白銀御行は秀知院学園高等部の生徒会長である。高等部にて彼を知らない者はおらず、一般入試枠から入って生徒会長になった人物として、中等部にもその話が回ってくるほどの話題性の持ち主。
テストにて、かの四宮かぐやを抑えての1位を取り、それ以降その座を保ち続けている彼は、他の誰もが真似出来ないほどに努力を積み重ねる男だ。日々努力をし続け、元外部生という風当たりを物ともせずに先頭に立つ。それが白銀御行という人物なのだ。
そんな彼は娯楽を軽んじる人物でもない。自らが生徒会会計にスカウトした後輩の石上優。彼の影響もあって漫画を読むこともあるし、ゲームをすることもある。勉強一筋のように見えて、周囲との歩み寄りも忘れない。その点がまた、彼の支持率の支えともなっている。
本日、白銀御行は本屋へと足を運んでいた。漫画コーナーや小説類には目もくれず、石上に教えてもらった漫画だけは視界に入るもののその誘惑を断ち切り、彼が足を止めた場所は参考書コーナー。日々のほとんどが勉強の彼にとって、本屋もまた勉強のための場所。図書館も同様だ。
さて、この本屋はある理由によって学生たちに人気の本屋だ。それは、本屋の中にカフェがあること。買ってすぐに本を読むことができるし、静かな環境から勉強も可能。勉強の鬼である御行からしても、なかなかに良い場所と言える。
しかし、彼は今この瞬間だけはこの場所を良い場所とは言えなかった。
「あれ? 白銀くんだ~。久しぶりだね!」
「えーっと、たしか四宮のところの。スミシー・A・ハーサカさんだったか」
「あっ、覚えててくれたんだ! 嬉しいな~」
「まぁ……」
(前回は四宮のことで頭がいっぱいだったが、彼女の名前何か引っかかるんだよな)
それが何なのかイマイチ思い出せない。あと少しで思い出させそうなのに。そのむず痒さを感じながら、御行はハーサカと話を続ける。
「前と印象が違うな」
「そりゃあ今はオフだもん。ずっと肩肘張ってたら疲れちゃうよ」
「はは、たしかにそうだよな。俺の友人も使用人は大変だって……ぁっ」
「どうしたの?」
「いや……」
(ハーサカって
今目の前にいるスミシー・A・ハーサカが、光上から聞いていたハーサカであったとするならば。今この瞬間はあまりよくない状況なのかもしれない。
頼むから違う人であってくれという願いをしながら、光上から聞いたハーサカの外見的特徴を思い出す。
北欧の特徴である金髪と澄んだ青い瞳。肩甲骨あたりまでの長さの髪。一部は短く三つ編みにしていて、性格は明るく距離感が近い。
(いやこの子そのハーサカっぽいぞ!?)
否定のための材料探しが、確定情報を集めているだけのものだった。
光上と御行はそれなりに話す中だ。2年生になってからは頻度こそ減ったが、1年生の頃は今よりも会って話すことが多かった。その話は勉強面であったり、相談事だったりと真面目な話が多かったのだが、雑談だってもちろんしていた。
その内の1つが、「気になる相手はいるか」というもの。これの話をしたときに、御行は光上に四宮のことをバレたのだが、反対に収穫もあった。
「気になる人か。いないわけじゃないけど」
「おっ、誰なんだ? 俺は言ったんだから教えてくれよ」
「お前の場合自滅じゃん……。まぁ……白銀なら教えるか」
「誓って他言はしない」
「そこは信用してるさ。……スミシー・A・ハーサカ。俺が気になってる人の名前だ」
「スミシー……その人この学園にいたか?」
「いない。少し前に機会があって知り合ったんだよ」
たしかそんな流れで聞いた。それを御行は今になって思い出す。あの光上が気になると言った相手。それはひと目見てみたいものだと思っていたのだが、実際にこうして会ってみると後ろめたさがある。
いや何もしていないというか、ただ出会っただけなのに。これもすぐに別れたら何も問題はないわけで。
「かぐや様から聞いてたけど、白銀くん本当に勉強熱心なんだね」
「ん? あぁまぁ……」
「それに比べて私は俗っぽいっていうか……。参考書の1つでも買えばよかった。恥ずかしいな~」
「いやそんなことはないと思うが。PCが好きなんですか?」
(って! 俺の方から話振ってどうする!)
だがしかし。御行にそんな対応は難しかった。ほぼ初対面に等しい相手にそれは失礼過ぎる。相手になんの落ち度もないのにそんなことはできない。他にも、ハーサカの話術によって誘導されているのもあるが。
「ノートパソコンが欲しいんだけど、どれがいいかわからなくて……」
ダウト。彼女はその手の分野の知識が豊富である。パソコンも仕事の合間に自作するし、シュシュやベレー帽も改造している。
「そうだ! こういうのって男の子の方が詳しいし、白銀くんが選んでよ!」
「いや俺も詳しくはないんだが……」
「それよりも私よりかはマシだし、ここはカフェがあるからちょっとだけ教えてほしいな」
「……まぁ、少しの間なら」
「やった!」
(いや何してんだ俺!? 何も良くないだろ!)
人は頼られることに弱い生き物である。教えるという立場はどうしても心地が良い。最近できないことが露見してきて、その度に藤原に教えこまれてる御行は、教える側になれる立場に飢えてきてたのかもしれない。
男女がカフェで2人きり。制服でのそれとなると、周囲からは「放課後デート」として映る。事実無根なわけで、御行には好きな人が別にいるのだから、これは全く当てはまらない。それなのに、友人の気になっている相手と2人になってしまっていることに、御行は何とも言えぬ罪悪感に襲われていた。
(いや落ち着け。こういう時こそ冷静にだ。光上からあまりハーサカさんの話を聞かないし、もしかしたらなかなか会えていないのかもしれない。それなら!)
この機会にハーサカのことを知り、それを光上に教えてあげる。御行はその方向で行くことにした。四宮回りでは世話になってばかりなのだ。ここらで借りの1つでも返していこう。
この時、相手が光上でよかったと御行は思っていた。もし、彼女に飢えている某クラスメイトが相手だったら「なんでお前がそこまで知ってんだよ!!」とか言われかねない。その点光上は安心だ。情報として取り入れてくれる。
カフェでコーヒーを注文し、ハーサカと席に着くまでの間にそこまでのことを決める。かと言ってガツガツいくのもおかしな話。今回は彼女の方から声をかけてきたのだ。それに答えていきながら、あくまで自然な流れで聞ける範囲を聞こう。
まずは彼女の制服について触れる。フィリス女学園の制服で、ハーサカはそこに通う2年生。つまり御行と同い年で、四宮家へはOBの紹介でバイトとして行っているのだとか。
「あれバイトなんだ……」
そんなバイトがあるか。それなりの富裕層ならそう思うだろう。しかし御行は富裕層の常識なんて知らない。そういうパターンの使用人もいるのかと納得している。バイトの経緯をOBの紹介と言っているのも大きい。
「バイト代が貯まったし、今までは親のパソコンだったけど自分のパソコンを買いたいなって思って」
(親思いのいい子じゃないか。わかる。負担はかけたくないよな)
御行はハーサカの話すことを鵜呑みしていた。今も「これは光上にとってもポイント高い話じゃないか?」と収穫のある話に内心喜んでいた。
ハーサカ側には、御行のことならそれなりに情報がある。その情報を元に、共感を得やすい話を作っておいた。嘘っぽさなんて演技で隠せるため、怪しまれることもないのだ。すべて計算づく。ハーサカは本気でプランを練っていた。
「パソコンでどんな事をしたいんだ?」
「レポート作成に使いたいけど……。あ! 動物の動画とかみたいかな! 子猫とかテレビで見ててかわいいっていつも思うし!」
「猫っていいよな」
「白銀くんも好きなんだ?」
「犬と猫なら断然
心の声が脆に出ていたことには動揺したが、変なことを言ってるわけでもないからそのまま続ける。将来猫を飼ってみたいとか、猫を飼う時に何が必要かとか話が脱線。一周回って2人で「猫はかわいい」という結論に至ったところで、パソコンの話へと戻っていく。
「動画を見るくらいならたいていのPCでできるはずだ。CDの読み込みとかなら変わるかもしれんが」
「なるほどね~。そこは気にしてないし、デザインとか軽さにしよっかな~」
「重たいと持ち運びに苦労するもんな」
「うん。持ち運びは楽にしたいよ~。教科書とかも全部電子版になればいいのに」
「そこは俺は紙媒体派だな」
その流れで書籍類は電子派か紙媒体派かの話に。御行は電子版のメリットを認めるものの、紙媒体で読む方が好きだということ、目が疲れないという点を推していた。ハーサカは持ち運び以外特に拘りはないようで、どっちもそれぞれいいよねってスタンスらしい。討論にはならなかった。
話は発展ではなく転化して、御行がハーサカの勉強を見る流れに。ハーサカの疑問点を御行が丁寧に教えていた。
(やっぱ教えるのって楽しいな)
最近味わっていなかった感覚に喜んでもいた。兄妹なら教えることがあるように思えるが、圭が反抗期であることと、1人で勉強できるがために教えることはない。光上もそれは教えながら実感していたことだ。
「ここまで理解してるなら教えることもないと思うが……。フィリスでもトップレベルじゃないか?」
「いやーいっぱいいっぱいだよ。1日10時間は勉強してるもん」
(10時間!? お前も
思わぬところで仲間を発見。その苦労について語り合いたい気持ちもあるが、ハーサカは女子だ。この道を進んでいることへの心配が勝る。
「それを続けていると健康に──」
「すぅ。すぅ……」
気遣いの言葉が届く前に、ハーサカは眠りについた。しかも寝顔を御行に見せるやり方で。
(これ光上には言えねぇぇ!!)
たいていの男子なら女子の寝顔はご褒美だろう。しかし御行は事情が異なる。彼女のこんな無防備な姿を見てしまったことに焦りしか感じない。
ハーサカが起きるまでの間、気持ちを落ち着かせるのも兼ねて読書を始める。時間は有効に使うのが御行だ。1分だろうと無駄にするようなことはしたくない。
そうして3時間経った頃、ハーサカは目を覚した。もちろん寝たフリではあったのだが、これも作戦の内。
「あれ? 私寝ちゃってた!? うわぁ……恥ずかしい……」
「一応起こそうとはしたんだが……」
「私のこと置いて帰っててもよかったのに」
「いや無防備な女の子を放っては帰れんだろ。勉強疲れは努力の証だ」
(仮にそんなことしたら光上がさすがに怒りそうなんだよな!)
「白銀くん……」
御行の心の中での叫びなど関係なく、ハーサカは恋に落ちたっぽい乙女の顔を浮かべる。その顔に動揺しない者など存在しない。たとえ好きな人がいようとも、小さな波紋ぐらいは心に発生する。
そして、告白というのは相手に本物だと思わせるほどに断られにくい。ハーサカは意図的にその状況を作り上げていた。
「ねぇ、白銀くん。試しに私と付き合ってみない?」
さらにここで概念を希薄化させる。「お試し」という言葉ほどハードルの低いものはない。初めてやるゲームだって、体験プレイのあるゲームがあればそっちに手が伸びる。体験授業も同じ、習い事もそう。「お試し」とは人の警戒を薄めるのだ。
「もちろん私たち知り合って間もないし、友達9割彼女1割って感じで。海外だとお試しデート期間があって、それでお互いを知ってから付き合うか決めるって言うし」
さらにここでハードルを下げにかかる。日本では珍しいことだろうとも、海外なら当たり前だというデータを示す。彼女の容姿と名前から、そっちの文化に慣れていると思わせることも可能。ハーサカは手を緩める気などサラサラなかった。四宮かぐやに男を落とせることを示すために。
「ごめん。俺好きな女の子がいるんだ。だから付き合えない」
「……そうですか」
「それに、君は俺よりも相応しい人がいるはずだから」
「……。あなたの恋が実ることを願ってます」
御行が言ったことには触れず、荷物を纏めて店を出る。ある程度歩いたところで、後ろから四宮に声をかけられた。
「ほれ見た事ですか~。会長はやっぱり手強いでしょう? 早坂に落とすことなんてできるわけ──」
「言ってないし」
「へ?」
「誰も1日で落とせるなんて言ってないし! そもそもかぐや様がやれって言うからやっただけだし! こんなのやりたくなかったし!」
悔しさの爆発。地団駄を踏んでまくし立てる早坂に、四宮も言葉を失った。本気で言ってることがわかるから。
「ご、ごめんなさい……」
だから謝るしかなかった。
「それに……」
「それに?」
さて、早坂の胸中には戸惑いもある。落としに行くこと自体は本気だったが、気持ちは遊び感覚。
それなのに、付き合ってみないかと聞いたその瞬間。胸に小さな痛みが走ったのはなぜなのか。
それを思い出し、今出そうになった言葉を寸前で留める。
「……かぐや様より迫れたことには変わりはありませんので」
「どういうことよ!」
時間がさらに流れて、御行は家の前で光上に電話していた。今日のことを報告していたのだ。内容を選んではいるが。
「とまぁ、わかったことはこんな所だな」
『ありがたいっちゃありがたいけど。四宮さんがいながら他の女子と数時間で仲良くなり過ぎじゃない?』
「んぐっ! その点は言わないでくれないか……!」
『俺はそこまで関係ないからいいけど。……白銀。お前から見てハーサカさんの印象はどうだった?』
「ふむ」
なんだかんだ気になるのか。光上にも思春期の男子らしいところがあるもんだ。そう思いながら御行は率直に印象を伝えていく。
「日本よりも海外での感覚が強いのだろう。距離感の近さもそれに由来してると見ている」
『そういうことじゃないんだが……。とりあえず白銀が隠したがってることについては触れないでおく』
「……はい」
(これ、バレてんじゃね?)
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