愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第13話

 

 1学期が無事に終わり、多くの者が待ち望む夏休みが始まる。1ヶ月強の間が休みなのだ。浮足立つ者たちが多いのも無理はない。夏といえば何か。イベントが盛り沢山だろう。海に行く者。塩っ気を嫌ってプールに行く者。藤原家のように旅行する者。キャンプする人たちも多い。夏祭りだってある。夏の暑さをテンションで乗り切っているのでは、なんて疑いたくなるぐらい目白押しだ。

 そんな者たちの心を砕く存在。それが夏休みの課題である。学校によって量にばらつきはあるものの、それを嬉々として取り組む者はいない。模範解答を手に入れてから丸写し、なんてことをする人もいるだろう。面倒だから分からないところは全て赤ペンで書くという恐ろしい手段を取る人も。

 

 夏休みの課題をどう取り組むか。序盤で全て終わらせたり、毎日計画的にやったり、提出日に間に合えばいいだろって放置したり。性格がよく現れるものだ。

 勉強を嫌う人にとって夏休みの課題とは、小さい子にとってのハンバーグの中のピーマンである。苦味なんて成長してから覚えてもいいじゃない。何はともあれ、夏休みの課題の量に絶望して打ちのめされる生徒もいる。部屋の中で埋葬されてそうだ。

 

 それとは違う理由で、しかし同じように部屋の中でくたばっている人だっている。我らが生徒会長。白銀御行である。

 

(四宮と何もしてねぇ……。連絡も取ってねぇ……)

 

 光上と早坂からしたら「やっぱりそうなったか」と言える状況だった。御行と四宮はお互いにプライドが邪魔をする。どちらかが素直に誘えばいいものの「そんなことをしたら(以下略)」という言い訳で誘えていない。「相手が誘ってきたら行ってやらないでもない。本音はめっちゃ嬉しい」という状態でお互いに待ちに入ってる。

 直接顔を合わせる生徒会室内でならまだしも。1秒たりともお互いの顔を見ることがない家の中で、そんな事をしても何も起きないのは必至。駆け引きも何もないのだから。

 

 そんな兄とはブラインドカーテンを挟んで反対側にいる少女。白銀圭。彼女もまた遺体の如き倒れっぷりで床に突っ伏していた。

 

 ──光上に会えないからである

 

 夏休みの間、半分以上をフランスで過ごすという光上。彼は自分がいない間、圭の新聞配達のことを心配していた。しかし、圭が大丈夫だと言い切り、自分の気持ちを隠して光上の出発を促した。

 もしもの時は110番。頭で分かっていても、緊急時に入力する余裕はあるのか。

 そこで光上は、ワンプッシュで110番に電話できる端末を作製。それを圭に渡してテイクオフ。その時は心配されたことに喜んだものの、ずっと音沙汰なしだと寂しさが勝るというもの。

 

「萌葉は旅行だし……。愛さんはバイトが大変だし……」

 

 夏休みらしいことを何もしていない。課題とバイト。あとは萌葉から送られてくるメッセージや写真を見て気を紛らわせるぐらい。

 

「今日……誕生日なんだけどな……」

 

 本日の日付。8月1日である。白銀圭の誕生日。

 今年もまた御行から勝手に1000円を財布の中に入れられていた。本人はバレていないと思ってるのだろう。家計簿をつけている圭が気づかないわけがないのに。しっかりしてるようで詰めが甘い。

 

 気怠い体。今日は何もやる気が出ない。スマホを操作して光上とのトーク画面へ。

 誕生日のお祝いはメッセージで送られてきている。しかも0時丁度に。時差を計算した上でのメッセージ。これには彼女も喜んだものだ。向こうの時間ではまだ7月だっただろうに。日本時間でもっと遅い時間に、夜とかにメッセージが来ると思っていた。

 

 お祝いされたことは本当に嬉しい。嬉しいからこそ、会えないことの寂しさに胸を締め付けられる。

 どうしようもないほどに、欲求は次から次へと湧いてきてしまう。

 

「光上さんに、会いたい」

 

 願わずにはいられない。零さずにはいられない。声に出さなきゃ、どうにかなってしまいそうだった。

 

 それでも、それは叶わない。

 

 思い返せば、好きな人との誕生日ってどう過ごしていただろう。家計が厳しくて、誕生日ケーキなんて数年食べてない。過去に誕生日でケーキを食べたことはあっただろうか。母親がいた頃に、それはあったのだろうか。御行と父と離れた時、母親との生活で誕生日ケーキを食べただろうか。

 

 思い出しても楽しい記憶じゃない。嬉しいはずの誕生日の記憶が、寂しい記憶ばかりだ。夏休み中の誕生日だ。友達と誕生日パーティーなんてしたことない。祝ってはもらえる。夏休み前、もしくは夏休み明けに誕生日プレゼントを貰えたりもする。少なくとも、彼女の大切な友達である萌葉は千花とともに、必ず贈ってくれる。

 

 だけど、誕生日当日は別に特別なことも起きない。メッセージをもらえるだけ。祝って貰えるのはもちろん嬉しい。

 

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()

 期待してもそれが叶わなかったら辛いだけ。そこに期待すればするほど、楽しみにするほどに、叶わなかった時が虚しくなる。

 そうやって過ごすようにしてきた。誕生日もクリスマスも、特別な日を特別な日とは思わず、()()()()()()()()()として捉える。それに留めていた。

 

 それでも、今年は期待してしまった。

 光上と過ごせたりしないだろうかと。

 住む世界が違うという大前提を忘れて。

 

「光上さん……っ」

 

 考えるな。なぜ会えないの?

 

 考えるな。どうしてこうなるの?

 

 考えるな。この寂しさはどうしたらいいの?

 

 なんで私は──

 

 思考が闇に落ちかけた時、家のインターホンが鳴る。気にせずに考え事を続けそうなものの、なんだかその気にもなれない。何か宅配頼んでたっけ。宅配なんてそもそもやらないような。怪しい宗教団体の勧誘とかだったら嫌だな。

 

 何が来たのか。誰が来たのか気になる。部屋の構造上、御行の方が先に対応できる。圭がブラインドカーテンを開けると、やはりその部屋にいるはずの御行の姿はなく、部屋の外から話し声が聞こえてくる。何やら御行の声が大きい。やはり面倒な相手なのか。

 気になって部屋のドアを少しだけ開ける。僅かな隙間から見えたのは。

 

(お兄ぃ邪魔!)

 

 対応している兄の背中だった。誰が来てるのかまったく見えない。

 仕方ないと諦め、ドアを完全に開けて部屋の外に出る。冷蔵庫に飲み物を取りに行くフリをして、誰が来たのかを横目に確認。

 

「ぇ……」

 

 目を疑った。足が止まり、呆然と玄関を見つめる。

 

「あ、白銀さんこんにちは。改めて誕生日おめでとう」

「ぇ、ぁ……っ、ありがとう、ございます」

「それで、今日は白銀さんと──って、白銀さん?」

「圭ちゃん……」

 

 その場の誰もが予想していなかった。その行動を取った圭本人も含めて。

 つい先程まで『会いたい』という欲求が強かった彼女だ。そのタイミングでいざ光上が家に来た。理性は仕事をやめ、欲求が衝動となって心を突き動かし、体をも動かしただけ。

 何も言わず、黙って光上の胸に飛び込んだ彼女は、小さく震えながら縋るように光上の服を掴んでいた。その表情は光上にも御行にも見えない。

 

寂しかったです

「……」

 

 霞んで聞こえたその言葉に。なんて返せばいいのだろう。今の光上には、それに返せる言葉を持ち合わせていなかった。

 彼が言葉に迷っている間に、圭の理性が徐々に仕事を再開する。状況を把握した圭は、耳まで赤くなってその場に固まる。彼女からすれば、「気がついたら光上さんの胸に飛び込んでた」である。混乱するのも無理はない。

 

「フランスにいるって聞いてたんだが。帰ってきてたのか?」

 

 混乱してまともに話せない圭に代わり、御行が光上に疑問をぶつけた。その話をした時、御行はその場にいなかったものの、会議の後に藤原から聞いていた。だから、この帰国については完全に予想外である。

 この緊急帰国に関しては陰の功労者がいるのだが、それを知ってるのは言われた光上だけである。

 

「昨日の夜に羽田に着いてな。明日の朝にはまた飛行機でフランスに出発。()()()()()()無理言って帰ってきた」

「今日のためって。……圭ちゃん着替えてきたら?」

「あっ……!」

 

 部屋着とは、完全に無防備な状態である。宅配自体頼まない白銀家にとって、来客はまず考えられない。だから外に出る用事がない時は、とことんラフな格好になる。そんな状態を見られた圭は頬を赤らめ、慌てて部屋へと引っ込んだ。

 

「光上が帰ってきたのは、圭ちゃんのお祝いをしてくれるってことでいいんだよな?」

「合ってるぞ。世話になった人にお祝いくらいするし、あの子には今のところ今年で一番世話になってるから」

「……はぁ。そんなことだろうとは思った」

 

 圭の誕生日だから帰ってきた。ここに嘘などなく、圭を祝いたいという気持ちにも偽りない。そして、圭をラブの意味で好きだからという気持ちも、そこにはなかった。

 

 御行は圭の恋路に明確に反対こそしないものの。あまりいい顔をするわけでもない。自分の恋愛より遥かに難易度が高いからだ。釣り合わないとかじゃない。圭が光上のことを()()()認識しているのかが怪しいのだ。

 恋愛対象として見られていない。この点は彼女次第でなんとかなる。家柄なんかも光上は気にしない。問題は、圭の理解度がどこまで進んでいて光上を好きになっているかだ。

 

「体は大丈夫なのか? 時差ボケも相当キツイだろ」

「一晩あったから大丈夫。寝起きで壁に激突したくらいだ」

「大丈夫の意味を調べ直してこい」

「たしかにキツかったんだが、今安定してるのも事実だ。それに」

「?」

「あの子の反応を見たらこのくらいはな。あそこまで喜ばれるとは思ってなかったし」

 

 恋愛相談を受けることはある。一般的な考えを元に受け答えしている。しかし、その感情がいざ自分に向けられると途端に鈍る。その辺りの原因も御行は推測を立てているが、それの解決の力になれそうにないことも同時に推測が立っているのだ。

 ここまで一途な妹ならあるいは。そう思いはするも険しい道だ。もしもの保険のために立ち回るつもりでいる。

 

「光上」

「ん?」

「圭ちゃんの気持ちを裏切るなよ」

「いきなりどうした」

「圭ちゃんの全てに応えろなんて言わない。俺からの要求は1つだ。圭ちゃんの気持ちを裏切るな」

「……いまいちピンとこないんだが。そこは俺の課題か」

「ああ」

 

 お互いに何度も腹を割って話した仲だ。冗談くらいなら時折交える。そして、真面目な話をする時はとことん真面目だ。

 たとえ白銀御行のことを知らなかったとしても、彼の今の目を見れば本気で言っていることなんて一目瞭然。それだけ妹のことを大切にしている兄だと分かる。それと同じくらいに、御行は光上と友達のままでいたいと思っていた。身内が彼に好意を抱かなければ、その心配もなくて済んだのだが。もしもの話をしても仕方がない。

 

「白銀は四宮と遊んだのか?」

「しのっ! ええい声を抑えてくれ! 妹に知られるだろ!」

「ん、それは悪かった。で? 8月に入ったわけだし、1度くらい遊んでたりとか、遊びに行く予定とかあんだろ?」

「…………ないです」

「まじか。20日は花火大会だろ? 石上もいるわけだし、2人きりにはなれないぞ」

「わかってはいるんだが……! 俺から誘ったら俺がどうしても四宮に会いたがってるって思われるじゃないか!」

「実際その通りじゃん」

 

 御行の中でそれは駄目なことらしい。頼めばイチコロなのに。あくまでも向こうからの誘いじゃないと駄目。今御行と光上がしているようなやり取りを、早坂はほぼ毎日行っているわけで。苦労人だなと脳内で並行処理する。

 

「時間は有限だぞ? 激務に追われまくってる白銀なら、俺の体感速度よりも日々の流れが早いはずだ。あまり駆け引きも長くはできなくなる」

「そこはわかってるつもりだ。半年間何も進展がなく今日まで続いた。同じ轍を踏むつもりもない」

「ならいいけど。高校生の夏は人生で3回だけ。貴重な1回だ。1度くらいデートにでも行ってこいよ」

「今からデートに行く人間に言われると煽られてるとしか思えないな」

「誰がデート?」

 

 きょとんと首を傾げる光上に、御行は頭が痛くなった。「よくもまぁ自分のことを棚に上げて人にそれだけ言えたな」とか言ってやりたい。しかしそれはブーメランでしかないから言えず、少しばかりお節介なことでもすることにした。

 素直に応援できない複雑な胸中ではある。それでも、これでは妹があまりにも不憫だ。

 

「男と女が2人で出かけたら?」

「それはデートって言われたりするな」

「光上がこれから出かける相手は?」

「白銀の妹だが? ん?」

「気づいたか」

「いやいや待て待て。落ち着こうぜ会長。中学生には手を出さないぜ?」

 

 そんな犯罪臭のする真似をするわけがない。

 

「だが周囲の目からそう映るし、状況証拠として十分だ」

「俺を通報する気か!?」

「しねぇよ!? そうじゃなくてだな。……先を見据えて考えるのもいいんじゃないか?」

「先を、ね……」

 

 将来は希望だ。希望は活力だ。それがあれば、苦しいことでも踏ん張れる。立ち止まりそうな足も踏み出せる。

 先を考えて行動するのは、決して悪いことじゃない。

 

「光上さんお待たせしました!」

「ううん。そんな待ってないよ。白銀さんおしゃれな服だね」

「そ、そうですか? 似合ってます?」

 

 不安そうに肘に手を添えながら、圭は光上に自分の服装について聞いた。声が段々萎んでいったものの、その声はしっかりと届いている。

 

「とても似合ってる。白銀さんの魅力が引き立てられてるよ」

「魅力だなんてそんな……。ありがとうございます」

 

(石上会計がこの場にいなくてよかった~)

 

 目の前でイチャつかれたら石上の精神状態が大変なことになる。片方が身内ということもあり、御行ですらゴリゴリくるものがあるのだ。石上にブレーキを踏ませなかったかもしれない。むしろガソリンを継ぎ足してる。

 

(それにしても、よくこんなにストレートに言えるな)

 

 この男に羞恥心というものはないのか。そう思って光上を見た御行は気づいた。圭は恥ずかしそうに俯いてるから見えていないだけで、光上も自分で言いながら照れているということに。口元を拳で隠し、圭に気づかれないように深呼吸している。

 

(やはり、()()()()()

 

 彼は恋愛感情を理解できないわけじゃない。触れてこなかっただけ。そこは問題視するものでもない。問題は、彼の本質だ。

 

 2人で出かけていったのを見送りつつ、御行はどう動くのが正解か悩んだ。余談だが、結局四宮をデートに誘うことはできなかった。夏の半数を失ったな。

 

 代わりに、光上から貰った誕生日プレゼントに大喜びして帰ってきた妹の笑顔は見れたのだった。

 

 




 圭ちゃんの戦利品「光上から貰った誕生日プレゼント」「一緒に花火を見に行くこと」
 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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