやるしかない。

 

 

 また、日本には護衛兼案内役としてつけるにはうってつけの人物がいた。

 何だかんだで特殊作戦群にも所属していたし、二重橋の英雄ということで知名度もある。

 

 嘉納は決断する。

 

 

「特地に関しては情報収集。ソ連に関してはスターリン来日の為、関係各所や各国への根回しだな」

 

 特地に関することよりも、ソ連への対応で右往左往しているのが日本の状況だ。

 この提案は総理や他の閣僚から賛同を得られるだろう、と嘉納は予想するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ、さすがソ連軍だ……」

 

 げんなりとした顔で伊丹は見ていた。

 自衛隊側にも散発的に敵は来るものの、より規模が大きいソ連軍へ敵軍は殺到している。

 

 殺到しているのだが、すぐにミンチになっている。

 

 ソ連軍自慢の砲兵――聞いた話によれば、砲兵軍団を連れてきているらしく、その火力が半端なものではない。

 

 また自衛隊と違ってレシプロ機が主力のソ連空軍が早くも進出しており、空にはIl-2が無数に乱舞し、前線部隊だけでなく後方の部隊までも根こそぎ叩いているようだ。

 

 ジェット機に比べて滑走路は短くて済む上、平らにすれば離着陸ができるという利点を最大限に生かしている。

 

 まさしく史実の独ソ戦でドイツ軍が味わった地獄を今、帝国軍は味わっている。

 

 やがて砲撃が収まった。

 自衛隊は防衛に徹し、攻勢には出ていないのだが、ソ連軍はとても積極的だ。

 少しの間の後、聞こえてきたあの音楽と数多のエンジン音。

 

 音楽を聞いて、伊丹は呟く。

 

「……あれ、どう聞いてもソヴィエトマーチだよな」

「ですよねぇ……いや、確かにソ連だから合っているんですけど」

「まあ、すんげー似合っているよね……あんなの敵にしたらチビるわ」

 

 倉田にそう返しながら、伊丹は溜息を吐いた。

 

 向こうのソ連では赤軍行進曲というらしいが、それを大音量で鳴らしながら、戦車と装甲車と歩兵戦闘車の大群が進撃を開始する。

 冷戦期のNATOが感じていた恐怖をよく分からせてくれるが、これでもソ連にとっては限定的な攻勢だという。

 何でソヴィエトマーチがあるのか、という疑問については、異なった歴史を辿ったならばそういうこともあるんじゃないの、と伊丹は納得していた。

 まさかスターリンが憑依とか転生者だとかそういうわけでもあるまいし、と彼は考えていた。

 

 伊丹は何気なく問いかける。

 

「ソ連は敵をドイツ軍か、あるいはNATO軍と勘違いしているんじゃないの?」

「向こうの総司令官、ジューコフ元帥だって聞きましたよ」

「……自衛隊の出る幕、無くない?」

「情報収集でならあるんじゃないですか……たぶん」

「ソ連とやり取りする政府も大変だよなぁ……」

 

 伊丹は呑気にそう呟くのだった。

 

 


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