その話は瞬く間に秀知院学園の高等部の間に広まった。
誰からも一目置かれながらも、表向きには不動を保っていた男。光上晶が選挙管理委員会に臨時で参加。
この情報に誰もが浮き足立ったが、「入ったところで何かあるっけ?」と首を傾げる生徒が大多数だ。それもそうだろう。誰もがわかってるような駆け引きでは、裏工作とは言えない。多くの生徒は、表向きの活動とその人物への好感度から投票するだけ。見える苦労も攻防も、大変そうだなと漠然と思う程度だ。
せいぜい「光上が選挙管理委員会入ったなら、今年は真面目に演説聞かないとなぁ」ぐらいの認識である。あの時間を面倒に感じる生徒にとって、光上の参加は印象がマイナスにすらなる。あるいは「今年は何か変わるかもしれない」という期待か。
どちらにせよ、一般生徒たちはそれぐらいの認識なのだ。それと打って変わって、光上の参加に渋い顔をする生徒もいる。会長立候補者たちの裏工作を担当する者たちだ。そのうちの1人、四宮かぐやは己の侍従である早坂愛と、その事について校舎内のとある渡り廊下で話していた。
「あなたはどう見てるかしら?」
「どうとは? 漠然としてますね」
「所感でいいのよ。あなたの考えを話してちょうだい。彼のことについては、私より近い位置で見てきたでしょ」
「彼のあれが演技でなければ、ですけどね」
「彼ってそんなことするの?」
早坂のその懸念に、四宮は眉をひそめた。光上晶は偽ることを嫌う人間だ。思ったことは正直に伝えるし、他人の嘘に敏感な方だ。思惑を混ぜた会話をすると、その裏側も感知してくる。
とにかく、彼と接する時に嘘偽りを混ぜることはタブーとまで言える。反対に、精神的に弱っていて、言語化できないけど「わかってほしい」という思いがある人にとって、彼ほどの適任者もいないわけだが。
「誰に対してもフラット。敵を作らず、味方も作らない。それって、
「……見方を変えれば、誰に対しても偽ってる? けれど……」
「はい。文字を見る限りではそういう見方が可能ですが、実際に会っている私たちからすればそれは間違ってると感じます。彼が正直に接しているのは誰もが知ること」
「今まで考えてなかったけど、考えるほど面倒な人なのね。光上くんって」
「まったくですよ」
彼は勝手に距離感を調整して接してくれる。個別で、その人にあった距離を保つ。程よい距離の人間には、誰だって気楽に接することができるのだから。
相手のことは詳しく知らない。だけど話しやすいから友達のように感じられる。そんな絶妙な距離を保っているために、誰もが光上のことを考えない。表面的なことしか知らない。
現状では、そこを突破しているのが白銀御行のみで、知ったからこそそれを他言しない。
そこを恋愛のために突破したいのが白銀圭で、徐々に距離を詰めている。
そこを仕事のために突破したいのが早坂愛で、冷静に分析するほどにややこしく感じている。
「早坂が演技かを断定できないのなら、ひとまずそれは放置しましょうか。一番の問題は、彼が選挙管理委員会に入ったことよ」
「明らかに去年の選挙のせいなんですけどね。かぐや様張り切っちゃったから」
「し、仕方ないじゃない! 私だって初めは大人しく会長の手伝いだけをするつもりだったのよ?」
「今はもう会長じゃないですよ」
「すぐに会長になるからいいのよ!」
断じて名前を呼ぶのが恥ずかしいわけじゃない。
名字だと余所余所しいし、けど名前呼びだなんて。とか考えているわけじゃない。違うったら違う。
肝心の御行はみんなを名字で呼んでるんだから、余所余所しいも何もないのだが。早坂は揶揄うのが楽しいからそこを指摘しないでいる。
「話を戻すわよ。去年は、あの生意気……少し礼を欠いた先輩がいたじゃない?」
「何も誤魔化せてませんよ」
「あの人たちが会長の邪魔をしたりデマを流したり、さらには私や藤原さんを囲おうとしたから、仕方なく応戦しただけなのよ。これはむしろ正当防衛よ! 自分たちの身を守るためだったの!」
「たしかに仕掛けてきたのは向こうからでしたけど。かぐや様……問題はその応戦の結果、相手が自主退学したことですよ。ノイローゼとかやり過ぎでしょ。そりゃ光上さんが重い腰を上げますよ」
「そこは相手の覚悟が足りてなかっただけで、私の問題じゃないわ」
撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ。どこぞの世界一優しい嘘つきもそう言ってた。
つまり、四宮の言い分としては「やられたから防衛のために応戦した。これは正当防衛。攻防がエスカレートした結果、相手の度が過ぎてきたので、プチンときて本気で精神破壊にシフトチェンジした。それくらい耐えられる覚悟を持っていなかった相手に問題があり、そこまでのことをさせた相手の責任だ」ということになる。やり過ぎは正当防衛が成立しなくなるのだが、四宮家だから問題ない。
その言い分を光上が聞き入れないわけでもない。去年のことは光上も情報を精査して把握している。把握した上で、選挙管理委員会の抑止力としての働きが足りていないと判断したわけだ。
「そもそも、相手陣営の足を引っ張る行為なんて弱者のすることよ」
「かぐや様は違うと?」
「もちろん。四宮家の人間がそんなみみっちいこと……あの無能はさておいて、するわけないじゃない」
「これだからこの家族は」
「なんにせよ。将を射んとする者はまず馬を射よ、なんてことはしないわ。馬を射る労力なんて使わない。初めから将を射ればいいだけ」
今年は去年のような攻防なんてしない。仕掛けるなら初めから立候補者を潰しに行く。それが四宮かぐやが今年やろうとしていることだ。
「そう簡単にいきますかね」
「光上くんのこと?」
「はい。知ってますか? 彼、今回は
「…………はい?」
四宮は知らないことだった。なんなら光上との決着を、合法的に、お家関係なく着けられそうだと思っていたくらいだ。実は少し楽しみだったりしてた。四宮から見て彼は存分に殴り会える数少ない相手だから。
しかし、ここで早坂からまさかの情報が飛び出した。好戦的な笑みを浮かべていた四宮が固まる。
「光上さん。白銀元会長が会長になったら、新生徒会の庶務になるんです」
「ええぇぇぇぇ!? 私聞いてないわよ!? というか待って!! 会長私より先に光上くんに声かけてたの!? なんで私にはまだ言ってくれてないの!?」
驚愕からの
さっきまでの四宮家らしい顔はどこへやら。「氷の四宮かぐや」は引っ込み、「アホのかぐやちゃん」の比率が上がった。足元の床を何度も蹴りつける。今日の嫉妬の発散先は床のようだ。脳内では氷のかぐや姫もハンカチを引きちぎっている。
「かぐや様。これ相当キツイ手を打たれましたね」
「会長は私よりあの男の方が? 同性愛者って説はまだ生きていたっていうの? でも会長が私に惚れてるのは間違いないんだから。全員消せば会長の目に映る人間は私だけよね」
「さらっとアダムとイヴにならないでください。子どもたくさん産むつもりですか」
「会長は9人お望みよ! 私三つ子までなら耐えられると思うの!」
「3×3とか考えないでくださいよ。誰でも身体持たないですから」
「名前を考えるのも大変ね。でもちゃんと1人1人意味を込めて決めてあげたいわね」
「そうですねー」
アホになった上に暴走し始めた。これを止めるための手段はいったい何があったか。それよりも面倒だなって気持ちが強くなっている。この人このまま放置したい。
放置したいけれども、そうするわけにもいかないのがこの仕事の面倒なところ。馬鹿につける薬はない。
(……劇薬なら?)
1つの手段を思いついた。これなら正常な思考に戻ってくれるはず。
「あ、藤原さん」
「っ!? どこ!? 今の話聞かれてない!?」
「嘘です。安心してください聞かれてないです」
「そ、そう。それならよかったわ……」
「私呼ばれました?」
「ひゃあぁっ!?」
対象F出現。
安心した四宮の背後から出現した。これには早坂も驚いたものの、さっきまでの会話の内容から、藤原のセンサーに引っかかってもおかしくはないのかと分析する。生々しいのはあまり引っかからないはずなのに。他で恋愛話がなかったのだろうか。
「お二人は何の話されてたんですか?」
「ええっと……」
「白銀くんが光上くんを生徒会に誘ったって話だし~。元副会長の四宮さんなら何か聞いてるのかな~って気になったんだよね~」
「あ~! その話でしたか! たしかにびっくりですよね!」
「え、藤原さんも知ってたんですか!?」
「かぐやさんは知らなかったんですか?」
「うそ……私……何も聞いてな……」
「あ、でも私は圭ちゃんから聞いたので! かぐやさんが知らないのも仕方ないですよ~!」
(圭からも聞いてないわよ……。なんで藤原さんが……!)
それは親しみ度合いの違いなのだが、そこまで指摘しては死体蹴りになってしまう。真相としては、圭が四宮への連絡を緊張してできないだけなのだ。
四宮に追加ダメージが入りはしたが、話を光上の方へ戻すことは成功した。圭から話を聞いたという藤原が混ざったことで、むしろさらなる情報が入るかもしれない。
「藤原ちゃんは圭から何聞いたの? ウチは生徒会に入ってなかったからかな、連絡来てないし」
「私もそこまでですよ? みゆきくんが立候補するってことを話して、その流れで光上くんを勧誘するって言ってたそうなんです」
「そういう流れなんだ~」
「ご家族で学校の話をして、それでちょうど生徒会の話になったみたいですね。みゆきくんの中では、既に新メンバーの構想が出来上がってるみたいですね!」
「さすが元会長だし」
「私まだ声かけてもらってないんですけどね!」
この情報にパッと顔を明るくした四宮が、藤原の手を取ってその事について話し始める。旧メンバーよりも先に新メンバーに声をかけるのはどういうことか。これではまるで女を使い捨てる男のようじゃないか。
乙女たちの嫉妬はヒートアップ。
御行の風評被害が
思考を捨てた早坂
「それなら白銀くんに直接抗議したらいいと思うし」
「なっ! そんなことできるわけ──」
「それもそうですね! 行きましょうかぐやさん!」
「えぇっ!? ちょっ、藤原さん!」
四宮の手を掴んで藤原は走り去っていく。まず御行がどこにいるのか把握しているのだろうか。きっとしていない。手当り次第に探すのだろう。校内中を走り回る羽目になる主人に合掌。ギャルモードからお仕事モードへと思考を切り替える。
「白銀さんが誘った。光上さんはそれを受けた。かぐや様は副会長の枠に収まるでしょうし……。どうやら光上さんは本気で裏工作の封鎖に乗り出したようですね」
白銀御行と光上晶は友人だ。光上と四宮が激突すれば、一番苦しむのは他でもない御行。光上も四宮もそれを踏まえてぶつかるようなことはしない。つまり、四宮は直接的に行動することができない。本気で動く光上の嗅覚は侮れない。
「私はかぐや様のようなことはできませんし」
相手の精神を揺るがす。あくまでも
それを考えうる限り最適の形で塞ぎに来られた。早坂が代わりを務められない役割だ。尤も、よっぽど余計な出来事が起きない限り、白銀御行の人気は崩れない。敗北はありえない。その牙城を崩せる手段を、他の候補者は持っていないのだから。
直前の生徒会長という立場。それをこなしてみせた御行の実績は誰もが知っていて、誰にとっても新しい記憶だ。1年間やり切ったという事実。生徒たちの認識にも「白銀御行は会長に相応しい」と刷り込まれている。
光上を警戒する必要はあるものの、彼は抑止力としてそこにいるだけ。止めるまでが仕事。不安要素にはなり得ない。
「むしろ、不安要素は白銀元会長と、あなたですよ。かぐや様」
御行を確実に勝たせるための裏工作。今回は四宮がお願いしての出馬。四宮は何がなんでも御行を会長にさせる。裏工作をしなくても勝てる戦いなのに、主人はそれをしてしまうだろう。
その焦りが虎の子を起こさないことを願うばかりだ。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行