愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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 この場を借りて山石悠さんに最大限の感謝を。


第34話

 

 秀知院学園高等部の文化祭は、奉心伝説があることから「奉心祭」とも呼ばれている。その伝説に則り、ハートを渡す行為は告白と同義になっており、学園中ではいたる所にハートが散りばめられている。ハートの風船だったり、石上が子安に渡したハートの巨大クッキーだったり。キーホルダーやシールなど、ハートにできるものならなんでもハートにしてしまえと言わんばかりに。

 文化祭なのか、それともカップル製造期間なのかわからなくなってくるが、そういう空気というのは、普段勇気を出せない人の背中を押す。その場の空気というのは力強く。空気を読むことに敏感な日本人はその影響を受けやすい。

 

 あえてそれを利用するという手段もある。白銀圭はそれを利用しようと画策していた。彼女は2日目に行くと光上と約束したため、初日は高等部に遊びに行っていない。律儀にそれを守り、代わりに情報収集に徹した。クラスメイトは何人も遊びに行っており、親友である萌葉も足を運んだ。

 圭は彼女たちに連絡を取り、高等部の文化祭がどうだったかを聞いたのだ。その理由は「来年の文化祭の参考にするから」という、どこかの誰かが似たようなことを言っていたものだ。友人たちは言葉通りに受け取り、真面目だなぁと思いながら教えたわけだが。

 

 集めた情報で言うと、四宮かぐやのいるクラスがコスプレ喫茶をしていた。 つまりそこに行けばコスプレした光上を見られる。

 生徒会長のクラスはバルーンアートをしていて、レベルが高かった。 兄に興味はないが、藤原に会いに行きたい気持ちはある。

 1年生のクラス合同「立体音響ホラーハウス」は他校の文化祭では味わえないレベルだった。男女でも二人一組では入れたのに、途中から駄目になった。 光上と一緒に入れないのなら優先度は低い。

 オカルト研究部が本格的な占いをしていた。

 

 他にもいろいろと情報を集められたが、集めた情報の中で一番圭の心を惹いたのが、学園中にあったというハートである。バルーンアートを行う2年B組が、大量に余ったハートのバルーンを配りまくったのである。主犯格は藤原だが、奉心祭らしくて良いと皆に好評だったのだ。

 

(ハートを渡せば告白と同じ、かぁ)

 

 萌葉が景品として取ったというハートのキーホルダー。萌葉自身も持っていて、余っているからと言われて渡された。そのキーホルダーを月明かりに翳しながら眺める。

 

 少し早く鳴る鼓動。大きく高鳴る胸。

 少し意識するだけでこれだ。

 

(わたしは……光上さんが好き)

 

 顔が熱くなる。でも、嫌じゃない。

 

 これが恋なんだ。

 

 今まさに、恋愛してるんだ。

 

 ハートを受け渡せば告白。でも、それだけで終わるのは寂しい。やっぱり言葉にしたい。大切なことは、言葉にしないと駄目だと思うから。

 文化祭という特別な時間。特別な空気が彼女を勇気づける。

 

(明日、ちゃんと告白しよう)

 

 

 

 そう思っていたのに、事件は秀知院学園高等部で起きていた。

 圭は呆然としながら、受付の人に話を聞くことにした。

 

「あの、昨日友達がいっぱいハートがあったって言ってたんですけど、撤去されてしまったんですか?」

「あー、実はこれちょっとした事件が起きちゃっててね」

「事件……ですか?」

「うん。一夜にして学園中のハートの風船が全て姿を消した。犯人はアルセーヌと名乗る謎の人物」

「ほらこれ。新聞部がコピーしてバラ撒いたやつなんだけど、犯行声明でしょ?」

「なるほど……」

 

 受付の人から渡された用紙を見ながら圭は肩を落とした。期待していた空気感が消し飛んでしまっている。ハートに囲まれて好きな人と同じ時間を過ごし、気持ちが高まったところで告白する。この作戦が台無しとなってしまった。告白するための勇気が10減った。

 圭のその様子を見て、受付の人たちも何かを察する。このままでは彼女が不憫だ。しかし持ち場を離れるわけにもいかない。

 

「会長に言ったら何か手を貸してくれるかも」

「会長いろんなことできちゃうからね!」

「はぁ。そうですか」

 

 2人は目の前の少女がその会長の妹だとは気づいていない。今日好きな人に告白でもしそうな可愛らしい女の子としか認識していない。半分正解の半分間違い。会長の妹である圭は、その会長がいかに不器用で、いかに取り繕っているかをよく知っている。

 だがまぁそれをバラすつもりも毛頭ない。反抗期ではあるものの、兄のことが嫌いなわけじゃないのだ。彼が必死に作り上げている人物像を壊すなんてことはしない。

 

「……ハートの風船が無くなったのって。夜の間でしたっけ?」

「え、うん。朝来た時には全部無くなってて、昨日の文化祭が終了した時にはあったから、その間が犯行時間だろうって」

「随分と張り切った怪盗さんですね」

「あはは、そう思ったら可愛いね~!」

「ささっ、いろんなことやってるから、文化祭楽しんでいって!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 圭が深々とお辞儀をし、それに倣って受付の2人もペコリと頭を下げる。初対面にして互いに好印象。文化祭というものは、初対面という壁すら取り払う力を持っているらしい。

 校舎の方へと足を進め、途中で横にそれて足を止める。人の邪魔にならないか確認し、にこやかだった表情が無になる。スマホを取り出し、ラインを開く。送る相手はただ一人。昨日の夜に家を出ていっていた御行(怪盗)だ。

 

< お兄ぃ

今日

      
既読

9:50

ハートを盗んだ怪盗さん。見つけたら殺す

ちょっ!?怖いんだけど!なんで!? 9:51
      

 

 

 返ってきたメッセージに既読だけつけて無視する。白銀圭。反抗期というものを含めても数年ぶりのガチギレだった。いや、ここまで殺意が湧き上がってきたのは人生で初めてだ。

 光上から送られてきているメッセージを確認。シフト時間が送られてきており、彼の時間が終わる少し前に教室に行くことを伝えている。その時間までおよそ1時間。圭の中では、光上と回りたい場所と2人で行くには微妙な場所の2つがある。1時間をその後者に使おうと思っていたのだが予定変更である。妹の人生を左右する大勝負の日に、とんでもない妨害をかけてきた兄を見つけ出さないといけない。

 

「まずはお兄ぃのクラスからかな。お兄ぃのことだから、どうせ真面目に他の仕事してそうだけど」

 

 秀知院学園高等部は、敷地面積だけで言えば他校とそこまで変わらない。グラウンドが広かったり、校舎とは別の棟があるにはあるが、大きめの学校というレベルに収まる。探す場所はせいぜい校舎とその別棟ぐらい。広さだけで言えば困らない。

 しかし今日は文化祭だ。大勢の人が行き来しており、兄も仕事で動き回っている。向こうは向こうでこちらを警戒しているはず。ならば先に手を打つべきなのは「協力者の作成」である。

 一直線に2年B組まで足を運ぶ。バルーンアートは中学生以下に人気のようで、年齢層は低い。例外は高齢者だが、大方が孫にあげたいとか。「ミコちゃんにあげよう」と言っている高齢者が多いのだが、最近の小さい子どもたちはその名前が流行りなのだろうか。

 

「いらっしゃい。空いている席にご案内しますね」

「あ、すみません。実はお客さんとして来たわけじゃなくて」

「? では道に迷われたのですか?」

「迷っているのは兄の仕留め方です」

「え?」

「いえ。兄を探していまして」

 

 兄を探しているという圭をじーっと見つめる。その人物は大人の階段を登り続ける女こと柏木であり、結構察しのいい人として評判がいい。計算してやっていることもあるため、怖い一面もあったりするのだが。

 だがしかし、ガチギレモードの圭からは何も読み取れない。その事に柏木は驚きつつ、それを隠しながら話を聞くことにした。

 

「お兄さんの名前を教えてもらってもいいですか?」

「これは自己紹介が遅れて申し訳ありません。私、このクラスに所属していて、生徒会長をしている白銀御行の妹の白銀圭です」

「会長の……。ホントだわ! 面影があります!」

 

 普段落ち着いている柏木が大声を出すと、クラスにいた人たちが反応する。会長の妹が来たという話がすぐさま広まり、手が空いている人たちは一目見ようと集まってくる。

 これは嬉しい誤算だった。

 

「会長を探してるの?」

「あの人多忙だからなぁ」

「……探してるのに、会おうとしてくれないんです」

「それは許されない!」

「妹さんが来てるのに会わないだなんて!」

「捜査隊を編成しろ!」

 

 嘘は言っていない。本当の目的を話していないだけである。

 圭が目を伏せながら言うと2年B組に火が付いた。協力を惜しまない空気が出来上がる。しかしそこまでやられると迷惑をかけてしまうわけで、そこは抑えてもらうことにした。

 

「そこまではいいんです。お気持ちだけで。兄がクラスに戻ってきた時に、教えてもらってもよろしいですか?」

「わかりました。では私と連絡先を交換しておきましょう。会長はシフトが短いですけど、私とは重なってますから、確実にセッティングできます」

「本当ですか! お願いします!」

 

 こうして圭は柏木とラインを交換し、御行捕縛網を作り上げることに成功。逃げ場を確実に塞ぐことができた。しかし、光上の場所にも行くし、その後は彼と回るつもりだ。タイミング次第では逃してしまうかもしれない。

 何よりも、それまでじっとしていられるほど冷静ではないのだ。

 

「すみません、また来ます」

「はい。また後で」

「またね~」

 

 他の客の迷惑になるため、早々に教室を後にする。クラスを味方につけた時点で勝率が跳ね上がった。しかし直接会うまでは何一つ安心できない。光上に会いに行くまでの時間を考慮しつつ、校舎内の捜索を再開。

 隣りのクラスは当然ながら光上がいるクラスで、チラッと覗き込むといろいろなコスプレをした人たちが働いていた。ボーカロイドだったり猫耳だったり小悪魔だったり。統一性などない。コスプレという点のみが唯一の統一性ということか。なんにせよ、軽く覗いた程度では裏方で働いている光上の姿を見つけられない。

 

 彼を一目だけでもみたい。彼と会いたい。

 

 その欲求を約束の時間まで我慢だと自分に言い聞かせて抑える。廊下を歩いていると、他にもコスプレをした人を発見。文化祭だからおかしくもないと思ったが、その人物はよく知る人だった。というかこれはコスプレになるのだろうか。小首を傾げつつ声をかけた。

 

「何してるの? 千花姉ぇ」

「圭ちゃーん! 遊びに来てくれたの~!?」

「うん! 来ちゃった!」

「そっかー。晶くんは教室にいるよ」

「クラスに行く時間は言ってるから、それまで時間潰してるの」

「なるほどね~」

「ところで千花姉ぇ」

 

 にこにこと笑顔を浮かべ合いながら、藤原の肩にそっと手を置く。2人の笑顔に和まされていた通行人たちも、その空気の変化を感じ取ってそそくさと足を早めた。

 

「なんで光上さんを下の名前で呼んでるの?」

「同じ生徒会に入ったし、また仲良くなれたから、昔みたいに戻そうかなって」

「へ~?」

「晶くんには千花ちゃんって呼んでもらうつもりなんだけど──」

 

 圭の笑顔が引きつる。その目に怒気が篭り始めた。

 

「なかなか呼んでくれないんだ~」

「そうなんだ」

 

 一気に霧散された。藤原は窮地を脱することに成功。

 藤原は自分がそんなことになっていたとは気づく様子もなく、興奮した状態で圭に話を振った。今追いかけている怪盗のことだ。

 

「私が配ったハートが全部盗まれたの! これは私に対する挑戦状で、なんとしても捕まえたいんだ!」

「あれ千花姉ぇが配ってたんだ」

「そうなの!」

 

 せっかくいっぱい作ったのにと話す藤原に相槌を打ちながら、圭は一計を案じる。制御不能なこの人なら、兄にとってのキラーになるのではないかと。

 

「私犯人に心当たりがあるよ」

「そうなの!? でも教えないでね! これは私への挑戦状だから!」

「うん。でね、千花姉ぇ。もし行き詰まったらヒントあげる。その代わり、千花姉ぇも私に協力して」

「圭ちゃん何か困ってるの?」

「兄さんが会おうとしてくれなくて」

「なんて酷い!! 見つけたら確保して連絡するね!!」

 

 超高速で味方が出来上がった。あまりもの速さに圭は一瞬ぽかんとし、次第にくすくすと笑った。こういう勢いの良さが、藤原千花という人物なのだ。

 

「ちなみに見つけたら何するの?」

「え? ころす」

「……ん?」

「お兄ぃぜっったいに許さない。泣いて謝ってきても許さない」

「そ、そっかぁ~」

 

(会長何やっちゃったんですか!? 圭ちゃんにそんな事言われるなんて相当ですよ!?)

 

 藤原はこの日、勢いだけで生きていてはとんでもない事に巻き込まれるということを学んだ。

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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