文化祭の後、光上は体調を崩していた。2日連続でいつもの生活バランスを崩して過ごした。初日は珍事件により疲労度が増し、回復しきっていない状態で2日目に。圭と過ごすことで疲労は消えていたのだが、キャンプファイヤーの時の
あの時に圭の中で何があったのか。どんな胸中でああなってしまったのか。何もわからない。
わかっていることは、圭を泣かせてしまったこと。そして拒まれたことである。
何かすれ違いがあるのではないか。もう一度会って話そう。そう思っていたのだが、体調を崩して寝込んでしまっている。圭からも、しばらくは会いたくないとラインが送られており、先行きは真っ暗だった。
そもそも、会って話して何になる。予想とは違う展開だっただけで、どのみちこうなったのではないか。
「へいへい息子~! いつまで寝てんのよー!」
息子がウジウジ考えている部屋に、勢い良く扉を開けて部屋の中に入ってくる母親。ベッドで横になっている息子を引きずり出し、床へと放り投げる。
「病人相手にいきなり何すんの!?」
「あら元気じゃない。学校行きなさい」
「誰でもこうなるわ!」
「はい制服」
「会話になってない……」
しかし、体自体は調子を戻してきているのも確かだ。授業を受けるくらいなら問題ないだろう。そう思い、制服を受け取ってじーっと母親を見つめる。母親もその視線を受けて頷き──椅子に座った。
「部屋から出ろよ!」
「思春期ね。母親相手に恥じらうこともないでしょうに。チェリーボーイ」
「うぜぇ」
「失礼ね。私なりに元気付けに来たのよ」
「やり方が酷え」
「いいから着替えなさい。そして学校に行きなさい」
そんなやり取りがあったのが今朝のこと。
そうして学校に来た光上だったが、高等部内で圭との一件があったのだから、高等部に着けばそれを思い出すわけで。思い出したら気落ちするのも当然の流れ。悶々と悩み続ける光上は、いつもなら寝ているような休み時間でも起きていた。
「光上くんが起きてる……」
「まだ体調が悪いんじゃ……」
普通とは逆の反応。しかしそれがこれまで光上が積み重ねきた結果である。周りの会話が耳に入っている様子もなく、ただ虚空を見つめているだけ。いや、それすら見ていないか。目が開いているだけだ。
光上のそんな調子を見るのは誰もが初めてである。ずっと同じクラスだった四宮と早坂も、彼のこんな様子を見たことはない。早坂は光上から話を聞こうかと
これまでなら話を聞くとすぐに決めていた。放課後にこっそり会うか、ケースは少ないが昼休みに話しかけることも。しかしこの時早坂は迷った。早坂も早坂で、文化祭での出来事を意識していた。
「光上大丈夫かー?」
光上の前の席に座っている男子が声をかけた。さすがに精気を失った人間が真後ろにいると、落ち着いて授業を受けられないのである。
声をかけても反応が返ってこない。光上の目の前で手を振ってみる。そうするとようやく反応があり、男子と光上の目が合った。そんな気がしただけで、実際には合っていない。
「これ何本に見える?」
光上の視線上に合わせてピースする。
「ペンギン」
「駄目だこりゃ」
クラス全員がそう思った。
どう対処すればいいかもわからず、光上には悪いけど放置しようという結論に至った。
そうして訪れる放課後。テストも文化祭も終わっているため、本日は午前中だけである。光上は生徒会に顔を出した。担任からは帰るように言われたが、今の光上の耳に届いていなかったようだ。生徒会室に入ってみると、女性陣はまだ来ておらず、石上と御行の2人がいた。これから昼食を取るのだろう。
「あ、光上先輩。体調は大丈夫ですか?」
「墓ってオンラインで買えるかな?」
「駄目そうですね」
絶不調であることは明白で、石上は光上をソファに座らせる。背もたれにがっつりもたれかかるように。
それが済んだら自分も座り直し、石上はそこで配置をしくじったと痛感した。右隣には、最近睡眠不足で顔色が悪い御行。御行は自身の案件もあるが、妹の圭のことが気がかりなのである。光上と何かあったことはわかっても、その詮索ができない。光上は体調を崩していて話を聞けないでいたし、登校してきたかと思えば、負の塊となっており、聞くに聞けない。
石上の左隣には、その病み上がりのはずが絶賛病んでいる光上。石上はまさに負のオーラによるサンドイッチ状態。オセロなら石上も闇落ちである。
「あら、光上くん来てたのね。てっきり帰ったのだと思っていたのだけど」
「うん、まぁ……」
光上にとっても居場所となっている生徒会室。さらにそこの役員たち。この空気に囲まれることにより、光上は多少の回復ができているようだ。その事に石上はほっと一安心。自分の昼食に手を伸ばす。
だがその隣で御行は身構えていた。光上は休んでいて知らないが、今の四宮はかつて「氷のかぐや姫」と呼ばれた四宮かぐやだ。性格が大きく変わっているような感覚に、御行は頭が追いついていない。
しかし、光上と違って察しが悪くない御行は、この日の四宮の意図を汲み取ることができる。
「お腹が空きましたね。使用人が帰省中だということを忘れていました」
お弁当分けてアピール!
最近寝付けないから、弁当を自分で作ったという御行。彼が作るのは当然一般的な弁当であり、四宮かぐやにとっては非日常の光景。御行自身が作ったのだから、それを食べれば御行の料理を食べるも同然。
特にタコさんウィンナーが欲しかった。それは御行が作ったものではないと指摘してはいけない。隠すことも時には優しさである。
「かぐやさんお腹空いてるんですか~? 私のお弁当分けてあげますよ~」
ここで乱入してきた藤原千花。天然娘という災害は防ぎようがない。早坂に足止めを頼んでいなかったのが失敗だ。
「この卵焼きは砂糖がたっぷり使われていて美味しいですよ!」
「遠慮しておくわ。私甘いものは控えてるの」
「甘味は正義です!」
「千花ちゃん虫歯には気をつけなよ」
「もちろんですよ晶くん。……! 晶くんが名前で呼んでくれた~!」
これには一同驚愕である。藤原に後ろから抱きつかれている光上に視線が集まる。だが光上自身は自分が藤原のことを下の名前で呼んだという自覚がない。思考力が皆無となり、今もなぜ藤原が喜んでいるのかわからないでいる。
「話を戻しますよ藤原さん」
光上の発言に驚きはしたものの、虚ろな目を見てある程度察した四宮。話が中断されたことも癪であり、少し口調を強めて藤原に声をかける。
「自称ロカボガールを名乗っているのなら、もう少し食事を考えるべきじゃないかしら。麺類も入ってるし、春雨だって糖質量多いじゃない。他の野菜も糖質量が多いものばかり。肉をたくさん食べたらローカーボってわけじゃないのよ? これじゃただの食いしん坊」
「いやぁぁぁ!! かぐやさんが石上くんみたいな言うーー!!」
正論によるボディブロー。何も石上だけの特権ではないのだ。主な原因は殴りやすい藤原の言動である。
「ご飯は美味しく食べるのが一番でしょ! ねぇ! 晶くん!」
「千花ちゃんはその栄養が胸に行ってるもんね」
「は?」
「晶くん、それはデリカシーないよ? 女の子に嫌われるよ?」
「──っ!!」
胸の大きさにそれは関係ないだろと言いたかった四宮だが、光上の様子がおかしいことに気づいて口を閉じる。他の面々も再度光上に視線を集めた。女の子に嫌われると言われた瞬間、徐ろに肩をビクッと反応させたのだ。
やはり圭と何かあった。御行以外の全員がその確信を抱く。だがその内容を聞くことはできなかった。
藤原が起爆したせいである。
その威力は凄まじかった。光上は心に核弾頭を撃ち込まれた気分になった。いつものメンタルではないため、ガードも何もない。ゴッドハンドクラッシャーのダイレクトアタック。ワールドブレイカーである。
「そ、だねっ……!」
「「!?」」
掠れた声が漏れ出た。その声は上擦ってもいた。彼の目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。
これには全員が動揺し、意図せず爆撃してしまった藤原はおろおろと混乱する。
「ごめ……。ちょっと出るわ……」
「あっ……」
涙を拭うことなく、フラフラとした足取りで生徒会室を出ていく光上。彼があそこまで弱っているのを誰も見たことがない。彼が弱さを見せた瞬間すら見たことがない。
いつも余裕を持って生活している光上が、一切の余裕を無くしている。
「わ、私謝ってきます!」
「探すの手伝います!」
「やめておきなさい」
「どうしてですか!?」
光上を追いかけようとした藤原と伊井野を四宮が止めた。何故追いかけさせてくれないのかと、藤原は目で訴えかける。自分のせいなのだから、謝らないといけないのに。
「今の彼の下に行く気? 追い打ちをかけるだけよ。精神状態が安定した時に謝るべきね」
「……でもっ……!」
「四宮の言う通りだ。2人とも、今はそっとしてやってくれ」
光上が、唯一友人だと公言している御行にそう言われると、藤原も伊井野も追いかけることを諦めるしかなかった。
藤原は零れそうになる涙を堪え、ぎゅっと下唇を噛み締めた。泣く資格なんてないのだと自分に言い聞かせて。
生徒会室の様子をもちろん早坂は見ている。いつもと同じ空き教室でタブレットを眺め、生徒会室内で起きたことに驚いている。早坂もまた、彼が泣くところなど見たことがない。
探しに行こうかと思ったが、御行と四宮が藤原たちを止めているのも見ていたため、気にかけるだけに留まる。圭と何があったのかを、早坂も知らない。圭とのラインでのやり取りも、文化祭以降途絶えたままだった。だから早坂は、圭の方も気がかりだったりする。
「早坂……」
どうしょうもないなと思っていたら、彼の方からやって来た。表情は見えないが、雰囲気が暗い。涙は止まっているものの、立ち直れているわけではないようだ。考えてみれば、朝からギリギリの状態だったのだろう。文化祭の日に
早坂が腰掛けている席の後ろに座り、机に突っ伏して顔を隠す。タブレットで生徒会での様子を見られていると知っているだろうに、醜態を見せたくないとするのは男のプライドか。
「圭と何かあったようですね」
「……っ。……うん」
正直、返事が来るとは思っていなかった。内容は話さないかもしれないが、反応が返ってくるだけでもありがたい。
早坂はイヤホンを外し、タブレットをスリープモードに変える。
「何があったかは、話してくれませんよね?」
「…………嫌われたかもしれない」
「何言ってるんですか?」
いやそれは絶対ないだろうと言いたかった。しかしその時の状況を知らないし、圭からの情報もない。今の早坂にできることは、話を聞きながら整理すること。彼の気持ちを少しでも落ち着かせることである。
「何度か周りに指摘されてたのにさ……、それが何か自覚できてないし。
「何やら重大なことが飛び出してきましたが、そこは話す気もないのでしょうね」
「うん……。失言して今焦ってる」
「そうは見えませんが……。なんにせよ圭から話を聞かないことには、まだ結論付けることができません」
「会いたくないって言われた」
「……えぇー」
本当に何をしたのだろうか。セクハラでもしたのだろうか。しかし光上に限ってそんな事はしないだろう。
早坂は光上への信頼を元に仮説を立てていく。嫌われたというのは光上の勘違いで、重大なすれ違いが起きているだけだと。圭からの情報がないことには、確信的な部分が見えてこないが。
半分だけでは真相が見えない。ならば、圭から話を聞ける人物を助っ人に呼ぶしかない。その人物を頭に思い浮かべ、大丈夫か不安になる。圭が相手なら変な展開にはならないと信じたい。
この後の事を考えていると、光上のお腹が鳴った。彼はお昼を食べていないことを思い出し、早坂は弁当箱を取り出す。早坂もお昼はまだなのだ。
「分けてあげるので、一緒に食べましょう」
「いいよ。早坂のお弁当なんだし」
「また体調を崩しますよ。食べなさい」
光上の上体を起こさせ、机に伏せられないように弁当を自分たちの間に置く。光上はその弁当を見て首を傾げた。四宮家の人間らしくない弁当だ。もちろん早坂がそれを隠すためだと知っていても、それにしても違和感を抱いてしまう。
「時間があったので自作しました。四宮家の使用人たるもの。並大抵のことはできないといけないので。さすがに本職には負けますが」
「十分凄いと思うけどな。俺なんて料理とかあんまできないし……」
「はいそうやってすぐに自分を卑下にしないでください」
「ごめん」
「気を取り直して、こちらからどうぞ」
個数のある具材はすべて偶数個ある。それを半分ずつに分けるのは容易く、弁当の定番である卵焼きを箸で摘んで差し出す。光上が渋ったため強引に口に入れ込んだ。光上は食べ物を粗末にせず、強く迫られたら大人しく口を開くため食べさせやすい。
光上の口に卵焼きを入れ、彼が咀嚼している間に自分の分を箸で摘む。そこで早坂は気づいた。同じ箸を使ってるなら間接キスと変わらないということに。顔に熱が帯びていくのを感じながら、光上へと顔を向ける。彼は気まずそうに視線を逸らした。先程渋っていたのは、これに気づいていたからか。
(でも、文化祭の時は……ぁ……っ!!)
早坂は「あの時に比べればマシ」と考えることで落ち着こうとし、文化祭での出来事を思い出して自爆。早坂は弁当を食べ終わるまで、終始暑そうにしつつ、圭への罪悪感に苛まれた。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行