赤の広場にもゲートが開いてしまったようです 作:やがみ0821
日ソ首脳会談後の会見はネット上で放送されたが、この場でもマスコミは遮断されていた。
共同声明については日本とソヴィエト連邦の友好的関係の構築を目指すことが確認され、また通商条約締結に向けて協議を進めるということが発表されている。
そして、ようやくマスコミのカメラがスターリンの姿を捉えたのは国会であった。
スターリンによる国会演説、その後に若干の休憩を挟みつつ、そのまま国会にて与野党議員からの質問に答えるというスケジュールだ。
演説はともかくとして、国家元首にあたる者が日本の国会で質疑応答するというのは異例であるが、そもそも事態が事態である。
またスターリンが史実とは違うソ連を日本側――全世界にアピールしたかったという狙いもあった。
スターリンが何を語るか、日本のみならず全世界が固唾を呑んで見守る中――彼はゆっくりと流暢な日本語で語り始めた。
その内容は主に自らの思想についてである。
万人が平等に貧乏になるのではなく、平等に豊かになる社会――
とりわけ勤勉で優秀な者には追加で然るべき報酬を与えるべき――
その為に必要な政策・制度について、スターリンはソヴィエト連邦における政策や制度の実績を交えて簡潔に語る。
この演説にネット上は大賑わいで、マスコミのカメラを通してテレビで見ていた年配の方々も思わず目を見開いてしまう。
そして、もっとも多くの視聴者の心を掴んだのは労働に関連するものであった。
某動画サイトでのネット中継ではコメントが一気に増加し、その流れが加速する。
労働法の悪質な違反者をシベリアに送っているって!?
さすがスターリンだわ
同志スターリン万歳!
うちの会社もスターリンに経営してもらいたいんだが?
サビ残とかソ連にはなさそうだなぁ……
先月残業時間ヤバいことになっているんだが、スターリンに言ったら改善してくれるんか?
このように肯定的な意見が多いが、否定的な意見もある。
法律による厳し過ぎる統制は経済の萎縮を招くというものであったり、人権を軽視した法律は法治国家として問題があるなどといったものだ。
とはいえ、スターリンはそういった否定的な意見も事前に予想しており、それとなく反論を行う。
「諸君らの中には、この法律が厳しすぎるといった意見もあるかもしれない。しかし現実的には、どのように言い繕うとも経営者と労働者では前者に天秤が大きく傾いている」
スターリンはそこで言葉を切り、更に続ける。
「日本にはソヴィエトのような厳しい法律があるかどうかは分からないが、日本の法律にて、奴隷のように扱われて使い捨てられる労働者を大きく抑制できているのだろうか? 健康を損なってからでは取り返しがつかない為、事後対策だけではなく事前予防もまた重要だと私は考える」
彼は一拍の間をおいて告げる。
「ソヴィエト連邦は労働者の肉体・精神の両面を守りつつ、彼らが余暇を楽しむことで労働への英気を養う為には経営者に対して厳しい法律が必要であると判断し、実行している。何よりも労働法を守るならば経営者には何も問題はない……労働法を守ると会社が潰れてしまうならば、そもそも事業に失敗しているだけの話だ」
このように様々な話題を盛り込んで、スターリンの演説は40分にも及んだが、ネット上でもテレビでも最後まで視聴した者は非常に多い。
また休憩中であっても短文投稿サイトやネット中継をしていたサイトのコメント欄、あるいは某巨大掲示板の実況スレなどではその勢いが止まることはなかった。
「史実のスターリンじゃない……覚醒したスターリンだ。実は転生者とかでも信じられるかも……」
伊丹はスマホの画面を見ながら、呟いてしまう。
スマホには国会演説の様子が映っており、同時にそのコメントはスターリンへの賛同が圧倒的多数となっている。
富田も自分のスマホで伊丹と同じものを見ており、彼は難しい顔で呟く。
「良くない流れですが、批判も難しいですね」
「万人が平等に豊かになる社会を目指しているって言っているからねぇ。あと勤勉で優秀な者には追加報酬を与えるべきとかも言っているし……これを軽率に批判したら、文字通り人民の敵になるんじゃないかな……」
伊丹の言葉を聞いて、栗林が口を開く。
「隊長、なんかスターリンって良い人っぽいんですけど……どうなんです?」
栗林に問われ伊丹は微妙な顔になる。
「軽く調べた限り、史実でもスターリンは訪問者には良い印象を抱かれているんだよね」
伊丹の言葉に栗林と富田は顔合わせをした時のことを思い出す。
君達が案内と護衛をしてくれるのか?
それは頼もしい、どうかよろしく頼む――
微笑みを浮かべ、皮肉などではなく素直にそう告げてきたスターリンは独裁者には思えなかった。
「史実のソ連は嫌だけど、このスターリンのソ連なら行ってみたいって人は多くなりそう」
「長時間労働で色々と問題になっていますからね……スターリンがそういうことをする輩はソ連ではシベリア送りにしていると言うのですから、本当にやっているでしょうし」
「演説を聞く限りだと、普通に働いて暮らす分にはいいかもしれないですね」
2人の言葉を聞きながら、伊丹はむしろ日本よりもロシアあたりがヤバいことになるんじゃないかと思う。
近年、強いロシアを目指してスターリンを評価する動きがある。
ソ連の後継国家であることから、むしろ支援しない方がおかしい。
事実、駒門からの情報ではロシアとアメリカが水面下で色々やっているという。
今のところロシアがソ連に接触したことは確認されていない。
それは日本側の努力もあるが、アメリカがロシアを掣肘しているというのが大きいのだろう。
別世界とはいえソ連に覇権を絶対に握らせたくないアメリカと、ソ連に覇権を握って雪辱を果たして欲しいロシア。
得られる利益云々よりも、ロシアもアメリカも意地の張り合いなんじゃないかと伊丹は思う。
「といっても……日本を舞台にしてやるなよなぁ」
伊丹の呟き。
その意味を察し、富田と栗林は2人とも肩を竦める。
外国人同士の喧嘩や爆発事故などという形で表向きには処理されているが、実際は米露の工作員によるドンパチである。
これに加えて、中国やEU――特にイギリスやフランス、ドイツの――工作員達が手ぐすね引いて本国からの指令を待っている状態であるのは想像に難くない。
さすがにソ連側に危害を加えようというのはいないだろう。
向こうのソ連は2億を超える人口を有しており、こちらの世界からすると未開拓の超巨大市場だ。
さらには、もしもソ連を通して向こうの世界全ての国々と貿易ができたならば、こちらの世界にとってその恩恵は計り知れない。
また第二次世界大戦が起こっていないことから、戦争で失われたものも残っていると予想された。
一例を挙げるならばこちらの世界では失われた文化財も、向こうでは現存しているかもしれない。
「ソ連と繋がったことの衝撃や影響が大きすぎて、特地のことが忘れ去られているような気がします」
富田の言葉に伊丹は笑って告げる。
「おかげで、こっちは余計な口出しをされないで済むから……まあ、いいんじゃないかな? もしソ連と繋がってなかったら、炎龍がこっちに向かってきて現地民に犠牲者が出た云々で国会に呼ばれそうだわ」
伊丹の言葉に富田も栗林もありえそうだと、頷いたのだった。