――――――――1985年8月4日 朝
sideダニエル
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
まだ村の人たちも殆ど起きてこないような朝早い時間に僕は日課の走り込みをしていた。
農道を駆け、森の一部をつけ抜けて出発点である自分の家の裏庭にたどり着く。
「ふぅ、今日はここまでにしよう。」
走り込みをするのは勿論体力をつける為だ。
何をするにしても体力があることは損にはならないし、何よりメルセデスに自分が疲れてへばっている所を見せたくない。
メルセデスは見た目からは全く体力があるようには見えないのだけど、僕は一度も彼女が疲れた様子を見たことがなかった。
体力を増やす魔法でもあるのかな?それとも単純に体力を付けているだけなのかな?
そんな事を考えながら、僕は朝ご飯を作るためにキッチンへと向かう。
我が家では基本朝と昼を僕が作り、夜を父さんが作っている。兄さんは「料理なんて面倒なもん俺がするわけねえだろ?」といって料理をすることはない。
僕のお母さんは僕が産まれてすぐに死んでしまったと聞いている。何が理由なのかは教えて貰ってないけど。
だから僕には母さんの記憶がない。どんな人柄だったのかもどんな顔だったのかも僕は知らない。―――――――写真の一枚も残っていないんだ。
村の人達に母さんの事を聞いても、皆まるで何かを恐れているかのように口を閉ざす。
一体母さんは何故死んでしまったのだろう?思い出すことも憚られる程酷い死に方だったのだろうか?
母さんの死に思いを馳せている間に朝食の用意が整った。
父さんも兄さんもまだ起きてこないけどさっさと食べてしまうことにする。
昨日のことがあって父さんと顔を合わせづらいからだ。最も、父さんは僕が何を言った所でため息一つで終らすんだろうけど。
食べ終わった食器を水に付けてから部屋に戻る。食器の後片付けは一番食べるのが遅かった人がすると決まっている。大抵は優雅にゆっくりと食べる父さんがすることになる。
部屋に入った僕は本がぎっしりと詰まった本棚から魔法が登場する小説を取り出した。きっと今日の昼にはメルセデスが魔法を見せてくれるだろう。
どちらの世界で生きるかを決めることはまだできそうにない。両方を選ぶ事が出来る道があるのかも知れないが、どちらも中途半端になってしまうことを考えるとそれを選ぶことは難しい。
どちらも最上の結果を得る為に努力をする事が出来れば一番いいのだろうけど、僕は自分の能力がそこまで高いものだとは思っていなかった。
魔法の世界で生きることを選べば小説の登場人物達が使うような魔法が僕にも使えるようになるのかな?
メルセデスが見せてくれるだろう魔法に、大きな期待と少しの不安を覚えながら、僕は小説を読み進めていった。
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sideメルセデス
私は昨日の夜から気分が沈んでいた。昨日のお父さんの言葉が頭から離れないのだ。
ダニーが魔法使いであると知って私はとても嬉しかった。全寮制であるホグワーツに入学してしまったら会えなくなると思っていたダニーと一緒に居ることが出来るかも知れないし、自分が魔法使いであることをダニーに隠さなくてもよくなったからだ。
私はダニーに自分が魔法使いであることを隠していることに小さな罪悪感を抱いていた。
ダニーは私にとても良くしてくれている。彼にはとても感謝をしているし、返したいと思っている。それでも彼に隠し事をしなければいけなかったことは少なからず私にストレスを与えていた。
それがなくなる。彼に隠し事をせずにすむ。
そう思ってお父さんの話を聞くまでは気分が晴れやかだったのだけど.......
「記憶を消す.....ですか....」
彼の選択によっては彼はまた私が魔法使いであることを忘れてしまう。それが正しいことであるのは十分知っている。
マグル生まれの魔法使いがホグワーツへの入学を拒否した際も、そのマグルとその両親は説明の為に伝えられた魔法界に関する情報の一切を消去されるのだそうだ。
記憶を消されぬままマグルの世界で生活している魔法使いが気まぐれに魔法界の情報を洩らさないとは限らない。記憶を消すのは必要な処置であると言えた。
――――――――魔法使いがマグルから隠れる必要がなければいいのに。
英国の魔法界は他国の魔法界と比べてもマグルとの距離が遠い。英国の魔法使いは他国の魔法使いと比べてもマグルの知識が少なく偏見が多いのだ。
これには今なお上流階級に蔓延り、戦争の要因ともなった純血主義の影響がとても大きいだろう。純血主義とは、簡単に言うと魔法使いこそを上位の存在であると位置付け、魔法を持たないマグルを穢れた血と呼ぶものだ。
しかし、そもそも純血主義とは中世の頃に魔女狩りをはじめとした魔法使いの迫害を行いだしたマグルから魔法使いを守る為に自分達の世界からマグルを追い出そうとする考えが始まりである。
だけど、純血主義の『マグルを排斥する』という考えだけが後世に伝わっていき、純血主義の目的が本来の
そんな考えを持った人たちが英国魔法界の権力の椅子に座っているものだから、英国魔法界はマグルをひどく下等な生物だと思っている人で溢れてしまっている。
現代のマグルの暮らしを知らない純血主義者達の脳内では彼らマグルの文明レベルが中世で止まっているに違いない。
彼らは魔法の代わりに科学を作り上げた。
私が実際に科学の産物を見る機会は殆どないので知識でしか知り得ないことだけど、時に科学は魔法をも越えた便利さを見せる。
マグルが魔法使いより完全に劣っていた時代は当の昔に終わっている。現代に至ってもマグルを見下し続ける魔法使いが膨大な数存在するのは今や英国位のものではないのだろうか?
英国の魔法使いからマグルの偏見が消えないもう一つ理由があるとすれば、四十年前に国際魔法使い機密保持法の破棄を目指して戦争を起こしたゲラート・グリンデルバルドが英国では活動をしなかったことかもしれない。
グリンデルバルドは魔法使いがマグルから隠れることを止めてマグル達を支配することを目的としていたが、彼はマグルを侮っていたわけではないと聞いている。
彼はマグル生まれの魔法使いを差別していた訳でも血筋を重視していた訳でもなく、ただ魔法使いか否かで人を分けていた。
事実、彼の信望者にはマグル生まれも数多く存在していた。
もし彼が英国にも手を伸ばし、英国内の魔法使いを多数見方につけていたのなら彼の考えが英国中に広がり、マグルへの偏見が減っていたのではないかと私は思う。
....彼の被害者が聞いたら憤慨しそうなことだ。
他にも様々な要因があるだろうけど他国にはないその二つの要因が英国の魔法使いとマグルの距離を離れさせている。
―――――――魔法使いも、マグルも、同じ人間なのに。
他国の魔法界も英国程でないにしてもマグルとの距離はあるのだろう。私には、その世界中に存在する距離が、ひどく息苦しいものに感じられる。
もしダニーがマグルとして暮らすことを選んだのなら、私と彼との間にもその距離が生まれてしまうのだろうか?
そのあるかもしれない未来を想像する度に、私は魔法使いとマグルとが手を取り合って暮らしている世界を夢想せずにはいられないのだ。
二つの種族が同じ人間として認めあう世界を作りたい。
そんな考えが浮かぶも、それを実現する為には多くの血が流れる事は考えるまでもないことだった。
私が先祖のような
だけど、戦争をやめなければならないと考え行動しているお父さんやお母さんの思いを、二人の娘である私が踏みにじるようなことをしようとは思えなかった。
今はダニーが魔法界を選んでくれるように魔法の魅力を精一杯伝えよう。
そう考えて私は今日ダニーに見せる魔法を吟味していった。
純血主義について色々と考えを巡らせていたらすごく時間がかかりました。これらの設定を考え付いた原作者様を本当に尊敬しています。