――――――――1985年8月3日 昼
sideメルセデス
「では、行ってきますね。お母さん。」
「気を付けてね?メルセデス。ダニエル君と一緒ならそんなに心配はしてないけど、いつどんな危険があるかわからないわ。それと、いつも言っていることだけど...」
「みだりに魔法を人に見せないこと、ですよね?わかっています。」
「わかっているならいいわ。楽しんでらっしゃい。」
太陽が頂上を過ぎた頃に勉強を終えた私は帽子を被っていつも遊んでいる場所へ向かった。
そこは私の家の近くにある森で一番開けた場所で、大きく広がった樹の枝によって空が覆われている。ところどころにある枝の隙間からは太陽の光が射し込んでいて幾つもの光の柱がそびえ立っているように見える。
その光の柱の一つの下に一人の少年が立っていた。
「ダニー!」
「おはよう、メルセデス。」
彼はダニエル・ウォード。村の名主の家の次男で私の一番の友達だ。黒みの強い焦げ茶色の髪に、琥珀色の瞳をしていて将来は必ず女性にモテるようになると確信できる位には整った顔の造りをしている。
「おはようございます、ダニー。今日は何をしましょうか?」
「そうだね...今日は、この森を少し探索してみないかい? 長いことこの森で遊んでいるけど、隅々まで探索したことはなかっただろう? 猟師の人に聞いたんだけど山の方に近づき過ぎなければ危険な獣も出ないそうだし。」
「確かに、良く探索したことはありませんでしたね。もしかしたらこの場所のように綺麗な所がまだあるかもしれません。」
「決まりだね?なら、早速行こうか。」
「はい!」
そうして私達は森の探索を始めた。今まで何気なく通っていた森だけど詳しく知ろうと意識して歩き回って見ると私達は森のほんの一部しか知らなかったのだと気づかされる。
森の中に魚が住めるような池があるなんて知らなかったし、一目で遥か昔からそこに立っていたのだとわかる巨大なオークを見つけた時は二人とも開いた口が塞がらなかった。
数々の新発見をした私達だけど、夕方までに探索できた範囲は森の半分にも及んでいなかった。
「ふぅ、さすがに僕らの足だと森を全部周りきることはできなかったね...明日も森を探索しようか?」
「そうですね。森の半分を探索しただけでもとても多くの発見がありましたし...ここまで来たなら全部周りたいですから....あっ!」
突然森の木立の中を強風が吹き抜けていき、私が被っていた帽子が高い所にある樹の枝に引っ掛かってしまった。引っ掛かった枝の高さは目測でも二十メートルはある。
あれは魔法を使わなければ取れないか...私には樹に登るなんてまだ無理だ。解散してから取りに戻ることにしよう。
「帽子が飛んで行ってしまったね。僕が取ってこよう。」
そう言うとダニーはさっさと帽子が引っ掛かった樹に登り始めてしまった。
「ダニー!?帽子なら後でお父さんにでもお願いします!危ないので戻って来て下さい!」
「大丈夫だよメルセデス!僕の木登りの腕は知っているだろう?」
確かにダニーは木登りが上手だった。だけど、二十メートルもある樹に登ったことはなかった筈だ。
私の心配をよそにダニーはするすると樹を登り、遂に私の帽子を掴んだ。
「ほら、心配は要らなかっただろう?帽子を掴んだ...うわっ!」
「ダニー!!」
ダニーが樹の上から私に声をかけてきた瞬間再び強風が吹き荒れ、男の子とはいえまだ小さいダニーの体を吹き飛ばした。私は咄嗟に魔法を使って彼を助けようとする。
「
しかし、私が魔法を発動することはなかった。
彼は私が魔法を使う前に空中にとどまったのだ。それから彼は徐々に高度を下げ、地面へと降り立った。地上に降りた彼は明らかに狼狽した様子だった。
「メルセデス...僕は、僕はどうなったんだ?何であの高さから落ちて何の怪我も、痛みもないんだ?」
「ダニー、落ち着いて下さい。まずは大きく深呼吸をして.....吸って.....吐いて.....落ち着きましたか?」
「あ、ああ、落ち着いた。すまないね、メルセデス。」
ダニーはまだ困惑している様子だったがとりあえずは落ち着いたようだ。
「いいえ、ダニー。あなたが無事でよかった...」
「本当にすまない。君にいいところを見せたかったんだ......失敗してしまったら意味がないけどね。」
ダニーは平常時なら、私の顔が赤くなったであろう事を言ったが、今はそれどころではない。
「ダニー。樹から落ちたとき、どうなったのかわかりますか?」
「樹から落ちた時......無我夢中で必死に止まれ!と思い続けていたような気がするんだ...他には何もわからないな......メルセデスからはどう見えていたんだい?」
「私からは...あなたが空中にとどまって、そのままゆっくりと降りてきたように見えました。」
「そんな事が.....いや、君が今嘘をつく必要もないか。」
ダニーはとても信じられない様子だったがかといって否定する要素もない、というような態度だった。
「以前にもこういったことは?」
「ないと思う。父さんからも不思議な事が起こったとは聞いていないし...」
「そうですか.....ダニー。良く聞いてくださいね。」
「うん?何だい?」
前にはなかったということだが私は確信を持って今起きた不思議な出来事の理由をダニーに伝えた。
「ダニー...あなたは魔法使いです。」
「魔法使いだって?」
今度こそダニーは信じられないといった様子だった。
「それは...何だい?僕に起きた事がまるで魔法のようだってことかな?」
「まるで魔法、ではなく魔法なのです。」
きっと信じられないだろうから私も魔法を見せることにする。お母さんに人に魔法を見せないよう言い含められているけど......相手が魔法使いなら問題ないだろう。
「実は...今まで隠して居たのですが、私と私の家族も魔法使いなのです。
私が魔法を唱えると私の周囲に美しい花達が咲いた。
「花が急に.....まさか.....本当に?」
ダニーは驚きを隠せないようだ。
「これで信じられましたか?」
「ああ....何もない地面からいきなり花が先だしたんだ、仕掛けにしても限界がある。」
マグルの常識ではあり得ない光景を見てダニーは流石に信じてくれたようだ。
「それなら、僕にも今君がやったようなことが出来るのかい?」
「勉強すれば、ダニーも出来るようになりますよ。」
「だけど、僕には勉強が出来るような環境がないよ?魔法なんて.....今までお伽噺の存在だと思っていたし、父さんもそのはずだ。」
「そこに関しては大丈夫です。魔法使いの素養がある人には、十一歳になる年に魔法学校から招待状が来るんですよ。」
「魔法学校だって?」
「ええ、普通の人は知りませんけど。魔法使いには魔法使いの社会があるんです。魔法使いの学校がありますし、村がありますし、少し実態とは違いますが、国もあるんですよ?」
「そうなのか...しかし、何で普通の人は知らないんだい?魔法が使えるなんてすごいことじゃないか。隠すなんて勿体無くないかい?」
ダニーは魔法使いが隠れていることに対して疑問を呈してきた。
「それは、昔に色々とあったのですよ。昔は魔女狩りなんてものもあって......魔法使い達は魔法を使えない人達...私達からはマグルと呼ばれていますが、マグルに攻撃されることが多かったのです。」
「そうか...攻撃してくる人達から身を隠すのは当たり前だね。」
ダニーは私の答えに納得したようだ。
「話を戻すけど、魔法学校っていうのはどんな所なんだい?」
「私もまだ行ったことがないのでよく知りませんが...全寮制で十一歳から十七歳までの七年間通うことになります。名前はホグワーツです。」
「ホグワーツ......そのホグワーツには魔法使いの子供は皆通うのかい?」
「皆が皆通うわけではないようですよ?魔法使いの家系の子でも家で教育を受ける子もいますし....マグルの家系から産まれてきた魔法使いには、魔法界に入らずにずっとマグルの世界で暮らす人もいます。ダニーは、魔法の世界で生きたいと思いますか?」
「僕は.....魔法が学べるなら学んでみたい。けど、まだ他にやりたい事が出来るかもしれない。だからどちらの世界で生きるかは決められないな...」
私はダニーと通うことが出来るならとても楽しい学校生活を送る事が出来ると思うから出来ればダニーに入ってほしい。けど、ダニーの意見は尊重したい。
「ダニーなら、きっとどんな道に進んでも立派な人物になれますよ。道が魔法使い以外にも沢山あることは事実です。まだ十一歳になるまでに、時間は沢山ありますから、一緒に考えていきましょう。」
「ああ。頼らせてもらってもいいかな?メルセデス。」
そう言ってダニーはこちらに手を差し出した。
「ダニーにはいつも頼らせてもらっています。お互い様ですよ。」
そう言って私は差し出された手を取った。
「早速なんだけど.....他にも魔法を見せてくれないかい?」
ダニーが遠慮がちに訪ねてきた。
「申し訳ありませんけど....今は駄目です。」
「どうしてだい?やっぱり、むやみやたらに見せるものではないのかな?」
「そういうわけではありません。あっちを見てください。」
そう言って私は遠くを指差した。私が指を差した方向にはもうすっかり茜色に染まった太陽が山の陰に隠れようとしていた。
「.........思ったより時間がたっていたんだね。全く気づかなかったよ。」
「まあ、今日は色々ありましたししょうがないと思いますよ?でも、そろそろ帰らないとお父さんとお母さんに心配されてしまうので、魔法は明日という事でお願いします。」
「わかった。僕もそろそろ帰らないと心配されると思うしね。何より僕のせいでメルセデスの帰りが遅くなってしまったら、せっかく僕を信用してメルセデスと遊ばせてくれるご両親に合わせる顔がない。さ、家まで送ろう。」
「ありがとうございます、ダニー。」
そうして私達は帰路についた。
明らかに五歳の子供の会話じゃないですね......