言い忘れていた気がしますが、この第3部で完結です。
2年A組はお世辞にも良いスタートを切れたとは言えなかった。開催前の準備中に起きたハプニングにより、シフトに大きく穴が空いたからだ。鼻血が止まった女子の復帰があるものの、半数以上が尊死して保健室のベッドの上。男子たちは裏方の仕事として割り振られていたのだが、教室に戻って早坂の顔を見る度に教室の外へと飛び出していく。戦力外通告もいいところだ。
理想の状態としては、ベッドで昇天している女子たちが復帰し、早坂が仕事から外れる。そうすることで男子たちが使える状態となる。これで円滑に店を回す。ここまでできれば完璧なのだが、現状では厳しい。
今現在動ける男子は光上ただ1人であり、裏方の仕事をその身一つでこなしていた。早坂はそちらのヘルプに回ろうと思ったのだが、コスプレ喫茶という誘惑が客を集める。
「2名様ですね。こちらの席へどうぞ」
接客は女子の仕事。そしてその女子の数も少ない。早坂と四宮と
この喫茶の救いとしては、メニューのほとんどが飲み物であり、軽食もおにぎりだけということ。接客する人がそれぞれの客席で淹れるため、裏方が飲み物を作ることはない。しかし、運営を円滑にするためには、常に新しいものを用意しておかないといけない。淹れるのは接客の仕事だが、逆に言えば
「大丈夫ですか?」
新たな珈琲のセットを受け取りつつ、早坂は心配そうに尋ねた。彼もまた天才と称される領域にいる人間。オールマイティーなタイプであるため、仕事も効率的に回せている。しかし欠点は体が決して強くないこと。体力をつけているとはいえ、慣れない仕事は疲れが蓄積する。疲労は
「これぐらいならなんとか。お客さんが思ってたより長居するから、そのおかげで回せてる」
いつものように微笑みながら言う彼に、早坂は眉を下げた。それは裏を返すと、今が限度であり、回転率を上げられたら彼の無理が嵩むということ。今の時間帯は軽食がなかなか入らないが、12時前後は必ず入る。彼の負担が増えるのは時間の問題。
しかし客が滞在する時間を指定するわけにもいかない。本来なら、稼ぎのために回転率を上げないといけないのだから。
「ほら、愛も仕事戻って」
「っ、その呼び方のままなんですね」
「あ、これ直していいの?」
「……駄目です。今日一日そのままだってさっき聞きました」
「言ってること無茶苦茶じゃん……」
「晶くんが悪いんですよ」
ぷいっと顔を背け、ポーカーフェイスを作ってから客の下へと戻る。四宮家で長年働いてきた早坂の接客は、このコスプレ喫茶で間違いなくトップ。普通に生きていたら絶対に味わえないような時間が作り出され、それを受けた客はそれに浸って長居する。売上的には痛手だが、光上のことを思えば最良の手段だ。それに、その道のプロであるのだから、手を抜くこともない。
「素晴らしい接客ですねお嬢さん」
「ありがとうございま──ママ!?」
「あら、今は私は1人の客で、あなたは店員よ」
「そうだけど……なんで。来るって聞いてないよ……」
「言ってないもの」
くすくすと笑う母親にどっと疲れを感じる。来てくれたことは嬉しい。いつも忙しそうにしている母親をおもてなしできるのも嬉しい。それでも事前に言ってほしかったという思いがある。今浮かべている笑顔からして、碌なことを考えてなさそうだ。
「店員が足りていなさそうね。主に裏方」
「ちょっといろいろあって」
「ボイコット?」
「そういうのじゃないから安心して」
決してクラス崩壊をしたわけじゃない。何だ違うのかって少し残念そうに肩を竦めないでほしいものだ。揶揄いの意味合いだとしても、性格が悪いと思う。早坂はさすが自分の母親だと思った。
「それで、どうでした?」
「どうって何が?」
「彼に仕掛けたんでしょ?」
「なっ!?」
「あなた本当にやったのね」
本当に四宮家の人間かと言いたくなるほどわかりやすく動揺を見せる娘。青春してるなぁと思いつつ、今そのことを根掘り葉掘り聞くのはやめておくことにした。店の邪魔になるし、他の客にも迷惑になる。
娘が淹れてくれたコーヒーを飲み、上達したことを褒める。これは間違いなく一流の腕前だ。照れを隠しながら喜ぶ娘に目を細め、ちらりと裏方の方を見る。変わらず1人で回せているが、ガス欠もするだろう。コーヒーを飲み干し、代金を払うために席を立ち、娘に耳打ちする。
「あの調子だと彼はもちませんよ」
「……わかってる」
不安そうに彼を見る娘。彼女の頭を優しく一度だけ撫でたら会計して外に出た。
その様子を光上は仕事をしながら辛うじて見ていた。早坂の母親が来たこと、それを早坂が接客していたこと、今しがた帰ったこと。余裕があれば、先日に夕飯に招待されたことを改めてお礼したかったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。またの機会にしよう。
少し息をつく時間が生まれた。相変わらず1人だとしんどいが、ギリギリ保てている。そんな彼に、上品なハンカチがそっと差し出された。
「お使いください」
「ありがとう早さ……なんで?」
「早坂であってますよ」
「あ、はい。じゃなくてですね! え!?」
「ママ何してるの!? なんで仕事着あるの!?」
「常在戦場よ」
四宮家の制服を着た早坂が2人。光上は目眩がしそうだった。目元がそっくりな2人が服装まで同じになると、とうとうややこしい。母親の方は見た目と年齢が合わない。実年齢より若く見えるため、早坂愛の姉だと言っても知らない人には通じてしまう。
「さしでがましいとは思いましたが、手が足りていないのも事実。しばしの間だけ手伝わせていただきます」
「ありがたいですけど、お客さんにそんなことをさせるわけにはいきませんよ」
「ただの使用人ですし、少しお話もしたかったので。今も仕事の合間に来ているだけですので」
限られている時間を有効活用したい。次の機会にと考えても、早坂母は忙しい身。今来られているだけでも奇跡と言えるほどに。そのような人にそう言われてしまうと、光上は断れないのだ。これも娘から聞いた情報から、光上の性格を分析しての言動である。やはり熟練の大人相手には一歩劣るようだ。
そんな様子を四宮家の長女であるかぐやは、呆れた様子で見ていた。顔は若干引きつっており、早坂奈央の行動に引いているようでもあった。実際引いてた。
かぐやだって親には来てほしいと思ったりする。母親はすでにおらず、早坂の様子を見ては羨ましく思うことも。父親は健在だが、多忙であるため来ることはない。考えたくはないが、娘に興味があるのかすら疑わしい。本当に娘と思っているのかと不安にすらなる。それはそれとして、あの様子を見た今だと来てほしくないとか思ったりするのだが。
そんな四宮かぐやの目の前に。
「ひっ……!」
「その反応はショックだな。義理の娘になる子の様子を見に来たのに」
「義理の娘って……! な、何をおっしゃいますか! 気が早いですよ!」
「おっ、前より気持ちが進展してる。ちゅーしたの?」
「してません!!」
「お互い奥手だな。気持ちってのはストレートにぶつけるものだぞ」
そうして始まる白銀父の恋愛講座。好きな人の父親の恋愛講座は、息子である御行に対して最も有効に働くのではないか。そう思ったかぐやは、他の接客をそっちのけに真剣に話を聞き始めた。
何してくれてるんだこの主人め、とか早坂が睨むもその鋭利な視線は届かない。乙女モードに突入した者は、オーラを纏ってその身を守るのだ。
「さて、今日はここまでにしておこう」
「もう少しお聞かせ願いたいのですが」
「この手の話はね、自分の頭では何もわからなくなった時に聞くものだよ。自分で考え、行動し、経験を重ねて持論を作る。君の人生なのだから、君のやり方で進みなさない」
「私のやり方で……」
我が道を行く大人の代表格みたいな人物に言われると、妙に強い説得力がある。かぐやがしっかりと咀嚼し、こくりと頷いたのを確認。それが済んだところで、光上の方を見る。
「おや? あれはこの前の、かぐやくんの母代わりの早坂さんか」
「え、ええ。どうやら遊びに来ていたようで。1時間もせずに帰られるとは思いますが」
「……ふむ。なるほど」
顎に手を当てながら何か一人で納得する。真剣に考えている時の目が御行に似ており、やはり親子なのだと認識させられる。御行は父親似で、圭は母親似である。
「私も手伝えばバランスが良くなるな」
「真剣にボケないでぇぇ!!」
「真面目な提案だが? 早坂さんが帰った後も彼が1人のままなら倒れるぞ」
「えっ? そんな様子は……」
「男は女に見栄を張る生き物だからな。彼とは話もあるし」
その僅か5秒後。光上は大混乱に陥った。
ちなみに、後に訪れた御行の接客をしていたかぐやの後ろから、ひょっこりと父親が姿を現して盛大に咽たのは別の話である。
正午から午後1時というのは、たいていの飲食店でピークとされる時間帯である。飲み物提供のここではその時間に人の入りがマシとなり、それに合わせてか男子も女子も復帰してきた。何人かは文化祭を満喫していたようだが。
シフトよりも長い時間働いたことと、謎の助っ人が入ったとはいえ1人で裏を回していた光上は、男子たちの復帰により本日の仕事の終了を告げられる。女子の方も同様であり、早坂やかぐやも今日の仕事が終わった。
店の宣伝にもなるからという理由で、コスプレしたまま残りの時間を過ごすことに。執事服の光上とメイド服の早坂は、2人揃って昼食を取り、適当に文化祭を回っている。
「そのカチューシャは外さないの?」
「外しておきましょうか。目立ち過ぎても仕方がないですし」
カチューシャをカバンの中に入れる。残念そうな声が周囲から聞こえたが、その需要に応える必要もない。光上がつけてほしいと言えばつけるが、外すように提案したのが彼なのだ。今日はもうつける気がない。
さて、仕事をしているわけでもなく、今日は恋人設定なのだ。接し方を軽くしても問題ないだろう。
「ねぇねぇこれからどこ行く?」
「1年生のホラーのところ」
「会計くんたちのとこだっけ?」
「そう。せっかくだし、後輩たちの出し物には行っておきたいから」
「先輩らしいとこあるんだ」
「酷い言われようだな」
実際、光上にそういう面があると知ったのは今回が初めてだ。これまで彼はどこにも属さなかったため、先輩後輩としての関係性が非常に薄かった。それが、生徒会に入ったことで変わったようだ。
1年生はA組とB組が合同でホラーハウスをやっている。その場所は上の階だ。人を避けながら廊下を進み、階段を登っていく。一般客も大勢入り、見事な賑わいを見せている。全体としては概ね成功と言えるだろう。
「──嫌よ! 私怖いの苦手で……!」
「あれ? 四宮さんと四条さん」
「愛と光上? あー、使用人カップルの設定なんだっけ」
「話が広まってるのか……」
「正しく広まってるのでセーフかと」
そういう設定だ、というところまで含めて広まっているのなら、誤解が広まることにはならない。情報が捻れることなく広まっているのは一種の奇跡だが。
「そ、そうだわ! 光上くんと眞妃さんで入ってもらいましょ! 光上くんホラーは大丈夫よね?」
「苦手ではない──」
「駄目です」
被せるように早坂が間に入る。自分のものだと主張するように彼の腕を掴んで。
「今日は私と彼が恋人の設定なんです。彼とここに入るのは私です」
「それはあくまで設定なんでしょ?」
苦手なホラー体験なんてしたくないかぐや。設定なんだから一時的に離れるぐらいいいだろと迫る。
その設定を崩されたくない早坂。断固として譲る気はなかった。設定がなければ、彼と文化祭を回れないと思っているから。
「悪いね四宮さん。今日が終わるまではこのままなんだ。愛を優先させてもらう」
「……あなたいつも早坂優先じゃない」
「おばさま観念して私の道連れになってちょうだい」
「はっ! 嫌よ! 私はこれをやりたくないの!」
駄々をこねるかぐや。四条と早坂が片腕ずつ抑え、中に連行していく。四条は道連れを作るため。早坂はさっきのことでちょっとカチンときているため。光上はそれを見て苦笑しながら後をついていった。
中に入ってしまえばかぐやも観念するしかない。ホラーが苦手な者同士、四条と手を握り合いながら進んでいく。その後ろを歩く早坂は、光上の腕に手を回していた。
「ホラー大丈夫だろ」
「ぽいことをしてたらだめ?」
「……ずるいやつ」
上目遣いで言われると何も言い返せなくなる。たしかに今は恋人設定があり、恋人っぽいことを拒む理由もない。先を歩いている柏木も彼氏の腕に抱きついていた。計算してやっていそうだが。
ホラーハウスは前半がお化け屋敷であり、後半は立体音響体験となっている。もちろん聞く音はホラー系のもの。前後半で分かれているのは、進捗に問題があったからなのだが、怪我の功名により大反響を生むホラーハウスが出来上がっている。
「中に入ったらこのヘッドホンとアイマスクをつけてください」
「なんの必要性があって!?」
立体音響体験だからである。四宮かぐや、リサーチ不足。
早坂が主人の醜態に恥ずかしがるかと思いきや、彼女は彼女でそれどころではないようだ。光上が先に中に入り、アイマスクとヘッドホンをつける。早坂も続いて中に入ったのだが、彼と密着してしまうことで今朝方のことを思い出していた。
(あの時と同じ……いや、今のほうが近いんじゃ……!)
ロッカーの扉が閉められていて中は暗い。薄明かりこそ入ってくるが、その明度も演出のため下げられている。ほぼ何も見えない状態。彼はもう立体音響を聞く態勢に入っており、早坂はそれが少し気に食わなかった。
「なんなの……。私だけ意識しちゃって。馬鹿みたい」
そう言った瞬間、腰に手を回され、彼がヘッドホンとアイマスクを外して顔を近づけてた。突然のことにドキッと胸が高鳴り、速まる鼓動が彼に伝わっているのではないかと焦る。
「こちとら意識しないように気をつけてるだけなんだよ。今朝のあれがあって、今はこれなんだし」
「……本当だ。心臓バクバクしてる」
「聞くなよ! というかちゃんとアイマスクとヘッドホンつけろ。もう始まるはずだぞ」
「いい」
「なにが?」
「このままがいい。5分こうしてたい。恋人なんだもん」
そう言って彼の背中に腕を回した。彼の胸に耳を押し当てて、そっと目を閉じる。
誰かとこうしたのは何年ぶりだろうか。主人とはやらないし、恋人なんて今まで1人もいない。母親だって忙しくてなかなか会えない。会えたとしても、自分の年齢を気にしてできない。だから、少なくとも6年以上はやってない。
いいじゃないか。
今日だけの設定で。
今日しか味わえない気持ちなんだから。
今日ぐらい。
夢見心地になったって。
光上はそれを受け止めながら、空いている手でヘッドホンを自分の耳に押し当てた。石上と伊井野にちゃんと感想を言えるようにするために。
「楽しかった~」
「それはよかった」
「晶くんは?」
「俺も楽しめたよ」
「私が相手だったから?」
屋上のドアを開けた。いつもは閉まっているけれど、文化祭の日は特別に開放されている。一般客は皆帰り、生徒たちも疎らだ。帰ったりどこかの部屋でたむろしている。だから、この時間でこの場所に来る人は他にいない。
いつからか伝統となった宝玉のレリーフを横目に、早坂は光上に問いかける。だいぶ踏み込んだ問いかけ。恋人設定としてのそれなのか、個人としてのそれなのか。
「そう、だな。うん。愛と回れたから、今日を楽しめた」
「それを明日圭にも言ってそう」
「……」
「あはは、意地悪だったね。私、今日のことはずっと忘れないと思う」
母親が今日2人で回れるように彼に交渉し、成り行きで生まれた恋人設定のおかげで目一杯好きにできた。
明日のシフトの時もそれを言われそうではあるけど、明日は圭が来るから恋人設定を無くしておかないといけない。
胸を満たす高揚感と幸福感。そして生まれる焦り。それらが早坂の普段の思考を奪う。彼が今日起き続けているということを気づけない。今の彼はすでに思考力が半分以下になっていることを。
あるいは、彼女の深層意識が気づかせないようにしているか。
今日だけの特別な設定で。
今日だけの特別な時間。
まだ、今日は終わってないから。
まだ──恋人でいられる。
「学校出るまではさ……。恋人ってことでいいよね?」
「学校内で作られた設定だしな」
言質は取った。
絡めるように彼の首に両腕を回す。
「私の心臓をあなたに捧げてもいいですか?」
──この学園には奉心伝説がある
「……ああ。受け止めるよ」
じんわりと心が満たされていくのを感じた。
この温かさを、きっと幸せと呼ぶのだろう。
泣きそうになるぐらい嬉しくて。
溢れんばかりの喜びが苦しい。
軽く背伸びをして。静かに瞳を閉じる。そうして──そっと口づけをした。
──哀しいかな
──光上晶は奉心伝説を知らない
──だから彼は勘違いする
次回から圭ちゃんのターンです。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行