三者面談があった日。早坂愛の母親である奈央に招待され、親子の食事に邪魔させてもらった後、四宮家の車で帰宅した。
自分の母親も帰国したばかりで、夕飯はそっちを優先するべきではと思ったのだが、その母親が時差ボケにより睡眠を選択。夕飯は邪魔させてもらえばいいんじゃないとのことで、四宮の別邸まで足を運んでいた。光上家の使用人たちは、自分たちだけの食事となると自由にすることが許されている。その日は鍋パをしたらしい。
帰宅して風呂も済ませると、睡眠から一時的に起きた母親に呼び出された。時差ボケの影響なのか、日本時間の夜遅くになるに連れて目が覚めるらしい。
「面談の場では話さなかったことを話すわよ」
「内容は?」
「晶が弛んできたことよ」
「自分ではそうとは思わないけど」
はっきり言ってしまえば感覚の違いでしかない。他の誰が聞いても首を傾げる内容。自分の小さな変化など、尚更本人には気づきにくいものだ。
「ストレートに聞くけど、気になる子でもできた?」
「気になる子って言葉通りに取るなら、10年前からいるよ」
「じゃあその子以外に」
「どうだろ。距離感が掴めなくなった子ならいる」
突破してきた御行は、友人という枠組みに入れることで距離感を再調整できた。早坂とも一定の距離は保てている。
しかし、圭だけは別だった。御行の妹という時点で、元々距離を測りづらかった相手だ。後輩という枠組みに入れたものの、学校で会うことがないために実感はイマイチ。ほぼ毎朝一緒にいる子、これも曖昧な言い方。
そして、再調整しようと距離を測り直す度に、彼女の位置は変わっている。
「そう。じゃあその子が原因ね」
「……あの子に何かするなら母さんでも許さないよ」
「あらやだお熱い。別に何もしないけど」
「ならよかった」
高等部に入るまで友人らしい友人もおらず、好きな人の影すらチラつかせなかった息子だ。牽制の段階でそれだけ言えてしまうのなら、それだけ心を許せる相手というわけだ。
それができた事自体は喜ばしい。しかし素直には祝福できない。今後の展望を考えれば、能力次第ではその子と距離を取るべきなのだから。
「その子ってどんな子?」
「どうって、普通の子だよ。秀知院には入ってるけど、家としては一般層で裏工作とかとは無縁の子」
「それは困ったわね」
「なにが?」
「その子を
「……どういうこと?」
その場の空気が重いものに変わる。息子の恋話でも始まるのかと思いきや、全然そんなことはなかった。そもそも呼び出したのも、この話をするためだからだ。
「結論から言えば、四宮家とドンパチしちゃうかも」
「は? なぜに?」
「相手の出方次第ではあるのだけど、情勢がね。面倒なことになってきたのよ」
「バランス崩壊でもするわけ?」
「そういうこと。今の四宮家は四大財閥の中でも頭一個抜きん出てるのよ。四皇で言えば白ひげみたいなものね」
「いきなりワンピース出すな」
わかりやすい例えではあった。懸賞金で言えば1人だけ抜きん出ていたのだから。
「雁庵は白ひげとしてもね。3人の子供たちがイマイチなのよね」
後継者争いをしていると言われている息子たち。雁庵としても、自分が退いた後の四宮家は、一番能力の高い人物にしたいはず。だが、光上の母にしてみれば、崩壊への序曲が始まってるようなものだという。
「四宮家はデカくなり過ぎた。でも今更方針を変えることなんてない。プライドが服着て生きてるような家なのだから」
「このままだと財閥同士の激突もあるわけ?」
「他の財閥は大人しいけど、四条家は四宮家との戦争の準備をしているのよね。賢いことに、雁庵が退けば攻め時だと判断してるみたい」
「戦争しないって判断もできてほしいけどね」
「そこはまぁまた今度で。今は四宮家の話よ」
四宮家のことを考えるだけでも億劫なのか、母親は憂さ晴らしをするようにダーツをブルに投げ込む。深く刺さり過ぎているように見えるが、気にしないでおこう。壁に穴が空いてて顔が青ざめるのは使用人だ。見つけるであろう誰かが不憫なだけ。
「未だに雁庵が現役の理由は、
「あそこって帝王学叩き込んでるんじゃなかった?」
「叩き込んだところで、雁庵と遜色ない才能を持っているかは別の話。実際優秀な面もあるのよ。息子のハゲとか。ただ、四宮家を背負えないってだけ」
「巨大国家の崩壊みたいなもんか」
「そういうこと。マケドニアやフランク然り。時のカリスマの死後は分裂したものよ」
四宮家もそうなりかねない。3人が手を組めばそれを阻止できるだろうが、絶対にそうならないと母親は考えている。雁庵がいることで四宮家は最盛期に達しているが、それもそう遠くないうちに終わる。今度は逆に四宮家が弱体化し、反対の意味でパワーバランスが崩れてしまうのだ。
「それで、母さんはそれをどう整えようと考えてるわけ?」
「今の四宮家を凹ます」
「ドンパチする気満々じゃん……」
「面倒だから嫌だけど、あのプライド族は鼻をへし折らないと話聞かないでしょ」
「いや男衆はどうか知らんけど」
かぐやはまだ会話ができる方だ。少なくとも今のかぐやは。かつての「氷のかぐや姫」ならまた話が変わるが。そこに変化を与えた御行の存在は相当大きいものだ。
「最盛期の状態で凹ませれば四宮家も気持ち大人しくなる。息子たちの力量で背負える程度にまで叩く必要はあるけど」
「いやそれバランスが崩壊するんじゃね?」
「私としては財閥制度を消し飛ばしたいけど、そこまでの高望みはしません。パワーバランスを整えられればそれでOK」
目眩がしそうな話だった。あの四宮家と会話だけでバランス調整などできない。放置していては四大財閥のバランスが崩れてしまう。今のうちに叩くのは、それだけの力があると他の財閥に見せつけるため。
これは明らかに、情勢を一新することになる。これまでと同じ感覚で同じ位置にいるのは、難しくなるだろう。
「バランス崩壊は心配しなくていいわよ。はっきり言って、息子たちは
「あー。他の財閥程度にまで下げるのはそのためか」
「そういうこと。四宮家を他の財閥と同等にまで弱めて、且つ内部崩壊させない。これからやらないといけないことはこれよ」
「めんどくさ」
「本当にね」
一切関わらずに放置していてもよさそうな案件だ。光上家は学園の理事が本来の仕事なのだから。しかし、財閥となるとそうもできない話。四大財閥からの寄付金は多い。その内の1つが消えるとなると、相当な痛手である。
そして、なまじ光上家は力を付けていた。対応できてしまうぐらいに。日本では理事長としてのみ知られているが、ヨーロッパではフランスを中心に着々とパイプを広げていたりするのだ。
「ま、そんなわけで。四宮家とは殺っちゃうから。その子を巻き込みたくないなら手を打っておきなさい」
四宮家との衝突はほぼほぼ確定路線となった。経済界での戦争。それは本来市場での競争という形で行われているもの。しかし、裏ではそうならない。直接の潰し合い。交渉と吸収合併の繰り返し。弱みを見せたらそこから喰われる争い。
「ところで、それやるなら俺はフランスからまた戻ってくるんじゃないの?」
「ううん。四宮家の傘下が海外にも増えてきたから、そこを叩くのよ。四宮家には大人しく国内で威張ってもらう」
「あ、そう」
話はそれで終わりかと思いきや。母親はじっと息子を観察して釘を差すことにした。元々甘い部類だとは思っていたけれど、会わないうちにさらに酷くなっていると判断したから。
「晶。私達の立ち位置が、誰からも好かれるなんて思っちゃ駄目よ。どっちつかずで八方美人なとこなんて、鬱陶しいだけなんだから」
「言い方よ」
「世の中の情報戦は、晶が思っている以上に激しいものよ。光上家と他の勢力の間にあるのは決して信頼関係じゃない。利害関係だけ。そもそも私達が築いたとして、信頼関係なんて簡単に壊れるものなんだから、そんな甘い幻想に酔わず、冷酷な現実を見なさい」
「……じゃあなんで母さんは父さんと結婚したのさ」
「こいつの子を生みたいと思ったからよ」
「ストロングスタイルだなぁ」
その感覚は完全に女性のもの。男性である晶には理解できないものだったし、そこに恋愛感情が混ざっていたかも不明である。事実は1つだけ。自分が生まれたことだけ。
「今の晶は何もできないわよ。怖いなら遠ざけることね」
「……わかってる」
「ならいいわ」
甘いのは知っている。早坂に何度も言われていることだから。
きっとこの手は何も掴めない。
そんな強い人間じゃないから。
だから──
(白銀さんとの関わりを続けたら……彼女を傷つけるだけ)
想う故に切り離すべきなんだ。
四宮家との衝突。だがそれはまだ少し先のことで、今はまだ構える必要もないこと。生徒会でかぐやと言葉を交わしても問題ない。放課後に早坂と雑談していても問題ない。少なくとも、日本にいる間はこれまで通りに過ごしていたらいい。
そうやって過ごしていた中、文化祭の準備期間に御行に呼び出された。2人だけで話がしたいと言われ、応接室を借りてそこで話すことに。
「なんだか身構えてしまうな」
「応接室って格別に備品が揃えられてるからな。そこら辺にあるやつでも3桁か」
「その後ろに万が付くわけか……。慣れない世界だ」
「純金の飾緒をぶら下げてるくせに」
「いつも重く感じてるからな?」
適当に言葉を交わし、程よく御行の緊張を解いていく。この場には2人しかいないのだから、場に慣れてしまえば御行も普段の調子が戻るわけだ。
「話というか、頼みたいことがあるんだ」
「文化祭で何か仕掛ける気か? 被害なくできることならいいぞ」
「軽いな!? いやまぁそれもあるんだが……そうだな、先にその話にするか」
「順番は任せる」
話があるのは御行からだけであり、光上は大抵のことなら承諾するつもりでいた。校長に頼めば文化祭の仕掛けも大手を振ってできるだろうに、一度光上に断りを入れる辺り、御行の人柄が出ている。
「文化祭の日に、四宮から何もなければ俺から告るつもりだ」
「ようやくか」
「これ以上伸ばすのも男らしくないと思ってな」
「今更って感じ強いんだが。……で? どう告白するわけ?」
「うちのクラスはバルーンアートをするのでな──」
大量にハートの風船を仕入れておけば、女子たちが膨らませると予想できる。主に藤原千花がそうするはず。それを2日目が始まる前に観測用バルーンの中に入れておき、告白するタイミングで放出させる。
「ロマンチスト~」
「言われるとは思ったよ」
「友人として成功を祈るし、それぐらいなら警備員の方にも話を通しておくから。遠慮なくやればいい」
「すまない。助かる」
文化祭での懸念はそれぐらいだ。後は生徒会の1年生コンビを実行委員に派遣したり、校舎内でできる飲食店を伊井野の巡回ルートに被せたり、藤原を誘導するためのクイズを用意したり。完全に職権乱用による文化祭の私物化なのだが、そこに悪意自体はないため光上も口を挟まない。成功してほしいなと思うし、それがうまく行けば早坂の苦労も少しは楽になるのかなとか思ってる。
さて、その話が済んだところでもう1つの話がある。光上に話す内容としては、こちらの方が本題だ。
「スタンフォード大に合格した」
「まじか。おめでとう」
「ありがとう。で、入学の時期のズレもあるから、飛び級で進学することになったんだが……」
「資金援助か? するぞ」
「そうじゃなくて。……その……四宮と行きたい」
「四宮さんに話せ?」
それを話されても、光上は四宮かぐやじゃないのだから反応に困る。その話をちゃんと本人にして誘って、どうぞお二人でキャンパスライフを送ってくださいとしか言えない。
しかし、少し考えれば当然引っかかる問題があるわけで。光上はそれを御行が正しく認識しているのか確かめることにした。
「四宮本家が口を挟む可能性高いぞ? 彼女は別邸にこそ住んでいるが、本家からの制限がある。スタンフォードともなれば、四宮本家の目が行き届かない。四宮さんが承諾しても、本家が阻止する可能性が高い」
「……やっぱりそうだよな。もちろんそこは考えていた。
「……お前……」
「勝手なのは重々承知だ。光上家と四宮家の話も聞いている。だが、頼めるのは光上しかいないのも事実なんだ……!」
御行が光上に頼みたいこととは、「四宮家との仲介役になってくれ」ということである。スタンフォード大と秀知院学園は提携を結んでいる。フランス校から進学する生徒も一定数いる。だから、四宮家の目が届かなくても、
光上家と四宮家の関係が改善すれば、それを理由にかぐやのスタンフォード大進学への摩擦が無くなることになる。
だが、光上家は四宮家と争うことになるのだ。四宮雁庵が退くまであと何年あるのかは不明だが、早期決戦が予想される。仮に仲介役ができたとしても、その後に衝突しては汚名を被ることになる。それは秀知院学園自体の評判に直接響くことを意味する。
「……俺の一任ではどうにもできない話だ。この話はすぐには返答できない」
「そこはもちろんわかっている。ダメ元での頼みではあるんだ。リスクがあるなら無かったことにしてくれて構わない。他の手も探してはいるからな」
「すまんな。最悪恋の逃避行でもしてくれ」
「ははは、最終そうなるかもな。笑えないが」
その場で答えられるわけがない。友人としては後押ししたいことだ。進路が関わっているなら尚更に。
家に従うか。
それとも友人を選ぶか。
後者を選べば、四宮家は交換条件として光上晶を取り込むのだろうが。
どちらにせよ、圭と付き合えば彼女を巻き込むことは確実。
光上は選択を迫られながら、1つの選択の決意を固めた。
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ネタバレ気にしないから更新続行