藤原と一緒に回ることで、圭の機嫌も良くなった。なんてことにはならず、それはそれ、これはこれという風に感情をしっかり分けられていた。
光上がいる喫茶店に遊びに行く時間となり、怪盗を追いかけている藤原と別れる。明るく手を振って別れるも、その後からは沸々と兄への殺意が戻ってくる。
それを表に出すことなく、足は軽やかに2年A組へと向かい、待機列の最後尾に並んだ。昨日の時点で話題となり、その分今日は開店から人が並ぶようになったとか。文句なしの大繁盛である。
(迷惑にはならないかな)
客として行くのだから迷惑にはならない。しかし、仲のいい人の店に行くとなると、他の客と同じように入っても気を遣う。1人増えたぐらいでは誤差なのだが、迷惑じゃないかと思ってしまうものだ。
並んでいる間に兄への殺意がまた眠りにつき、代わりに光上に会うことへの喜びが出てくる。今日の彼女の感情の落差はジェットコースター並みに激しい。
「あら? 圭来たのね」
「かぐやさん。はい、遊びに来ました。ご迷惑にならなければよいのですが……」
「ふふっ、なりませんよ。あなたもお客さんなんですから」
「ありがとうございます。あの……失礼かもしれませんが、そのお姿、とてもかわいいです」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう圭」
秀知院学園が誇る大和撫子。見事な大正浪漫を現実にした四宮かぐやは、絶賛客寄せパンダとなっていた。ピーク時には中に入れられるのだが、今はまだ店の前で呼子の役割である。
この文化祭でしか見られない四宮の貴重な姿。誰もが似合ってるというその姿に、圭もまた目を奪われていた。思わぬ収穫に圭の喜びがさらに高まり、ご機嫌な状態で入店。相席にはなったが、案内された席に座るとまた知り合いの姿が。
「愛さん?」
「はい。今日はメイドです」
「すごい……似合ってるどころか様になってます」
「恐縮です。長い時間をかけて仕上げましたので。お客様に非日常感を味わっていただくことが、私個人の目標です」
「ふふっ、味わえてます」
「マジ~? 嬉しいしー!」
「日常感!!」
2人で少し会話を楽しんだところで、メニュー表を圭に渡す。なんだか料金が割高な気がするのだが、接待料が込みのようだ。圭は内心で顔を引き攣らせつつ、コーヒーを注文した。兄のようなカフェイン中毒ではないが、カフェインが好きなのである。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「畏まりました。後の接客は光上さんに代わりましょうか」
「えっ!?」
「今日は裏方も余裕がありますからね。少しくらい彼が抜けても問題ないでしょう」
「で、でも……」
「とりあえず、話すだけ話しておきますね」
そう言って早坂は光上の下へと歩いていく。圭は光上のコスプレが見られたらいいな程度に考えていたため、光上に接客されることは想定外。一気に緊張感がこみ上げてきた。
「あらあなた。その人のことが気になるの?」
「っ!?」
相席である。今の会話が対面の人に聞かれるのは当たり前。そして恋話というのは何歳になろうと興味が湧いてくるもの。サングラスをかけている女性は、上品に紅茶を飲みながら圭に話しかけた。仕草、雰囲気、服装。どこを見ても上流階級のそれで、圭の緊張は一瞬で最高点に達した。
中等部だって富裕層が大勢いる。圭はその環境に慣れている。しかし、そこでは感じられないものが、今目の前にあった。失礼を働いてはいけない。自然とそう思わされる。
「そんなに緊張しなくていいのよ。恋話に興味を持ったおばさん程度に思ってちょうだい」
「おばさんだなんて。お綺麗で若々しいですよ」
「あら嬉しいわね。でも将来のあなたほどじゃないわよ」
心から思っていることがスラッと口に出る。思いの外話しやすい人で、向こうもお世辞を言ってこない。圭の緊張も少し和いだ。そして、この人物相手だと、信じられないほどにあっさりと本心が引き出されてしまっていた。
「それで、その彼ってどんな人? あなたの目にはどう映って、あなたの心にはどう感じるの?」
「光上さんは……私を私として見てくださるんです」
「というのも?」
「初等部はそうでもなかったんですけど、中等部に入ってからは男子たちの見る目が変わって。彼女持ちはステータスで、それが当たり前ってブームがあったんですよ」
中等部に入って驚愕したことを覚えている。思春期に突入した男子たちの間でそれが起こっていた。入りたての1年生は先輩に憧れる生き物で、真似ようと躍起になる。彼女がいるいないで一種の階級が生まれたほどだ。
当然圭も他の女子たちと同様に男子から迫られるようになった。その時の男子たちの目を圭はよく覚えている。
「女子を装飾か何かにしか見てなかったんです。うまいこと言いくるめようとしてきた人はいっぱいいました。それに引っかかった子もいました。それで、中等部が嫌になったんです。そんな時に光上さんと会ったんです」
「あら運命的ね」
「私も今ではそう思っちゃいます。倒れてたあの人と会ったので」
「すごい出会い方ね!?」
ランニング中に倒れた光上を発見。兄を呼び、彼を助けるのを手伝ってもらった。2人が知り合いだったことには大変驚いたものだ。
「光上さんは、私を個人として見てくれる。男子はみんなああなるって思ってた私の偏見を、光上さんは1人で壊してくれたんです。私に違う世界を見せてくれて、新しい風を吹き込んでくれるんです」
「つまり、彼が変えてくれたから好きになったと?」
それなら、それが光上じゃなかったら、その人を好きになっていたのか。女性は暗にそう聞いた。圭はそのことをしっかりと見抜き、穏やかな顔で首を横に振った。
「それも理由の1つというだけです」
──彼の笑顔を思い浮かべる
「嘘が嫌いで、みんなの笑顔が好きなところ」
──彼の背中を思い浮かべる
「少し社会を知れば無理だと誰もが思うそれを、知っていながら目指す姿」
──時折見せる寂しげな表情を思い浮かべる
「いろんな人のことを気にかける優しさと甘さ」
──決心を固めている時の彼を思い浮かべる
「いざという時の真剣な様子。……挙げれば他にも出てきますが、いろんな一面があって、それを引っくるめて好きなんです。出会いはあくまできっかけで、でもだから大切で綺羅びやかなんです」
そう締め括った彼女に、女性は柔和な笑みを浮かべた。圭の気持ちがどれほどのものか知れたから。甘酸っぱい青春でありながら、およそ中学生とは思えないほど地に足をつけた恋愛。それもまた、彼女が持つ
「……私なんでこんな恥ずかしい話をっ……!」
「いえおばさん的には大変眩しくて素敵な話だったわよ。サングラスしてなかったら失明してたわ」
可愛らしく赤面する彼女に、やっぱりまだ子供な面もあるのだなと追い打ちをかける。耳を塞いでそれから逃れようとする圭にくすくすと笑いながら、女性はレシートを持って席を立った。
「これは話を聞かせてもらったお礼よ」
「あっ──」
その手には圭の分のレシートもあった。圭が呼び止める間もなく女性は料金を払って退出。お金も丁度の料金を話を聞いている最中に用意していたようだ。
「大変お待たせしました」
入れ替わるように執事服に身を包んだ男子がやってくる。圭はそちらに視線を移して固まった。石化したようにピシッと。
「ご注文はコーヒーでよろしかったですか?」
「……」
「お客様?」
「っ! ふぁい! 合ってましゅ」
「……似合ってなかった?」
「そ、そんなことないです! 似合ってましゅ! ぁぅっ……」
首をブンブンと勢い良く振って否定した圭だったが、動揺を隠し切れずに噛んでしまい俯く。その反応を可愛いなと思う反面、やっぱり似合ってないのだろうかと勘違いして少し落ち込む。クラスでは好評だったのだが。
「お嬢様。コーヒーが入りましたよ」
「ぅぅっ……。その口調やめてください……」
「仕事なんですけど……」
「仕事と私どっちが大事なんですか」
「え?」
「あ……、い、今のは忘れてください!」
そう言って誤魔化すようにコーヒーを飲む。ちょっと苦い。牛乳を40mlくらい欲しい。しかしそれを言っては子供のように思われてしまう。反抗期圭ちゃん。子供扱いはしてほしくないのだ。
「牛乳いる?」
「………………ください」
光上相手には正直にならざるを得なかった。光上はそれを笑うことなく、ポーションミルクを取り出して圭に渡す。圭はそれを1つ分だけ入れた。少し大人ぶっているのは乙女の秘密。
光上は戻ることなく圭の側に立っており、彼女はそれに小首を傾げた。他の席ではそういう風にはなっていない。マニュアルとは違うのではないかと。
「あの、戻らなくて大丈夫なんですか?」
「時間的に俺はもう上がりだからね。白銀さんの接客で最後なんだよ」
「そうなんですか?」
「あ、ゆっくりでいいからね?」
「ええ。光上さんもゆっくりしたらいいですよ」
「ん?」
ひょっこりと現れた早坂にグイグイ背中を押され、光上は圭の対面の席に座る。従業員がこれじゃまずいのではと危惧するが、早坂はその視線を受け付けない。持ってきたセットで光上の分のコーヒーを淹れる。その所作は洗練されており、まさしくプロの業。
「早坂のを見ると自分のレベルに凹むなぁ」
「光上さんが淹れてくださったコーヒー美味しいですよ」
「ありがとう白銀さん」
「光上さんも良い線いってますよ」
「早坂のは一流で、俺のはよくて二流だとは思うけどな」
「まあ否定はしませんが」
「いい性格してるよなほんと。そういうとこ好きだけどさ」
「っ、正直過ぎるのも困りものですよ。誤解を生みますから」
光上は早坂の言葉に同意した。机の下では、光上のつま先を圭の足がちょんちょんと蹴っていたから。その後はしばらく2人で談笑し、教室を後にした。
さて、文化祭デートの始まりではあるのだが、今からどこに行くかだ。光上は2日目で圭は初日。圭が行きたいところを優先的に行こうと話が決まる。
「一応考えてはいたんですけど、まずは──」
2年B組に行くことにした。教室の入り口から顔を出した柏木が圭を見つけて手招きしたからである。どうやら御行が教室の中にいるようだ。
「バルーンアートか」
「あ、いえ。兄に少し話があるだけです。別に欲しいわけではないです」
決して中学2年生にもなってバルーンアートがほしいわけじゃない。勘違いされたくないため、目的は別にあると説明。しかしこれが裏目に出る。普段から兄の愚痴を言っている少女が、兄に会いに来たと言っているのだ。光上も勘違いする。それはすぐに改められることにはなるが、現時点では2人のすれ違いも治りつつあるのかなとか思ってた。
「光上くんもご一緒ですか」
「はい。今日は光上さんにお誘い頂いたので」
「あらあら?」
「今は四宮さんの相手してるのか」
「露骨にそらしますね光上くん」
それはもう答えを言っているようなものではと柏木は苦笑した。しかし昨日のことは柏木だって知ってる。そういう設定だったとはいえ、一時は早坂と恋人として過ごしたのだ。その事を思い出し、面倒な案件だなと思って首を突っ込まないように予防線を引く。
「かぐやちゃんが今良いところなんですよ」
「いいところ?」
柏木に誘導されるように視線をそちらに向ける。白銀が手にしているのは料金表。どうやら難易度に合わせて値段が変わるらしい。わかりやすい分け方だが、それなら教室の隅にある鯨はいったいいくらになるのだろうか。高校生の文化祭のレベルではないが、さすがは秀知院学園といったところ。
それはさておき、料金表の一番下。ハートは値段ではなくハートのものと交換となっている。ハートを送り合う文化なんてあったかと光上は首を傾げた。
(……あー。ツイッターのいいねのあれか)
現代的で若者文化を取り入れている。さすがは生徒会長を擁する2年B組だなと光上は勘違いしていた。
そんなことをしている間に、四宮が俯きながらそっと手をテーブルの上に差し出した。その手の下にあったのは──
「そういうのまじでよくないと思うよ!!」
大金であった。
四宮は突風の如く教室を飛び出し、反応が遅れて追いかけられなかった御行が取り残される。
(かぐやちゃん。なんて初々しいの!)
柏木はその様子に悶え、四条はそういう事かと納得。圭はその大金に唖然としていた。
「白銀さーん?」
「はっ、すみません。少し驚いてまして」
「まぁあれは誰も予想しないから」
苦笑しながら圭と一緒に御行の席へ。御行も視線をこちらに向け、ギョッと驚いた様子でダラダラと汗をかき始めた。
「け、圭ちゃん……」
「お前なんでそんな顔を引き攣らせてるわけ?」
「え、いや……俺もよくわかってはいないが……」
「兄さん。少し話があります。ここではなんですから、
「はい……」
2人はどうやら仲が改善していくという話ではなさそうだ。むしろこれ悪化してるんじゃないかと光上は心配になった。しかし口を挟める雰囲気でもなく、2人の後をついていく。
移動した先は生徒会室。困ったらここみたいな安定感と安心感。もはや実家である。御行はソファに座らされ、対面に圭が座る。その隣りに光上が座った。
「この怪盗騒ぎは兄さんの仕業だよね? 昨日の夜に家を出ていったもんね?」
確かめるように、それでいて高圧的に話しかける。その内容は間違っておらず、御行は喉を鳴らせながら頷いた。
光上はそこである程度察した。圭は消えた大量のハート風船のことに怒っているのだと。なぜそれで怒っているのかはわからないが、間に入ることにした。2人が喧嘩するところは見たくない。
「白銀さん少しいいかな?」
「……なんですか?」
圭の胸中は今見事に半々状態である。御行への殺意が50%。光上と一緒にいることの喜びが50%。なんとも落ち着かない胸中であるため、光上にも少し素っ気ない様子を出してしまった。
「ハートが消えたことは目を瞑ってあげてほしい。一世一代の仕掛けみたいだから」
「そんなの──!」
私だって──そう言いかけた口籠る。こんなタイミングで言いたいんじゃない。言い争うような場面で言ったら、ムードも何もないじゃないか。なし崩し的な告白なんてしたくなかった。
光上は御行がやろうとしていることを知っている。盛大な仕掛けなのだ。御行は彼に許可を貰い、警備員にすら協力してもらった。必ず成功させるという意気込みが、これほどまでに大規模な準備を整えさせた。
「ごめん、圭ちゃん」
妹が何を言いかけたのか。御行はそれを察した。たしかに昨日と今日では学園の雰囲気が違う。昨日は大量のハートがあり、カップル誕生の後押しをするような空気が出来上がっていた。それが今日はどうだ。
あの空気感を期待していた圭にとって、これほどの痛手はない。妹の大勝負の邪魔をしてしまった。その事に引け目を感じる。
だが、もう後戻りはできない。成功させるしかない。これは最低条件で、妹の方はもう光上に頼むしかなかった。
「白銀さん」
光上が体を横に向け、圭の両手を優しく握る。彼女も彼へと真っ直ぐ視線を向けた。複雑な胸中を示すように、彼女は指先一つ動かさない。いつもなら握り返すのに、今は小さく震えている。
「
「……?」
「今から目一杯楽しんでもらう。嫌なことを忘れられるぐらいに、君を喜ばせてみせる」
とはいえ、ここであっさり引き下がるのは癪だった。プライドがそれを許さなかった。
「本当に光上さんにできますか?」
挑発的な言い方になってしまう。だがその言葉に、期待が籠められているのも事実。彼はその言葉を受け、挑戦的な笑みを浮かべて頷いた。
「必ずやってみせる」
ああ。もうどうしようもないほどに、彼に溺れている。
その密かな熱意に火傷してしまいそう。
彼の手を愛おしく思いながら、ぎゅっと強く握り返す。
「よろしくお願いしますね」
花も恥じらう笑顔を。
──彼だけに向けた
超重大なことを忘れていました。
この作品は修学旅行編も入ります。そのため、漫画で原作を読まれている方からすればネタバレとなります。そこで、最新巻が出るまで更新を止めるか。それともネタバレ覚悟で読んでいただくか決める必要があります。
作品の更新に関わることなので、アンケートにご協力ください。
修学旅行編について
-
漫画出るまで修学旅行編待機
-
18巻の内容までならOK
-
ネタバレ気にしないから更新続行