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第16話
夏休みが終わり、四宮家周りでちょっとしたドタバタがありはしたが、無事に2学期が幕を開ける。ここでややこしいのが、秀知院学園は三期制なのだが、選択授業だけ前期後期の二期制なのだ。生徒全員これには疑問を持つのだが、慣れとは恐ろしいもので、そういうものだと受け止める。
そんなことはさておき、この2学期というのはとてもイベントが多い。登校日数からして、最も長いのがこの2学期だ。
この時期は、体育祭に文化祭という二大行事の前に。毎年陰での攻防が起きる生徒会選挙がある。ちなみに2年生の修学旅行は3学期だ。
2学期は期間が長く感じられるものの、その行事の多さや2、3年生は進路のことで体感的にすぐ終わる。そんな2学期なのだが、開始時点でひとつの選択が迫られる。
その名の通り『選択授業』だ。書道、音楽、美術、情報の4分野。この中から1つ選ぶ。制約としては、同じ分野を選べるのは2回まで。それぐらいだ。趣味で選ぶ人もいれば、自分の進路のために選ぶ人もいる。
「光上さんはどれを選ぶんですか?」
ここで迷う人はたいてい、進路が確定している人。もしくは気になる異性がどれを選ぶかを考えている人だ。後者の人物の代表格が、生徒会長と副会長なのだが。
光上は前者である。進路は確定している。この秀知院学園の理事長という椅子に座ること。それは確定事項だ。その気になれば四宮家と交渉できる。その才覚は夏休みの間に露呈していた。よっぽどのことがない限り、その座につけないなんてことにはならないだろう。
もっとも、光上と話をした雁庵は、彼の経験の少なさはもちろん。
「どれにしようか悩んでるよ」
「ちなみにこれまでは何を選んでたんですか?」
早坂の記憶が正しければ、彼と選択授業が重なったことはない。それなりに話すようになった仲だ。興味は湧いてくる。
「1年の時は情報と音楽。前期は書道だったな。早坂は?」
「私は1年生の時に書道を2回。前期は音楽でしたね。かぐや様に合わせるので」
「それ選んでなくね?」
「私に選択権はありませんよ。学校に一緒に来ている意味がなくなりますから」
それは至極当然の話だった。早坂は四宮かぐやの侍従。クラスも当然ずっと同じであり、選択授業でも合わせる必要がある。ちなみに体育祭でもずっと同じ組だ。そこは別れても問題ない気がするが、念の為なのだろう。
「それって楽しいか?」
「楽しいかどうかは関係ありません」
光上の視線を受け流し、自らの視線はタブレットから天井へと移す。一本の蛍光灯だけ明かりが弱い。明日にでも新しいものに変えられるのだろう。音楽室なら防音対策の小さな穴たちがある。あれの奥に盗聴器とか仕込みやすそうだなとか思ったことも。
「私の仕事に楽しさは優先されませんから」
「難儀な仕事だな~」
「あなたも似たようなものでは?」
「はっはっは。俺はそこまでしんどい環境じゃないさ。少なくとも今はな」
将来のことを考えれば、どちらのほうが厳しい環境に身を置くのか分かりきっている。幼稚舎から大学までの一貫校である秀知院学園。それを一手に束ねる立場である理事長は、数多くの癖のある者たちを束ねる必要がある。そうした上で、外からの影響を跳ね除ける独立性と中立性を保ち続ける。それが理事長の役目。
要は、秀知院学園という巨大船の舵取りだ。部下というパーツを束ねなければ船は沈む。目指す場所を示し、情勢を見ながら社会に必要な人材を育てる環境を整える。
早坂から見ても甘い人間である光上が、その環境でやっていけるとは信じにくい。
「理事長って立場さ。うちの親は二分してるんだよね」
「奥さんが補助していると?」
「うん。というか、バランス感覚がずば抜けてるんだよ。うちの母親」
距離の調整、綱の引っ張り合い。いわゆる『駆け引き』。その手腕は一目置かれている。未だにいろんな業界からスカウトされ、その動向を警戒されるほどに。
「では、光上さんが距離感の調整をするのも」
「母親の影響だな。あの人は俺が1人でやっていけるように叩き込みたかったみたいでさ」
分からなくもない話。早坂はそう納得しかけて首をひねった。本当にそうだろうかと。たしかに、今は2人でやっているという理事長の仕事。それを1人で担えるのならその人材に任せればいい。しかし、理事長に秘書がいたっていいはず。光上家にそれぐらいの候補者はいないとおかしい。母親もどちらかと言えばそのポジションのはずだ。
「1人で限界まで挑むこと。それを突破し続けること。成長はその過程で、生涯それを続けなければならない。社会の闇と向き合うなら、それ相応の力が必要だってな」
そう言われたら納得するしかない。初めから頼る術があったのなら、それに頼ることを癖付けてしまったら。それは早坂の知る社会では通用しない人材だ。簡単に首を切られて終わる。
秀知院学園の理事長になるのなら、それ相応の成長過程を用意されても道理か。四宮家との違いは、その教育方法ということになる。
「四宮家は帝王学だったか」
「そうですね。人の上に立つ者として教わりましたよ。私はかぐや様ほどそれを叩き込まれてはいませんが。使用人にそれを教えてクーデターでもされたら面倒なんでしょうね」
「四宮さん並に身につけてたらやるつもりだった?」
「どうでしょう。もしものことはあまり考えませんから」
特に自分のことでは。
四宮家の基本方針。それは別邸にも額縁に入れて飾られている。廊下にデカデカとあるそれを、早坂はいつも気に食わない顔で見ていた。
「えいっ」
「むっ。なんですか」
光上はそんな早坂の額を軽く指で押し当てた。少し押し込まれたそれは、早坂が首に力を入れたらあっさりと戻った。
「いや早坂が不機嫌そうだったからさ。気を紛らわそうかと」
「やり方が独特ですね」
「こういうのはやったことないからな。そういや、夏休みの間白銀は全く四宮さんと会ってなかったみたいだけど、早坂から見て四宮さんの様子はどうだった?」
「露骨に話題をそらしますね」
うまくできなかったことが気まずかったのか。光上は夏休みの話を早坂に振った。何をしてたかなんて聞いても、仕事をしてたという答えが返ってくるだけ。わかってる答えを聞くつもりもない。
「まぁ乗ってあげますけど。予想してる通りだと思いますよ。会長から誘いがなくてベッドの上で屍になってました」
「やっぱそうなるのか~。四宮さんたち似た者同士だな」
「まぁその流れのおかげで、かぐや様はツイッターのアカウントを作ったわけですが」
そこで早坂は花火大会の日を思い出す。0フォローで0フォロワーだった四宮かぐやのアカウント。その初投稿の件。それを見た光上が、早坂に花火を見せるためだけに大掛かりなことをしたということ。
もちろん早坂の狙いだったかぐやの花火鑑賞も無事に達成。御行に見蕩れてたせいで花火を全然見られなかったと聞いた時は、どうしてくれようかと思っていた。花火見ろよという思いと、惚気話かよという思いのせいで。
そういう早坂も主人には内緒で花火を見たわけで。しかも地上ではなく空から。初めて屋敷の外で見た花火。あまりにも大きく、絢爛で、豪華な思い出。
その事を思い出して、緩みそうな口元を隠した。
「花火綺麗だったよな~。打ち上げられる高さとほぼ同じとか、なかなかない体験だぜ? 高層ビルから見るのとも一味違うし」
「……はぁ。光上さんもだいぶ楽しんでましたよね」
「そりゃあな。仲良い人と見るのは初めてだし、興奮くらいするさ」
「あんな熱い言葉を私に言うくらいですしね」
「ぐっ! やめろ早坂。俺を羞恥で殺す気か!」
「新しい死に方ですね」
早坂の視線から逃れるように光上が横を向く。早坂はその頬をつんつんと突いて揶揄った。それを手で払われると、今度は別口から切り込む。
「で、残りの夏休みは寝込んでいたと」
「んっ!?」
どうしてわかったのだとはっきり顔に出る。ポーカーフェイスくらい身につけてほしいものだが、本人がそれを気にしてないはずがない。いずれ練習に付き合うことになるのかもしれない。もしくは、今だけわざとそうしてるのか。
そんな可能性を考えながら、呆れ顔で光上を見る。わからないと思われていたなら遺憾だ。その程度のことは、光上のことをある程度知っていたら推測できる。
「あれだけの動きをしたんですから、当然反動もあったでしょう。あの日はアドレナリンと気合で抑えていたようですが」
「四宮家の侍従は優秀で怖いな」
「褒め言葉として受け取りますね」
「どうぞ。……あーでも、白銀さんには内緒でお願い」
「あの子は気づいてて黙ってそうですけどね」
そう言われてみると、光上もそんな気がしてきた。今朝に会った時も、少しばかりムスッとしていた印象が見受けられた。てっきり家で何かあったのかと光上は考えていたのだが、早坂の話を聞く限りあれは自分のことだったのではと思えて仕方がない。
「光上さんは女子に弱いですね」
「否定はできないな」
そうやって特に身もない話を広げていく。気が変わったらまた別の話題へ。光上と早坂の話はたいていがそういう話ばかり。そうしている間に生徒会室で動きがあった。
「どうやら会長は美術を選んだようです」
「音楽とか選んだら落単だっただろうしな」
「そんなに酷いんですか? 校歌を歌ってる時も普通だった印象があるのですが」
「ナマコの内蔵を耳に詰め込まれた感覚を味わえるぞ」
「味わいたくないですね。えー、じゃあ会長口パクで過ごしてたんですか」
「そうなるな。本人のコンプレックスの1つだし、内緒にしといてやってくれ」
広がれば被害者が減るのかもしれないが、口パクでやり過ごしてきた御行からしたら多大な損害でしかない。これまで恥を忍んで堪えてきたのだから。
こんな話を広げたところで、早坂にも四宮家にも得があるわけじゃない。授業以外だとカラオケぐらいでしか歌を直接聞く機会がない。特に接点を持っていない早坂が、その被害に遭うことも考えられない。
「白銀が美術選んだなら、四宮さんも美術か」
「そうなります。かぐや様の思惑を読んでたんですか?」
「文字を書いてるフリをしてたから」
「なんで気づけるんですかね」
「んじゃ、俺も美術にすっかな」
「勝手に話進めないでください」
早坂の苦言を聞きながら用紙に名前を書き込む。選択科目の欄には美術と書き、明日の提出のためにファイルに入れてカバンにしまう。
「そろそろ帰ってもいいか?」
「まぁいいでしょう。お疲れ様でした」
「お疲れ。早坂もこういう時間はもっと肩の力抜けよ~。今日は前よりも固かったぞ」
妙なところで鋭い。
「あの花火の日以来ですからね。少し身構えてたのかもしれません」
「意外だな」
「これでも一応女子ですからね」
いつぞやに藤原と四宮が話していた「ちょっと強引なのがいい」も、わからないものじゃないなと実感したのも事実。全く気にしてなかった、なんてことはないのだ。
「いきなり抱き寄せられてあれだけ密着させられたら、ねぇ?」
「いやごめんて。花火を見させようと張り切り過ぎちゃって」
「……。浴衣、どうでした?」
「ん?」
「仮にも女子が着飾ってたんですから。あの日、圭からしか聞いてませんし」
「えぇ……」
あの日から10日以上経っているのに。それを今言わないといけないのか。渋い顔をするも、早坂の言うことも尤もだと思う。
その日のことを思い出すフリをしながら、帰る準備を整えていく。あの日のことはどれも詳細に覚えているのだ。忘れるわけがない。
「すごい、綺麗だったよ」
「っ……。光上さんって……誰にでもそう言いそうですね」
「……ばーか」
「?」
「見惚れるぐらい綺麗だったっつーの」
照れくさそうに投げやりに言った光上は、早坂に背を向けて帰っていった。
そんな反応をされるとは思ってなかった彼女は、しばらく彼が出ていったドアを見つめる。
口元を手の甲で隠し、湧き上がりそうになる
「それは
そもそも彼は演じ分けていることに気づいてるのだろうか。そこすら怪しい。別人と思ってるのかもしれない。
そこを考えながら、
何度見てもそこの文字が変わるわけがなく。
どれだけ願ってもこの新たな任務は変更されない。
『光上晶を籠絡せよ』
その任務の方法はいかにも単純。その愚かな内容に、雁庵が関わってるとは思いにくい。どちらにせよ、下賤なやり方だと早坂は思った。
実際には雁庵が関わっている。電話で光上と話し、「荒削りではあるが使える人材だ」と判断した。使える手駒を増やすのは上に立つ者の自然な思考。方法は他に任せ、彼を四宮家に取り込むことだけを指示。
指示された者は、最も効率的な手段を考えた。そして1つの事実に着目する。彼は早坂のために動いた。ならば早坂を使えばいい。高校生らしく青春的な方法で、早坂が光上を取り込めばいい。
早坂が成功しようと失敗しようと関係ないのだ。早坂愛を利用する。ただそれだけで光上晶に王手をかけられる。
そんな思惑など知らず、早坂は今後の行動を考える。可能な限りの被害を減らす方法を。
これから歩むその道で。
すべてをやり遂げたその先で。
彼女に残るものは──。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行