秀知院学園内でのOB訪問は本当に珍しくもない。特に中高は校舎が近いために最もOB訪問が行われている。圭はテスト期間中に訪問していたがそれは異例。むしろテスト後の方が訪問する生徒が多くなる。部活動では夏の大会が目前になり、生徒会は資料作成での相談をする事が多い。
そんなわけで、今日もまた白銀圭は高等部へと足を運んでいた。以前は勉強を見てもらうのと、光上に会うことが目的。どちらかと言うと後者の方が目的だった。私欲のためだ。でもちゃんと成績が伸びてるのだから誰も口を出せない。
しかし今日は違う。今日は生徒会の仕事のために高等部を訪れている。目指す場所はもちろん生徒会室。場所は事前に調べており、アポイントメントこそ取っていないが、実の兄と姉と慕う相手がいる生徒会であるため、何とかなると踏んでいる。
(あわよくば光上さんと会いたかったけど、あの人今日残ってるのかな)
乙女らしい欲は抑えられているわけでもなかった。
圭は光上と連絡先を交換している。しかし、未だに圭から連絡することはほとんどない。ほぼ毎朝会っているため、翌日のバイトはどうのと直接言える。送ったことがあるのは、体調を崩したときくらいだ。その日に光上がお見舞いに来てくれたことを圭は鮮明に覚えている。大切な思い出の1つだ。
圭からの連絡が少ないのは、緊張のせいで必要なこと以外送れないからだ。雑談とかトーク画面のどこを見ても見当たらない。光上とのトーク画面はもはや業務連絡と変わらない。それはつまり、光上からも必要なこと以外メッセージが来ないということ。光上のその性分もあって、圭がなかなか雑談を送りづらいのもある。
そんなわけで、光上が今日学校に残っているのかどうかも圭は聞けていない。連絡すれば確認が取れるというのに、「迷惑だったらどうしよう」と思って遠慮してるのだ。しかも朝に聞くのも忘れていた。朝のうちに「放課後に高等部に行きます」と言えていたら、光上も残っていただろうに。
(生徒会室はここで合ってるね)
考えている内に目的地へと着いた。コンコンと丁寧にドアをノックし、挨拶をしながら中に入る。生徒会室の中では、圭の憧れの先輩である四宮かぐやが立っていた。
「あら、可愛らしいお客さん……」
(褒められたぁ! 帰ったらお兄ぃに自慢しよっと)
女子に対しての「かわいい」は男子に対しての「カッコイイ」に相当する。これは御行もこんなにダイレクトに言われたことなどないことだった。余裕で煽れることである。しかも本人も無意識そうに溢した言葉。それほどに評価が高いということだ。
「あの、会長の白銀御行は留守でしょうか?」
「会長にご用事ですか? 会長は部活連の予算案会議に出席しています。しばらくは戻ってこないかと」
「部活連の会議って、昔の外部入学の生徒会長が失礼を働いて日本に住むのが難しくなったっていう……」
四宮は圭と話をしながら、立ち話もなんだということで、圭を生徒会室のソファに座らせる。自分もその隣に座り、彼女の話を聞いてくすりと笑った。噂というのはどうしても話がねじ曲がる。時が経てば必ず話に尾ひれがつくものだ。圭が今言ったのも少し違う。
「光上さんはこの話は違うって言ってましたけど」
本当の内容を教えようとしたところで、四宮の笑顔がピシリと固まった。なぜ会長の妹と光上に関係があるのか。あの男はやはり敵か。早坂に指示を出そうか。
「な、なぜ光上くん?」
「あ、私光上さんと懇意にさせていただいてまして。兄と光上さんも友人関係ですし」
「あー、そうでしたね。それならたしかに繋がりがあっても……懇意? 光上さんとお付き合いでも?」
(あの男中学生に手を出してるというの? これを会長は知っているの?)
「お、お付き合いだなんてそんなっ! そういう関係では……」
四宮の言葉に圭が狼狽える。この様子からして、付き合っていないにしても好意があることは簡単に分かった。光上本人の自覚がないだけで、わりと彼は人気があることを四宮は思い出す。特に後輩からの人気は顕著だ。分け隔てない接し方が要因だろうか。
「お気持ちは伝えたのですか?」
「ふぇっ!? ぁ、……その……恥ずかしくて……」
(わかるぅぅぅ!! 共感できますよ! えぇよくわかりますとも!)
「それに、もし断られたらって思うと怖くて……」
(本当にそうよね! 会長は間違いなく私に惚れているけれども、もしもを考えると怖くなるのはよく分かります!)
「光上さんは、誰に対しても同じ対応ですし。そう思うと、仲良くしてもらえてるのも、白銀御行の妹だからじゃないかって考えてしまうこともあって」
「そうですね。彼はそうすることを選んだ人間ですから。ただ、クラスメイトとして、何年も彼と同じこの学園で過ごした人間として言わせてもらいますと、彼は
断言できる。光上晶の人となりを見てきた。衝突をしたこともあった。だからこそ言える。彼は必ず目の前の人と向き合うと。誰かの妹とか。誰かの娘とか関係ない。そんなもの全て取り払ってから相手を見る人間だ。
「ですから、彼はあなたを一人の人間としてちゃんと個別に見ているはずです」
「四宮副会長……。ありがとうございます。胸がスッキリしました」
「ふふっ、お役に立てたのでしたら何よりです」
(頼れる姉感出てましたよね今! 私今確実に頼れるお姉さんとして認識されましたよね!)
どこまで行ってもそこに還ってくる。圭と仲良くなれば、御行の外堀から埋められるわけで、気持ちはわからないでもない。いっそ、この勢いのまま姉呼びをさせてみてもいいのではないだろうか。
圭のカップに紅茶を注ぎながら画策する。焦っては狙ってる雰囲気が伝わってしまう。あくまでごく自然な流れとして話題を振らないといけない。タイミングも逃してはならない。
「恋話の匂い!!」
生徒会室のドアを勢い良く開けて入ってきたのは、四宮かぐやにとって数少ない信用の足る人物。しかしそれなりの頻度で、こんな感じで無意識の妨害をされてしまうので、その度にどす黒い感情を出現させているのだが。
「あれ? 圭ちゃんだ!」
「千花姉ぇ!」
「どうしたの? 遊びに来てくれたの?」
「ううん。今日はお仕事だよ~」
(千花姉ぇ??)
圭と手を取り合ってはしゃいでいる彼女を、ドブを見るような目で見つめる四宮。決して友人に対して向けるような視線じゃない。それを圭も藤原も気づいていないのは唯一の救いか。
「かぐやさんと何お話してたの~?」
「え!? えっと……」
「部活連の会議の話ですよ。どうやら噂に尾ひれがついてるようでして、これから正しい情報をお伝えしようかと」
「あ~。当時の生徒会長のお父さんの勤務先がカンボジアになったって話でしたね~」
「それ飛ばされてますよね!? えー、お兄ぃ大丈夫かな……」
(しまった。妹さんを不安にさせてしまった。ここは私がフォローしなくては!)
「大丈夫ですよ。会長は失礼を働く方ではありませんし、何かあっても私が対応しますから。四宮の名に掛けて」
「四宮副会長……」
(いい感じですよね。今自然に頼れる感じ出せてますよね!)
「圭ちゃん。それに今日は光上くんが同席してるし、何も怖いことは起きないよ」
「そうなんだ」
(藤原さぁぁぁん!! なんでここで彼の名前を出すんですか! 私の印象が上書きされちゃいましたよ!)
光上がいるなら大丈夫。圭は光上の影響力を何一つ知らないのだが、好感度の高さがそのまま信頼度に変換されていた。光上が同席していると聞いただけで、ほっと胸を撫で下ろすほどだ。
それを見て四宮は嫉妬に震える。どうすれば彼よりも好感度を稼げるのかと頭をフル回転させて考え始める。恋してる状態で、好きな人以上に信頼を持てる相手はそうそういないということを、四宮は身を持って知っているはずなのに。四宮だってその相手はせいぜい早坂ぐらいで、それも長年の付き合いによる絆だ。
「それで、圭ちゃんのお仕事の用事って?」
「これなんだけど」
「計算は合ってるけどコンマの付け方に表記ゆれがある。あと──」
(いたの!?)
「石上くんいたんだ~」
四宮と藤原の思考が一致する。違いは言葉に出してるかどうかぐらいだ。そんな2人の反応をよそに、圭は仕事モードに。石上もそれに付き合ってアドバイスを送る。同じ会計同士。会話はとてもスムーズに行われ、石上の説明も的確で分かりやすかった。
教えてもらってからふと圭は思った。この人はいったいいつからいたんだろうと。じーっと見つめると、石上が気まずそうに目をそらす。石上は尊敬する会長の妹相手に緊張していた。失礼があったらどうしようとかガチで思ってた。
その失礼なことはもうしてるのだが。
「いつからここにいました?」
「…………妹さんがここに来る前からです」
「……ぃ、ぁっ……」
「ごめんなさい。聞いてました。でもお似合いだと思います! 応援させてください! できることなら何でもしますから!」
「マジ土下座キツイです」
「ぐはっ! ……四宮先輩。死にたいので帰ります」
「駄目よ。いなさい」
「……」
会長なら帰らせてくれるのに、と涙を流す石上に、圭も罪悪感を抱いて謝罪する。兄への態度と似たように振る舞ってしまったのだと。
(会長いつもこれに耐えてるんだ……。僕は無理だな……)
圭に頭を下げさせたことに、彼女を気に入ってる女性陣が抗議。石上の精神がゴリゴリ削られるも、そんな2人を圭が止めてその場が収まる。
(この子天使なのでは……?)
石上の中で圭への尊敬心が芽生えた瞬間だった。
「何この状況」
「あ、光上くん。お疲れ様~」
「へ? 光上くん? この時間ですと会議はまだ終わってませんよね?」
「まあな。でも俺の役割って序盤だけだし」
「姿見せるだけで効果ありますからね~。会長の負担も減ったと思います」
「だといいけど」
光上が会議の場で行う役割は、姿を見せるだけである。白銀御行のバックには光上晶がいるぞと。それを示すだけで光上の仕事は終了だ。その後は見守るだけでもいいし、颯爽と帰ってもいい。光上はその場に残ることを選んだのだが、藤原から連絡が来てこちらに来たのである。
「白銀さんも来てたんだ。生徒会の仕事?」
「そうなんです。先程石上先輩にアドバイスを貰えました。とても親切で分かりやすかったです」
「それは何より。で、なんで石上泣いてんの?」
「妹さんの言葉が胸に染み込み過ぎまして……!」
(待って! 今もしかして私が一番印象薄いんじゃない!?)
「四宮さんとは話せた? 憧れの先輩って前に言ってたけど」
(憧れいただきました! これはもう私の独り勝ちですね!)
脳内高速手のひら
「学校で会うのはテスト期間以来か。わりと最近だけど」
「そうですね~。ここに早坂さんがいれば揃うんですけど」
(あー。早坂も勉強会に混ざってたんでしたね。全員の成績が上がったと聞きましたし、有意義な時間だったようですね)
「
(あ・い・さ・ん??)
「圭ちゃん早坂さんと仲良しになれたもんね~」
「うん。いろいろと助けてもらえてるんだ」
(どういうことよ早坂!? 私そこまでは聞いてないのだけど!?)
まさかの侍従の裏切り。脳内プランのすべてを先に行かれている。これは帰りの車の中で問い詰めなければいけない。
そんな四宮とは別口で、心の中で怨嗟の叫びを発している人物がいる。そう。石上だ。
(鈍感系とかいらねぇんすよ! そんなの創作物の中だけの世界でリアルだとただウザいだけなんすよ! このバァーーカ!!)
激しいシャウトである。ただし、これを声に出さないだけの理性は石上に残っていた。彼と光上は接点こそ少ないものの、その少ない接点で信頼関係を築いた仲だ。本音はアレだが、悪く言えないのである。もっとも、それを言って崩れるほどの浅い関係でもないのだが。
何よりも、これを言ってしまえば圭への侮辱にもなる。それだけは避けたかった。
四宮と石上がそちらに思考が割かれている間に、話題はもうすぐ訪れる夏休みの話へ。藤原家は毎年の旅行に行ってるんだとか。この場では唯一の存在だった。
そこを羨むこともなく、圭は別のことに頭がいっぱいだ。
──
8月1日。その日が圭の誕生日。夏休み真っ只中ということもあり、友達からはメッセージのみのお祝いが多い。毎年それでもいいと思っていた。中学生ながらに家庭のことは理解している。誕生日だからと特別なことはできない。
けど今年はそうならないでほしい。光上に祝ってもらいたい。欲を言えば誕生日デートとかしたい。
まずは光上の予定を聞かないといけない。困っている圭を助けたのは藤原だった。圭の様子に気づいたわけでもないのに。ファインプレーである。
「光上くんの夏休みのご予定はどうですか?」
「夏休み?
「え……フラン、ス……?」
あまりにも遠い。絶句している圭を見かねたのか。思考をフラットに戻した石上が何とか助け舟を出そうとして期限を聞く。しかしこれが裏目に出た。
「
誰が悪いわけでもない。
毎年夏休みに、光上は両親がいるフランスに行くことが決まっている。フランス校の生徒との交流もあったりする。
これは彼の恒例行事だ。
(無理にでも帰ってきてあげてくださいよ! この鈍感先輩!!)
重ねて言う。誰が悪いわけでもない。
ただ、帰宅した後。
圭がひっそりと涙を溢しただけだ。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行