第31話
秀知院学園の文化祭は、12月の冬休み前に行われる。テストが終わった後に行うため、生徒たちは思いっきり羽を伸ばして文化祭に取り組めるのだ。その本気度は完成度の高さに繋がり、「秀知院学園の文化祭はレベルが高い」という認識を周囲に与えていた。一般公開するため、周辺の学校から視察に来る者も多く、年々それらの学校の文化祭もレベルを上げていたりする。
例年では1日限りの文化祭。それを今年は2日間に分けて行うという大規模ぶり。2期連続で生徒会長を務める白銀御行の尽力により、それの実現が叶えられた。日本に滞在している光上母は、2日間開催したいという御行の意見を聞いた時「面白いからOK」という気楽さで後押ししたとか。それが鶴の一声となり、教師陣の承認も取りやすかったとか。校長はもちろんノリノリである。
(今年は光上の母親も文化祭に来るのだろうか)
去年はいなかった。話を聞く限りでは、中等部の文化祭にも姿を現さなかったという。それは父親である理事長も同じ。両親ともに学校行事に来たことはない。フランスにいるから。
しかし、今年は母親の方が日本に来ている。いつまでの滞在なのかは不明だが、2日間開催にゴーサインを出したのだから、文化祭に来ると考えていた方が現実的だ。
(いやに緊張してくるな……)
2日間開催を決めた当人である以上、しっかりと成功させないといけない。しかも理事長の代理とも言える人がいるわけで。友人の母親であるというのも、妙なプレッシャーがかかった。
とはいえ、元より手を抜くつもりなどない。いつだって全力で取り組んできたし、そうすることしか知らない。必死に努力して仮面を被り続ける。そうすると決めて、それが白銀御行なのだと認識している。それに、今はもう1人じゃない。優秀な生徒会の仲間を始めとした学園の人たちがいる。失敗など考えられない。
そう思いながら夕飯の支度を始める。冷蔵庫の中身を確認し、今日の献立を決めた。必要な食材を取り出しつつ、リビングにいる圭に声をかけた。
「高校の文化祭の参考にしたいから、圭ちゃんとこの見に行っていい?」
「え……。あーー、うーーん……」
「光上も誘うんだが」
「絶対連れてきて。むしろお兄ぃ邪魔」
「邪魔はしないけどさ……」
食い気味に言われ、さらに邪魔者扱いされる。文化祭での告白に向け、イケイケモードになっていてよかった。少しだけいつもより心が強くなっている。私服という装甲にダンボールを追加することで強化された。ダメージマジおったまげ。略してマダオ。つまり紙装甲である。
「てっきり圭ちゃんがもう誘ってるかと思ってたけど」
「そりゃあ来てほしいけど、私から言わずに来てほしい」
「気持ちはわかるけども」
「は? 男でそれは女々しいから」
ダンボールが割かれた。悲しみのまま洗ったほうれん草を切っていく。
だかまぁ、わかっちゃうのも仕方がない。この兄妹は感覚が似通っている点もあったりするのだ。先日の水族館デートが印象的だったのだと御行は見抜いている。藤原の一言があったとはいえ、圭からすれば「光上から誘ってくれたデート」である。その時の喜びは忘れられない。だから、また誘ってほしかったりするのだ。
兄が連れてくるのは妥協点である。「自分からは誘ってないけど来てくれた」という状況を作りたいから。
その状況を思い浮かべる。中等部に光上が足を運んでくれる。きっと会いに来てくれる。そこに兄がいるのは嬉しさ半減だが、中等部ではまだ光上への好意が知られていない。兄の存在が、自分の心の制御に役立つだろう。仕方ないから同行を認めてあげよう。
「……お兄ぃ制服で来ないでよ?」
脳内シュミレーションという名の妄想の結果。最悪の状況が浮かび上がってきた。私服で来るであろう光上の隣りで、高等部の学ランを着てくる兄。地獄でしかない。そんなんで来られたら縁を切りたいレベルで他人のフリをする。
「駄目なの?」
案の定この反応だ。このアンポンタン。朴念仁。童貞野郎めと罵倒の言葉が脳内を駆け回る。
「お兄ぃはこっちでも名前が通ってるの! そんな格好で悪目立ちされたら嫌なの!」
「お年頃だなぁ」
「ていうか! 光上さんは私服で来るのにお兄ぃがそれで着たら浮くでしょ! 100%目立つし浮くから! どうぞネタにしてくださいって言ってるようなものだから!」
「そっか。光上にも私服で来るように頼まないとな」
「あの人を変な道に巻き込もうとしてたの? ギルティなんだけど?」
制服という道連れを図っていた御行に圭の鋭い視線が突き刺さる。申し訳なさそうな顔をしながら、御行は圭に画面を見せつつ光上に私服で来るように頼んだ。これで制服での来訪という恥ずかしい事態を回避することに成功。それではもう一山越えよう。
「どういう格好で来るか試しに今着てみて」
兄のファッションセンスなど1ミリも信用していない。制服と並んで、いやこの私服のセンスの方が大きな課題か。このままでは公開処刑になると圭は予感していた。
「こんなんでどう?」
「死んで!」
「そこまで!?」
「その自動翻訳したような英文の服とか意味分かんない! 中2男子だよそんなの!」
「まぁ実際中2の時に買った服だしな。というかそれ以降全然買ってないし」
買ったものといえば部屋着ぐらいだ。家庭事情を考え、妹にはお洒落してほしいという思いから、自分の服にお金を回さないことにしている。服が欲しくないわけではない。一度求めたら際限なく求めてしまいそうだから、ファッションから離れて生活しているのである。
もちろん四宮と私服デートとかしてみたい。だがあのレベルの人間の私服はお高いものだ。それに並び立てるような服など買えない。持っている服で一番高いのは制服であり、会長という立場を言い訳にしていつも制服で過ごしているのだ。
「ツッコミどころが多過ぎるんだけど、まずそのカバン何!? 登山でも行く気!?」
「結構物が入るんだよ。ペットボトルも横につけられるし」
「出かける程度で機能求めないで! 他にないの!?」
「これしか持ってない」
「このっ……!!」
めっちゃ文句を言いたい。文句を言いたいのだが、兄はこういう生き物だからと我慢する。いちいち反応していては終わりが見えない。
圭は仕方なく自身のウエストポーチを御行に貸すことにした。ギリギリパンフレットも入れられる大きさで、今回のような軽いお出かけに適している。それを受け取った御行が、お礼を言いながらウエストポーチをつける。
「ウエストポーチをウエストにつけるなぁぁ!!」
「なんで!?」
回し蹴りが炸裂。これには御行も大混乱。ウエストにつけるからウエストポーチなんじゃないのかと文句を言いたい。しかし、圭が言うには今のトレンドはウエストポーチを肩にかけることらしい。それ以外の使用は世間から認められていないのだとか。
「少しは光上さんを見習ってほしいよ。あの人みたいにシンプルな組み合わせでいいの。それでその人が引き立てられるんだから」
「言われてみれば、光上はそういう服が多いか……」
「もっと周りを参考にして。そのつもりで見たら、町中はサンプルが動き回ってる状態なんだから」
「サンプルて」
言っていることはわかるが、ウエストポーチを肩にかけて使っている人なんているのだろうか。それは結局少数派じゃないかと疑ってしまう。しかしその疑いは自分の父親によって晴らされた。ウエストポーチは肩にかけるらしい。
やはり兄のファッションセンスは壊滅的。持っている服全てを出してもらい、その中から組み合わせでどうにかならないか確かめる。だが、どう組み合わせてもいいものは出来上がらないと判明。兄を連れて急いで買いに行くのだった。
「それで私服なわけね」
「そういうことだ。妹がお年頃だからな」
「いやまぁ、一般客も来る中自分の兄だけ制服で来るとか避けたいでしょ」
「そういうものか」
「立場を変えてみれば、一般客も私服で来る中、父親がリクルートスーツで会いに来る感じ」
「それは嫌だなぁ! そうか、そういうことだったのか……」
たぶん御行の場合、あの父親だから余計に嫌だという思いもあるだろう。圭に共感しているようだから、そこは指摘しないでおくことにした。
中等部の正門から入り、パンフレットを受け取る。どのクラスがどこで何をしているのかも書かれており、その中から圭のクラスを探し出した。ついでにパンフレット全体にも目を通す。細かなところまで参考にするためだ。先日に行った北高のパンフレットもサンプルとして生徒会室に置いていたりする。
「北高との違いは?」
「項目はあまり変わらないな。デザインやページ数の細かな違い。スタンプラリーの有無といったところか」
「子供たちには人気だし、スタンプラリーは盛り込みたいところだな。TG部に意見を聞こう」
「……人選ミスじゃないか?」
「彼女たちほど校舎の隅から隅まで把握している生徒はいない」
「それはたしかにそうだが」
そこに所属する藤原千花が不安要素でしかなかった。他の部員も、彼女と波長が合う時点で不安要素なわけだが、生徒会での印象が強過ぎて他の2人への認識が甘くなっているようだ。
「北高の文化祭はどうだった?」
「思いの外楽しかったよ。リーズナブルというか、良心的な価格設定が多かったな」
「採算とれてるのかそれ?」
「さぁ。うちみたいに寄付金を集めてるってわけでもないのだろ」
「なるほどね」
「俺は光上が藤原書記の誘いを断ったのが意外だったが」
本当は北高への視察という名目で、御行は四宮とデートに行きたかった。その思惑がうまく行かず、誰が行くかという話として誤魔化したのだが、そこで藤原が光上を誘ったのだ。
「去年ナンパされたって言ってたし、そんなところに翌年に行くのはな」
藤原は男子からの人気が高い。人柄を知るほど残念なところに目が行きがちだが、容姿は優れているのだ。去年は1人で北高の文化祭に行き、何度もナンパされたらしい。男がいれば大丈夫だろうと光上に声をかけたのだが、そんな場所には連れて行きたくないと断ったのだ。自身の可愛さを自覚しろと言って藤原を照れさせ、周囲からの冷ややかな視線を浴びていたりもした。
「あの場に圭ちゃんがいなくてよかったな」
「でもほら、誰かしら言うべきことではあったでしょ。外部進学を希望してるらしいし、あのままで行くのは不安が大きい」
「それはたしかに。……藤原って外部進学希望なの!? 内部だと思ってたんだが!」
「お前がそれ言う?」
来年の今頃はスタンフォードにいる。それを知っているのは白銀家と校長、そして光上だけだ。いずれ皆知ることにはなるのだが、その衝撃は大きいものだろう。光上は自分のことを棚に上げながらそう言った。
光上の進路、来年度にはフランスにいるということはまだ誰も知らない。教頭と校長ぐらいしか知らない。その話は伏せるように光上がお願いしているし、周囲に話すタイミングも光上本人に任されている。その彼の進路を、この話の流れで聞こうとした御行だったが先手を打たれた。
「白銀さんのクラスのテントってあれかな?」
「え、あぁ。たこ焼きをやるって言ってたし、間違いないだろ」
時刻は午後。昼のピークが過ぎた頃に2人は来ていた。視察が目的であること、極力圭の邪魔にならないことを目的としているためだ。
圭のクラスのテントに行くと、圭と萌葉とクラスメイトの女子が1人いた。今は3人で回しているのだろう。たこ焼きを焼く担当は圭で、きれいに丸いたこ焼きを作っている。
「来たぞ圭ちゃん」
「頑張ってるね白銀さん。藤原ちゃんも久しぶり」
「来たのね兄さん。光上さんもありがとうございます」
「晶くん久しぶり~!」
「「っ!?」」
萌葉を除く全員がギョッとした。萌葉と光上の交互に視線を送り、圭はドブを見るような目で萌葉に視線を送る。四宮みたいなことになってた。
「光上……えっ、どういう……」
「俺も突然のことで驚いてるが?」
「うちの姉とまた仲良くなったって聞いたので、便乗しようかな~って」
「なるほどね。それぐらいなら全然いいよ」
「私も下の名前でいいですよ~」
「考えとくね」
周囲への衝撃を無視して話が終わった。周りが固まっていることに2人とも首を傾げ、それを見た人たちは考えることをやめた。特に深い意味などないと悟ったから。ちなみに、萌葉は圭の反応を探るという目的もあったりした。
「あれ? 白銀さん……」
「? なんでしょう?」
「この時間だけでも髪纏めた方がいいよ。気をつけてるとは思うけど、鉄板扱ってるんだし。きれいな髪に何かあってからじゃ遅いよ」
「っ、そ、それもそうですよね。誰かヘアゴム余ってない?」
「1つだけならあるよ~。白銀さんせっかくだし、光上先輩に纏めてもらったら?」
「っ!」
クラスメイトによる見事なパス。正直に言えばすっごい嬉しいシチュエーション。恥ずかしさもあるし、髪は女の命でもあるが、光上になら髪を触られてもいいと思っている。なんなら光上の好みにしてもらいたい。
しかし、ここで素直にその反応をすると、光上に好意を寄せていることが周囲にバレてしまう。特に萌葉にはバレたくない。ここは我慢して、努めて面の皮を厚くしないといけない。
「何言ってるの。そんなの光上さんに迷惑じゃん」
「別に迷惑とは思わないよ。髪の結い方を全然知らないから、逆に白銀さんに迷惑かけちゃうかなって思ってるぐらいで」
「結い方なら私が教えますよ! ぜひ白銀さんを可愛く!」
「趣旨変わってきてない?」
圭はいつも髪をストレートにおろしている。それが悪いわけでもなく、むしろ彼女の性格とも合っているベストアンサーと言える。しかし、たまには違う髪型の圭を見てみたい。クラスメイトは欲に忠実だった。
「あ、そうだ。うちの姉から中等部の生徒会の話を聞いたと思うんですけど」
「聞いたね。結局どうなったのかまでは聞いてないけど」
「けーちゃんが断って、相手が強引に迫ろうとしたので私が後ろから金テキしました」
「!?」
「なにそれ?」
萌葉のトンデモ発言に御行が若干引き、何をしたのかイマイチわかっていない光上は首を傾げる。流石にその説明を女子にさせるわけにはいかず、御行は後で教えると言って話の続きを促した。
「冗談なんですけどね」
「冗談かよ!」
「萌葉が現場を動画で撮ってくれて、それを証拠に生徒会長が退任になったんです」
「しかも白銀さんの半径5m以内にいてはいけないって処分になりまして。退学にならなかったのは白銀さんの温情ですね」
それはそれで相当きつい罰なんじゃないかと思うが、その事件の詳細が中等部中に知れ渡ったわけでもないらしい。それなら生き地獄とまではならないか。
「解決したならよかった」
「すみません……相談してたのに報告してなくて」
「ううん。この手のことは言いにくいからね。それより、髪を纏めないと」
「そうでした!」
結局光上が圭の髪を纏めることになり、そのタイミングで数組の客がやってくる。御行の分もまだ受け渡しが終わっておらず、萌葉とクラスメイトの2人が対応。
「光上さん。シンプルにポニーテールでいいですよ」
「正直助かるけど、本当にいいの?」
「はい。一時的なものですし、2人の手伝いもありますから」
「そっか」
素早く、それでいて丁寧に圭の髪を纏める。借りたヘアゴムでシンプルに纏め終わると、周囲に気づかれない程度に圭が後ろ向きのまま下がり、光上に背中を軽く預けた。ちょっとした充電だ。
「白銀さん。酷いことされなかった?」
「はい。萌葉がタイミングよく出てきてくれたので」
「そっか。うん……それならよかった」
もし手荒なことをされていたら、処遇を改めさせて追放させていただろう。それとは別に、個別で
隠すように、小さく圭と指を触れさせ合う。圭が手を繋ぎたがったが、それができる状況ではないため応じない。代わりにお誘いをする。
「白銀さん。高校の文化祭。よかったら来てくれないかな?」
「っ! 行きます。絶対」
「初日の方がシフト長くなったから、2日目の方でどう?」
「分かりました。楽しみにしてますね!」
「うん」
手早く話を済ませ、圭は機嫌を良くしながら仕事に戻っていく。彼女のその姿を見ながら、悲しげに目を伏せた。
修学旅行編について
-
漫画出るまで修学旅行編待機
-
18巻の内容までならOK
-
ネタバレ気にしないから更新続行