地球温暖化。温室効果ガスやらオゾン層の破壊やら。そんな話が飛び出してから久しい現在。テレビで度々放送されていたのは何年前のことか。低燃費少女ハイジも過去のもの。孫の成長を見て「大きくなったね」とか会うたびに言う祖父母の様。体感速度の違いが如実に表れている。時の流れを早く感じるわけで、これはまさに時をかける少女。
時をかける少女はそんな話ではないのだが、全力で生きる姿を見ると応援したくなる。日本ではやはり野球人気が高い。夏の甲子園は夏の風物詩。それまでの彼らの苦労を知らずに、全国の舞台での全力プレイだけを見て泣き出す自称ファン。fanにでもなって少しでも彼らを涼せばいいのでは。今年は中止決定。これにはクララも驚いて立ち上がる。
そんな話はともかく。数年前からファンアートがよく見られるようになった。SNSやサイトでの投稿は毎日のように誰かのものがされている。元号が変わった年には「令和ちゃん」が誕生したくらいだ。0歳児である令和ちゃんに温度調整は難しい。夏に増えるのは台風やゲリラ豪雨である。
ゲリラ豪雨って聞き馴染みがありすぎてもうゲリラ感ない。飴にちゃんを付けたがる大阪のおばちゃんを真似てゲリラちゃん。かわいい。本場のゲリラも驚愕の変化。ゲラになる。怖さはどこ行った。ら抜き言葉でゲリちゃん。何も可愛くない。人類の敵。実に汚い。
「ゲリラ豪雨って警報がすぐに出されますよね」
「解かれるのも早かったりするけどな」
放課後。校内に残っている生徒たちが、どうやって帰ろうかと頭を悩ませる。普通ならそうだが、秀知院学園の生徒にそれは然程適用されない。車で通学してる生徒は手段が変わらない。他の生徒も、家に連絡して車で迎えに来てもらえばいい。お金に余裕があるからタクシーだって可能。
そのため、警報が出るほどの雨になろうが困る生徒はほとんどいないのだ。空き教室で外を眺める光上も、タブレットの画面を眺めてる早坂も困ってなかった。テスト期間が終わり、光上は早坂と放課後を以前のように過ごしていた。
「ですがここ数年ですと、集中豪雨が何件か見られます」
「川の堤防が決壊したり、土砂崩れ。洪水とかもあるか」
「そうですね。今日のは台風なんですけどね」
「なんでゲリラ豪雨の話したんだよ」
「暇ですから」
「俺が残されてる意味」
早坂が見ている画面では、気象予報士が今の雨について解説していた。その解説も特にめぼしい情報が流れるわけでもない。やれ風速がどうとか。降水量がどうとか。過去に何度も聞いている説明で、いつものことかと画面を切り替える。
生徒会室では2年生組の3人が雑談をしている。御行は言葉を交わしながら、その手を止めることなく仕事をしていた。四宮は御行のためのコーヒーを淹れ、藤原はひたすら話しかけている。この子はいったいいつ仕事をしているのだろうと思わなくもない。
「光上さんにしては珍しかったですね」
「テストのことか?」
「はい。程よく手を抜くのがあなたのやり方だと思っていたので。正直意外でしたよ」
じーっと見上げてくるその目に光上は苦笑した。感情を読ませないような顔。それとは裏腹に言葉は正直なものだ。
今回の期末テストの結果。上位3人に変動はなかった。御行が1位を守り抜き、四宮が苦渋の2位。四条がそれに次いでの3位。この3人の順位は、御行が1位を取ってから変わることがない。変化があるのは4位以下。
光上は50位以内であることだけを目標とするため、常に順位が変動する。49位の時もあれば、10位を取ることもある。最低限のモチベーションとそこに加わる何かで毎度変化する成績。それが光上のテスト結果。そして今回は4位である。しかも3位と点数は僅差。
光上が本気を出したのではとちょっとした騒ぎになるほど、今回のテスト結果は衝撃があったのだ。
「今回も適当にしようと思ってたんだけど」
「けど?」
「白銀さんに言われたからね」
『テストに全力を出してください』
その一言だけ。それだけで光上はやる気を出した。圭の勉強を見つつ、藤原が脱線しそうになったら制し、1人手を抜く早坂に勉強を促す。それがなかったら順位も上位3人の定説を崩したのではと早坂は考えている。それとは裏腹に、光上は上位3人にはどう足掻いても勝てないなと悟ったのだが。
「光上さんってそんなに単純な方でしたっけ?」
「自分でも驚いてるよ。まぁ……あの目に弱いのは確かかな」
「あの子の目は不思議と力がありますからね」
(これ、案外脈なしってわけでもなさそうですね。圭にも有益な情報を思ったよりは教えていけそうです)
光上の言葉に同意しながら、圭への補助を有効的にやれそうだと分析する。主人のためになることでもあるが、早坂は純粋に圭のサポートをやろうとも思っていた。一般生徒のように振る舞い、ギャルというキャラを作って学校生活を送っているものの、他人との繋がりがあるかと聞かれると首を傾げるしかない。
偽りの関係。偽物の友情。先輩後輩の関係もほとんどない。ただ、ギャルとして浸透した認識は、SNS等の繋がりを広くできた。情報収集に事欠かない。
だから、圭との関係は少し新鮮だった。これも利用してるだけなのに。それでも、後輩から頼られるというのは心地よかった。
「圭って中等部で人気あるみたいですよ」
「そうなのか。……まぁ、言われてみれば想像もつくが」
「容姿端麗、学業優秀。生徒会に所属しているのもプラス点。性格も好かれやすいものですし、家庭事情と彼女の取り組みもあって好感度高いそうです」
「納得の理由だな。というか情報集めたんだ? 珍しい」
「彼女との約束もありますからね。周囲からの評価も把握するのは当たり前ですよ」
「約束?」
「そこは女子の秘密ですよ」
指を自分の口の前に立てる。光上には教えないという意思表示。光上も女子の秘密と言われたら踏み込むわけにもいかない。悪い企みというわけでもないのなら、探りを入れることもない。あの圭が直接関わっているのだから、そんな企みであるはずもない。
彼女が純粋だからその可能性を考えない。ということではなく、白銀圭の人格からしてそんなことはしないという信頼だ。
「そう言えば、圭も今回の成績良かったみたいですね」
「みたいだな」
「2位との差をつけて堂々の1位だそうです。褒めてあげました?」
「そりゃあもちろん。テスト期間中の頑張りも見てたわけだし、何も言わないなんて人としてどうかと思うし。そう言う早坂は?」
「もちろんお祝いのメッセージを送りましたよ。お互いにですけど」
「それは誰も同じだな」
勉強会をした4人は全員成績が順当に良くなっている。光上の場合は、今回本気で取り組んだこともあり、本来の実力を見せるという結果に。早坂も似たようなものだ。さすがにいきなり高順位を出すわけにもいかず、114位から100位ぴったりへの上昇。これも狙ってのことである。藤原も前回から順位を5つ上げた。
藤原の場合、会長と副会長の攻防に巻き込まれ、勉強せずにテストに挑んでいただけ。元々は成績が悪いわけでもなく、授業もしっかり聞いている。今回のようにちゃんと勉強すれば、成績も元に戻っていくというもの。
「光上さんが会長とかぐや様に小言を言いに行ったのは、傍から見てて面白かったですよ」
「あのな……。はぁ、1位の取り合いをする2人だけの駆け引きならいくらでもやればいいさ。でも、そこで周りの順位を下げてるなら話が別だ。鵜呑みにする藤原さんも純粋過ぎるんだけど」
「それもありますね。ゲームとかで駆け引きとかできてるはずなんですけど。友人をとことん疑わない人です」
「それが藤原さんの美点でもあるんだけどな」
その藤原は今何してるかと言うと、生徒会室で喚き散らしていた。彼女は雷が駄目らしい。先程から何度か雷がなり、その度に叫んでいた。その声の大きさに、早坂も眉をひそめて耳からイヤホンを外していた。
「雷が鳴ったときに
「取られはしないからな」
「お腹を出してると冷えて光上さんみたいに体調が崩れる。だから臍を隠させたって話ですし」
「俺はそこまで馬鹿じゃないぞ。たしか、一説には雷様が河童に変身して地上に降りる。河童は無防備な人の臍から体内に入って悪さをする。そんな話もあるらしいな」
「どうやって入るんですかね」
「そこは深く考えても答えは出ないだろ。昔話ってそういうの多いし」
タブレットから聞こえてくる会話では、藤原は雷の光がまず嫌らしい。そして後から鳴る雷も嫌いなんだとか。耳を塞いだらお臍を隠せなくなるでしょって御行が怒られていた。たしかにそうなのだが、藤原のこれは八方塞がりなんじゃないだろうか。
「書記ちゃんはいつでも面白いですね。私の仕事が関わる時は一番厄介な存在ですけど。はぁぁー」
「深い溜め息だなー。そういや、藤原さんはなにで帰るんだろうな」
「タクシーじゃないですか?」
「それが無難か。早坂は四宮さんと車だろ?」
確認するように聞くと、早坂はこくりと無言で頷いた。
「俺も家に連絡したから迎えが来るし、白銀も連れて帰るか」
「そこは待ってください」
言うやいなや、スマホを早速取り出した光上を早坂が手で制す。学校に残っていて、家の方向も同じ。友人であり、車で送ってあげるのも自然な手段。ごくごく当たり前のことなのだが、今回ばかりは早坂も止めに入る。その手段を四宮かぐやが考えないわけがないのだから。
同性で友人。家の方向まで一緒となると、四宮よりも光上へお願いするほうがハードルが低い。2人が御行に提案してしまえば、四宮が選ばれないのも無理はない。
だったら光上が御行に提案するのを阻止すればいい。幸いにも、光上は御行と四宮の恋愛頭脳戦を知ってるのだから。
「かぐや様が会長をお送りすることを考えているはずですので」
「考えてるだろうけど、それを素直に言う人でもないでしょ」
「……そうですが、ここは手を引いてください」
数秒視線で応酬し、光上が折れる。あの2人に早くくっついてほしいと思ってるのは早坂で、その苦労の助けになるのなら折れる他ない。そう簡単にうまく行けば、半年間進展がないなんてことにはならないのだが。
「それよりも、圭の方が心配ですね」
「電話してみるか」
「それがいいかと」
御行とのトーク画面から圭とのトーク画面へと変える。通話ボタンを押し、圭が出るのを待ってる間は外の雨の強さを見る。風も強い。これでは傘などほとんど意味をなさない。電車で帰るにしても、学校から駅に行くまでの間と、駅から自宅までの間に雨に打たれる。可能ならそれを阻止したい。
『も、もしもし!』
「もしもし白銀さん。今大丈夫?」
『は、はい、大丈夫です。どうされたんですか?』
電話を出た時は動揺してる様子が窺えたのだが、それもすぐに落ち着きを取り戻していた。
「この雨でしょ? もし白銀さんがまだ学校なら、うちの車で送って帰ろうかと思ったんだけど、今どこ?」
『学校です。ちょうどどうしようかと悩んでいたのでありがたいです。でも、本当にいいんですか?』
「うん。じゃなかったら誘ってないよ」
『ふふっ、それもそうですね。本当にありがとうございます』
「これぐらいどうってことないよ」
『あ、うちの兄はどうするか聞いてますか?』
反抗期とはいえ兄妹。嫌いなわけでもないのだから、御行のことだって心配する。
さて、嘘をつかない光上はどう話そうか迷った。早坂がアイコンタクトで内容をぼかすように言ってくる。光上が取れる手段としては、そこが限度だろう。
「他にツテがあるみたいで、そっちになりそうかな」
『そうですか。……はぁ、まったく……』
せっかくの誘いを断ってどうするんだと愚痴る圭を、光上は乾いた笑いで返すしかなかった。予想としては、御行が高確率で雨に濡れて帰宅するはず。それを圭が嫌がる光景が浮かんでしまうのだ。
その後少し言葉を交えてから通話を切る。中等部に着けば光上から再度圭に連絡するという手はずだ。
「さてと、そんなわけで帰るよ」
「はい。お疲れ様でした」
「早坂もお疲れ……って、何その格好」
「カッパですよ。制服が濡れるのも嫌ですし。車の前でかぐや様を待つことになりますから」
「それ雨の中でだよな?」
「ええまぁ。ですがお気になさらず、私は体が強いので」
そうだろうなと思った。早坂の欠席はいつも四宮が欠席する時だ。つまり看病のための欠席。それさえ無ければ早坂は皆勤賞を取れている。
だが、それとこれは別。台風が来ている中でそれはどうなのかと思ってしまう。しかし光上家と四宮家は不干渉。冷戦のようなもので、小さかろうと火種になりそうなものは避けないといけない。
そんなわけならば、できる範囲での行動を取ればいい。
「どうされました?」
「車の中に入ったらこれでも着とけ」
「パーカーですか」
「結構温かいやつ。あとこれカイロ」
「夏場ですよ」
「雨が強い日はいつも持つようにしててな」
渡すだけ渡したら、早坂が返す前に教室から出ていった。残された早坂は渡されたパーカーとカイロを見つめ、とりあえずパーカーをカバンの中にしまった。
校門で待つこと10数分。主人がやってきて、予想通り会長を車で送り届けることを画策していた。しかしその考えとは裏腹に、そして自分たちの予想通りに、会長は自転車で猛スピードで帰っていった。一応光上に連絡は入れておこう。
「? 早坂そんなパーカーなんて持ってたの?」
「借り物ですよ。正確には押し付けられた、ですけどね」
「そのカイロも?」
「はい。かぐや様の分もありますよ」
「用意がいいのね」
「そういう人ですから」
本当に、とことん甘い人なんですよ。
心の中でそう呟いた。
修学旅行編について
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