赤の広場にもゲートが開いてしまったようです   作:やがみ0821

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スターリンの国会質疑

 スターリンの国会演説は世界中の視聴者達に大きな衝撃を与えたが、もう一つ大きなイベントが残っていた。

 それは、今回のような事態だからこそなし得たことだ。

 

 日本の国会議員達によるスターリンへの質疑である。

 といっても、ネット上では日本のみならず世界中で面白い質問はできないだろう、というのが大方の予想であった。

 

 スターリンに大胆な質問ができる議員がいるとは思えない――

 

 

 史実のスターリンよりはマイルドであるが、それでもスターリンである為、面と向かって言えるかは怪しいという予想だ。

 

 その予想は正しく、与党側の議員達は当たり障りのない質問――ソ連邦の現状であるだとか社会保障制度、経済状況などといった主に内政面に関するものであった。

 ソ連側へ事前に質問内容は伝えられている為、スターリンは用意した資料を参照しつつ答えていく。

 

 各国政府にとってはそういった質問こそ、何よりも有り難いものであったが、大衆からすると面白くない。

 もっと突っ込んだことを聞いてくれ、というコメントで某サイトでは溢れかえっていた。

 

 しかし、与党側の質疑は終わってしまう。

 それによりネット上――特に日本人の間では――解散ムードが漂った。

 

 野党がスターリンに突っ込んだ質問ができるとは到底思えない。

 それでも万が一ということを考えて、一応視聴を継続していたのだが――良い意味で裏切られた。

 

 幸原議員がフリップを取り出して、そこには日本の戦争犯罪について色々と書かれていたのだ。

 視聴者達は一気に盛り上がり、珍しく彼女を応援してしまう。

 彼女は戦前・戦中の日本が如何に諸国に対して罪を犯したか、そして今なお日本はその謝罪などを行っているが、まだまだ足りない云々と述べ、最後にこれらについてどう思うかと尋ねてきた。

 

 幸原としては、スターリンが同調してくれるのを期待してのことであり、また自分の支援者達に向けたアピールでもある。

 

 与野党の議員達は勿論、視聴者達は固唾を呑んでスターリンの答えを見守った。

 少しの間をおいて、彼は幸原の瞳を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと口を開く。

 

「私はこちらの歴史に詳しくはないが……もしもこの70年以上の間、条約などでそういったことが国家間で解決していないのならば、それはもはや言葉で解決できるものではなく、諸国による報復戦争という形となって解決されるだろう」

 

 スターリンはそこで言葉を切り、与野党の議員達を見回して問いかける。

 

「そこまで憎しみが溜まってしまっては、諸国は日本人を一人残らず殺し尽くし、この世から絶滅させねば怒りがおさまらないだろう。議員諸君らは日本国民の代弁者であり、日本の国益を追求するのが仕事である筈だが、そのような日本にとって不利益となるものを放置してきたのかね?」

 

 問いに幸原議員は口を何度か開いては閉じるということを繰り返す。

 スターリンの言葉を否定すると彼女の立場が危うい。

 

 それを見ながら、スターリンは微笑み告げる。

 

「もしも放置してきたとすれば……日本を引きずり下ろしたい国々からみれば極めて有能な議員だ。それこそ謝礼金を渡したくなる程に。だが、私からすれば自分の利益の為に、議員という立場を利用して守るべき国を売る、唾棄すべき輩にしか見えない」

 

 そう言い切ったが、彼は微笑みを全く崩していない。

 幸原は何も言えず顔を赤くして、肩を震わせながらそのまま自分の席へ戻ろうとする。

 しかし、スターリンは彼女の顔色を見て微笑みを一転させ、心配そうな顔で告げる。

 

「どうやら彼女は体調が悪いようだ。静かなところでゆっくり休ませた方が良いだろう」

 

 幸原議員の身を案じるスターリンであったが、ネット上の視聴者達は勿論、この場にいたスターリン以外の全員がそうだとは思えなかった。

 

 

 スターリンの言葉は、どう考えてもこれから粛清するという意味合いにしか聞こえなかったのだ。

 

 

 

 スターリンに誤解されたままではまずいとすかさずフォローが入る。

 様々な条約によって国家間において一部を除けばほぼ解決済みであり、報復戦争のような事態とはならない旨の説明がなされた。

 

 いつもなら野次を飛ばす野党側は、お通夜であるかのような静けさであった。

 

 さて、色々とあったものの幸原議員の質問は終わり、次の野党議員へ順番が回る。

 憲法と自衛隊に関するアレコレを用意していたとある議員はいつもの鋭い口調ではなく、非常に低姿勢で、質問も何だか歯切れの悪いものとなった。

 

 しかし、そんなものはスターリンには通用しなかった。

 彼はことごとく野党側の言ってほしいこととは正反対のことを答えるが、野党側は真正面からスターリンと口論する勇気もなく、完全に腰砕けとなってしまう。

 

 野党の質問に対するスターリンの答えについて、与党側にはうんうんと頷いたり、笑ってしまう者もいたりするなど、野党とは正反対に和やかな雰囲気だ。

 

 またネット上では大いに盛り上がり、スターリンは一躍大人気となった。

 一部界隈ではスターリンは与党が用意した偽物説が唱えられたが、いつものように見向きもされなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国会での質疑を終えたスターリンはNKVDと日本の警察にがっちりと警護されて滞在先となるホテルへ移動を完了していた。

 

 今日、予定があったのはスターリンだけだが、それ以外の面々も既にホテルには到着している。

 ホテルの内外は蟻の這い出る隙間もない程の警備体制が敷かれている為、伊丹としては呑気なものだ。

 

 何よりも彼が驚いたのはノートパソコンやらスマホやらが一式、スターリンへ贈られたこと。

 ミスったら粛清されるかもしれない――と伊丹が緊張しながらも、セットアップを完了し、彼は安堵しながらホテルのロビーへと戻ってきていた。

 

 なお、その際スターリンが手慣れた様子でノートパソコンを操作し、それを見てトハチェフスキー達が驚いていたのはしばらく忘れられないだろう。

 

 ウェブカメラやスタンドタイプのマイクもあったが、事前に知らされていたものの、ソ連が配信をやるのかどうか、伊丹としては懐疑的であった。

 

 

 

「あ、隊長。どうでした?」

「お疲れ様でした」

 

 

 そこへ栗林と富田が伊丹の姿を見つけ、歩み寄ってきた。

 

「無事にパソコンとかの設定は終わって軽く説明もしたけど、スターリン以外は首を傾げていた」

「スターリンはそうではなかったということですか?」

 

 富田の問いに伊丹は頷き、答える。

 

「何というか……目を輝かせていたな」

「新しいもの好きってことですか?」

 

 栗林の問いに伊丹は微妙な表情となる。

 

「そういう感じ……なのかなぁ」

 

 伊丹がそう言ったとき、日本側の警備関係者達が慌ただしく動き始めた。

 

 すわ敵襲かと彼らは身構えつつ、伊丹が手近な人に声を掛ける。

 

「あのー、すみません。何かありましたか?」

「スターリン……というよりも、ソ連側がネットで生放送を始めたらしい。その可能性については知らされていたが、まさか本当にやるとは……」

「……はい?」

 

 事前に知らされていた伊丹も本当にやるとは思っていなかった為、目が点になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、スターリンは割り当てられた部屋のリビングに皆を集めていた。

 既にカメラは回っており、早くも本物であるか問いかけるコメントが来ている。

 

「勿論、本物だとも。私以外にも3人いるぞ」

 

 スターリンは日本語でマイクに向かって話しかけ、すぐさまロシア語で3人――トハチェフスキー、ブハーリン、リトヴィノフへお客さんが来たことを伝える。

 すると彼らはカメラに向かって片手を上げたり、ウォッカの入ったコップを軽く掲げたりといった反応を見せる。

 それを見てコメントの流れは加速し、特にトハチェフスキーの名前がコメント欄にて多く上がる。

 

 そして、スターリンは視聴者達に呼びかける。

 

「この放送をどんどん広めてくれ。私達は君達と交流したい」

 

 そう前置きし、少しの間をおいてスターリンは問いかける。

 

「さて……スターリンだが何か質問はあるかね? トハチェフスキー、ブハーリン、リトヴィノフもいるぞ」

 

 コメントの流れが急加速したのは言うまでもなかった。


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