体調の絶不調により執筆が遅々として進みませぬ。
sideメルセデス
十一月に入り、ホグワーツにも冬を感じられるようになってきた。吐く息は白く、スリザリン寮の窓から窺える湖の水面は氷に覆われ、湖に生きる人ならざる者達もその姿を見せる機会を減らしている。
あのハロウィンの夜以降、私とダニーの関係が大きく変わった……という事は無い。挨拶を交わし、時にはハリー達も交えながら共に食事をとり、合同の授業があれば隣に座り、夜中にはお互いの修練に没頭する。表面的に見れば何も変わっていないように見えるだろう。
しかし、何も変わっていないかと聞かれればそうでは無い。変わったのはダニーが私に向ける視線に混じる想いであり、私がダニーに向ける言葉に含まれる想いである。私達に近しい間柄でもなければ気に止めない程度の事ではあるが。
とはいえ、やはり目敏い人間というものはどこにも存在するらしく、バーキンソンを始めとする
蝿は騒がしいもののダニーと愛し合えている実感が湧く日々にとても充足感を覚えている。だが、もっともっとダニーを私に縛りつけたいという欲求が膨れ上がっている事も感じていた。私だけを見て
そんな風に、いかにしてダニーを囲いこんでいくかを考えながら過ごしている時には決まってシャロンが半目になってこちらを見るようになった。今も見られている。
「……どうかしましたか?」
「いえ?別に何でもありませんよ?メルセデスが疚しい事を考えていそうだな~なんて一切思ってませんよ?」
思っているではないか……相変わらず要らない所でもよく働く勘なことだ。是非とも緊急時のみに特化して精度を上げて欲しい。
「そう言えば談話室の方が騒がしいですね。何か騒ぐような事ありましたっけ?」
今いるのは寮の自室。今日の授業で出された課題をこなしながら消灯時間を待っているところだ。消灯時間を目前にしたこの時間帯はいつも静かなのだが今日は扉から音が洩れる程度には騒がしい。洩れてきているのは主に大勢の人間の話し声だった。
「明日はクィディッチの初戦、それも相手はグリフィンドールですからね。寮総出で応援の準備でもしているのでしょう。」
娯楽の少ないホグワーツという環境においてクィディッチというものは生徒達の貴重な楽しみとなっている。加えてクィディッチの勝敗は寮杯を獲得出来るか否かに直結している為クィディッチ自体に興味が無い者も熱心に応援するというわけだ。特にスリザリンは七年連続で寮杯を勝ち取っているので自分たちの代で寮杯を奪われたく無いと誰もが必死なのである。
「どうして皆あんな集団自殺じみた狂気の沙汰に夢中なんですかね?選手が死にたがりなのは当然として観客達も人が死ぬ様を見たいんでしょうか?あ、勿論メルセデスは見に行きませんよね?自寮のチームが勝とうが負けようが死のうが興味無いって言いそうですし。」
シャロンは淑女にあるまじき忌々しそうな表情をしている。彼女の箒嫌いはクィディッチにも及んでいるらしい。他人とクィディッチの話をする機会は多い方では無いがここまでクィディッチを罵詈する人間というのもほとんど居ないのでは無かろうか。
「気持ち的にはシャロンの言った通りですが観戦には行きますよ?」
「え?なんでですか?」
今にも「正気か?」と聞いてきそうな顔と声の調子で驚かれた。本当に時が経つにつれてこの少女から遠慮というものが消え失せているような気がする。
「明日のクィディッチはハリーの初陣でもあります。観戦に行かずにいて次にハリーと話す時に自分の初陣はどうだったか等と聞かれて困るのは御免なのですよ。素直に行かなかったと伝えるのも面倒そうですし。」
「ええ~いいじゃないですかそれぐらい。」
「英雄様がどれ程出来るのかも見ておきたいのですよ。ああ、私が行くのですからシャロンも来ますよね?」
周囲の人間が大盛り上がりで立ち上がったり叫んだりしている中を一人で座っているのは流石に苦痛だ。道連れが欲しい。
「明日はちょっと体調が悪くなる気がするので私は遠慮したいかな~なんて……」
「遠慮はいりませんよ。大丈夫です。例えあなたが風邪をひいて寝込んだとしても担いで会場に運んであげます。」
毛布にくるまって抵抗するようならそのまま毛布で梱包して首だけを出した状態で観戦させてやる。勿論目眩ましなんて掛けてやらない。衆人環視の中でその間抜けな姿を晒すのだ。
「……明日クィディッチを見ると死にそうな気がするな~」
「大丈夫です。弔ってあげますから。」
何がなんでも連れていくという意思を視線に込める。絶対に逃がすものか。
「………」
「………」
「「………………」」
「……行きます。」
「よろしい。」
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sideダニエル
寮の談話室の片隅で魔法薬学の教科書に目を通していると、ハリーが羊皮紙を数枚持って近寄ってきた。
「宿題が終わったんだけど、ちゃんと出来ているか見てくれないかな?」
ハリーから手渡された羊皮紙を受け取って内容を確認していく。渡されたのは魔法使い達が箒を移動手段として用い始めた経緯についての魔法史のレポートだ。近頃はこうやってハリーに宿題のチェックを頼まれることが多くなった。すぐ近くではロンもハーマイオニーに宿題を見てもらっている。
ハロウィンの夜からハーマイオニーは随分と僕らに馴染み始めていた。規則違反には今までからは考えられないほど寛容になったし、頼めば丁寧に勉強を教えてくれるようになった。
ハロウィンと言えばもう一つ大きな出来事があった。メルセデスに愛を乞われ、それに応えた事だ。僕は昔からメルセデスを愛していた。メルセデスもきっと、昔から僕に好意を向けていてくれたと思う。でも、彼女に対する負い目が僕に停滞を選ばせていた。そんな停滞もメルセデスに強引に動かされたんだけどね。六年も燻らせ続けた悩みにしてはあっさりとした幕切れだった。かといって僕の負い目が消えた訳ではない。これからも一生をかけて、否、来世すらかけて彼女を愛し、支え続ける事で償いとしていこうと思う。
……そう言えばあの時は雰囲気に酔って随分と恥ずかしいことを口走っていたような気がする。君の心を誰にも渡したく無いとか僕は君のものだとか……ああ恥ずかしい………メルセデスは素面で言ってのけるんだろうな。
「ダニエル?」
おっと、宿題を確認する目が止まっていたらしい。ハリーに声を掛けられてしまった。
「ああ、すまない。少し別の事に気をとられていたよ。」
「ダニエル、何か悩みでもできたの?最近ぼーっとしてる事が多いみたいだけど。」
気に止められる程呆けていることが多かったのか。確かに最近はあの夜の事を思い出すばかりだったような気がする。
ハリーになんと答えたものかと考えあぐねているとロンが話に入ってきた。
「ハリー、聞くだけ無駄だと思うよ。どうせウォルターに誉められるか何かしてその思い出に浸ってるだけだ。」
ロンに見透かされた…?メルセデスの事を考えている時の僕はそんなに分かりやすいんだろうか。しかし、まさかロンに言い当てられるとは思わなかった。
「そうなの?」
ハリーの呆れたような目線が僕を貫いてくる。くっ、メルセデスの事を思い出していたのは事実だから否定は出来ない…!
「ま、まあ、そんなところかな……」
「ダニエル。あなたって本当にメルセデスのことが好きよね。ちなみにさっきは何を思い出してぼーっとしていたの?」
ロンの宿題をチェックし終わったハーマイオニーまで話に加わってきた。メルセデスに悶えたくなるような文句を言った事を喋らされるのは御免だ。なんとか話を変えなければ。
「僕よりハリーの事を気にした方がいいんじゃないかな?明日はクィディッチの初戦だ。ハリーの初陣なんだよ?」
今言った通り明日はハリーが初めてクィディッチの試合に出場する事になっている。
「思い出させないでよ……また緊張が戻ってきちゃったじゃないか。スネイプに取られたせいで『クィディッチ今昔』を読んで気を紛らわす事も出来ないから別の事に集中しようとしてたのに。」
『クィディッチ今昔』はハーマイオニーがハリーに貸していた本で、クィディッチの基本的なルールから豆知識まで幅広い情報が載っているものだ。ハリーはこれをとても楽しんで読んでいたのだが、スネイプ教授に因縁をつけられて取り上げられたと聞いていた。
「それは……すまなかったね。」
僕がハリーに謝ると暫く無言の時間ができた。ロンとハーマイオニーは明日への緊張からか少し顔色が悪くなったハリーを心配そうに見つめ、ハリーは何かを考え込んでいる。
「僕、やっぱり本を返してもらってくるよ。」
そう言うなりいきなり立ち上がってハリーは寮の出口へと足を向けた。これからスネイプ教授のところに行こうとしているらしい。
「一人で大丈夫かい?」
「勝算があるんだ。」
ここ数日機嫌が悪いスネイプ教授の元に一人で行くのはリスクが高いのではないかと思ったが、ハリーには何やら考えがあるようでそのまま寮の外に出てしまった。
ハリーを見送ってから暫く二人と明日のクィディッチの話に花を咲かせていると、激しく息を切らしたハリーが談話室に転がり込んできた。戻ってきたハリーにロンが声を掛ける。
「返してもらった?どうかしたのかい。」
ハリーは息を乱しながらも僕らに何があったのかを話してくれた。
「実は……スネイプが言っているのが聞こえたんだ。『三つの頭に同時に注意できるか?』って……フィルチに傷の手当てをされながら……そう言ってたんだ。わかるだろう?どういう意味か。」
三つの頭で思い付くものなんて三頭犬くらいだ。ここいらで三頭犬に遭遇できる場所なんて四階の廊下しかない。ならばスネイプ教授は廊下に入ろうとしたということだろう。あの傷も三頭犬によるものということか。
「ハロウィンの日、あいつは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。僕らが揉めている時にスネイプが通りがかった事があった。思い出して見ればあいつの歩いて行った方向には四階の廊下があった!きっとあいつはあの犬が守っている物を狙っているんだ。トロールもあいつがいれたんだよ。みんなの気を引く為に……箒を賭けたっていい。」
今の自分の持ち物の中で最も大事にしているといっても過言ではない箒を賭けるくらいだから相当自分の考えに確信を持っているのだろう。しかし、ハーマイオニーの考えは違うようだった。
「違うわ。そんなはずない。確かに意地悪だけどダンブルドアが守っている物を盗もうとする人ではないわ。」
「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思ってるんだろう。僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。」
ロンはスネイプ教授が何かを盗もうとしていると思っているらしい。まあ、普段が普段だから彼が疑われるのは当然の帰結なのかもしれない。
「僕はハーマイオニーに賛成だよ。確かにスネイプ教授ならやりかねないと思わないでもないけど、教授ならもっと傷を負わないやり方も考えられたと思うんだ。」
「誰しもが一番いい方法をとれるって訳じゃないだろ?ただスネイプにいい方法が思い浮かばなかっただけかもしれない。」
ロンの意見は最もだ。だけど、僕にはスネイプ教授が盗む目的で廊下に行ったとは思えなかった。だって杜撰過ぎるじゃないか?三頭犬がいるかどうかなんて扉を少し開けてみれば知ることができる。三頭犬がいると分かれば何かしら対策をするだろう。疚しい事をしようとするならもっと入念に下調べをしていてもおかしくは無い。それを思い付かないほどスネイプ教授は考え無しではない筈だ。
「それにしてもあの廊下には何があるんだろう?あの犬、何を守っているんだろう?」
ロンの疑問は僕も常々抱いているものだった。本当に何があるんだろうか?シャロンが怪しんでいるクィレル教授の動向も気になるところだ。取り敢えず、スネイプ教授が廊下に入ろうとしていた事はメルセデスにも伝えておこう。彼女と相談してあの小包の件に対する僕らの姿勢もそろそろ固めておくべきかもしれない。