赤の広場にもゲートが開いてしまったようです   作:やがみ0821

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日本の憂鬱 スターリンの楽しみ

 情報本部へ公安から出向している駒門は疲労困憊であった。

 ここ最近休みが全く取れておらず、それは彼だけでなく上司も部下も同僚も全員が同じであった。

 無論、彼らだけでなく、内閣情報調査室も公安調査庁も公安警察もどこもかしこも非常に忙しい。

 

 日ソ首脳会談、スターリンによる国会演説などといった、今年は西暦何年であったかを確認したくなるような行事が目白押しだ。

 そして、その日程などが日ソ双方の実務者協議で決まりつつあったのだが、その最中に投げかけられたソ連側からの質問は、調整が順調に進んで安堵していた日本側を戦慄させた。

 

 駒門は呟く。

 

「不測の事態に備えて赤軍を各所に配置したい、か。そりゃ向こう側からすればそうだわな」

 

 

 

 日本で外国の要人に対してテロやそれに類することが起こったならば、政府の面目は丸潰れになる。

 諸外国からの信用も失墜する為、そんなことは起こさせないのだが、十重二十重に対策をしたとしても極めて低い確率に抑え込むことはできるが、決してゼロにはできない。

 

 また警備にあたる警察の能力に関する疑問もあるのだろう。

 ソ連側からすれば言葉で説明されただけの状態であり、実際にはどうであるか分からない不安がある。

 

 当たり前だが、日本もソ連もこんなことになるとは想定しておらず、両政府の交流は始まってまだ日が浅い。

 信頼関係やら何やらはゼロに等しい為、これから少しずつ築いていかねばならない。

 

 何よりも、こちらの世界においてスターリンは悪名高い独裁者である。

 近年のロシアでは強いロシアをスローガンとしており、その礎を築いたスターリンを評価する動きがあるが、それはロシアだけの話だ。

 

 基本的にスターリンは嫌われ者であり、こちらの世界とは別のスターリンであったとしても暗殺しようとする輩は掃いて捨てるほどいるだろう。

 

 極めつけは日本にはスパイ防止法が無いことだ。

 

 駒門達の休みが取れないのも、政府から工作員を片っ端から捕まえるよう指示があった為だ。

 だが、スパイ防止法が無い日本ではそういった連中を捕まえるには別件逮捕という形を取るしかなく、それが余計に仕事を増やしている。

 赤軍を各所に配置するのではなく、最高レベルの警備体制を敷くことを日本側が約束してしまったことで、更に仕事は増えた。

 

「やれやれだ……」

 

 駒門は深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルヌスの宿舎にて、伊丹は途方に暮れていた。

 

 スターリン来日の際、その護衛兼案内役を彼はつい先程、仰せつかったのである。

 公表されている経歴には何も問題がなかった為、どこからも異論が出なかった。

 

 なお、彼だけでなく第3偵察隊から若干名を引き抜いて、護衛部隊を編成するよう指示が出されていた。

 その方が連携が取りやすいだろう、という上層部の判断だ。

 

 こういうのって普通はもっとエリートがやるもんじゃないの、と伊丹は思うが、自分が二重橋の英雄と呼ばれていることを思い出した。

 

 何分、相手はこっちの世界では歴史上の人物。

 それなら単なるエリートではなく、何かしら大げさな肩書があったほうがいい――という考えがあるのかもしれない。

 

「いや勘弁してくれ。よりによって、スターリンだぞ……? 史実よりも遥かに物分りが良いらしいけど……」

 

 ソ連が史実とは全く違う歴史を辿っていることは既に判明している。

 その最たるものはトハチェフスキーであり、ブハーリンだ。

 彼ら以外にも史実では1951年に事故死――スターリンによる陰謀説が濃厚――するリトヴィノフも来日する。

 

 伊丹も自衛隊員の端くれである為、軍事的な歴史についてはそれなりに知識がある。

 またソ連において大粛清は行われたが、赤軍内で粛清された者は極少数であり、史実のような赤軍を大きく弱体化させるようなものは無かったという情報を彼は得ていた。

 故に、ソ連軍がどうなっているのか分かってしまった。

 

 トハチェフスキーを頂点として、ジューコフやヴァシレフスキー、ロコソフスキーなどの綺羅星の如き将軍達。

 まさにソ連軍のオールスターチームで、彼らを物分りが非常に良いスターリンが後押しする。

 

 ドイツがバルバロッサやったら、一瞬でカウンター食らって負けるんじゃねぇの、と伊丹としては思う。

 

 なお、ソ連側には伊丹について、労働者階級出身で叩き上げの優秀な軍人であり、先の帝国との戦いにおいて抜群の功績があったと説明してあるらしい。

 

 いかにもソ連が好きそうな単語のオンパレードだが、伊丹本人からすると堪ったものではない。

 

 

 

「……誰を連れて行くかな」

 

 そう呟きながら、倉田は外してやろうと伊丹は思う。

 ケモナーな彼の夢が叶いそうである為、オタク仲間としてそれを応援してあげたい。

 

 そんな事を考えつつ、伊丹は最近聞いた話を思い出す。

 

「しかし、ドラゴン退治なんてソ連軍もよくやるよ」

 

 第3偵察隊も含め、どの部隊も炎龍と交戦することはなかったものの、伊丹の部隊は焼けたエルフの集落で唯一の生き残りやコダ村からの避難民を保護している。

 途中で現れたゴスロリ少女も何故かくっついてきたが、それは置いておく。

 

 ともあれ上層部の思惑と一致した為、人道上の観点からアルヌスにて避難民のキャンプが築かれていた。

 

 情報によれば炎龍とかいうのは相当に手強いらしく、襲われたソ連軍部隊はそれなりの被害が出たらしいが、それによりソ連軍を本気にさせてしまったようだ。

 エルベ藩王国方面へ、多数の部隊が向かっていったことを監視班が報告している。

 そちらに炎龍の巣があることを突き止めたのだろう。

 

 ドラゴン退治とはいえ他国の国境を越境するのは問題しかなさそうだが、ソ連がそんなことを気にするわけもない。

 

 あるいはソ連軍を攻撃してきた敵軍には、エルベ藩王国の兵隊でも混じっていたのかもしれない。

 もっとも、混じっていなくても混じっていたことにするのがソ連である。

 

「俺、そのソ連の親玉と会うんだよなぁ……嫌だなぁ……」

 

 伊丹は憂鬱であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……これで良い」

 

 スターリンは満足げに頷いた。

 日本側との協議にて、色々と彼がやりたかったことも実現できそうだ。

 

 赤軍を各所に配置することは駄目だったが、その代わりに日本側は最高レベルの警備体制を敷くことを確約した。

 スパイ防止法が無い為、スターリンが担当者を通して質問したのだが、どうやら安心してよさそうだ。

 

 インターネットを目前に控えたところで、暗殺されるわけにはいかない。

 

 

 さて、スターリンは独裁者である。

 本人も周りも口には出さないものの、それは共通した認識だ。

 

 故にスターリンが指示したならば、ソヴィエトにおいてそれは可及的速やかに、あらゆる障害を排除して実行されるのである。

 

 門で繋がった先の21世紀の日本はスターリンの知るものと若干異なる――政党名や政治家など細かい部分――が、ほとんど同じである。

 

 担当者が困惑しながらもスターリンの命令であった為、必死に聞き出した日本の文化――もっといえばサブカルチャー事情。

 

 それもまた若干異なるものの、ほぼ同じであった。

 

「せっかく日本と繋がったのだ……色々やってやろう」

 

 スターリンは日本に連れて行く面々――ブハーリンやトハチェフスキー、リトヴィノフなども誘ってインターネットで生放送をするつもりだ。

 ソヴィエト連邦の偉いおっさん達による、ぐだぐだ雑談生放送である。

 政治・経済・軍事・外交という偏った分野の雑談だが、史上最高の視聴者数を叩き出せる自信があった。

 

 この件に関しては既に日本政府には許可を得ている。

 喉から手が出る程にこちらの情報が欲しいのは日本政府であり、わざわざソ連がインターネットで配信してくれるというのなら、これを利用しない手はない。

 

 幸いにも日本側の案内役はそういうことに詳しい自衛官らしい。

 

 

「その為には安全確保が大事だ」

 

 身辺警護にあたるNKVD職員は選りすぐりの連中を揃えている。

 実戦経験はともかく装備の差は非常に大きいが、日本側から携帯無線機などの装備は融通してもらえる為、多少はどうにかなる。

 

 

「生放送中に襲撃されるという展開は視聴者からすれば面白いだろうが、こっちとしては勘弁して欲しい」

 

 スターリン後ろ後ろー! とかいうコメントで溢れかえる光景は見てみたいと思わないでもないが、命は大事である。

 

「……そうだ、マニアに型落ちしたT-34を売りつけよう。武装とか取り外せば日本の法律でもいける筈……! ドイツのパンターは高く売れそうだが、入手が難しいな……」

 

 他にも何か、面白いネタはある筈だとスターリンは悩む。

 

「……こちらの日本で骨董品を買ってきて、向こうの日本で売るか? こっちでは明治のものが何かしら残っている可能性がある」

 

 ただちに実行しよう、と彼は決めたのだった。

 

 

 


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