赤の広場にもゲートが開いてしまったようです   作:やがみ0821

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スターリンのささやかな野望

 スターリンは日本側からの提案は渡りに船と確信する。

 

 その提案とは日本との外交関係構築をしつつ、同時に日本を窓口にして各国とのやり取りを行ってはどうか、というものだ。

 将来的にはサミットでも開くつもりなのだろう、とスターリンは予想した。

 

 この提案ではまずスターリンが訪日し、日本の本位首相と首脳会談やら何やらを行うことが必要だ。

 未来の技術や知識が手に入る可能性があるならば、それは最優先すべきものだとスターリンは判断していた。

 

 とはいえ、ソ連の方針は変わっていない。

 門が永久的なものとは思えず、異世界に関しては頂けるものを頂いたらさっさと撤収だ。

 21世紀の史実未来世界に関しては名残惜しいものの、直接繋がっているならいざ知らず異世界を介している為に、いつ途切れるかも分からない繋がりだ。

 

 深い関係を構築すべきではなく、取引相手程度に留めるべきであるとはスターリンだけでなく、指導部における共通した認識だ。

 

 未来世界の人間が移民でもしてくれたら御の字だが、そういうわけにもいかないだろう。

 

 

 

 

 スターリンは壁に掛けられているファルマート大陸の地図へ視線を向ける。

 航空偵察によって出来上がったもので、不完全だが都市や街、村などの位置関係は分かる。

 

「日本は情報収集に徹している……現実的な判断だろう」

 

 日本が異世界で何をしようが、ソ連の邪魔をしなければそれで良い。

 また日本も銀座を襲撃されたとのことで、帝国に対する怒りはあるだろう。

 

「日本に花を持たせる必要がある。ソ連が全部やっては、彼らの拳を振り下ろす先に困ってしまうからな」

 

 ポーランドがドイツの要求に屈したことで、拳を振り下ろす先に困ったスターリンだ。

 ソ連の場合、手近なところにあった帝国を報復も兼ねて叩いているに過ぎず、これが済んだら植民地解放へその力を振り向ける予定になっている。

 

 振り下ろす先が他にもあるソ連とは違って、日本はそういうわけにもいかないだろう。

 

「色々な連中を連れて行こう」

 

 ブハーリンとトハチェフスキーはぜひ連れていきたい、という思いがスターリンにはあった。

 どちらも史実では粛清されているが為に、21世紀の世界がどういう反応をするか楽しみであった。

 

「……ついでに、日本の足を無意味に引っ張る連中を叩いてやろう。ささやかなプレゼントだ」

 

 

 何なら国会で演説や質疑応答しても良い、とスターリンはその提案を日本側にすることを決める。

 あとはテレビ番組に出演して、コメンテーターがどういう反応をするか見るのも面白いかもしれない。

 インターネット配信も行っている番組にも出てみたいし、何なら向こうで機材を揃えてネット配信をしてもいい。

 あるいは短文投稿サイトとか某巨大掲示板に降臨してもいいだろう。

 

 自分が生きている間にインターネットは実現できないと考えていたが、予想外の幸運だ。

 

「他にも21世紀では失われてしまったものを、日本に持っていくのも良いかもしれない」

 

 他国にあるものは無理だが、ソ連国内に残っているものならば大丈夫だ。

 例えばソ連国内にはありふれているレーニン像も向こう側ではレアなものだろう。

 

「日本行きが楽しみだ」 

 

 スターリンは笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲオルギー・ジューコフは異世界における軍事行動の全てを一任されており、彼は現状について概ね順調とモスクワに報告していた。

 幾つかの問題があるものの、それらは進撃を止める障害にはなりえない。

 

 現地語の教育が間に合っていないが、この世界では明らかに異質な赤軍部隊の行く手を遮る者はない。

 もしも遮っていたならば、単なる障害物として除去されている。

 

 抵抗する者は適切に処理するように、というスターリン直々の命令であり、ジューコフとしてもモスクワを襲った連中に配慮する必要性を感じなかった。

 

 とはいえ、国に帰属しているという意識が現地住民からは感じられないという報告が複数届いている。

 アルヌスで帝国が負けたことを喜ぶ連中までいるとのことだ。

 もっとも現地住民との関わりは最小限である為、詳細は分からない。

 何よりも、部外者である我々は彼らに関わるべきではないという旨の指示がスターリンよりされている。

 

 さて、赤軍の先鋒部隊はイタリカの目前に迫っているが、赤軍にとって帝国はもはや眼中にない。

 現時点で帝国軍よりも問題となっているのは、炎龍と現地人が呼称する空飛ぶ戦車みたいな生物の存在がある。

 

 小銃や機関銃は効かず、対戦車ロケットや戦車や高射砲、周辺空域より駆けつけた多数の航空機が地上からの誤射を覚悟の上で攻撃を加えて、どうにか手傷を負わせて撃退できている。

 

 空を飛ばれると厄介である為、砲爆撃で巣穴にいるうちに根こそぎ吹き飛ばすのが最良だと判断されていた。

 戦闘機でも追いつけない速度と優れた機動力を兼ね備えているふざけた生物だ。

 

 幸いにも大雑把な巣穴の位置は掴めており、そちらにも1個軍団を派遣している。

 地上部隊の展開が完了後、空軍と共に一気に叩く作戦だ。

 

 放置しておいてはゲリラ的に襲撃される可能性が高い。

 

 なお、その火山は帝国とは違う国――エルベ藩王国の領土内らしいが、別に構いはしない。

 先のアルヌスに攻め寄せた敵兵のうち、生き残って捕虜になった者にはエルベ藩王国の兵士もいた。

 宣戦布告もしない連中に、こちらからわざわざ宣戦布告してやる理由もない。

 

 この作戦の立案に際して、モスクワにもお伺いを立てていたジューコフだが、構わずに実行するよう言われている。

 

 原油と思われるものが湧き出している土地がエルベ藩王国にはあることも航空偵察によって判明しているが、ソ連にとって原油なんぞ領内でいくらでも取れる。

 その為、異世界からソ連へ輸送する費用のほうが高くついてしまう可能性があった。

 

「さっさと終わらせてしまおう。この後も予定は詰まっている」

 

 異世界よりも地球が第一であり、ソ連は綱渡りをこれからすることになる。

 イギリスやフランス、アメリカとの明確な対決をモスクワ――スターリンは決断した。

 

 それは植民地解放であり、その第一歩であるインド解放作戦の司令官にはロコソフスキーが内定していた。

 そして、欧州方面にはジューコフが総司令官に内定しており、彼は英米仏から支援を受けて攻め寄せるだろうドイツ軍を抑える役目を担うことになっていた。


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