遅れた上に短いです。とても難産でした....
sideメルセデス
停車した汽車からダニーと共に降りる。降りた先は薄暗いプラットホームで、汽車を降りた生徒がひしめいていた。秋になったばかりとはいえ夜の空気は冷たく、私の肌を刺しているような感覚を覚える。
殆どの生徒はこれからの生活に対する期待で胸を膨らませているのだろうが、私の胸の内はこれから起こるだろう膨大な数の面倒事に対する嫌気に占められていた。
まだホグワーツに着いてもいない間に二人の人間からウォルター家であることに起因する罵倒を受けたのだ。汽車内で関わった人間で私の家名を知った者の半分である。
これからホグワーツで関わることになる人間は少なくとも百はくだらないはずなので単純計算で五十人、あの双子がたまたま良識のある人間だったと考えると九十九人程の人間と何らかの衝突が起きると私は思う。これで学校生活に思いを馳せられる人間がいるならその者はどんな悲惨な戦場でも気負うことが無い素晴らしい戦士になれるに違いない。
さらに最悪なことにルシウス・マルフォイの息子を早々に投げ飛ばしてしまった。これは私は悪くない。寝起きのあまり動かない頭に自分に向けられた暴言が入ってきたら誰だって下手人を投げ飛ばすはずだ。我慢出来なかったんだね...とでも言いたげな小さい子供を見る眼差しを向けてきたダニーだってきっとそうする。今度寝起きの時間を狙って両面鏡ごしに暴言を吐いてみようか?
...駄目だ、向けられる眼差しがさらに優しくなる未来しか見えない。ダニー自身には並の暴言では意味をなさない。長い年月をダニーと共に過ごしてきた私でも彼が自身への暴言に腹を立てた姿を見たことがない。何を言われても涼しい顔を崩さないのだ。私も見習った方がいいのだろうか?
話が逸れて思考が明後日の方向へと走ってしまったが何を言いたいかというと、マルフォイ家の者に手を出した時点で私がスリザリンに組分けされた際の人付き合いが絶望的なことになっているということだ。
マルフォイ家は先の魔法戦争によって多少名が落ちたものの、いまだに魔法界の天葢で権勢を振るっている。同じ貴族家は勿論、魔法省の高官にも影響力のある一族だ。それらの家の子供が多く在籍するスリザリンにおいてマルフォイに逆らった私に近づこうと思う者はいないだろう。私はスリザリン内で
「うぉーっ!」
周囲から轟く歓声によって思考の海から浮上することを余儀なくされた。一体何が?
「やっと顔をあげたね?メルセデス。見てごらん、あれがホグワーツだ。」
歓声に驚いて俯いていた顔を上げると、私の顔をダニーが覗き込んでいた。私がぐだぐだと今後の生活を悲観している間に湖のほとりにたどり着いていたようだ。物思いに耽りながら歩いていたせいか私とダニーは列の最後尾よりも少し離れてしまっている。私はダニーに促されて湖の上へと目を向けた。
夜空をそのまま写し取った黒い湖の向こう岸に高い山がそびえ立っている。その山の頂きには大小様々な塔によって形作られた城が見え、その城の窓から漏れる光が天と地に広がる夜空に星を与えている。
あれが...ホグワーツ...難攻不落の学舎、生きている城塞、英国魔法界の希望の象徴、そして.....私が、私の望みの為に
「ダニー...」
「なんだい?」
私はダニーに向き直り、彼の目を真っ直ぐに見据える。ダニーも私が真剣な話をしようとしていると察したのか顔から笑みを消し、その琥珀色の瞳で私を見つめる。
「遂に始まります。
私の問いかけにダニーは微塵の躊躇も見せずに答えを返す。
「それが、君が心から望んでいることならば、僕はどんな手を使ってでもその助けとなろう。僕は言った筈だよ、フリークス。何も変わってなどいない。」
私はダニーに開心術を使う。隠さず堂々とだ。入り込んだダニーの心には一切の防壁が存在していなかった。ダニーは閉心術を使えない訳ではない。むしろ、他人に知られる訳にはいかない秘密が多すぎる私達にとって必須な技術であるから、ダニーに真っ先に修得してもらっていた魔法の一つだ。彼の得意な魔法だと言える。
しかし、今現在ダニーは閉心術を一切使っていない為、私にはダニーの全てが手に取るようにわかる。ダニーの闘争に身を投じる覚悟も、ダニーの誓いに塵芥ほどの虚偽も含まれていないことも.....私に向ける、想いも。
初めてダニーの心を覗き、その大部分を占めるその想いを知った時、私の中に溢れた感情は膨大な歓喜だった。
私がダニーに向ける想いそのものは化物と成り果てた後も変わっていなかった。この想いこそが私がダニーを殺す事を躊躇させたたった一つの要因であると、私はこの六年間で気づいていた。
ダニーに覚悟を問うておきながら自分はこの様だ。この想いはいずれ私の首を締めるだろう。彼は英雄の杖に選ばれた。彼が
今は、まだ、彼は私の側にいる。
時間はある。彼が私の元を離れるその時までに、私も覚悟を決めなければならない。己の望みを果たす為に。
「貴方の想いは全て受け取りました.....行きましょう、ダニー。城に見惚れていた生徒達も動き出したようです。」
湖の方を見ると生徒達が四人一組でボートに乗り始めていた。向こう岸まではボートにで渡るようだ。
「ああ、行こう。」
私達も湖へと近づき、余っていた二人の生徒と共にボートに乗った。二人の生徒はどうも人と話す事が苦手らしく一言も話さない。余っていた理由はそういうことだったらしい。
「みんな乗ったか?」
生徒を先導していたハグリッドが大声を出した。勿論彼のボートには彼一人しか乗っていない。四人乗りのボートでも彼にかかれば一人乗りのボートに早変わりするようだ。
「よーし、では、進めぇ!」
ハグリッドの号令によってボートの群れは一斉に動きだし、星空の上を突き進んでいく。山の上にそびえ立っているホグワーツ城は圧倒的な存在感をもって眼下の生徒達を威圧していた。
「頭、下げぇ!!」
蔦のカーテンを潜り抜ける為に頭を下げる。通学路にしては不便が過ぎるように思うのだけど一体どういう意図をもってこんなに面倒な道のりを活かせるのか?
カーテンを潜り、その影に隠れた崖の入り口の中へと進む。その先には船着き場があり、ようやくボートの旅も終わったようだ。
私達はハグリッドの持つランプに導かれ、岩の山道を登り、城の石階段の下へと辿り着く。石階段を登った頂上には、長い歴史を感じさせる巨大な樫の木の扉が立ちはだかっていた。
ハグリッドがその丸太のような腕を振り上げ、城の扉を三回ノックする。
重厚な音を響かせながら開いた扉に、私は巨大な生き物が口を開いたような錯覚を覚えていた。