かなり長めになりました。
――――――――1985年8月5日 払暁
ウォルター邸大広間にて、二つの勢力が向かい合っていた。
片や、総勢三十名を越える武装した男達。
片や、たった二人の、杖を持った紳士淑女。
杖を持った紳士――――オスカー・ウォルターは口を開く。
「ようこそ、ウォルター家へ。貴殿方を歓迎する...そう言いたいところですが、事前の連絡も約束もされた覚えがない。この村には礼儀というものが存在しないのですかな...?」
男達の先頭に立つ人物――――アルフレッド・ウォードは返答する。
「無論、この村にとて礼儀は存在するさ。だが、礼儀なんてものは敬意を払うべき人間に使うものだ。罪人に払う敬意など、我々は持ち合わせていないものでね。」
「罪人だと?」
「そうだ...お前達は魔法使いを匿っていた、あるいはお前達自身が魔法使いであるという大罪を犯している。この村において、魔法使いは存在そのものが死刑に値する罪なのだ。よって我々は、お前達ウォルター家を粛清する!」
我々はお前達を裁きに来たのだと叫ぶアルフレッドの表情は、その宣言にそぐわない笑顔であった。明らかにこの状況を楽しんでいる。そう感じ取ったオスカーとアイリーンは、アルフレッドに向かって杖を突き出した。
アルフレッドは二人が突き出してきた杖を視界にいれると、その笑顔を更に深めた。
「杖...?そうか、やはりお前達自身も魔法使いなのだな?ならば遠慮など要らない!さぁ諸君!魔法使いを討つのだ!」
その言葉を聞いた集団の中で一際若い男――――アーロン・ウォードは散弾銃を片手に先陣を切った。
「いくぞジジイども!このアーロン様に続けぇ!」
男達はアルフレッドの号令を受け、アーロンを先頭にして一斉に二人へと突撃を開始した。
「っ!来るぞ!アイリーン!」
「ええ!」
「「
二人は手始めに先頭を走るアーロンに向かって失神呪文を放つ。しかし...
「きかねぇよ!」
「っ!」
二人の放った失神呪文は、アーロンへと到達する前に突如出現した障壁によって消失した。障壁はアーロンが首から下げている飾りから発しているように見える。そして、その首飾りを見る限り全ての男が下げている事がわかる。
「おのれ!盾の呪文が付与されているのか?マグルが一体どこからそのようなものを!」
男達の後方でアルフレッドが笑い声をあげる。
「くははははっ!素晴らしい効力ではないか。この結界とやらを我々にもたらした男には感謝しなければなるまい!」
「くっ!やはり何処かの魔法使いが関与しているのか!」
失神呪文、武装解除呪文、衝撃呪文...男達は、次々と繰り出される呪文を気にも止めずに二人へと接近する。
「私達程の魔法使いの呪文を受けてもびくともしない...あれを作ったのは相当位の高い魔法使いなのか?直接攻撃は全て弾かれる...それなら!」
「直接攻撃をしなければいい。そうよね!」
アイリーンは杖を振り上げ、声高々に呪文を唱えた。
「
大広間の中央から男達に向かってハリケーンにも劣らない暴風が吹き荒れる。
「うぉぉぉぉっ!?」
男達は暴風に耐えきれずに後方へと吹き飛ばされ、壁や床に激突する。だが、衝撃そのものは障壁へと吸収され、ダメージにはならない。
「ただ吹き飛ばされだけだ!進めぇ!魔法使いに死を!」
「「「魔法使いに死を!」」」
「吹き飛ばされて尚向かってくるか、やはり接近されるまでの時間稼ぎにしかならないね...」
「それでも、向かってくる間に幾つもの呪文をぶつけられるわ。あの首飾りの効力も無限ではないはずよ!」
幾つもの呪文を受けながら接近し、ある程度近づいた後に吹き飛ばされる。数度、このサイクルが繰り返されるのを後方で見ていたアルフレッドは、側に控える猟銃を担いだ猟師に話しかけた。
「猟師殿、次にあの女が杖を振り上げた瞬間に杖を狙撃することは可能だろうか?」
猟師は簡潔に答える。
「可能だ。」
「結構、結構、ならばお頼みしよう。あまり時間をかけすぎて娘に逃げられてはかなわん。」
そのような会話がされているとはつゆとも知らず、アイリーンは再び二人の元へと接近した男達を吹き飛ばそうと杖を振り上げた。
―――――――――――パァン―――パァン
「っ〜〜〜〜〜〜!」
「アイリーン!?」
アイリーンの振り上げた手は猟師の放った弾丸によって杖ごと貫かれ、継いで放たれた弾丸によって胸を貫かれた。アイリーンはその場に崩れ落ち、吹き飛ばされることなく接近を続けた男達が遂に二人へと肉薄する。
それを眺めていたアルフレッドは猟師を称賛していた。
「ふむ...相変わらず素晴らしい腕前ですな。貴方の一発...いや、二発で戦局は大いに我々に傾いた。」
「礼なら酒でも寄越すんだな。」
「そうさせて貰いましょう。丁度我が家には秘蔵の酒があるのですよ。」
一方、オスカーは崩れ落ちたアイリーンを背に、肉薄した男達の猛攻を受けていた。
「女に止めをさせ!」
「させるものかよ!」
アイリーンの周りに張った守護を維持しつつ、自分に放たれる散弾、振り下ろされる鉈、鍬をなんとか反らし続けていたオスカーの耳に、今最も居てほしくなかった人物の声が聞こえた。
「お...母.....さん?」
声を発したのは、大広間から二階への階段に続く扉から現れたメルセデスであった。メルセデスは目の前の床に倒れる母親の姿に酷く狼狽し、母親の元へと走りよった。
「駄目だ!メルセデス!入ってくるんじゃない!」
オスカーがメルセデスを制止するも、彼女の耳には届いていない。
「お母さん...そんな...血がこんなに...」
「メル...セデ...ス...駄目...」
母親の元へと近づいたメルセデスを見咎めた男達は口々に叫ぶ。
「魔法使いの娘だ!殺せぇ!」
「我々に災厄をもたらす化け物だ!確実に息の根を止めろ!」
「っ!させん!
「動きがおせぇぞ!おっさん!」
オスカーはメルセデスに殺到しようとする男達を押し留めようと魔法を発動するが、発動しきる前にアーロンに抜けられてしまう。咄嗟に追いかけようとするが、残りの男達がオスカーを回り込んだ。
「へへっ!ようやっとお前を殺せる時が来たぜ!さぁ死に晒せ!薄気味の悪ぃ化け物がぁ!」
アーロンはメルセデスの目の前に立ち、その手に持つ散弾銃の銃口をメルセデスの目の前に突きつけ、引き金を引いた。
「やめろぉぉぉぉぉ!」
オスカーの叫びが虚しく響き、アルフレッドが笑みを深める中、一発の銃声が大広間に響きわたる。
―――――――ズガァン――――――
血飛沫が舞い、メルセデスを赤く染め上げた。
「くそっ!女!まだ動けたか!」
メルセデスを赤く染め上げたのはアイリーンの血であった。アーロンが引き金を引き終わる前にメルセデスに覆い被さっていたのだ。
「あ...あ...お母さん...嫌...嫌......」
メルセデスは、母親の命が尽きていく感触を生々しく感じとっていた。メルセデスの中で何かが溢れだしていく...
「余計なことしやがって...あんたも娘もどうせ死ぬ!早いか遅いかでしかねぇってのによ! おら!おめぇもお母さんのところに行きてぇだろ?さっさとくたばれぇ!」
アーロンは散弾銃の弾丸を再装填し、メルセデスへ向ける。しかし、その銃口が火を吹く機会は永遠に失われることとなった。
「嫌ぁ!!!」
メルセデスの叫びと共に彼女の振り上げた腕から炎が立ち上り、アーロンを呑み込む。炎が通りすぎた後にはアーロンの姿は無く、ただの炭の塊のみが存在していた。
「アーロン!?」
唐突に起きた息子の死に、流石のアルフレッドも驚愕の声を洩らした。
オスカーはメルセデスが出現させた炎の正体に気がつき、顔に焦りを浮かべる。
「あれは...悪霊の火か!今のメルセデスが操りきれるものではない!」
オスカーの懸念通り、アーロンを炭にした炎は消えることなく尚もメルセデスの腕から迸り続け、大広間の床や壁へと燃え移る。その姿に男達は怖じ気づくが...
「諸君、怖じ気づくな!あの化け物を打ち倒さなければ次に炭と化すのは諸君らの村だ!諸君らの家だ!諸君らの家族だ!」
続いたアルフレッドの言葉で無理矢理士気を上げる。
「化け物を打ち倒せ!」
「あの化け物に村を焼かせるな!」
「やはり我々に災厄をもたらすか!化け物め!」
最も近くにいた男達がメルセデスへと特攻を仕掛けるが、炎が全てを炭に変えた。それによって男達は再びメルセデスから距離を取り始める。
再び距離を取った男達を見たアルフレッドは再び猟師へと声をかけていた。
「あの娘を殺さなければ...猟師殿、頼めるな?」
「流石にあれを放置はできん。任せな。」
猟師は猟銃を構え、いまだ炎を迸らせているメルセデスへと照準を合わせた。
しかし、それを見ていたオスカーが猟師を止めるべく動き出す。
「アイリーンを貫いた
オスカーは杖を振り上げる一瞬で猟師を止めることの出来る魔法を探す。だが、猟師が下げている首飾りは突撃してきた男達のものよりも飾りが多く、盾の呪文の効力が高いものである可能性が高かった。並の魔法では彼を止めることは出来ない。そう考えたオスカーが
「
オスカーの放った緑の閃光は一直線に猟師へと突き進み、猟師を貫いた。猟師はその場に崩れ落ち、動かなくなる。
アルフレッドは緑の閃光に撃たれ、動かなくなった猟師に声をかける。アルフレッドは、特別効力の高い首飾りを与えた猟師がよもや魔法で死んだなど考えていなかった。
「猟師殿?どうし―――――!?」
アルフレッドには猟師が脈を確認する必要性すら感じぬ程明らかに死んでいると分かった。それほどまでに明確な死の雰囲気を緑の閃光を受けた猟師は放っていた。
「ばかな...猟師には効力の高い首飾りを与えた筈では...!」
「私は決心したよアイリーン...!遅くなってすまない。もう少し早く決めていれば、君が死ぬことは無かったのに...」
「っ!」
アルフレッドが気づくと、自分のすぐ側でオスカーが佇んでいた。その表情からは敵を
アルフレッドはここに来て初めてオスカーに、魔法使いに恐怖を覚えていた。
「オスカー...オスカー・ウォルター...!」
アルフレッドはオスカーに背を向けて大広間の外へと飛び出した。その背を見つめるオスカーは虚空に向かって呟く。
「カーム...いるかい?」
「ここにございます...旦那様...お嬢様を止められずに..」
「それはもういい、君に新たに命令を下す。アルフレッド・ウォードを逃がすな。私の元へと連れてくるんだ。私は...娘に群がる男どもを始末するとしよう。」
「御意に...」
カームはアルフレッドを追い、走り出した。
オスカーはいまだメルセデスの周りをうろちょろしている男の一人に死の呪文を放つ。
「
緑の閃光がまた一人その息の根を止める。
それに気づいた男達がオスカーに振り向いた。
「敵はメルセデスだけではないよ?さぁ、私ともやり合おうじゃないか。」
おぞましい炎の化け物と恐ろしい魔法使いに挟まれ、男達は半狂乱になりながらオスカーへと突撃をする。
突き出されるナイフをへし折り、振り下ろされる鉈を砕き、その合間に死の呪文を放つ。男達は徐々にその数を減らして行き、遂に大広間にいたもの達は全滅する。
「終わったよ、メルセデス...さぁ、君を安全な地下室に避難させなければ。
オスカーは、茫然自失として炎を迸らせ続けているメルセデスを抱き上げる。悪霊の火は防火の魔法をも越えてオスカーの身を焦がすが、オスカーは痛がる素振りすら見せない。
オスカーはウォルター邸でもっとも魔法、物理共に守りの硬い地下室へとメルセデスを移動させた。
地下室には魔法を遮断する結界が張ってあり、それによってようやくメルセデスの出していた炎が消える。
「お父...さん...ごめんなさい...」
「謝ることはない...とは言わない。君は確かに愚かだった。だが、それを責めはしないよ、私も同様に愚かだったのだからね。マグルの危険性を見誤り、みすみすアイリーンを死なせてしまった...さぁここで助けを待つんだよ?きっとダンブルドアが来てくれる。」
「お父さんは...どうするのですか...?」
「私はアルフレッド・ウォードと決着をつけなければ気がすまない。そこで生き残るにしても、私は死の呪文を使った。アズカバン行きは逃れられないだろう...」
「...........」
「君は、これからとても困難な人生を歩むことになるだろう。だから...今はゆっくり休むといい。
オスカーはメルセデスに睡眠呪文をかける。メルセデスの意識が遠退いていき、静かに寝息をたて始める。
「君が目を覚ました時には既に私はいないだろう。だから今、言っておくよ。もう聞こえてないかも知れないけどね...君が生まれてきて本当によかった。ありがとう、メルセデス。」
そう言い残すとオスカーは、再び大広間へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――
「くそっ!まさかここまでとは!」
オスカーに背を向け大広間を飛び出したアルフレッドは、ウォルター邸の長い長い廊下を走っていた。しかし、アルフレッドの行く手を遮るものが現れる。
「逃がしませぬぞ!」
「誰だ!」
アルフレッドの目の前に現れたのは醜い見た目をした珍妙な生物であった。
「魔法使いのペットか?私の邪魔をするな!」
アルフレッドは懐から拳銃を取り出し、醜い生物―――――カームへと三度発砲する。
アルフレッドの放った三発の弾丸はカームの身体を貫くが、カームは倒れなかった。
「貴方様を...大広間へと連れ戻せとのご...命令でござい...ます。」
「くっ!」
倒れないカームに再び発砲しようとするアルフレッドであったが、その寸前にカームが指を鳴らし、その音を聞いたアルフレッドはいつの間にか燃え盛る大広間へと戻っていた。
「やぁ、アルフレッド・ウォード。また会ったね?」
「――――――っ!」
背後から聞こえてきたその声に咄嗟に振り向き、拳銃を乱射するアルフレッドだが、その弾丸は全て主を庇ったカームへと着弾する。カームの身体は床へと崩れ落ちた。
「任務ご苦労様...カーム、君は世界一称賛されるべき屋敷妖精だった。ゆっくりとお休み...さて、後は君だけだよ。アルフレッド・ウォード。」
「くそっ!まさか本物の魔法使いというものがこうも強力な存在だとはな!」
アルフレッドは拳銃をオスカーに向け、後退る。
「魔法使いの全てが私達のように戦える訳ではないさ...我がウォルター家は代々戦争に生き、戦争に死んで来た一族だ。他の魔法使いの家系とは格が違う。最も、その血塗られた歴史は私の代で終わらせる予定だったのだが...余計なことをしてくれたものだよ。君は。」
オスカーはアルフレッドへと杖を向けた。
杖先と銃口をお互いに突きつけあい、睨み合う。
その後に響いたのは、死の呪文と一発の銃声のみであった。