sideメルセデス
『こっちは君の予想通り決闘騒ぎに巻き込まれることになったよ。廊下で僕らと出くわさないように気をつけてくれ。まあ、耳塞ぎを使っているとはいえこっちは結構な大所帯で騒がしいから君は気づけると思うよ。』
自室にてスリザリンの生徒が寝静まるのを待っているとダニーから鏡を通して連絡があった。走り書きが鏡に映っている。あちら側は紙に書いてある通り随分と賑やなようで五人程の話し声が聞こえてきた。
「へぇ、この鏡でメルセデスは夜な夜なダニエルと話し合ってたんですね。寮が違うから話す機会が少ないわりに最近あったこととかあまり話題にしないなーって思ってたんですけどそういうことだったんですか。」
シャロンは興味深そうにあちこちから鏡を眺めながらそう言った。意外な観点から疑いを持たれていた事にひやりとする。やはりシャロンは油断ならない相手だ。余計なことをされる前に味方につけたいのだがそのためには色々と秘密を話さなければならない。最悪忘却呪文を使うことを想定した上であたって砕けて見るべきだろうか。
まあ、それをするにしても今日では無いのでさっさとシャロンを必要の部屋へと連れていくとしよう。
「そろそろ行きますよ。私は道中目眩まし呪文によって姿が見えないので私の手をしっかりと掴んでいてください。」
「分かりましたよー。」
シャロンが私のローブの裾を掴んだことを確認し目眩まし呪文を自分に掛ける。
「おお、メルセデスの姿が消えましたよ。裾を握っている感覚は残っているのが何か気持ち悪いです。目眩まし呪文ってこんなに完全に姿を消せるんですねー。」
「シャロンも直ぐ出来るようになりますよ。と、言うよりはさせます。これから何百と繰り返すのですからいちいち裾を掴んで連れていきたくはありません。覚悟してくださいよ?」
「…これは少し早まりましたかね?」
談話室に誰も居ないことを確認して素早く通り抜ける。廊下に出た後は耳塞ぎ呪文も併用しつつシャロンがついてこれるようにいつもよりはゆっくりとした足取りで進んで行く。
暫くは物音一つしない道のりを歩んでいたのだが、四階に差し掛かったところで『ガラガラガッシャーン!!』という金属製の何かが崩れ落ちたような爆音が響いてきた。
「メルセデス!このままここにいると誰かと鉢合わせる気がしますよ!」
何かを感じ取ったらしいシャロンが小声で叫ぶ。ダニー達が向かったトロフィー室は確か四階。音の発生源も直ぐ近くのように聞こえたのでこの音の発生源はダニー達だろうか?城中に響いたのではないかと思うほどの轟音だったから直ぐにフィルチが飛んでくる筈だ。鉢合わせる誰かというのはフィルチから逃げる五人なのかもしれない。
「シャロン、そこの扉に入っていてください。私は姿を確認したまま様子を見ます。」
ダニー一人ならフィルチに捕まるような愚を犯すことは無いだろうが、今回ばかりは一人で逃げる訳にも行かない状況の筈だ。一人で逃げてハリー達から悪印象を持たれることをダニーは良しとはしない。現れるのがフィルチなら私が姿を見せてみよう。彼が昼と同じように私を見逃すかは分からないがスリザリンの点数を引かれるくらいならどうでもいいことだ。
シャロンが近くの部屋に身を隠して直ぐにバタバタと複数人が走る音が聞こえ、廊下の角からやはりダニー達が現れた。彼等が私に気づくことなく反対側の廊下の角へ消えていくと、息を切らしたフィルチがゼーゼーと言いながら走ってきた。
「おのれ……逃がしはしないぞ……」
「誰を逃がさないのですか?」
目眩ましを解いてフィルチに姿を見せる。フィルチは突然現れた私に驚きながらも手を伸ばそうとしたが、私の顔を確認すると手を引っ込め忌々しく舌打ちをした。
「お前か…ウォルター……私が探しているのはお前ではない。失せろ。」
フィルチは私の側を通りすぎて行こうとする。やはり私を捕まえようとはしない。何故なのだろうか?時間稼ぎも中途半端なので呼び止めてみることにしよう。
「何故、私を捕まえようとしないのですか?もう月が高く昇っている時間ですよ?こんな時間に出歩いている生徒を捕まえるのがあなたの仕事ではないのですか?ミスター・フィルチ。」
彼はかけられた声に足を止めると、私に背を向けたまましわがれた声で答え始めた。
「自ら捕まりに現れて良く言うものだ……私が捕まえたいのは捕まえられると困る連中なんだ。捕まりたい奴を捕まえるのは私の趣味じゃあなくてね……それに、」
そこで一旦言葉を区切るとフィルチは首だけを私の方に向け、様々な感情が入り交じった歪んだ顔を見せた。
「お前のその血のように赤い目を見ていると忌々しくてしょうがない。あの男と同じ目だ。あの、忌々しくも私の道を決定付けた、オスカー・ウォルターとな。」
「……父を知っているのですか?」
まさかフィルチの口から父の名を聞く事になるとは。父が道を決定付けた?父との間に一体何があったというのだろうか。
「お前にオスカー・ウォルターと何があったかを語るつもりは無い……思い出すだけでもはらわたが煮えくり返ってくる…!だが……奴が私に言った言葉がなければ私がホグワーツの管理人をこんな年まで続けはし無かったことだけは確かだ………」
フィルチは私の目を睨み付けながらぶつぶつと独り言のように話している。彼の目には私ではない誰かが映っているように見えた。
「……気が向いた。お前に一つ質問をすることにしよう……」
ぶつぶつと呟くような声が突然明瞭なものに変わった。私ではない誰かを見ていた目が私を見ている。
「お前にとって力とは、なんだ?」
私にとって力とは何か?彼はこの質問によって一体何を知ろうというのだろうか。質問の意図が分からない以上、ホグワーツ側の人間に自分の思想を語るのは少々危険なように思えるが何故か嘘偽りを答えようとする気は起きなかった。
「私にとって力とは、自分の道を阻むものを叩き潰す為のものです。それは単純な暴力や権力だけにとどまりません。自分の行動を邪魔されない状況を作れるのなら一見マイナスに見えるような欠点すらも力たり得ると考えています。」
私の答えを聞いたフィルチは忌々しげだった空気を霧散させ、愉快そうな笑いを洩らす。
「くっくっく……そうか、奴とは真逆なことを言うのだな……いや、言っていることそのものは似たようなものだ。違うのは根本的な考え方か……」
奴とは恐らく父のことだろう。確かに生前語られた父の思想と私の考えは逆かもしれない。力をあくまで抑止力と位置付けていた父が結局は戦いによって死んだことで得た私の考えは『力は振るわなければ意味が無い』というものだからだ。
「生徒がベッドから抜け出した! 『妖精の呪文』教室の廊下にいるぞ!」
少し遠くからピーブズのキーキーとした声が響いてきた。ダニー達が運悪くピーブズに見つかってしまったのか。フィルチは声が響いてきた方向に向き直る。
「行け、どうせ八階の隠し部屋でそのお前の言う力とやらを蓄えているのだろう?あの男と同じように。私はそれを咎めはせん…お前を取っ捕まえてスネイプ先生の元に引きずり出したとて痛くも痒くも無いだろうからな。さっきも言ったが私が捕まえたいのは痛くも痒くもある連中なのでね。」
父が必要の部屋を使っていたことも知っているらしい。父も必要の部屋での訓練を隠れて行っていた筈だ。それを知っているということはかなり付き合いがあったのだろうか。
父が彼に言った道を決定付けたという言葉とは何なのか。先程の質問に何か関係が有りそうだ。私もこの短い間にこの老人に対して興味が湧いている。彼にとっての力とは何か、聞いてみたい。
フィルチは妖精の呪文教室に向かって歩き出す。私はその曲がった背中に向かって質問を投げ掛けた。
「あなたにとっての力とは何なのですか?」
今度は足を止めることなく答えが帰って来た。
「私にとって力とはこの役職そのものだ。私のやりたいことを堂々とさせてくれるからね……」
何とも彼らしい答えを残し、そのまま彼は廊下の闇へと消えていく。幾つか疑問は残ったものの彼が私を見逃してきた理由は分かった。時間稼ぎも十分出来たことだろう。
「シャロン、もう出てきてもいいですよ。」
近くの扉に声をかけると音がならないようにスーっと扉が開き、中からシャロンが顔を出した。
「いろいろと、っていうか全部聞こえちゃったんですけどあまり聞かない方がいい話でしたか?なんなら全部忘れますよ!気合いでですけど……」
シャロンが遠慮がちに訊ねてくるが今の会話くらいなら聞かれても問題無いだろう。
「大丈夫ですよ。聞かれて不味いことならあなたが何かを言う前に忘却呪文を叩き込んでいます。」
「ええ……」
「さあ、気を取り直してさっさと行きますよ。折角ミスター・フィルチのお墨付きを得たのですから堂々と向かわせてもらいましょう。」
とは言ってもまだ教師を警戒しなければならないのは変わらないのでシャロンに裾を掴ませて目眩ましを使用する。それから八階までは何のアクシデントもなく辿り着くことが出来た。バカのバーナバスの絵画を横切り、何も無い石壁の前に立つ。
「着きましたよ。ここです。」
「ここですか?何も無いように見えますけど……」
「特別な開き方があるのですよ。自分が必要としている部屋を思い浮かべながら壁の前を三回行ったり来たりするだけです。」
シャロンの目の前でいつも通りの部屋を思い浮かべながら三回行ったり来たりして見せると石壁から徐々に扉が現れる。
「おお…本当に何も無い壁から扉が出てきました。早速中に入ってみてもいいですか?」
「勿論です。」
部屋の中に入るといつも通りの部屋が出来上がっていた。真ん中の訓練場に周りの研究スペース、本棚には初級から上級までの様々な分野の書籍が並んでいる。
「凄いですね!必要なものは何でも揃えられるんですか?」
「そうですね。余程貴重なものでなければ大抵のものは揃えられますよ。さて、シャロン。早く杖を出して下さい。今週中に目眩ましを使えるようになってもらいますよ?」
「分かりました!頑張ります!」
シャロンは元気良く返事をした。魔法を習うには最適とも言える環境に自分も魔法が上達できるのではないかと期待しているのだろう。これならば遠慮はいらないか。
「やる気は十分あるようなので手加減はせずにいきましょうか。」
「え?」
「まずは理論です。これとこれと、後はこの本の目眩ましに関する記述を十分でまとめてください。出来なければ……辱しめを受けてもらいます。」
「え?」
「では始め!」
「ちょっと!?」
シャロンは慌てて本を読み進めていくが十分でどこまで出きるか見ものだ。出来なければダニーが練習がてら作った頭に獣の耳を生やす魔法薬でも飲んでもらおう。
その後シャロンの頭に可愛らしい犬の耳が生えたのは分かりきったことだった。