「あ~暇だわ。何か幻想郷中を巻き込んだ異変でも起きないかしら」
「もしそんなことがあっても出るのは紫様ではなくあの博霊の巫女とか普通の魔法使いです。出る幕はないかと」
畳に置かれた机に顔を乗せて退屈そうにしているのは妖怪の賢者八雲紫。彼女はこの平穏な生活に満足していなかった。もちろん平和なことに越したことはないのだがこう平和すぎては刺激を欲するようになってしまう。特に幻想郷で起こる異変に関しては博霊霊夢や霧雨魔理沙などが対処するために関わることができない。だからといって自ら異変を起こすこともできないので暇な毎日を過ごしていた。
「そうよね~ ねえ藍。その辺に面白い物落ちてないかしら」
「いきなりそんなこと言われましても……うん? 何でしょうか。あれ」
紫の式八雲藍は邸宅の庭に黒い物体が落ちていることに気付き近づいた。大きさは50cm程だろうか。藍はそれに指を触れて正体が何か突き止めようとした。
「どうしたの藍? 何かの木かしら」
「いえ、これは生物です……ですがこの世界の生物ではないかもしれません」
この幻想郷には人間、妖怪、幽霊、神などなど様々な種族の者が存在している。外の世界で忘れ去られたものが流れ着く世界。それがこの幻想郷である。しかし極稀に外の世界で忘れ去られていないにも関わらず入ってくることがある。この生物もその仲間だろうが膨大な知識量を有する藍の頭脳をもってしても目の前の生物のデータはなかった。
「それは厄介ね~ 元の世界が分からないと帰すこともできないわね」
「う……ぅん」
二人がどうしようかと考えていると目の前の生物から何か聞こえてきた。体の中心にあったふくらみが開き、眼球が現れた。真ん中は目だったようだ。眠っていた体を起こして辺りをキョロキョロと見回した。
「……どこ、ここ?」
「ここは幻想郷。忘れ去られたものの終着点よ」
「え、う、うわぁぁ!!」
近くにいることに気付かなかったのか驚いた声を上げた。目だけのフォルムのどこに発声器官があるのか藍は不思議に思った。
「落ち着きなさい。私は八雲紫、この幻想郷の創始者の一人。それでこっちが私の式、藍よ。それであなたのことを聞かせてくれるかしら」
生物は二人をじっと見つめていた。高ぶった気持ちを静めるために深呼吸をしていた。とは言っても口がないから深呼吸かどうかは分からないが。
「落ち着いたかしら」
「はい、失礼しました。僕はアンノーンと言います。ポケモンの一種です」
藍は首をかしげた。アンノーン、ポケモン。どちらも聞いたことのない単語であったからだ。
「アンノーン、ポケモンとは一体どんな種族なのだ?」
「種族、ですか。僕たちの世界では人間とポケモン、正式にはポケットモンスターといいますが、その二種類に分けられるので強いて言えば人間じゃない存在、ですかね」
モンスター、いわゆる怪物や妖怪の類なのだろうと藍は解釈した。正体が分かったところで次に聞きたいのはここに来た動機である。
「どうしてこの幻想郷に来たのか分かるか? 今のところ敵意はなさそうだが」
幻想郷を支配しに来たのが目的ならば殺気が漏れるはずでそうなれば問答無用で消し炭になるがアンノーンからはそういったものは感じられない。だが念のため聞いておいた。
「いえ、それが歩いていたら突然目の前が真っ暗になって気が付いたらここに来たという感じで」
アンノーンが目線を向けると二人はすぐにあることに気が付いた。結界に違和感があったのである。それと同時に安心もした。
「アンノーン、良かったわね。あなた元の世界に帰れるわよ」
「ほ、本当ですか?」
結界の歪みさえ分かればこの世界に入ってきた異物を元の世界に戻すことが可能である。一度も聞いたことのない異世界でも問題ない。
「じゃあ藍。帰す準備して」
「承知しました」
紫の命を受けすぐさま藍は結界の外に出す準備に取り掛かった。優秀なので五分もかからないだろう。
「それにしてもあなたって不思議ね。ポケモン、だったかしら。初めて聞いたわ」
アンノーンは人間とともに生活を暮らしていることや戦っていることなどを話した。さらに800種類以上ものポケモンがいることを知った。それを聞くと紫は“わるだくみ”をした。
「へぇ~、そんなにたくさんのポケモンを……ねえ。捕まえることも可能なのかしら?」
「は、はい。でも伝説と言われるポケモンはそんなに簡単じゃないと思いますよ」
「紫様。完了しまし……」
藍は紫のそのニヤケ顔を見て緊張が走った。そんな顔をしているときはろくでもない無茶振りをしてくるに違いないからである。紫と若干距離をとる藍。
「あら、流石優秀ね。そんな優秀な藍にはこれをあげるわ」
そう言って渡したのはある巻物。アンノーンから話を聞いてものの数秒で書いたようだ。訝しげに受け取って中身を開こうとした。
「待って。それは一分後に開けてほしいの」
「……分かりました」
普段と違う注文に不安が止まらない藍。一体自分は今から何をされるのだろうかと思っていた。
「待たせたわねアンノーン。これをくぐれば元のところに帰れるわ」
先程まで何もなかった空間に突如吸い込まれそうなダークホールが現れた。向こうの世界との結びつきが強くなった結果可視化できるようになった。
「心配するな。無事帰れると保証しよう」
「はい。短い間でしたがありがとうございました」
アンノーンが体の半分を曲げてお辞儀をした。これで帰れる。そう
「……別れるにはまだ早いわ!」
「えっ!?」
その声を出したのはアンノーンではなく、藍だった。藍は紫に突き飛ばされてホールの中に入ってしまった。ホールは消え、そこに入るはずだったアンノーンは呆然と見ているしかなかった。
「え、ちょ……ど、どういうことですか?」
「ふふふ。ちょっといいこと思いついてね。それをあの巻物に書いて渡したのよ」
「いいことって……?」
幻想郷の管理には賢さと強さと強大な性格の悪さが必要であると本人は考えている。その性格の悪さが凝縮された依頼を藍に託したのである。
「私の依頼はシンプルよ。アンノーン、あなたの世界にいるポケモンをすべて捕まえてきなさい。それだけ」
絶句していた。それと同時にこの世界の恐ろしさを感じた。ポケモンの世界の話について教えたのは紫に対してであり藍には伝えていなかった。つまり何の前情報もなしに未知の世界に放っぽり出しただけでなく、この世の誰も成し遂げていない難題にイタズラ半分でぶつける彼女はモンスターよりも遥かにモンスターであった。他の者もそうなのだろうかとアンノーンが思っても仕方がない。
「そ、そんなの無理ですよ。だって違う地方回るのにも何日もかかるんですよ。それに僕のところは田舎ですからそれよりももっと時間かかります」
「ああ、その辺は大丈夫よ。たとえ向こうで何百年かかろうともこっちに戻ってくるのは三分くらいだから」
浦島太郎的原理であり藍を突き落とす瞬間に設定をいじっていたのである。だがそれだけで無問題なわけはない。ポケモンを捕まえるにはモンスターボールという捕獲道具が必要でありそれすらもノーヒントで入手する必要がある。
「それに私の式なら大丈夫よ。見た目以上に優秀だから。だからもうそろそろ……」
紫が言いかけたとき、消えたはずのホールが再び現れ、そこから藍が排出された。
「ら、藍さん!!」
アンノーンが駆けよるもピクリとも動かない。死んではいないが疲労で動けないようだ。紫はザッザッと藍に近寄った。
「お帰りなさい藍。首尾はどうだったかしら?」
労いの声もそこそこに様子も聞く。アンノーンはそれが信頼から来るものかどうかの判断ができなかった。
「は、はい……890種類どうにか捕まえてきました」
「は、890種類!? そんなにですか!?」
アンノーンは古代から生きているポケモンでポケモン世界の事象に精通している。しかし文献や書物でしか見たことのないポケモンも多く、それらも含めて800種類以上と言ったのである。だが本当にそれ以上の数を捕まえてくるとは夢にも思わなかった。
「あ、あのー藍さん。どのくらいかかりましたか?」
「時間か? 1年だ。伝説と言われるポケモンは見つけるのに苦労したがな」
紫も恐ろしいが藍の方が恐ろしいと思った。たった一年でポケモン世界を制することができてしまったのだから。自分の数百倍強い伝説ポケモンたちをねじ伏せたその実力は紛れもなく本物であり、絶対に怒らせてはならないと誓った。
「それで紫様、巻物にあった通りすべてのポケモンの捕獲、及び主要な道具類を集めて参りました」
「あらー、流石ね。これでやりたいことができるわ」
紫は巻物にもアンノーンにもまだその目的を伝えていなかった。一体これだけのポケモンを捕まえて何をしようというのだろうか。
「さあ! 祭りの始まりよ!」
アンノーンの疑問をよそに藍は察したようで負担が大きくなる未来にため息を吐いた。