競争するときの必勝法は何か。相手よりも速く、相手よりも効率的に進む手段か。
違う。競争相手を全員消すことだ。相手を土俵から落とせば独り勝ち。同じ土俵に立たせなければいい。
四宮家は、それを悪としない。その上で、それに頼るだけの行動もしない。同じ土俵に立ってくる者が相手でも、真正面から叩きのめせる強さを兼ね備えている。
相手を落とす過程は、言わばふるいだ。それにかけることで、相手をするに値する存在かを確かめる。もちろんそれは生易しいふるいではない。生半可な者はそれに耐えられない。
(本郷さんも、そちら側ですね)
四宮は確信していた。本郷もまた、それに耐えられない人間だと。
たしかに一定の人望はある。ある程度のカリスマも備えている。しかしそれが、全員の代表になれるものかと言えばそうじゃない。
この秀知院学園の生徒会の会長としては、歴代の面々に劣る。
(多少まいてはいますが、予定通り落とせそうです)
四宮は交渉してるだけ。こういうのもありますよと提案してるだけ。相手の人格を事細かに分析し、有効な手を打ってるだけ。体感としては、蛇がゆっくりと巻き付いてくるような恐怖か。圧による締め付けの光上とは違うタイプ。四宮家の子供の中でも、これはかぐやだけが与えられる恐怖だ。男女による違いなのだろうか。
あと一歩で相手を消せる。
その確信とともに、口を開こうとしたところでドアをノックされた。それも大きめに。
それによってこれまで作っていた空気が消されていく。本郷の緊張も幾分か解けた。
「生徒会役員じゃないのにここを使うのはどうなのかな」
ゆっくり振り返ると、そこにはやはり光上が立っていた。
(早坂は何をしてるのかしら)
多少の苛立ちを覚える。もう少しで対抗馬を消せたというのに。光上の姿を見たことで、本郷の精神状態も回復した。これも光上のこれまでの積み重ねによる効果か。
「本郷さんと次期生徒会について話し合ってまして、それならこの場を使った方がより考えられますから」
「それが妨害でなければ邪魔しなかったんだけどね。本郷、そろそろ選挙活動再開したほうがいいんじゃないか? 時間は足りないんだから」
「そ、そうだな。ごめん四宮さん。俺はここで失礼するよ」
「ええ。本郷さん、考えておいてくださいね」
実に綺麗な笑顔。それがより本郷に恐怖を植え付ける。しかし出入り口に光上がいるわけで、すれ違いざまに光上は声をかけていた。出馬を取り下げさせられるかは五分五分だろう。
「四宮さん、こういうことする必要あるの? はっきり言って、白銀の勝利はよっぽどのことがない限り揺るがないのに」
「そのもしもを見逃す理由がありますか? 確率を上げるために手を打つ。当然のことでしょう」
嘘も誤魔化しも通用しない。目的の相手もいなくなったし、ぶつかる理由もないのだが。光上という人間をこの際に探ってみるのも悪くない。
「私が頼んだことで会長に立候補してくれたから」という部分だけは、勘づかれないように気をつけながら。それ以外の部分なら本音で語るのもやむなし。
「そういう光上くんこそ、私を止める必要があるのですか?」
「会長という立場に挑もうとする人の邪魔は見逃せない」
「それはあなたの
「それはどうかな。選挙管理委員会に入ったのは、向こう側から頼まれたからだ。臨時で入るのは例外措置。そんなものを俺から持ちかけるわけない」
「その例外を呑んだことはあなたの意志のはずです。あなたらしくないと感じますが、承諾したのも去年のことを忘れられないから。違いますか?」
違わない。四宮の予測は当たっている。去年の結果に文句なんてつけない。御行本人は堂々と立ち振る舞った。それに生徒たちが応えて当選した。そこは事実なのだから。
ただ、その影を見逃せないだけで。揉み消された何かを見逃せないだけ。そこに光上が納得できていない。だから、今年はそんなことをさせない。
「中立を保つのがあなたのお家のやり方。今あなたがやっているのは敵対行為ですよ」
「中立を保つのは、周りを均等に見るため。パワーバランスを整えることが優先される」
「地力の差はそこに含まないのですね」
「そこも本人の力量だからな。スタート地点で差がついていても、それはこれまでの行動に起因すること。介入するべきはそこじゃなくて、そこから相手を後ろに下げようとする行為だけ」
「なるほど……。融通が利かない人ですこと」
基本的に干渉しない。だから周囲を見られる。細かに観察し、その視野を広げ、より多くを見る。警戒すべき箇所も、事の前触れもいち早く感知できるように。
高め合いになるのなら放置する。学園という箱庭にいるからこそ、成長は何よりも優先されるべき事象。
妨害ならそこに止めに入る。それは成長を妨げるものであり、本来なら学園内で推奨されるものではない。
「結局、あなたも私と同類じゃないですか。自分の思い通りにするために手を打つ。最悪の場合手段なんて選ばない」
「能動的か受動的かで大きく変わると思うがな」
「あなたが受動的と? 早坂を退けておいてよく言えますね」
「……」
「早坂が取れる手段も限られています。大方、この件を見抜かれていることを前提に動いたはず。衝突を避けるやり方で」
実際に早坂の取った手段は、光上と雑談することだった。彼と何気ない話をするだけ。その時間を楽しむ。それが一番効果的だとわかった上で。
それを終わらせてここに来たのは光上だ。本人の意志だ。
「あなたは彼女のその気配りを振り切ってここに来た。どんな手段かは知りませんが、あまり褒められたものではないでしょう。それのどこが受動的だと?」
「……視点の違いだな。切り取り方1つで印象を変えてくるマスメディアと同じだ」
四宮が動いたから光上も動くことにした。早坂をけしかけてきたからそれを振り切った。そう考えれば受動的と言える。
2人とも主張を取り下げるわけもない。平行線を辿るだけ。その点で見ても、相手にしたくないタイプだ。決着がつくまでに相当時間がかかる。だから四宮は、そこを流すことにして感じたことを率直に口にした。
「私の目からしても、そうとう面倒な人ですよ。光上くん」
「そこは素直に受け止めとく。他者視点ってのはありがたいから」
「その生き方が、
「四宮さんからはそう見えるのか」
光上は意外そうに反応した。四宮からの人物像の評価を真摯に受け止めている。普通なら反感を買いそうなことなのに、光上はアドバイスとして受け取っていた。その様子に四宮は訝しむ。
それも仕方ない。今まで光上晶という人間を正しく認知したことはなかった。お互いの家のこともあり、面倒事を避けたいという双方の考えから、不干渉を貫いてきた。そのために、光上晶がどういう人間なのか、正しく真っ直ぐと見ていなかったように思える。
「ここに来た目的ももう達成してるし、他に話すことないなら退室するが?」
「自分勝手な人」
「四宮さんには言われたくないな。あーそうだ。早坂を怒らないでやってくれ」
「……そう。考えておきます」
「ん。四宮さん、次はない」
「私がそれを聞くとでも?」
牽制なんて意味がない。四宮家の人間を本気で止めたいのなら、それ相応の覚悟をして立ちはだからないといけない。次のターゲットは決まってるし、光上もそれを察してる。
挑発的な視線を向ける四宮を、しかし光上は力の抜ける笑みで返すだけ。これには四宮も毒気を抜かれた。
「伊井野さんを甘く見ないほうがいい」
「あら、彼女を買っているのですか?」
「あの子、見たとおりの頑張り屋だから」
「それ理由になってるかしら……」
なんでこういうところは甘いのだろう。それでよくこちら側に足を突っ込んで来られるなとか思ってしまう。呆れを通り越して感心しそうだ。
生徒会室から出ようとした光上が足を止めて振り返る。何か警戒している様子もなく、ぼんやりと会長の席を見ているだけ。四宮も首を傾げてどうしたのかと聞く。
「いや……。ここが居場所になってたんだなって」
「っ、なんの話ですか」
一瞬ドキッとする。御行と合法的にナチュラルに会える場所。四宮は生徒会という場所をそういう目で見ている部分もある。それがバレたのかと焦るが、下手な反応は墓穴を掘るだけ。努めてそれを隠す。
「みんなが集まれる場所。生徒会メンバーってある意味他とズレてる人たちだったし。ここがそれを補う場所になるんだなって思っただけ」
「あなたもそこの仲間入りすると、その失礼な分類に入るわけですが」
「それは嫌な括りだな」
「本当に失礼ね!」
「言い換えたらなんだろ……。愛の巣?」
「どうやったらそうなるの!」
(そんなの私と会長が付き合ってるみたいじゃないですか! 事実無根もいいところですよ! ……これ、会長に切り出せるカードになるかしら)
四宮の思惑をよそに、なかなかいい表現ができないことに悩む光上。その悩みもそこそこに、早坂か圭にでも相談しようと決めて退室するのだった。圭にその話題を相談するのはよろしくないのだが。
結果から言えば、生徒会長に選ばれたのは白銀御行だった。前年の実績を提示した四宮の応援演説は、王道だからこそ確かな効果を発揮したようだ。それをひっくり返しかねない事態にはなったが。
選挙管理委員会は手を打っていた。毎年真面目に聞かない生徒が多いことを問題視し、どうすれば皆が話を聞くか会議。今年の立候補者も交え、案を出し合い、話し合いを重ねた結果討論を導入することに決定。立候補者が政策を発表し、他の2人がそれについて意見をぶつけていく。政策の細かな点も聞けるため、投票時に大きな参考となるのだ。
そのやり方を本番にサプライズで行った。知っていたのは選挙管理委員会と立候補者の3人のみ。応援演説を行う人にも知らせるべきでは、という意見も出たのだが、支障が出ないと判断して伏せることになった。隠された本音は、「それでまた裏工作されては対応が間に合わなくなる」というものではあった。
「光上先輩……、ありがとうございました!」
「お礼は他の委員会の人と、君を支えてくれてる大仏さんに言ってあげて」
「もちろんです! ですが、司会進行を光上先輩がしてくださっていたのも、私には支えになったので」
「あはは、そう言われると照れくさいけどね。助けになれたのならよかった」
過去の失敗の連続から、伊井野は人前で話すことが苦手になっていた。それを克服できたとはまだ言えないが、司会進行を務めた光上のフォローと、御行と本郷の援護によりしっかりと政策を主張できた。どれだけ学園のことを考えていたのかも、同年代の1年生を始め、多くの生徒の心を打ったのは間違いない。
それでも勝てなかったわけだが。やはり厳しい政策が足を引っ張った要因か。
負けたことは悔しい。しかし、それはそれとしてお礼をちゃんと順番に言っていく。伊井野ミコという少女の性根の良さがよく表れていた。
「今回は随分と似合わないことばかりしましたね」
光上から伊井野が離れたところで、早坂がやってきた。前日の件もあり、光上は顔を合わせづらいなとか思っていたので、早坂から来てくれて助かっている。
「司会進行までやるとは思いませんでした。それも、伊井野さんのためですか?」
「どうだろ。俺じゃなくてもあの役はできた。選挙管理委員会の人たちは優秀だからね」
「自分から選んだのですか」
「うん。出しゃばっちゃった」
「……こちらへ来てください」
「え?」
早坂に手をグイッと引っ張られ、人がいない方へと連れられていく。前日のことがあるだけに、光上は警戒心を高めていった。
しかしそれは杞憂に終わる。誰もいない場所まで来たら、そこにあるベンチに腰掛ける。早坂の手を首に回され、そのまま強引に体を横にさせられた。頭に感じるのは、彼女の柔らかな太腿。
「は、早坂……?」
「臨時なのに、一番動き回っていたそうですね」
裏方だけでなく、表側も手伝っていた。慣れないことは疲れるもので、少しずつだけ蓄積したのも事実。こうして体を横にしてしまうと、それを感じて体が怠くなる。選挙管理委員会が一番疲れる仕事は、選挙当日に速攻で集計して張り出すという作業なのだ。
光上は彼女の方を見ようとするも、手で抑えられるせいでそれができない。渋々諦めた光上は大人しくなり、そんな彼の視界を彼女の手がそっと塞ぐ。
「圭が心配していましたよ。光上さんの疲れが溜まってるって」
「あの子に見抜かれ過ぎて少し怖くなってきたんだが……」
「乙女を侮らないことですね」
乙女。あえてそう言ったのは、自分の任務の障害になるから。圭より先に光上を落とす必要がある。圭を援護できたら、乙女の前に「恋する」をつけたかもしれない。
彼にはちゃんと休んでもらおう。この先、どれだけ休む時間があるかはわからないのだから。
「なぁ早坂」
「この前のことを謝るつもりでしたら、お詫びをいただかないと許せませんね」
「ぐっ……。そのお詫びって?」
気にしていたことを先読みされて呻く。そんなに単純だろうかと自分に若干自信を無くしつつ、お詫びの内容を聞いた。
「そうですね。言うことを1つ聞いてもらう。この辺りが定番ですね」
「そんな定番は知らんけど、それでいいならそうする」
「あっさり引き受けるんですね」
「お詫びなわけだしな」
「では、内容は後日お伝えします」
「考えてなかったのか」
「私の休みがいつになるかも分かりませんからね」
ブラックだなぁと呟く彼の言葉を流す。もうそれには慣れたのだし、思うところはあっても楽しめる時間があるのも事実。なんとかやっていけちゃうと、人間それを耐えてしまえるらしい。
どんなお願いにしようかなと考えつつ、今の表情が見られないように彼の視界を塞ぐ手に力を入れた。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行