――――――――1985年8月5日 夜
焼け落ちたウォルター邸の一室にて、複数の魔法使いが一人の少女の話に耳を傾けていた。
「そうして父は、私を眠らせた後に燃え盛る大広間へと戻っていきました。それからのことはむしろ貴殿方の方がよくご存知なのではないですか?」
少女――――――メルセデスは事件が起こった経緯と、ウォルター邸で何があったのかをダンブルドア達に語っていた。話始めた当初は酷く言葉に詰まっていたメルセデスであったが、話を進めるにつれて淡々とした何の感情も込められていないかのようにすら感じられる話し方へと変わっていった。
魔法使い達には、そんなメルセデスが言葉に言い表せない不気味な存在のように見えていた。
「なんということじゃ...メルセデス...君にはとても悪いことをした。辛い記憶を掘り返させたことを詫びさせて欲しい...」
メルセデスの話を聞き終わったダンブルドアは深々と頭を下げた。この幼い少女の心に今回の事件はどれ程の傷を負わせてしまったのだろうか?ダンブルドアの頭はそんな疑問ばかりが浮かぶ。
「必要なことなのでしょう?貴方が謝る必要性を感じません。」
そう言って首をかしげるメルセデスの目からは、一切の感情が抜け落ちてしまっているようにダンブルドアは感じていた。
その目を見たダンブルドアは、五年前にもたらされた
闇の帝王を打ち破る者の予言は以下の通りだ。
闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている
七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる
そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すだろう
しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つだろう...
一方が他方の手にかかって死なねばならぬ
なんとなれば、一方が生きうるかぎり他方は生きられぬ...
闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう
この予言の通り、闇の帝王は打ち破られた。しかし、ダンブルドアは闇の帝王が完全に消滅したわけではないことを確信していた。その根拠が後に続いた闇の帝王と肩を並べる者の予言であった。
以下が闇の帝王と肩を並べる者の予言である。
闇の帝王が隣に立つことを許す者が現れる
その者は、八つ目の月が五度目に大地を見下ろす時に自らの運命を決する
その者が人の心を持たないならば、その者は数多の人々を絶望へと導く化物と成り果てるであろう
しかし、その者が人の心を持つ事ができたのならば、その者は数多の人々を希望へと導く救世主と成るだろう
その者が化物と成り果てたならば、その者は闇の帝王を再び常世の存在へと引き戻すであろう
そして闇の帝王は、その者を最も信の置く存在として肩を並べるであろう
この予言がもたらされたのは1981年であり、英雄が生まれたのもこの年であったために「肩を並べる者」もこの年に現れるとされていた。しかし、ダンブルドアはそれらしき人物を確認することができず、「肩を並べる者」は既に誕生してしまったのだと考えていた。
だが、このウォルター家襲撃事件が起こったこの日は八月五日、八つ目の月が五度目に大地を見下ろした日である。ダンブルドアにはこれが偶然だとは思えなかった。メルセデスの父、オスカー・ウォルターと闇の帝王の間に、とある因縁があったこともその考えを助長させた。
――――――このままでは、この子はトムのように闇に落ちてしまう...
その思いがダンブルドアを焦らせた。彼女の両親がマグルによって殺されたということもダンブルドアの判断を鈍らせ、闇の帝王へと与することになるという予言がマグルへの強い恨みによるものと
このままでは彼女はマグルを憎み、闇へと落ちていく...
そうダンブルドアは思い込んでしまったのだ。
だからこそこのような的外れな質問をしてしまったのだろう。
「メルセデスや、君は...君の両親を殺したマグルを恨んでいるのかの?」
メルセデスは淡々と答える。
「両親を殺した人たちは恨んでいます。ですが、彼らはもう死んでしまったのでしょう?ならばもう恨んでいる人はいません。マグルを恨んでいるのかと聞かれましたが、全てのマグルが私達を殺しに来たわけではないでしょう?それに、この事件はお互いがお互いを知らな過ぎたことによって起きたことです...非は私達にもあります。マグルだけを恨むつもりはありません。」
ダンブルドアはメルセデスが本当にそう思っているのかを確認するため、密かに開心術を使った。メルセデスの心にはマグルに対する行き過ぎた恨みは無く、深い後悔と自責の念があった。その結果にダンブルドアは安心してしまった。
――――――これならば、この子がマグルを憎んで闇に落ちることは無いだろう...
ダンブルドアはまたしても失敗したのだ。愛を知らなかった子供を愛するのではなく、危険視してしまった
予言の人物はメルセデスではない、もしくはメルセデスは予言のもう一つの可能性の人物であると考え、密かに安堵をしていたダンブルドアにメルセデスがたずねる。
「ダンブルドア先生...私は、少なくとも五人のマグルを暴走した魔法によって殺し、館を全焼させました。私はどのような咎めを受けるのでしょうか?」
「安心するのじゃ、メルセデス。君が罪に問われることはない。君は確かに人を殺してしもうた。じゃが、幼い魔法使いに目の前で母親を殺されても魔法を制御しろ、というのはあまりにも困難なことじゃとわしは思う。君の魔法は事故として処理されるじゃろう。」
罪に問われることはない、そう言われたメルセデスが一瞬呆れたような表情を浮かべたように見えたが、ダンブルドアはそれを気のせいだと思った。
「申し訳ありません、先生...しばらく一人になりたいのです。皆さんにここを離れて頂くのも申し訳ないので、裏の森のいつも遊んでいた場所へと行ってもいいでしょうか...?そこが一番私の心が落ち着く場所なのです。」
メルセデスはしばらく一人になりたいとダンブルドアに頼み込み、ダンブルドアは快諾する。
「そうじゃの、今は心を落ち着ける時間が必要じゃろう。好きなだけ時間を使ってくれてかまわぬ。ただし、夜の森は危険じゃ、気を付けるのじゃぞ?」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
メルセデスは森へと歩き出した。森への道すがら、横を通りすぎる数名の魔法使いの視線がメルセデスに突き刺さるる。魔法使い達はメルセデスを見咎めるとひそひそと会話を始めた。
「あの娘がこの惨状を作ったんだってよ。これほど大きな屋敷を燃やし尽くすなんて...やっぱり化物の娘は化物だったってことだな。」
「全くだ、子供の魔法の暴走だなんて言わずにさっさとアズカバンにぶちこんだ方がいいんじゃないのか?親が死の呪文を使うような家庭環境だ、今後似たような事件を引き起こさないとは限らないぞ?」
「俺もそう思うよ。だけど、ダンブルドア先生の決定だ、魔法大臣はダンブルドア先生に首ったけだからな。覆らないだろう。...あんな化物がこれから力を付けて更なる脅威になったらどうするんだ?全く...」
「それに、さっきの話し方を見たかよ?親が殺されたってのに淡々とまるでどうとも思っていない見たいに...きっとあの娘には慈悲なんてものの欠片もないんだろうな。」
メルセデスには聞こえていないと思っているのか、はたまた聞こえても構わないと思っているのか魔法使い達は口々にメルセデスを化物と罵る。
(化物...化物ですか...)
メルセデスの脳裏には、炎を発し続ける自分を恐怖に引きった表情で化物と罵り、殺意を向けてくる村人達の姿がよぎっていた。
『へへっ!ようやっとお前を殺せる時が来たぜ!さぁ死に晒せ!薄気味の悪ぃ化け物がぁ!』
『化物を打ち倒せ!』
『あの化け物に村を焼かせるな!』
『やはり我々に災厄をもたらすか!化物め!』
メルセデスの耳に村人達の声が甦る。
(そうですか...私は...)
いつの間にかメルセデスは月光の柱が立ち並ぶ森の広場へとたどり着いていた。
――――――――――――――――――――――――――――
ダニエルが目を覚ましたのは、満月が既に頂上へと登った頃であった。
「うっ...僕は...」
放置されていた床から起き上がり、何があったのだったかと一瞬考えたダニエルは、直ぐに立ち上がって周囲を見渡した。
「メルセデス!くそっ!あの二人はどこだ!」
ダニエルは家中を走り回るが家には一切の明かりが灯っておらず、明らかに人が居ないであろうことか分かる。
「まさか、もうメルセデスを?いかなくちゃ!」
ダニエルは家を飛び出し、村を走る。村はとても静かであり、人の気配というものが全く感じられなかった。事実、村の人間達は魔法使いを討伐しに向かった者達が戻ってこなかったことにより、魔女の祟りを恐れてなるべく気配を気取られないようにしていたのだが。
農道を走り抜け、森の端を突き抜けて走り続けていたダニエルの目に、絶望的なものが映った。
「そんな...メルセデスの家が...崩れ落ちている...?メルセデス!頼む!生きていてくれ....!」
ダニエルの目に映ったのは、崩れ落ちたウォルター邸の姿であった。それでもダニエルは、メルセデスが生き残っていてくれることを願い走り出す。
ウォルター邸へとたどり着く寸前、ダニエルの目が森へと向いた。森の樹の裏に誰かが寄りかかっている。
メルセデスかもしれない、そう思ったダニエルが樹に近づくと、それは予想もしていなかった人物であった。
「アルフレッド!?」
「ダニエル...か...?」
樹に寄りかかっていた人物は、ダニエルの父、アルフレッドであった。アルフレッドは半身が炭と化しており、これから死を迎えるであろうことはダニエルにも理解できた。
「その...火傷は?どうしたんだ。」
「くく...燃え盛るウォルター邸から脱出するには...炎を突っ切らなければならなかった...結局は...この様だ...あまり意味は無かったろうが...な...」
アルフレッドは自嘲したような笑いを洩らす。
「メルセデスはどうしたんだ?生きてるのか!」
「あの娘の母親をアーロンが...父親は私が殺した...私の銃の弾が切れるまで守りに徹されていたら...死んでいたのは私だったな...まぁこれから死ぬんだがな...くく...」
「っ!メルセデスの両親を...!いや、まだメルセデスのことを聞いていない!答えろ!」
「さぁな...気づいたら消えていた...だが...生きてはいるだろうよ...心まで生きているかどうかは知らんがな...」
「どういう意味だ!」
「くく...考えてもみろ?目の前で母親が殺され...自分の魔法で人を殺してしまい...果てには目の前で父親が人を殺し回る...これでおかしくならない子供がいるなら...そいつは既に狂ってたんだろうよ...」
アルフレッドは心底愉快そうに語る。
「全てお前が引き起こしたことだろうが!」
「そうだ...だからこうして報いを受けているんだろう?全く...本物の魔法使いというものがあそこまで強大なものだと知っていれば...手は出さなかったものを...」
「くっ!もういい!僕はメルセデスを探す!」
そう言って踵を返したダニエルをアルフレッドが呼び止める。
「探してどうなる...?もうあの娘は...お前の知っているメルセデス・ウォルターではないかも知れんぞ...?」
「それでも!彼女は僕の大切な人だ!」
ダニエルは叫んだ。
「例え...あの娘が人を殺すことをなんとも思わない無慈悲な化物となっていても...?」
それでもお前はあの娘を肯定することができるのか?そうアルフレッドは問いかける。
「どんなにメルセデスが変わっても僕がメルセデスに抱いてきた思いは変わらない!彼女の行く道が僕の道だ!」
ダニエルの意思は既に決まっていた。マグル界だろうが魔法界だろうが関係無い、光だろうが闇だろうが関係無い。彼女が自分を拒絶しない限り、自分はメルセデスと共にあろうと。
「ならば...お前はあの娘が望むのなら...自ら地獄へと下る道を選ぶと...?」
ダニエルは確固たる決意を持って答える。
「覚悟の上だ。」
「くく...ならば何も..言うことは...ない...死後の楽しみが...できた...私は...地獄へと落ちる......お前も私...同じ場所へ.....落ち.....くる.....を楽し......して........」
「アルフレッド?」
アルフレッドは息絶えていた。
自らのために人を殺すことをなんとも思わない人間であったが、それでも自分の父親であった男が死んだ。その事実に実感が湧かず、ダニエルはしばらくその場に立ち尽くした。
「メルセデスを探さないと...!」
最早自分に残っているのはメルセデスしかいない。ダニエルは再び走り出した。しかし、今度はウォルター邸に向かってではない。いつもメルセデスと遊んでいたあの場所へ―――――――――
ダニエルが森の広場に辿り着くと、立ち並ぶ月光の柱の下に一人の少女が立っているのが見えた。
「メルセデス―――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――
満月の光が射し込む森の広場、メルセデスは月の光を浴びながら微笑んでいた。
(そうですか...私は...化物なのですね...慈悲の欠片もない化物...)
メルセデスは自分の心から何かが剥がれていくのを感じていた。今まで自分が持っていた
「メルセデス!」
メルセデスは自分の名前を呼ぶ声に気付き振り向く。
今ならばこの声の持ち主も何の躊躇いもなく殺せるだろうか?そう考えたメルセデスであったが、どういうわけか頭に警鐘が鳴り響くような感覚を受ける。殺そうと思えばいつでも、微塵の躊躇すら無く抹殺できる。いまだに大切な友人だとは思っているがそれぐらいは出来るはずだった。
メルセデスは自分の感覚に疑問を覚えながらも、振り向いた先にいた少年――――ダニエルにいつも通りの挨拶をした。
「こんばんは、ダニー。こんな夜更けにどうしたのですか?」
「っ!」
ダニエルは、まるでこれから遊ぶ為に集まったかのように感じられるほど普段通りのメルセデスに言いようの無い不安を覚える。
「どうしたって...僕の父と兄が君の家を襲っただろう!?」
メルセデスはしばし首をかしげると納得がいったと言わんばかりに答える。
「ああ、申し訳ありません、ダニー。私は貴方のお兄さんを殺してしまったのでした...そのことを怒りに来たのですか?」
ダニエルはあっさりと自分の兄を殺したと答えるメルセデスに、アルフレッドの予想が当たっていてしまったことを確信した。
「違う!兄さんと父さんが死んだのは自業自得だ!僕は君を心配して来たんだよ。最も...君の両親を殺した奴らの家族である僕に君を心配する権利があるのかはわからないけど...」
ダニエルは、自分の身内がメルセデスの運命を狂わせたことに罪悪感を覚えていた。
「私を心配してくれたんですか?やはりダニーは優しいですね。でも...もう私には関わらない方がいいですよ?」
何故かわからないが、自分からダニエルを遠ざけた方がいい。そう思ったメルセデスはダニエルに告げる。
「何を...いってるんだい?」
「村の人達も...魔法省の人達も...私を
「メルセデス...」
「だから私は決めたのです。」
――――――――――世界が私を
メルセデスは、ダニエルが今まで一度も見たことがない狂気に満ちた美しい笑顔でそう宣言した。月の光に照らされたその黄金の髪は眩しさすら感じるほどの輝きを振り撒き、その輝きの下に隠された赤い双眸はより一層血の色が濃くなったように見える。
「私は、ダニーが知っているメルセデスではありません。
自分は既に自らの名前のような人間では無くなったとメルセデスは言う。
「ダニー、私は夢を持ちました。叶えるために数多の血が流れる夢を。私は遠くない未来多くの人々を恐怖に陥れます。自らの目的の為に人々を何の躊躇いもなく殺すことのできる
自らの為に人を殺し、それに対して何の感情も抱かない存在に成り下がった自分に、貴方はこれまで通り接することができるのか?
そう問いかけられたダニエルは、真っ直ぐにメルセデスの目を見て答える。自分は嘘偽りを言わないと示すように...
「君がメルセデスではなく、フリークスになったと言うのなら、僕は改めてフリークスの友人になろう。人々から恐れられる化物にだって、一人くらい友人がいてもおかしくないだろう?そして、僕は君の助けになりたい。」
「っ――――――」
予想だにしない返答に、メルセデスもしばし言葉を失う。
「それが何を意味しているのか...分からないほど貴方は愚かではないでしょう...?」
ダニエルはアルフレッドに宣言した通りに自ら地獄へと下る決意を固め、それを言葉にしてメルセデスへと伝える。
「ああ、君が人を殺すのなら、僕はそのための道具を用意しよう。君が人を騙すのなら、僕はそのための口上を考えよう。それが、君の本当に望んでいることならば、僕はどんな手を使ってでも君の助けになろう。あの
メルセデスはダニエルの宣言に思わず笑顔を見せる。その笑顔には安堵の感情が見え隠れしていたことに彼女は気づいていなかった。
「ふふ...やっぱり貴方は面白い人ですね...?そこまで言うのならいいでしょう。改めてこの
「ああ、よろしく頼むよ。フリークス―――――――
かくして、
傍らに一人の友人を置いて。
自らの歪んだ望みを叶える闘争を始める為に。
彼女が何を望み、何を叶えようとしているのかを、今は、まだ、彼女自身しか知り得ることはない。
ようやく序章が終わりました。次回はメルセデスとダニエルが十一歳を迎える年の夏、原作での賢者の石編からスタートです。
尚、村人達には忘却術士達によってカバーストーリー、「金持ちの屋敷での宴会で起きた火事」が適用されました。