愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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 2話目(第1話裏だけど)でこんなに読まれるのは初めての経験です。
 みなさんありがとうございます! 今後ともよろしくお願いします!


第2話

 

 白銀圭には好きな人がいる。彼との出会いはまったくの偶然。ランニングコースの変更を検討し、視察がてら走ってみたら見事に迷子になり体力が尽きて身動きが取れなくなっていた光上を、新聞配達を終えて帰路についていた圭が発見したのだ。

 その後にいろいろとあったものの、御行と仲がいいと知った時は一瞬表情が能面になっていた。反抗期って本当なんだなってその時に光上は実感したのだという。

 

 それはさておき、圭にとってのもっぱらの悩みの種が光上である。どこかの会長と副会長みたく、"どちらが相手に告らせるか"という勝負も始まらないし、絶対に向こうから告白してほしいという願望も今のところはない。そこまでのことはまだ考えられない。

 

 彼女の悩みは、「いつもすっぴんでいること」である。

 

 より正確に言うと、()()()()()()()にいつもすっぴんでいることなのだ。

 もちろんお洒落をしたいという欲がある。好きな人と会うのだからその欲は強くもなる。だが彼女たちはいつも早朝に会う。圭が新聞配達してる時に会うし、真面目にテキパキとこなすためには、それなりに自転車をこぎ、時には走らないといけない。つまり、化粧をしていたら終わった時にはその化粧が崩れている危険性が高いのだ。

 

(そんな醜態なんて晒したくない。でも……お洒落はしたい)

 

 恋する乙女。好きな人にはより良い自分を見せたくなる。

 

(すっぴんのこと……悪く思われてたら嫌だな)

 

 それまでは特に気にしていなかった。彼を好きになった日からは、自分がすっぴんで会っていることを気にするようになった。

 とはいえ彼女はまだ中学生。彼女も周りも化粧をしている生徒は珍しい方だ。その点を考慮すれば安心はできる。自分がおかしいなんてことはない。

 だが、光上が通っているのは高等部だ。高等部ともなれば化粧に興味を持ち、実際に軽くメイクをして通学する人もいる。2年生である光上もその環境に慣れているだろう。

 

(化粧してる人と比べられたら勝てっこないよ……)

 

 自分の部屋の中で、机に置いてある鏡を見ながら髪を整える。今日もまた新聞配達のバイトがある。今日も光上と会うのは確定事項だ。

 光上のことは圭だって可能な限り情報収集している。目立つようなことはあまりしていないが、理事長の息子という立場。まだ情報が集まりやすい。

 

 ただし、集めた情報すべてが信じられるという内容でもない。いくつかはデマなんじゃないかと圭は考えてる。

 

 曰く、友達がいない。

 

(そんなことはない。素敵な人だもの)

 ニアピンだ。友達は君のお兄さんだけだ。

 

 曰く、授業中に寝ながら内容を理解している。

 

(ありえない。授業中に寝るような人じゃない)

 半分当たっている。耳が痛い。正確には意識が半覚醒なのだよ。

 

 曰く、陰の番長をしている。

 

(これも尾ひれがつき過ぎ。人を欺くことは嫌いって言ってたから、そんな裏の人間みたいなことしない)

 当たらずとも遠からず。一部の人がそう思っているだけのこと。

 

 曰く、白銀御行が好き

 

(ぜぇぇっっったいにない!! ……ないよね?)

 唯一の友人というだけだ。そこから発展したらそのもしもは起こり得るが、現状その心配はない。

 

 

 噂というものは、嘘と本当が混ざり合うことで効果的に広がる。『もしかしたらあり得る』なんてものは話題性が高い話だ。だからこそ、圭が集められる情報もそういったものが多くなり、100%信じられる話がなかなかない。

 御行に聞けばおそらく一発で分かるだろう。そんなことをするつもりなど毛頭ないため、情報収集の進捗が芳しくないのだが。

 

 ならば圭が交流を持つ先輩。藤原千花に聞いたらどうなのか。より正確な情報が集まるのではないか。

 そう思ったこともあった。

 

『光上くん? 全然知らないや! ごめんね~!』

 

 頼りないなこの人。

 率直にそんなことを思ってしまったことを、圭はよく覚えている。

 

「3歳差、か」

 

 3歳差。大人にとっては大して気にすることでもないだろう。大学生でも、4年生と1年生が3歳差だ。そこでの交流は珍しいだろうし、交際も珍しいだろう。だが、ありえない話ではない。

 だが高校生以外は違う。高校3年生だろうと、3歳年下の相手は中学3年生。属する場所が違う。たったそれだけのことなのに、犯罪チックな匂いが発生するのだ。

 

「あ、そろそろ出なきゃ!」

 

 ふと時計を見ると家を出る時間が迫っていた。幸いにも考え事をしながらでも髪は整え終わってる。着替えも食事も済んでる。家を出る前にコップ1杯分の水分を補給し、口にリップクリームを塗る。

 

「行ってきます」

 

 誰に向けたわけでもなく、習慣づいてるそれを言う。返事は聞こえてこない。父は間違いなく寝ているし、兄もおそらくはまだ寝てるのだろう。別にそれをどうとも思わない。兄がいつも夜遅くまで勉強していることは知ってるのだから。

 玄関のドアを開ける。この時間は肌寒い。夏だったら涼しく感じるだろうけども、夏まではまだ少し期間がある。

 

「おはよう白銀さん」

「!? お、おはようございます。すみませんお待たせしてしまって!」

「いやいや待ってないよ。さっきそこの自販機で飲み物買ったばかりだし」

 

 前髪を気にしながら出てきたところを見られただろうか。声をかけられた瞬間ドキッとした。鼓動が早まり胸の音が煩く感じる。若干の焦りもある。

 それでも、待たせたということはないのだろう。彼は優しい嘘ですら言わないのだから。彼が自販機で買ったのはスポーツドリンク。それが2本あって、そのうちの1本を渡される。ヒヤッとしていた。ついさっきまで自販機の中で冷やされていたものだ。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ行こっか」

「はい」

 

 時間に多少の余裕はあるものの、立ち止まってゆっくり話せるわけでもない。早めに着いたら早速始めてもいいし、すぐに終われば学校に行くまでの時間が増やせる。そうすれば、光上と話せる時間も増やせるわけだ。

 そこに気づいて圭がやる気を出し始める。その想いに気づいていない光上は、仕事熱心な子だなと少しズレたことを思っている。せめてもの救いは、それが光上にとって好印象なことか。

 

 2人並んで歩くも、話題はいつも光上から提供される。黙って歩くこともしばしばあり、その時間も嫌な気はしない。

 だけれども、圭だって光上と話したいことはある。聞きたいことがある。

 光上の情報を収集していて気づいたのは、彼の話を噂話でしか聞けないことだ。彼の好きなものが何か、得意分野は何か。そういったことですら情報が入ってこない。結局本人に聞くしかない。

 

 そう思ってから早1ヶ月。圭は未だに聞き出せていなかった。

 

(変な子って思われたりしないかな)

 

 そんな不安が付き纏うのだ。彼女は自己分析がそれなりにできている。だから自分の気持ちも認めて受け止めている。それ故に自分で断言できるのだ。

 

 『一度質問したら矢継ぎ早に次々と聞いてしまうことを』

 

 初めはそんな拗らせることもなかった。ふと気になっただけだった。なかなか自分から聞き出せないことが災いし、その『ふと気になった』が積み重なる。その結果聞きたいことが膨らみ過ぎているのだ。

 

「あ、あの光上さん」

「どうしたの?」

 

 それでも彼女は一歩を踏み出せる。それも反抗期のおかげ。高等部の話を聞いたとき、「最近は会長と副会長が付き合ってるんじゃないかという噂が広がってるよ」と知った。根も葉もない噂だけどねと切られたことで、それが事実無根であると圭の中で処理されたわけだが、「会長はきっと恋したら奥手だろうね」と言われたことが引っかかっている。

 

(私はそんなことにはならない)

 

 そう思ってから1ヶ月と10数日。いざ自分がその立場になったら悶々としている現状。兄みたいにはならないと何度も言い聞かせ、1ヶ月経ってようやく圭は切り出そうとしている。

 

「好きなことって、なんですか?」

 

 言った。言えた。言えてしまった。

 緊張からか。目を強く瞑りぎゅっと握り拳を作っている。

 そんな表面とは裏腹に、圭の胸の内ではすでに歓喜の宴が始まっていた。レッツパァリィである。

 まだ質問できただけなのに。

 

「んー、あんまり考えたことなかったな」

 

 必要なことばかりしてきた。それが好きかどうかは二の次で。

 そんな自分の過去を振り返り、逆に考えるとあっさり答えが見つかる。

 

()()()()()()を過ごすことが、好きなことかな」

「えっ」

 

 必要なことばかりする。それは不必要ことをしないという言い方に変わるのだが、光上は必要なことを優先するだけであって、その不必要なこともする。そしてその時間を楽しめてると自覚している。

 だから、そのままそれが好きなことだと言えると思ったのだ。

 

 彼女の中ではそんな風には処理されない。当然だ。彼女は彼のことをそこまで知ってるわけじゃない。圧倒的に知らないことの方が多い。

 だから「こういう時間が好き」=「白銀圭と過ごす時間が好き」に処理されてしまうのだ。

 ぼんっとマジックみたく圭の顔が真っ赤に染まる。熱くなった顔をパタパタと手で扇ぐも特に効果はない。脳がすべて妄想へとフル回転してるせいだ。

 

(これは告白されたってことでいいのかな。そんな、心の準備なんてまだ……。で、でも、お返事しなきゃ……)

 

 手で扇いでいても効果がない。真っ赤に染まった顔を見られるのも恥ずかしい。両手で顔を隠し、チラッと指の隙間から光上の様子を覗う。いつもの3倍カッコよく見えた。耐えられずにすぐに視線を逸らす。

 

(い、言えない……! 恥ずかしいよ……。光上さんは言ってくれたのに!)

 

 恋する乙女。真相は残酷なことに違うのだ。

 

 誤解を招く発言。本当に人間関係調整できてるのかお前と言われるレベルの失態。

 そんなことになるのは、彼の調整の計算式に恋愛感情が含まれないせいだ。彼自身に恋愛経験がないことも要因。圭の気持ちに気づけていないのも要因だ。

 

 その真相にたどり着けるわけもなく、彼女が葛藤している間に営業所に着く。ここに来れば彼女も切り替えができて、一旦返事のことを頭の隅に退けておく。配達分の新聞を受け取り、自転車に跨って出発。彼のランニングもスタートする。

 

「ペースはこれくらいでも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 

 今日はいつもより自転車をこぐペースが早くなってる。彼女はそれを自覚し、走っている光上のことを気にかけた。

 初めて会った時のことは忘れようもないし、それがきっかけで光上のことも少しだけ知った。彼の毎朝のランニングは体力作りが目的。ではなぜその目的が生まれたのか。

 

 それは体の弱さに起因する。小学生の頃は簡単に体調を崩した。その分休むことが多く、成績もあまりよくなかった。中等部に上がってからは、多少マシになったものの、やはりまだ体は弱かった。どうしたものかと考えた結果、早朝にランニングを始めることにしたのだ。

 それが継続したおかけで、去年は精勤賞である。良い変化だ。

 圭はそれを聞いたからこそ、ペースアップしてることに一抹の不安を抱いた。

 

「体力にそこそこの自信もついてきたからね。これくらいなら大丈夫」

「安心しました。しんどくなったら言ってくださいね」

「わかった」

「本当に言ってくださいね。変な意地は張らないでくださいよ?」

「い、イエスマム」

 

 さらっと心のうちを読まれたことに頬を引きつらせた。女子は時折とんでもなく鋭くなる。圭のように純粋な子が相手だと、そのことが頭から抜け落ちてしまうこともしばしば。

 この時、圭は見抜いていたわけではない。ただただ純粋に心配だったから、もしものことがないように念押ししただけである。その結果、光上もそうやって意地を張ることあるんだなって棚ぼたで知っただけだ。

 知らない一面が垣間見えたことに、圭の鼓動が早くなる。

 

「さ、今日も頑張ろうか」

「はい!」

 

 早まる鼓動のせいにして、いつもより早いペースで配達を終える。それについていった彼も息を切らし、いつもは報告を終えるのを立って待つところを、今日は花壇に腰掛けていた。

 

「す、すみません」

「ん? いやいや。白銀さんが謝る理由なんてないよ。体力作りだって、さらに向上させようと思ったら次のステップにいくものだしね」

 

 報告を終えて外に出てきた彼女と軽く話す。今日もまたタオルを受け取り、お礼を言ってから汗を拭う。いつもより汗をかいており、彼のその姿を見ていると圭には何やらグッとくるものがあった。

 

「さてと、ここにいるのもなんだし、帰ろっか」

「え……」

「白銀さんの家の近くで話でもしよう。家の近くのほうが何かと安心だし。どうかな?」

「したいです。お話」

 

 即答だった。

 空いた時間は彼と過ごす時間に使いたい。その気持ちを偶然にも先回りされ、彼女の要望が「相手から誘われる」という形で叶う。

 バイトの疲れもどこへやら。羽毛が舞うように軽やかな足取りで、彼女は彼の横を歩く。そんな彼女の様子を見て、店長さんに褒めてもらえたのかなと、的はずれなことで勝手に納得した。

 

 せっかくの空いた時間。何を話そうかなと考えて、彼女はすぐに気づいたことがあった。

 自分が勘違いしている可能性──などではなく。まだ1つしか質問してないことに。

 

「光上さんってなんで生徒会に入らなかったんですか?」

「へ? 急にどうしたの?」

 

 だから真っ先にこれを聞いた。前から気になっていたことを。

 そんな質問をされるとも思っておらず、彼はきょとんと圭を見つめる。

 

「いえ。兄と仲がいいのでしたら、生徒会に入っていてもおかしくないと思ったので」

「あ~、なるほどね」

 

 生徒会長は立候補制であり、生徒たちからの投票によって決まる。しかし、会長以外の役職は会長からの推薦制だ。多くの場合ふたつ返事で了承するだろう。なにせ自分から声をかけるとなった場合、たいていは仲がいい人が声をかけられるのだから。

 御行と光上は、御行が入学してからの付き合いだ。正式に接点を持った時期を考慮すれば、現生徒会メンバーよりも数ヶ月長い付き合いになる。

 生徒会に入らないかと声をかけられない方がおかしい。

 

「はっ! 兄が何か失礼なことを……」

「あはは、それはないよ。失礼なことって言ったら、むしろ俺がしたのかな」

「へ? そうなんですか?」

 

 まったくそんなイメージが湧いてこない。きれいな瞳がありありとそれを物語り、彼はそれを読み取って苦笑する。

 

「失礼なことっていうのは、生徒会の誘いを断ったことだよ」

「断ったんですか!? それはなぜですか? やはり兄が何か」

「もう少しお兄さんを信用してあげて!?」

 

 もちろん一定の信用はある。ただし、それを遥かに凌ぐほどに光上への評価が高いだけだ。

 

「そうじゃなくて。俺は生徒会に向いてないと思ったんだよ」

「そんなことはないと思いますけど」

「将来のことを考えたらね。たしかに生徒会に入っといた方がよかったと思うよ。この学園の生徒会でしか得られない経験があるし、それは俺の場合特に重要だ」

「でしたら──」

「それでもね。君のお兄さんを見てると、俺は向いてないなって痛感するんだよ」

 

 (ひが)みなんてない。後悔をしている様子もない。考え抜いて、自分が納得できる答えを出した。その結果生徒会メンバーになってないのだ。

 真っ直ぐな目に圭もそれ以上は何も言えなくなる。本人が納得しているのだし、もう過ぎた話でもあるのだから。

 

(生徒会に入ってくれてたら……もっと会えるのに)

 

 彼女のささやかな望みは、叶いそうになかった。

 

 

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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