愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第9話

 

 週が明けて月曜日。藤原千花はいつもと違う登校時間で学校に来ていた。ただの気まぐれでなければ、生徒会の仕事でもない。彼女はこの日、一日の始まりを良いものにするために登校している。学園の門の近くで立ち止まり、登校してくる他の生徒たちを眺める。いつもの緩い彼女はそこにはおらず、その目は目的の人物を見落とさないようにと鋭いものになっている。

 

 そんな彼女とは門を挟んで反対側。こちらでも1人の少女がイヤホンを付けながら立っていた。早坂愛。四宮家に仕える侍従の1人であり、四宮かぐやを最も近くでサポートする少女だ。学園内ではその関係を隠しており、毎日主人の出発を見送ってから登校している。今日はその例外の日だ。いつもなら主人より遅く来るのを、今日は主人より早い時間に変更。一般人としての姿であるギャルモードでここに立っている。

 

 この2人がここで待っている相手は共通の人物。示し合わせていないことは、2人が個々にその人物が登校してくるのを待っている姿を見れば分かる。見逃さないように門の左右で待ち構えているのではない。全くの偶然である。

 2人の目的の人物は、先週末に高熱で倒れて白銀家で静養していた光上晶だ。生徒会メンバーとの会話で「これ私のせいだ」と2人共が思い、直接彼に謝ろうとしているのである。

 

 SNSで先に謝罪はしている。彼が倒れた金曜日にメッセージを送った。しかし、それはそれとして直接謝りたいのだ。

 金曜日の放課後は駄目だったのか。これは2人とも都合が悪かった。藤原は生徒会がある上に、家が離れている。遅い時間の訪問となってしまい、溺愛してくれる父が許さない。早坂の場合は四宮家の仕事が優先される。そんな時間など取れない。何より、()()()()()()()()()彼の家にも行けない。

 そもそも彼の体調が優れない時は家に行っても会えないのだが。

 

 そんなわけで、週明けの月曜日から登校できると言った彼の言葉を信じ、こうして朝から待ち伏せしているのである。

 

「って来ないし!!」

「来ないじゃないですか!!」

「「あれ?」」

 

 門を挟んで反対側。自分と同じことを叫んでいる同志を発見。彼女たちはどちらからともなく歩み寄り、愚痴と心配を漏らしながら学園内へと入っていく。これ以上待っては遅刻になるのだ。

 ここでの2人の失敗は、()()()()()()()()()()()を聞かなかったことである。

 彼女たちは「早めに行って待てば会えるだろう」と踏んでいた。実際、彼女たちが待ち始めた時間も決して遅くはなかった。早めに来る生徒たちを確認できるくらいには早い方だ。

 

 しかし時期が悪い。

 今週からテスト一週間前(追い込みシーズン)である。この時期は中等部と共通しており、圭のアルバイトもお休み。従って彼のランニングコースと時間も変更され、空いた時間の分だけ早く学校に来て勉強するのである。自習室も兼ねている図書室は、この時期になると開く時間が早くなるのだ。利用する生徒は光上を含め少数派ではあるが。

 

 それを早坂と藤原が知っているわけでもなく、教室の前で藤原と別れて教室内へ。時間もギリギリ。彼女が一番最後に教室に入った生徒だ。クラスメイトに挨拶をしつつ、自然さを振る舞いながら視線は彼の席へ。そこには男子と談笑している光上の姿が。

 

「いるし!!」

「うわっ! ど、どうしたの愛」

 

 友人への返事も適当にして誤魔化す。チャイムを聞きながら自分の席に座り、教科書類を引き出しに入れていく。

 毎週の週明けは体育館での朝礼。SHRもさらに短くなり、流れるように1限目の授業が始まる。彼の学校での一日は、出会ってからずっと同じクラスである早坂がよく知っている。朝の時間を逃せば、まともに会話ができるのも放課後まで待たないといけない。

 

 それまでの間にある唯一の時間は、食事を取る昼休みだけ。

 しかしこれにはリスクが伴う。それは、早坂と光上が一緒にいることが、周囲にとっては珍しいということ。奇天烈な藤原ならともかく、早坂が接触するとあらぬ誤解が生まれかねない。

 

(それくらい回避してみせますが)

 

 あくまでそれは常人ならの話。四宮家の英才教育を受け、数々のミッションをこなせる早坂にとって、これぐらいなら障害にもならない。

 

(書記ちゃんには抜け駆けみたいになっちゃうけど、いつも苦労させられてるし)

 

 早坂の中では、藤原相手に貸しが大量にあるようなものなのだ。

 昼休みになると彼は必ず購買に行く。彼が弁当を食べているところなど誰も見たことがない。そう、()()()()()()()()()()()

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 体育祭であったとしても、彼は弁当を親からもらったことなどない。

 なにせ彼の親はフランスにいるから。物理的に無理なのだ。どこでもドアかタイムマシンでもないと無理なのだ。

 

「はい今日の晶の分」

「ありがとうおばちゃん。お金ここに置いとくね」

「はいよ~」

 

(めっちゃ仲いいし!!)

 

 こっそりと後を追ってみて思わぬ収穫があった。購買のおばちゃんは光上のことを下の名前で呼び、光上もおばちゃんとは呼ぶもののその声には柔らかさがある。その親しさは他の常連の生徒とは一線を画していた。

 

(しかも今日の分って。個別で用意されてるってこと?)

 

 理事長の息子という立場を利用すればそれくらい容易いこと。しかしそんな事をするような人間じゃない。思わぬ収穫は、妙な疑問を増やしていく。

 昼食を手に入れ、教室へ戻ろうとする彼を追う。このまま逃しては次のチャンスは放課後だ。

 教室から購買までの道程の中でも、生徒が少なくなる箇所がある。早坂はそこで光上に声をかけた。彼は驚いた様子もなく足を止めて振り返る。てっきり監視を強めたのかと思っていたぐらいだ。

 

「どうした?」

「先週のことを謝りたくて」

「それならもう謝られたし、俺の自己責任だって言ったじゃん」

「でも、ウチがやってたら光上くんは風邪なんて引かなかったし。あの後だって酷いこと言っちゃったし」

「たしかにあれは傷ついたけども」

 

 早坂の中で罪悪感が膨らむ。ちょっとした悪ノリだった。それが高熱に繋がるなんて予想外で、「軽い気持ちで他者を傷つける浅慮の馬鹿」になってしまったことをとても悔いている。

 

「傷ついたとはいえ、それを引きずる気もない。俺としてはそこに固執せずに普段の調子に戻ってもらえた方がありがたい」

「それは……」

 

 理解できない話じゃない。忘れられない傷があるのなら、それを感じないようにするのも手だ。彼は傷つきはしたものの、今では笑い話にしてもいいぐらいに赦している。

 しかしそれは早坂にとってそう簡単に終わらせられることじゃない。早坂にとって罪悪感とは、そう簡単に拭える存在ではないのだから。

 別口の罪悪感が連鎖的に早坂を蝕む。俯いて表情を隠しつつ、せめて比較的対処できそうな光上への罪悪感をどうにかしようと頭を働かせる。

 

「……せめて、お詫びを受け取ってくれませんか?」

「お詫び?」

「はい。放課後に──」

「あ、それはもう無理だ。早坂に合わせて時間を取ることはできない」

「ぇ……」

 

 明らかな拒絶。

 彼からそんな言葉を向けられるだなんて思わなかった。中立を気にする彼は、その関係上()()()()()こともしない。それは敵対してる相手と認識した場合のみ。

 つまり、この瞬間に判明したのは。

 

 ──早坂愛という人間を敵として認識しているということだ。

 

 それに至り、胸の奥が刻まれる。心にグサリと棘が刺さったことを認知する。

 

(なんで……ウチは……)

 

 光上晶という人間に好意を寄せてたわけじゃない。彼はあくまで要警戒の観察対象。

 それなのに、その拒絶で苦しくなる。

 頭の中で難解パズルタイムアタックが始まる。光上が昼休みの間にまともな思考ができる時間だって限られている。昼食を取る時間を考慮すると残り2、3分ほど。

 

 早坂愛から見た光上晶はどういう存在か。

 要警戒対象。基本的には無害。仕掛けられなければ敵対しないほどに甘い人間。

 早坂愛が四宮かぐやの侍従であることを知る数少ない人間。同世代でかぐやを除けば……いや、かぐやを含めても()()()()()()()()()()()()()()

 

(あー、そういうこと……)

 

 恋愛感情はそこに入っていない。早坂からはもちろん。光上からもない。

 ただそこにあるのは『理解』で。事情を知ってなお早坂に合わせて接している。ここ最近で「放課後の暇な時間が減ったな」なんて思っていたが、あの時間は、あれはあれで心地良い時間だった。

 

 それを今さら脳で理解して。

 先に気づいていた心が痛くなったわけで。

 

 あの時間はもう来ないということが、思いの外寂しいのだと思ってしまう。

 それでも、自分の仕事に変更なんてない。方法が変わるだけで、彼を監視する仕事は継続される。

 胸に手を当て、鍵をかける。

 

「分かりました。それでは今後は一方的に監視する方向に変えますので」

「…………なんで?」

「あなたがそう選んだんでしょうが」

 

 イラつきを我慢しない。周囲には他の生徒もおらず、仕事モードで会話を続ける。

 絶妙に神経を逆撫でしてくる男だ。すでに手のひらの上ということか。

 

(そんな思い通りになんてさせて──)

 

「テスト期間だから無理だって話だぞ」

「……」

 

 早坂はその場に固まった。敵を見るように睨んでいた目は丸くなった。

 

「意味不 説明 言葉足らず」

「この前倒れたろ? それで会長の妹に看病してもらったりといろいろお世話になってな。何かお礼をしようと思ったら、放課後に勉強を見てほしいって頼まれたんだよ。それくらいでいいのならって思って、テスト終わるまで勉強見るわけ。だから放課後は予定埋まってるんだ」

「……ハ……ハハ……」

「ええっと、早坂?」

 

 壊れた人形のように無表情で無規則に笑いを溢していく。そんな早坂に恐怖を感じるものの、直感的に自分がなんかやらかしたと理解。

 

「ごめん早坂」

「は? いったい何に対しての謝罪ですか? 形だけ謝っとけばいいとか思ってます? そんなDV男がやりそうなことするんですか?」

 

 形勢逆転! 

 

 これはいったいどちらがDVやりそうな人間かさっぱりわからない構図ではあるものの。いやむしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()早坂がDVやりそうではあるものの。それを早坂は押し通すことにした。

 四宮家の家庭環境に「クソ食らえ」と思ってる彼女がそんな事をしたいだなんて思うわけないのだが。それはそれとして、自分がとんだ勘違いをしてものすっごい恥ずかしいから、それを悟らせないために強気に出てるのである。言わば虚勢を張ってるだけだった。彼女はDVなんて消えたらいいと思ってる。

 

 だが残念なことに相手が悪い。

 恋愛を除いた対人関係でのやり取りで、相手の内情を察する能力はこの学園でトップである。しかも今は意識がはっきりしてる状態。

 「早坂が何か勘違いしたのを誤魔化そうとしている」ということは察してしまうのだ。さらにその細かなことは現状ではわかっていない。ある程度の見当ついているが。

 

「早坂を勘違いさせて傷つけたことに対して謝ってる」

「ぁっ……!」

 

 早坂盛大なやらかし!

 光上がどういう人間か知っているのにそれが抜け落ちていた。「わからないんだ?」からの「じゃあ〇〇を」という流れにしたかったのに、見破られたことで即座に立てた計画がパァである。

 見破られたことで早坂を羞恥心が襲い。見る方も恥ずかしくなる程に赤らんだ顔で光上を睨む。

 

 勘違いしたことを見破られ。虚勢を張ったことも見破られた。

 もう後がない早坂が取った行動とは──

 

「光上くんにウチの心弄ばれたぁぁぁ!!」

「なんてこと言うんだ早坂お前!!」

 

 最終手段(社会的殺人)だった。

 

 この日、お昼を食べる時間が足りなくなった光上は、寝ながら食べるという特技を獲得した。

 

 

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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