――――――――1985年8月4日 夜
sideメルセデス
今日は人生で一番魔法を工夫した日かもしれない。
私は、今日のダニーへの魔法の披露に確かな手応えを感じていた。
ダニーの思いが魔法界に傾いてくれるように、魔法の魅力を最大限に伝えることが出来る魔法をいくつも考え工夫した。
努力の甲斐あって今日のダニーは珍しく興奮しっぱなしで、訪ねるまでもなく魔法に夢中になってくれたようだった。
ダニーが魔法界に来てくれるのなら、昨日の夜から頭を離れないいくつもの考えが全て意味を失う。
そうなってくれるように、これからも魔法の魅力を伝えていこう。
私が今後に向かっての決意を固めながら食事をとっていると、お母さんが声をかけてきた。
「メルセデス、今日はダニエル君に魔法を披露したんですって?」
「はい。お母さん。ダニーには是非とも魔法界に入って欲しいので、魔法の魅力をどんどん伝えていきたいのです。」
「ふふ、今日はどんな魔法を披露したの?」
「今日はですね.........」
私はお母さんと今日披露した魔法について話を咲かせていった。
「――――――そして、最後にダニーに傷痕を消して欲しいと頼まれたので魔法で傷痕を消しました。」
「傷痕?」
「はい。ダニーの前腕の半ばから肘にかけて大きな傷痕があったのですが、あまり良いものではないから消して欲しいと言われたので「それは少し軽率だったね、メルセデス。」魔法で....?」
静かに私達の会話を聞いていたお父さんが口を挟んだ。
「大きな傷痕だったのならば、ダニエル君の家族もその傷痕の存在を知っているはずだよ。家を出るまであった傷痕が帰ってきたら無かったというのは普通じゃないだろう?魔法の事がバレてしまうかもしれない。」
「あっ.......」
そこまでは考えていなかった.....なんて軽率だったのだろうか。
私はダニーがどちらの世界で生きるのかは自分の意志で決めて欲しいと思っている。
ダニーが自分の意志を固める前に家族にダニーが魔法使いだと知られれば、ダニーの意志にどんな影響を与えるかわからない。
そんな危険性を考慮することが出来なかった自分が情けなくなってくる。
「まぁ、ダニエル君が魔法界に入るのならいつかはバレることだ、バレたらバレたで何かしら対応しよう....そうだ、メルセデス。明日はダンブルドアが墓参りに来る予定になっている。ダンブルドアにダニエル君のことを相談してみようじゃないか。」
ダンブルドア先生か.....あの深い知性を感じさせる穏やかな海のような瞳の老人なら、ダニーへ向ける様々な思いで複雑に絡まった私の心中をほどいてくれるだろうか?
――――――――――――――――――――――――――――
sideダニエル
今日は人生で一番興奮した日かもしれない。
メルセデスが見せてくれた魔法の数々はとても美しくて、魔法の可能性を想像させてくれるものだった。
僕もあんな風に魔法を使いたい。
魔法界と非魔法界、どちらで生きるかは到底決められないことだと思っていたけど、それを撤回しなければいけないかもしれない。
それほどまでに、今日の体験は僕の心に焼けついていた。
それに、ずっと悩まされてきたあの傷跡もメルセデスに消してもらうことが出来た。
あの傷痕が消えたことで、僕は心も腕も軽くなったような感覚になっていた。
あれだけ大きくて、恐らく一生残るような傷跡だったから消えたことに気づかれるかもしれなかったけど、あの傷跡はもう何年も人に見せていないし、話題にも出していなかった。
もしかしたらもう誰も傷痕のことなんて覚えていないかもしれない。
そう考えて僕は気楽に構えていた。
「ただいま。」
「今日は時間通りのようだな。さぁ、配膳を手伝いなさい。」
家に帰ってダイニングに向かうと、父さんが料理を作り終えたところだった。
父さんはやはり昨日の僕の癇癪に何の感情も抱いていないようだった。いや、むしろ機嫌がいいようにすら見える。
いつも何を考えているのかさっぱりわからない父さんから何かしらの感情が見てとれることはとても珍しいことだった。
「あれ?」
出来上がった料理をテーブルに運ぼうとすると、料理が二人分しかないことに気づいた。
「アーロンなら今日は家に帰っていないようだ。大方、村の舎弟どもと広場でばか騒ぎでもしているのだろう。テーブルに着け、食事を始めるぞ。」
兄さんは村の同年代の人達を従えて、村のあちこちで騒いでいる事がある。兄さん一行が騒いでいる場所の近くの家の人にはとても申し訳なくなってくる。
そうして二人での食事が始まったのだけど、今日はやけに父さんから視線を感じる。
やっぱり昨日のことを気にしていたりするんだろうか?それにしては父さんの表情からは僅かな驚愕を感じる。父さんから一日に二種類も感情を見ることが出来たのは初めてかもしれない。
視線は感じるものの、父さんから言葉が掛けられることもなく僕は食事を終えた。そして食器の後始末をして部屋に戻ろうとしたその時、
「待て。」
父さんから声がかかった。
「何?父さん。」
聞き返した後に続いた父さんの言葉に、僕は背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
「ダニエル、袖を捲って
「えっ?」
父さんは僕に傷痕を見せろと言ってきた。
傷痕が消えたことがバレたのか?いや、そんな筈はない。傷痕のあった箇所は服で隠れているし、たまたま捲れて見えたなんてことも起きない箇所だ。
「どうした?傷痕を見せろと言っているんだ。」
「えっと、その...あまり見せたいものじゃ無いんだけど。」
とりあえず、なんとか見せない方向に持っていかなければ!
そう考えて、苦しいながらもなんとか言い訳をしたのだけど.......
「お前の意向は聞いていない。さぁ!」
有無を言わせない態度の父さんに根負けして、僕は袖を捲った。
「.....まさかとは思ったが本当に消えているとはな。」
「...っ!何でわかったの?」
父さんは傷痕が消えたことに気づいていたのか?一体どうやって?
「ふん、お前はそれが当たり前で気づいていなかったのだろうが、お前の腕は傷痕に引っ張られた皮膚によって多少動きがカクついていたのだ。知っていなければわからない程些細ではあるがな。だが、何気なく目を腕にやって見ればいつもよりスムーズに動いているではないか。」
そんな....そんなことで気づいたっていうのか?
「あれは都市にあるような設備が整った病院で処置を受けなければ一生消えることは無い傷の筈だ。ダニエル、一体どうやって傷痕を消した?」
言える筈がない、魔法で消してもらったなんて...
「あの傷痕が一生残るものじゃなかったんだ、傷痕はだんだん消えていっていたんだよ!それに、僕の腕の動きが前と違うだって?父さんの勘違いじゃ無いのかな?」
僕がそういうと、父さんは心底失望した、とでもいうような表情を浮かべた。
普段良くも悪くも表情を変えない父さんの失望の顔、それは思った以上に僕の心をかき乱した。
「そんな嘘がこの私に通用すると思ったのか?私の見解が間違っていたと?私が勘違いをしたと?私も随分と舐められたものだ。それも、自分の息子に....!」
どうやら僕は父さんの逆鱗に触れてしまったらしい。失望から憤慨へと変わった表情で僕を睨み付けていた父さんだったが、暫くたった後に今度は一転して笑顔を浮かべた。
その表情は確かに笑顔に見える筈なのに......この世の何よりも恐ろしく感じた。
「まぁいい、お前が答えないのならば当ててやろう.....魔法を使ったのだろう?違うか?」
「―――――――っ!」
父さんは魔法を知っているのか?それとも僕をからかっているだけなのか?それが分からない内は迂闊に答えてはいけない.......
「...........」
「沈黙は肯定と受け取られることを知らないのか?愚かな....どうせ傷痕を消した魔法使いに口止めでもされているのだろうが、私は魔法使いが実在していると確信している。隠す必要はない。」
魔法使いの実在を確信している?やはり僕の家には魔法使いと何か関係があったのか?
「何で.....魔法使いが実在しているって...考えてるの?」
僕は訪ねずにはいられなかった。
「普段ならばはぐらかしている所だが、話してやろう。お前の母のことも含めてな?」
母さんのこと?魔法使いと関連があるのか?
父さんは物語の語り部のような口調で話始めた。
「この村には時折、異常な現象を起こす子どもが産まれるとされていた。引き起こされる現象は様々だ。瞬間移動、見えない力で物を破壊する、自分の周りに大量の動物を出現させる.....これらの現象を引き起こす子どもが産まれる度にこの村の住人はそれを化け物だの魔法使いの呪いだのと呼び、恐れ、自分達に危害が及ぶ前に
「何だって!?」
処分って......殺すってことなのか!?
「そして五年前、その異常な現象を引き起こす子どもが生まれた、名前は.......ダニエル、ダニエル・ウォード。お前のことだ。」
「っ!」
今度こそ僕は言葉を失った。今まで不思議なことなんて起きたことがないと思っていたのに。物心がつく前には魔法を使ってしまっていたのか?
「異常な現象を引き起こす子供。それによって私は魔法使いかどうかはともかく、それに準じるものが確実に存在することを知った。」
父さんが魔法使いの存在を確信しているのは、僕が魔法を使った所を見たからなのか?
「この世に生まれ落ちてから一月程たった頃、お前は自分が寝ていた部屋を吹き飛ばしたのだ。本来ならば、異変を察知した住人にお前は見つかり、村の慣習に従い処分される筈だった.....だが、それをよしとしない人間がいた、お前の母だった。あの女は、いち早く吹き飛んだ部屋に向かい、瞬時に状況を理解して行動に移した。部屋に散らばっていた木片をお前の腕に深々と突き刺し、その他大小の傷をお前につけた。まるで、お前が
「そんな...まさか...」
それが本当なら、あの...傷痕は...
「ここまで言えば気づいたか?あの女は自らが魔女であると村の人間に証言したのだ。ろくに頭を使わない連中だ。状況を見て直ぐに目の前の女を魔女だと決めつけた。成人してから異常を引き起こす事例も無いわけではなかったようでな。」
「待ってくれ、それじゃあ母さんは!」
母さんは、僕を....僕を.....!
「そうだ。あの女はお前を庇い魔女として村人達に処刑されたのだ。あの女に唯一幸運な事があったとすれば、それ以降お前が異常を引き起こすことが無かったことだろうな。あの女の犠牲は無駄にはならなかったわけだ。」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
なんてことだ!母さんは僕を守ってくれたのか!それなのに何だ?僕は母さんが守ってくれた
「随分とショックを受けているようだな?だが、すまないな。これからもっと酷なことを話さなければいけない。」
これ以上酷なことだって?
「お前の傷痕を消したのはウォルター家の娘だな?」
父さん...まさか....メルセデスを!
「お前が自力で消した可能性もなくは無いが...お前は私が先程言ったことを否定しなかった。『魔法を使った魔法使いに口止めをされているのだろう』ということをな。」
父さんの顔が歪んでいく。
「自在に異常な現象を引き起こすことの出来る人間.......そのような存在ほど村にとって危険なものはない。そうだろう?」
「メルセデスに.....何をする気だぁっ!」
父さん....いや、こんな奴を父だとはもう思えない!
「何を....?勿論村の掟に従って貰うさ、私にとって彼女らウォルター家は邪魔でねぇ。お前を通してウォルター家を操ることが出来るならまだ生かしておいたが、どうやら無理らしいからな.....彼らにはもう何の利用価値もない。せいぜい、村の団結力の向上にでも役にたって貰うさ。」
アルフレッドの言葉を聞いた僕は、身体の内から溢れた何かが暴れ出そうとしているのを感じた。
これがきっと魔法の暴走なのだろう....
どこかに残っている冷静な部分がそう考えていたが、もうどうだっていい。
メルセデスを殺させる位なら、ここで!
溢れ出るものに身を任せようとした瞬間、僕の後頭部に強い衝撃が走った。身体が倒れていくのを感じる。
「おっと、悪いな?ダニエル。何かやばそうだったんで思わず殴っちまったよ。」
僕が最後に見たのは、にやけた顔で僕を見下ろしているアーロンと。
「よくやった、アーロン。安心しろダニエル、お前にはまだ利用価値があるんだ、殺しはしない。だが邪魔されるのは困るのでな、暫く眠っていてもらうぞ。」
おぞましい程の狂気をはらんだ表情で僕を見下ろすアルフレッドの顔だった。
長かった序章も、もうすぐ終わります。