sideメルセデス
ホグワーツで一年生が受けなければいけない授業は全部で八つ。天文学、薬草学、魔法史、妖精の呪文、変身術、闇の魔術に対する防衛術、魔法薬学、そして飛行訓練だ。
天文学は真夜中に行われる授業で、星の名称、惑星の動きを学ぶ学問だけど、正直私にはこの授業が何の為に行われているのかが分からない。
星辰の位置によって魔法の効力に違いが出るという学説を目にしたことは有るのだが、実感したことは一度たりとも無いのでそもそも間違っているか感じ取れないほど些細な変化しかしないのではないかと思う。
授業自体は望遠鏡で空を観察するだけなので楽なのだが、夜に活動する時間が削られることが痛い。ダニーとの連絡会もあるし、寮を抜け出して魔法の訓練に最適な部屋を探すことも夜中に行っている為だ。部屋が見つかれば訓練も夜中に行うことになるだろう。この事はまだシャロンには教えていない。
薬草学は城の外にある温室で行われる。様々な魔法植物やキノコの栽培のやり方、用途について学ぶ学問だ。この学問は天文学とは違い実用性に溢れている。まぁ、私は大抵のことは魔法でどうにか出来るのでここで学ぶ知識を使うことは少ないのではないかと思う。
ダニーは薬草学を魔法薬学と合わせて熱心に勉強しているようだ。私との六年に及ぶ訓練によってダニーの魔法力はそこらの大人に引けをとらないレベルなのだが、私には敵わないことを気にしているらしく色々な分野に手を出している。私の後を追うのではなく、隣に立てるような何かが欲しいとのことだ。それを聞いた私の機嫌が急上昇したことは言うまでも無い。
魔法史だが、私にとっては半ば自習と化している授業だ。魔法界の歴史に関しては幼いころから自主的に学んで来たので一年生レベルの教科書の内容など魔法の練習をしながら暗唱出来る。教師のカスバート・ビンズ教授の授業は淡々とした一本調子な喋りで行われる為常に眠気が襲ってくるのだが、いい睡眠魔法への抵抗訓練だと思うことにしている。ちなみにシャロンはずっと寝ている。
次に妖精の呪文の授業だ。ホグワーツに来るまで魔法の魔の字すら知らなかった生徒がいるので仕方がないことなのかもしれないが、この授業で習う魔法は初歩中の初歩なので面白味に欠ける。小人の血が入っているらしい担当教師のフリットウィック教授がやけに私の一挙一動を気にしてくるのも気に入らない。彼もウォルター家の悪名を信じている魔法使いのようだ。
変身術の授業は私がとても気に入っている授業だ。何と言っても先生が良い。変身術の教師はホグワーツ副校長のマクゴナガル教授だ。彼女は教師の中でも数少ないウォルター家の名前で私を警戒しない人物だった。
ウォルター家の名前だけで警戒されるのは快くない。私が何かをしたから警戒された訳では無いからだ。どうせ警戒されるなら私自身を警戒して欲しい。警戒されると多少動きにくくはなってしまうが、私は人から警戒されることにある種の達成感を覚えるのだ。
話が逸れたが、とりあえずマクゴナガル教授は良い先生だった。彼女の授業は説教から始まった。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いいかげんな態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます。」
そう言って彼女は杖を振っただけで机を豚へと変身させ、それを元に戻して見せた。彼女が何気なく行った魔法にクラスが沸いていたが、私は彼女の変身術の力量に舌を巻く思いをしていた。元々命の無い机というものを命のある動物へ、それも動物の中では大型の部類である豚へと変えることは至難の技だ。この世界には、有を無にすることは出来ても無から有を生むことができないことなど掃いて捨てるほど存在する。そんな魔法の全てを無言呪文で行うなど、どれ程の修練を積めばそこまで辿り着けるのだろうか?
変身術は、私がホグワーツに入学する前にかなり力を入れて学ぼうとしてきた分野だった。しかし、教授も言っていた通り変身術は魔法の中でも一二を争う事故率を誇る危険な魔法の為、私とダニーしか居ないウォルター邸では確実な安全を確保出来ずに中々先へと進むことが出来なかった。六年間で得たものと言えば、有を無にする方法と、既存のものの形を少し作り替える程度の魔法しかない。その日の授業で配られたマッチを針にすることくらいは簡単に出来たが彼女の領域までは遥か彼方だ。彼女からは出来るだけ多くのものを吸収していきたい。
変身術とはうって変わって闇の魔術に対する防衛術には肩透かしを食らった。まず教室がニンニクの臭いで満たされている。噂によると担当教師のクィレル教授がルーマニアで出会った吸血鬼を寄せ付けない為にニンニクを用いているとのことだが、そのせいで生徒まで寄せ付けなくなってしまっては教師としては失格なのではないかと思う。彼は常にターバンを身に付けているのだが、その中にはニンニクが詰まっているともっぱらの噂だ。授業そのものもクィレル教授がどもってばかりいるのでとても聞きづらく、闇の生物の話になる度に怯え出すので進まないことこの上ない。
そんな闇の魔術に対抗出来なさそうな教師がクィレル教授なのだが、シャロンの評価は周りとは違うものだった。
「あのクィレルって教授のどもりとか怯え方、絶対演技ですよ!世渡りの為に演技ばっかりしているこの私が言うのだから間違いありません!」
「例え彼の言動が演技だったとするのなら、一体何の為に?」
「それは勿論周囲の人々を油断させる為ですよ!私のもはや預言者の領域にまで達している勘が言っています!彼はこのホグワーツで何かを企んでいると!」
シャロンの勘は中々侮れない。彼女の言うように預言者か何かなのではないかと思う程だ。彼女とは毎日就寝時間の前まで色々な話をするのだが、一切匂わせてもいないことを平然と会話の中で当ててきたりする。
今までで一番驚かされたのは、私とダニーの複雑な関係を言い当てられたことだ。詳しい情報も無しに私達の親が殺し合いをしたことを当てられるとは想像もしていなかった。一体誰がお互いの親が殺し合った子供が仲睦まじくしていると考えるだろうか?シャロンの勘には常識というものが通用しないらしい。
そんな尋常ではない勘をもつシャロンが言うのだ、クィレル教授に注意を払うことに無駄はないだろう。こんな時期に何かを企んでいるのだから、もしかしたらクィレル教授がグリンゴッツからホグワーツに移された例の物を狙っている魔法使いなのかもしれないし、ハリーを狙う闇の帝王の配下という可能性も無くは無い。私としては出来れば後者が良いのだけど。ダニーにもクィレル教授の動きはよく見ておくように伝えなければ。
そしてホグワーツ入学から五日目になった今日は初めての魔法薬学の授業がある日だった。授業はグリフィンドールと合同。授業を受ける前から魔法薬学の教科書を読みふけっていたダニーは少し楽しみにしているようだ。しかし、魔法薬学の教師はスリザリンの寮監で贔屓をよくするらしいスネイプ教授だ。ダニーが期待するような授業にしてくれれば良いのだけど.....
魔法薬学の授業は地下牢で行われた。地下にあるため勿論薄暗く陰湿な雰囲気で、壁にはずらりと何かの動物が浮かんだ薬瓶が並べられているので気味が悪く見える。私は血が飛び散っていない分ウォルター邸の地下室よりは清潔だと思った。私はとりあえずダニーの側に座り、私の隣にシャロンが座った。グリフィンドールの隣にスリザリンが座っていることで周囲から視線が集まっていたがもう三人とも気にしていなかった。
授業の最初は出席をとることから始まった。スネイプ教授は黒くねっとりとした肩まである髪に黒い目をしていて、身に付けている裾の長いローブのせいで巨大な蝙蝠のように見える。スネイプ教授は一人一人の名前を呼んでいったのだが、ハリーの名前に来たところで一言。
「あぁ、さよう.....ハリー・ポッター。我らが新しい....スターだね。」
思わず寒気がするくらいに似合わない猫なで声だった。マルフォイ御一行がハリーに対して冷やかし笑いをしている。私の名前でも少し止まったのだが、こちらに意味ありげな視線をよこすだけで何も言ってこなかったので微笑みを返しておいた。出席を取り終わると彼は生徒を見渡し、呟くような声で演説を始めた。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力......諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である.....ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであれば、の話だが。」
地下牢は教授の演説によって静まり返っていた。私は死にさえふたをする...という部分に多少の興味をしめし、ダニーは魔法薬学を修めることに対する静かな決意を滾らせ、シャロンは半分夢の世界に沈んでいた。
「ポッター!」
スネイプ教授が突然ハリーの名前を叫んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
教授がハリーに出した問題は六年生で習う内容だった。答えは生ける屍の水薬で、強力な睡眠薬だ。飲むと生きながら死んだように眠ってしまう為この名が付いたとされている。一応全ての教科書に目を通した私と魔法薬学を熱心に勉強していたダニーは答えが分かったが、ハリーには何を言っているのかさえ分からなかったようだ。ハリーの隣ではグレンジャーが天高く手を挙げている。
「わかりません。」
ハリーが降参だと言うように答えると教授は口元にせせら笑いを浮かべた。マルフォイも笑っているが、彼には問題の答えが分かっているのか怪しいところだ。
「チッチッチッ、有名なだけではどうにもならんらしい。」
グレンジャーの手は教授の中では無いものとして扱われているらしい、目線すら向けられていない。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
答えは山羊の胃の中だろう。万能な解毒剤だ。しかし、産出されるところを訊かれている訳ではないので売っている店だとでも言えば一応正解にはなる。屁理屈でしかないけど。
グレンジャーは天井を突き破らんとするくらいに手を挙げている。どうせ無視されるだろうにご苦労なことだ。
「わかりません。」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」
どうやらスネイプ教授はハリーのことが大層気に入らないらしい。随分とハリーに無茶振りをしている。教科書を開くとしても普通なら一年生の範囲だろうに。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
これまた意地の悪い質問だ。どちらも脱狼薬の原料となるトリカブトの別名、違いなんて無い。
グレンジャーは椅子から立ち上がっている。行動自体は無駄だと思うのだが、ずっと手を挙げていられるということは答えられるということだ。少し彼女の評価を上乗せしても良いかもしれない。
「ハーマイオニが分かっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう。」
ハリーの発言で数名の生徒が笑ったが、教授の顔はますます不快げに歪んだ。
「座れ。」
ようやく教授がグレンジャーに目を向けたが有無を言わさずに座らされた。グレンジャーは悔しそうにしている。
「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、生ける屍の水薬と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、トリカブトのことだ。」
ダニーが教授の解説のメモを取り出したのを見て私もメモを取り始める。分かってはいることだが、授業のメモを取ること自体はマイナスにはならない。
「さて?我輩の今言ったことをノートに書き取っているのが僅かに二人しかおらん。我輩の解説はメモを取るに値しないとでも思っているのかね?」
メモを取り出したのは正解だったようだ。他の生徒たちは慌てて羽ペンと羊皮紙を取り出している。シャロンが完全に寝に入っていたので叩き起こしておく。彼女は口の端から涎まで垂らしていた。本当に貴族の家の出なのか疑わしく思えてくる。私がシャロンを叩き起こしている間にハリーは無礼な態度を取ったとして一点減点されていた。
その後は二人組を作り、簡単なおできを治す薬の調合をすることになった。私はシャロンと組み、ダニーはロングボトムと組んでいた。
干したイラクサの量を測る、蛇の牙を砕くといった作業が続くのだが、マルフォイがお気に入りらしいスネイプ教授はマルフォイ以外のほぼ全ての生徒に注意をした。ダニーにも注意をしようとしたらしいが、注意するところが見つからなかったらしく無言のまま通りすぎた。私にはそもそも目線すら向けて来なかった。彼からはウォルター家への警戒をそれほど感じないのだけど、何か私に対して思うところがあるのだろうか?
マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でたから皆で見るようにとスネイプが言った瞬間。シューシューという何かが溶ける大きな音とダニーの声が響いた。
「ネビル!退いてくれ!
見るとダニー達が調合していた鍋が捻れた小さな金属塊へと姿を変えていた、周囲には緑色の煙が立ち昇っている。どうやらロングボトムが調合していた薬品を強力な溶解液へと変化させてしまったようだがそれをダニーが消失させたという状況らしい。ダニーが薬を消したおかげで周囲への被害は無かったが、ロングボトムにはそこそこの量が掛かってしまったようだ。おできが出来てしまっている。
「バカ者!」
教授は酷く忌々しそうにロングボトムに怒鳴った。
「おおかた、大鍋を火から降ろさない内に、山嵐の針を入れたのだな?」
ロングボトムはあまりの痛みに泣き出している。
「医務室に連れていきなさい。ああ、それと。」
スネイプ教授はダニーにロングボトムを医務室に連れていくように言いつけたがすぐに呼び止めた。
「一年生にしては見事な消失呪文だ。グリフィンドールに一点をやろう。」
スリザリン贔屓で知られているスネイプ教授の思わぬグリフィンドールへの加点に周囲は騒然とした。特にマルフォイなどはマグル生まれに点を渡すなんて!と憤慨している。私も教授がダニーに点を渡したことが意外だった。何か企みがあるようにすら見える。
「ありがとうございます、先生。ほら、いくよネビル。」
ダニーが綺麗に礼をしてロングボトムと地下牢を出ていくと、教授はネビルの隣で作業していたハリーとロンを睨み付けた。
「君、ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった?彼が間違えば自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールはもう二点減点。」
教授がダニーに点を渡した理由が分かった。教授はダニーに点を渡すことで次に減点するハリーがより屈辱を感じるように仕向けたのだ。スネイプ教授がハリーに向ける感情はもはや憎しみなのではないかと思う。
この後はスネイプ教授がグリフィンドール生に文句をつける以外は特に事件が起きる訳でもなく淡々と授業が進み、初めての魔法薬学は重い空気の中で終わった。