愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第32話

 

 文化祭当日の朝。早朝の5時から最終確認が行われる。その時間に全員がいる必要はなく、高等部がその時間から開けられているというだけ。5時丁度に来る人もいれば、6時前に来る人もいるし、もっと後に来る人もいる。個々人で来たり、友人と合流してから来たり。その方法もバラバラだ。

 御行は生徒会長であるという自負から5時丁度に学園に到着しており、光上も普段から早起きであるためにその時間に来る。他にも、早朝からテンションが高い人も来ていたり、楽しみ過ぎて寝られなかった人もいたり。

 

「光上くんおっはよ~!」

「早坂? この時間から来て大丈夫なのか?」

「ちゃんと許可取ってきてるし」

 

 教室でクラスの出し物の最終確認をしている光上の下に、ギャルモードの早坂が来た。周囲に他の生徒はいないが、隣のクラスにはいる。これから往来も増えていくことを考えれば、初めからこちらのモードの方がいいのだ。

 早坂は四宮かぐやのお付きの使用人である。別邸では他の使用人たちを仕切る立場にもあり、いつもなら四宮が登校した後に別の車で登校してくる。それが彼女の日常。そのことを言われたのだと思い、主人から許可を貰っていると説明。しかし光上はそのことを言ってるわけじゃなかったようだ。

 

「そうじゃなくて、睡眠ちゃんと取れてるか?」

「あはは、そっちの心配か~。いつも早起きだから問題ないし」

「今日はさらに早起きだろ。ちょっとこっち来い」

「光上くんってば強引だし!」

「強引で結構」

 

 早坂の手を引っ張り、教室内の空いているスペースに連れて行く。彼女の制服が汚れないように、不用な布を床に敷いて座らせた。自分もその隣りに座る。ここからでも、目の行き届く範囲でのチェックはできる。

 

「寝なくてもいいけど、目を閉じて休んでろ」

「えぇー。ウチも手伝いたいし!」

「働き過ぎなんだよ。前日までの準備、結構やってくれてたんだろ」

「……だから最後までちゃんとやりたいんだし」

「代わりにやらせてくれ。手伝えなかったお詫びだ」

「ばーか」

 

 拗ねたように演じながら、スカートを押さえつつ膝を抱える。それが彼の気遣いだってことはわかっているけれど、可能な限りの青春はしたい。そう考えていると、もう1つの青春を少しだけ味わえることに気づいた。顔を隠しながらにやっと笑い、言われた通りに目を閉じる。そのまま体を横に傾け、彼の肩に頭を乗せた。

 

「……早坂?」

「枕がある方が落ち着くし」

「抱き枕抱いて寝るタイプ?」

「そこまでじゃないし」

 

 言ったら彼は片腕くらい貸してくれるだろうか。きっとそうしてくれる。でも、ここは教室で、これからクラスメイトたちが来るんだ。そんな場面を見られたくない。みんなが来るまで、それまでの間の少しだけこうしていよう。これくらいなら、許されたっていいんだから。

 

 目を閉じて肩に頭を乗せた早坂をチラッと見る。いつもと同じように見えて、目元に軽くだが、他とは違う化粧が施されている。それがどういうものかは流石に知ってる。彼女は丈夫な体を持っているが、睡眠時間は本来削られていいものではない。彼女はこれも耐えられる。でも、傍から見ていたら心配にはなるのだ。

 スマホを取り出し、クラスのグループラインを開く。すでに到着していることと、クラスの最終確認はほとんど終わっていることを伝え、ゆっくり来たらいいと全体に伝えた。こうしておけば、しばらく教室に人は来ないだろう。他の場所を手伝いに行くか、普段入れない時間帯の校舎を楽しむかだ。

 

「世話焼きだね」

「嫌だったか?」

「ううん。ありがとう」

 

 彼なりの優しさ。そこに込められている感情は読み取れない。心配されてることがわかるだけ。

 それでもいい。今この瞬間は、自分にだけ向けられている優しさなのだから。特別扱いと同じ。悪くない気分だ。せっかく彼が作ってくれた時間。決して長くはない時間だけど、満喫しよう。

 

 

 それからおよそ30分後。2人きりでいるところを見られたら、噂をたてられかねないとして、早坂に一旦教室の外に出てもらう。適当に5分ほど時間を潰してもらい、その後に改めて教室に入ってもらおう。

 

「お忍びデートみたいですね」

「あのな……」

「冗談です。でも」

 

 カバンを肩にかけたまま、ひょこっと軽い足取りで光上との距離を詰める。彼の口にそっと指を押し当てた。

 

「今日はエスコートしてくださいよ?」

 

 早坂は楽しげに目を細め、彼の唇に押し当てている自分の指にそっと口を当てる。彼とは接触していない。これもこれで間接キスにはなるのだろうか。

 これをやられるだなんて思っていなかった光上は、わかりやすく顔を赤くして狼狽する。そこまで反応されると早坂も照れくさくなり、ほんのりと頬を赤らめた。

 

「それではまた後で」

 

 面白いぐらいに固まっている光上に背を向け、廊下まで歩み出る。しばらく歩を進めたところでダッシュ。周りの生徒が驚いているけど関係ない。幸いにも風紀委員の巡回とはズレていて、面倒なことにもならない。顔を見られないようにひたすら走る。走って走って階段を駆け上がり、屋上の手前の踊り場で蹲った。

 

「ぁぁ……っ……!」

 

(超恥ずかしいし! なんなのこれ!? ママ本当にこれでパパ落としたの!? どんなメンタルしてるの!?)

 

 母直伝のやり方だったようだ。

 羞恥で体が熱くなる。でも今はそれを冷ましていられるような精神状態ではない。先程とは理由は違えど、同じように膝を抱えて今度は顔を隠した。その間に呼び起こされるのは、先日に母と過ごした時間のこと。

 三者面談の日に、奈央の気まぐれで光上を交えて夕飯を食べた。彼だって自分の母親と過ごすのは久々のはずなのに、彼は快く承諾してくれた。その日のおかげもあって、文化祭の初日に一緒に回るという話が作られたのだが。これも母親の提案ではあったりする。

 ともあれ、その日の夜に母親と2人でいろいろと話した。途中から恋愛話に変わり、馴れ初めを聞くことに。そうして教わったのが、先程のやり取りである。

 

「指キスで終わっては駄目よ? 本気で落とすならその後の駆け引きからが本番だから」

 

(無理だし!! あれに耐えながら駆け引きなんてできるわけないし!)

 

 あそこまでやれば相手は必ず意識する。動揺しない人などいない。緊張と興奮。その状態のままの駆け引き。強引に女性として見てもらい、相手の思考を制限する。相手の視界を狭めさせる。そうすれば一気に距離を縮められる。それができる相手かの見極めが重要だが、可能な相手なら必勝の手段である。

 

 というのが()()()()()()()()()()()()()。実践したとか嘘である。娘がマジでやったら面白いな。本当に落としてきたら、娘のことも仕事のことも叶って一石二鳥じゃん。とか考えている。

 机上の空論を信じ込んで実践してしまった早坂愛。見事に自爆していた。

 

「どんな顔して戻ればいいの……」

 

 結局早坂が戻ろうと決心をつけるまで、40分の時間を要した。カバンを持ってきていたことが不幸中の幸いだ。クラスでやるのはコスプレ喫茶。早坂は四宮家に勤めていることを周囲に隠している。そこをついて、四宮家の使用人の服でいいかと判断したのだ。妥協とも言う。

 この場所なら他に誰も来ないため、一応の警戒を払いながら素早く仕事着に着替える。それに着替えてしまえば気持ちも切り替わるというもの。さっきまでの狼狽が嘘のように冷静になる。

 

(仕事着とか面白みに欠けますね……。光上さんの反応も薄いんでしょうね)

 

 そんなことはなかった。思いっきり気にしていた。

 しかし今更どうしようもない。早坂のように衣装がある人の方が稀。何人もが自作していたり、コスプレ服を取り扱っている店に交渉してレンタルしている。各々が自分の分を確保しているだけ。予備なんてものは存在しない。

 光上の反応が薄いだろうと予想すると、落ち着きを取り戻すどころか感情が冷え込んだ。少し気が進まないものの、クラスには戻らないといけない。足を動かすのも億劫で、階段の手摺を滑って下りる。ちょっと楽しい。

 

「早坂先輩! それは校則違反ではないですけどマナーが悪いですよ!」

「あ、監査ちゃんじゃん。朝から元気だね~」

「やることが多いですからね! 話を逸らさないでください!」

「向こうで会計くんがヘッドホンつけてゲームしてたよ」

「情報提供ありがとうございます!」

 

 マナー違反程度なら注意して終わり。校則違反は断じて許されない。伊井野の中でしっかりと分けられていることだ。そして相手が石上。早坂がすぐに解放されるのも必然のことだった。朝から張り切ってるなと思いつつ、犠牲となった石上に心の中で合掌。

 伊井野との会合は、早坂の気持ちのリセットに役立った。キャンプファイヤー実施のために尽力した彼女が、通常業務にも手を抜かないでいる。文化祭を成功させるために彼女が動いているのだ。一般生徒は楽しむことでそれに応えることが筋というもの。

 

「愛ちゃんおはよ~! メイド服似合ってるじゃん!」

「ありがとうございます」

「ひゅー! 仕上がってる~! これなら予想通り光上くんとセットでいけるね!」

「……なんの話?」

「光上くんこっち来て~」

 

 男子たちとの会話を切り上げ、光上がこっちに来る。彼の服装に早坂は目を丸くした。

 

「光上くんは執事服なんだよね」

「使用人の予備の服を借りたからな」

「これ見た時に、愛ちゃんから事前に聞いてたメイド服とデザインが近いなって思って! せっかくだから2人に役を作ることにしたの!」

 

 知らない間に変な話が出来上がっていた。それも仕方のないこと。このクラスメイトが独断で決めたことだから。

 彼女の話に興味が湧いたのか、他のクラスメイトたちもなんだなんだと視線を集めてくる。それに気分を良くしたのか、その子は椅子の上に立ち上がってさらに注目を集める。上靴はちゃんと脱いでいた。

 

「愛ちゃんと光上くんを! 使用人同士の恋人として売っていこうと思います!」

「きゃぁぁぁ! 有りよりの有りだわ!」

「あなた天才なの!?」

「光上処す!」

「写真集出しましょ!」

 

 女子からは大ウケ。男子からは光上に嫉妬の視線が注がれる。光上はそれを受け流していた。彼からすればその程度は気にも留めない程度らしい。

 話が勝手に盛り上がるのは面白くない。早坂はやめさせるなら早い方がいいとして、光上に声をかけた。

 

「どうするんですか? 止めるなら今のうちですよ」

「役だしなぁ。店の売上に関わるなら別にって感じ」

「絶対関係ないですよ」

「やっぱり?」

 

 じゃあ中断させようと光上が判断した瞬間、早坂の内側でストップがかけられる。本当にやめさせていいのかと。役という免罪符があるのだから、良い思いをしたって罰は当たらないのではないかと。

 

「?」

 

 手は光上の服を摘んでいた。か弱く摘まれたそれは簡単に振り払える。しかし光上はそうはせずに、早坂の方へと振り返った。

 

「あの……文化祭ですし、やはり役ってだけなら有りかと。どのみち始まればお互い離れますし」

「早坂がそう言うならいいけどさ」

「それに、あそこまで盛り上がってるのを見ると止められないかと」

「テンション下げさせる方が悪手か」

 

 ハンターハンターが再開した時の中年親父ぐらいの興奮状態になっている。これにはリアルネテロさんも勘違いして正拳突き動画を中断しかねない。まだ音は遅れていないのに。

 どこからともなくカメラが用意され、光上と早坂を被写体とした写真撮影が始まる。本当に写真集でも出すつもりだろうか。

 

「じゃあまずはポット持って、一緒に仕事してる感じで!」

「わりと本格的だな!?」

「何をしてるのですか光上さん。時間は迫ってますよ」

「意外とノリノリ!」

「カットカット! 愛ちゃんそれは駄目!」

「と、言いますと?」

 

 止められ方に光上は首を傾げた。写真であって動画ではないよなと。そんな光上を放置して、カメラマンは早坂に要望を出していく。2人は恋人設定であり、今は2人以外誰もいない状態という設定だそうだ。つまり、2人でいる時の話し方にならないといけない。

 

「ズバリ! 名前で呼び合って!」

「名前ですか。…………え?」

「愛ちゃんは呼び捨てタイプじゃないだろうし、晶くんって呼んで。光上くんは呼び捨てにしてね」

「わかった」

「わかっちゃうんですか!?」

「時間がないって言ったのは愛だろ?」

「っ!! ……晶くんが言うなら。でも、恥ずかしい

 

 か細い声になる。視線を逸らし、恥じらいながら言うその姿にクラスメイトたちがKOされる。数名の女子がその反応によって倒れて保健室へと運ばれた。男子はトイレに行ったとか。

 ティッシュを鼻に詰め込んだカメラマンが、目をギラギラと滾らせながらカメラを構える。その気迫に流石の光上と早坂も気圧され、様々なシチュエーションの撮影が始まる。初めはまともだったのに、段々とエスカレートしていく。

 

「光上くん! 壁ドン行こうか!」

 

「次は顎クイやって!」

 

 壁ドンで数枚。その状態からの顎クイで十数枚。一眼レフでパシャパシャと激写されていく。こうなってくると2人とも思考が狂い始め、いつぞやの少女漫画脳が降臨。恋愛を学習し始めた光上も、その弊害で少女漫画脳が降臨してしまうようになったようだ。

 

「愛ちゃんの腰に手を回して! 引き寄せる感じ!」

 

「次は後ろからぎゅっと!」

 

 少女漫画脳になってしまったがために、2人のその役としての完成度が増していく。演じている印象が強かったのに、今ではその雰囲気が感じられない。

 

「愛ちゃん寝転んで! 光上くんは押し倒した感じで!」

 

 いつの間にか用意されていたシートの上に早坂が横になる。光上も言われた通りに押し倒した状態を作り出した。彼女の顔の横に左手を起き、右手は彼女の頬へ。お互いに目の前のその人しか映らなくなった。早坂の澄んだ瞳に吸い込まれるように顔を近づけ、彼女もまた受け入れるように目を閉じる。

 

「そこからの()()()()()()()()!!」

「「っ!?」」

 

 光上は弾かれるように起き上がって数歩下がり、早坂も体を起こして口元を覆う。

 

「あちゃぁぁー。まぁでも収穫は十分だしいっかな!」

「何も良くないし!」

 

 冷静さを取り戻した早坂はそのカメラのデータを没収。あとは目撃者の記憶をどう消そうかと悩みながら周囲を確認。不思議なことに周囲にはカメラマン以外いなかった。

 

「みんなは?」

「鼻血でいなくなったり、倒れたり、吐血したり、トイレに駆け込んだりだよ」

 

 どのタイミングでどれだけいなくなったのか分からないが、少なくとも最後のあれはカメラマンだけ。早坂は真っ黒な笑みを浮かべながらその子の肩に手を置いた。

 

「他言したら、赦さないからね?」

「愛ちゃん怖いよ……。あ、じゃあ口止め料としてデータ返して!」

「むっ!」

「誰にも見せないから、愛ちゃんにもデータは送るよ?」

「……!」

 

 若干揺らいだ。あそこまでやったのだから、カメラにどう写っているのか知りたいのもあるし、写真が欲しかったりする。しかしリスクは大きいわけで、早坂は交渉を始めた。

 

「返すデータはウチが決める。全部はあげない」

「ワンシチュ毎に2枚か3枚貰えたら十分だよ~」

 

 交渉があっさりと成立した。

 すべてが終わったタイミングで、クラスに人が少ないことを疑問に思いながら四宮が登場。大正時代の給仕服を着ており、大和撫子である四宮に見事に似合っていた。

 

「かぐや様お似合いですね!」

「そ、そうですか?」

「ええ。大変お似合いですよ」

「びっくりするわぁ!!」

「愛ちゃんの完成度高いもんね~」

 

 カメラマンはけらけら笑いながら開店準備を始める。自分の暴走のせいで戦力が消し飛んだ。実は結構ヤバい状況である。光上はそれを察してすでに準備に取り掛かっている。

 

「あなたそれ仕事着よね?」

「メイド服ですね。お客様に非日常感を味わっていただくためです」

「私にとっては日常感満載なのだけど?」

「かぐやちゃんなにそれー! まじイミフ~!」

「非日常感!!」

 

 その服を着た早坂に、そんなノリで話されたのは初めてだった。四宮にとっての非日常感満載の瞬間である。

 

「楽しんでるとこ悪いけど、()ちょっと手伝ってくれ」

「喜んでお手伝いしますよ。()()()

 

「…………。っ!?!? どういうことなの!? 誰か説明して!!」

 

 四宮かぐや。今年で一番の非日常感を味わった瞬間である。

 

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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