愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第40話

 

 圭たちが日本でクリスマスイヴにクリスマスパーティー兼お正月を過ごしていた一方で、光上はフランスでクリスマス当日にクリスマスパーティーに参加していた。

 秀知院学園のフランス校に子どもを通わせている政治家の1人が主催したパーティー。社交場と言ったほうが今回の雰囲気には当てはまっていそうだ。一級ホテルを貸し切りにしてのパーティー。その世界に慣れていない人が聞けば卒倒しそうなほどの豪華さ。参加者も出される食事も装飾も、何もかもが世俗を離れた上級もの。

 

(味噌汁飲みたい)

 

 その会場で低アルコールの酒をちびちびと飲みながら、光上は日本の料理に思いを馳せていた。フランスの料理だって好きだ。文化が違うのだから、味が違うのも当たり前。日本では見ることのないような料理だって多い。それはそれで好きなのだが、今の彼の舌は日本の味噌汁を求めていた。

 

(風にでも当たるか)

 

 会場の東側にはテラスがあり、そこからセーヌ川越しにパリの街並みを見られる。視線を少し北にずらして行けばエッフェル塔があり、夜の街を静かに鑑賞するには申し分ない。近くに庭園があり、民家が比較的少ないのも静けさの要因だ。

 光上はエッフェル塔には見向きもせず、手すりに手を置いて街を眺める。特に見たいものがあるわけでもなく、ただ東の果てには日本があるだけだ。

 

お隣いいですか?

もちろんいいですよ

ありがとうございます

 

 当然だがここにいる人たちとの会話はすべてフランス語。光上も慣れた様子で言葉を返し、隣りに来た人を見て盛大に咽た。

 

「なっ!? なんで()()()()()()()()!?」

「やっほ~。来ちゃった~」

 

 信じ難い事だが、ゆるふわトーンで話すその人物は、見間違えようもなく藤原豊実その人である。藤原家の長女にして、あの千花にすら「何考えてるかわからない」と言わせる怪物。そして、光上が生まれて初めて苦手意識を持った相手でもある。

 

「来ちゃった~って、いやいや、えっ!?」

「あはは~。晶くん驚き過ぎだよ。そんなあり得ないって顔されると、お姉さん寂しいなぁ~」

「すみません。けど、いやどうやってここに?」

「飛行機で来たよ」

「そうでしょうけど!」

「あ、飛行機でホテルに来たわけではないからね?」

「それしたらテロですよ!」

 

 光上が苦手意識を持っている理由は、豊実にやたらと遊ばれるからである。豊実と遊ぶのではなく、豊実に遊ばれる。ここがミソだ。千花が伊井野をおもちゃのように扱っているのと同じく、豊実も光上をおもちゃのように思っているのだ。過去にも「晶くんで遊ぶのって楽しいね」と言われている。

 それはさておき、光上が言いたかったことは移動手段の話ではない。()()()()()()()()()()()()()()。この会場は完全招待制であり、主催者からの招待券がないと入れない。警備体制も敷かれており、忍び込むのも不可能だ。

 

「お母様が外交官だからね~。そのコネがあるんだ~」

「ここのコネクションもあったとは」

「私個人のコネもあるんだけどね。フランス校との交換留学とかやってたからその時に」

「意外とアグレッシブですね」

「私は私だからね~」

 

 社交場であるために、豊実もまたドレスに身を包んでいる。海外でも周囲の目を引くような美貌。出るところは出ており、それを恥じらうことなく堂々としている姿は、同性からの人気も高いとか。幾度となくモデルにならないかとスカウトされ、悉くを拒んでいる。

 

「モデルになるとおじさん達がヤりたがるじゃん? それ込みで勧誘してるってのも見え見えだからね。キモいな~って断ってるの」

「ヤるってそんなっ……」

「照れちゃってる~。晶くん可愛い」

 

 頬が赤くなり、豊実から視線を逸らす。豊実はその反応を楽しみ、赤くなった光上の頬をつんつんと突いて遊ぶ。

 

「ほ、本題は何なんですか? たしか毎年ご家族で過ごされてましたよね?」

「うーん。うちのクリスマスがキモいってのもあるんだけど~」

「クリスマスがキモいってなんですか」

 

 原因は自分にあるということを、豊実は清々しく棚に上げていた。

 

「千花に頼まれちゃって」

「藤原さ……千花ちゃんにですか?」

「あ、その呼び方懐かしい~。ねぇねぇうちの千花もらってくれない? あの子まだ処女だよ?」

「何言ってるんですか!? 俺と千花ちゃんはそういう関係じゃないですし、なりません!」

「そんな……! 処女に夢見るのが童貞なんじゃ……!」

「失礼だなこの人! さてはお酒で酔ってますね!?」

「ノンアルコールだよ~」

「シラフでこれなの!?」

 

 ほんのりと色づいている頬は、メイクのそれか冬の夜による冷えのどちらかのようだ。

 話が一向に進まず、光上は千花に何を頼まれたのか聞いた。多少の推測を立てつつ。

 

「ん~。自分から振ったんだからちゃんと話してね?」

 

 ハメられた。光上はそれを察した。圭は藤原家に何度も遊びに行っている。泊まることもしばしばある。千花とも仲が良く、豊実もまた圭のことを可愛がっている。

 その圭に関わることで、光上に話を聞くためだけにフランスに来ている。先程までのやり取りも、光上が話さざるを得ない状況を作り出すための罠。巧みな話術によるものだ。

 

(これが棚ぼたってやつね~)

 

 豊実自身はそんな計算を一切していないが。なんかいい感じにハメられたなと自ら感心している。

 

「……文化祭の日に、白銀さんに話しておきたかったことがあったんです」

「白銀さんってどの? 会長くん? お父様? お母様? ペス?」

「ペスは藤原家のペットでしょ! 圭さんです!」

「なんでさん? ちゃんじゃないの?」

「その呼び方は過去に拒まれたので」

「なら仕方ないね。さん呼びでいいよ~」

「なんでこんな許可をもらってるんだ……」

 

 またもや脱線させられたが、気を取り直して話を再開する。あまり気乗りしない話だが、話さないといけない状況を作り出されたため逃れられない。

 

「圭さんに話そうとしたら、急に様子がおかしくなって。何かに怖がっているようで、心配して伸ばした手を弾かれてしまって。……涙を落としながら走り去った彼女を、動揺して追いかけられなかったんです」

「それはたぶん生理だよ」

「……こんなの初めてで」

「じゃあ初潮なんだね~。圭ちゃんも焦っちゃったんだよ」

「くそっ! 真面目に相談したらこれだよ! だから嫌だったのに!」

 

 そんな回答が飛び出してくるとは予想だにしなかった。話にならないとして立ち去ろうとした光上を呼び止める。もうふざけないと約束され、光上も渋々その場に残る。大人の女性の意見は貴重だと判断したから。あと、後日に何されるかわかったものじゃないから。

 

「思い当たる節は?」

「それがわからなくて……。彼女が会いたくないって言ってるので、もう会わないほうがいいのかなって思ってます」

「うわっ、それは最低だよ晶くん」

「なんでですか?」

 

 どうしたらいいか分からず。悩んだ結果の結論を否定された。光上は僅かに反感を抱きつつ、豊実に視線を向けた。いつものぽやっとした雰囲気が残るものの、豊実は真面目な顔をしていた。

 

「だって、それってつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「紛い物だなんてそんなこと──」

「ないってなんで言えるの? だって、圭ちゃんから迫られたからそれに合わせてただけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

「晶くんは──本当に圭ちゃんのこと好き?」

 

 何か言おうと口を開き、それでも言葉が何も出てこない。その事に光上は悲しげで悔しそうに顔を歪めた。

 そんな様子を見て、豊実も光上のことを暴いていく。すり抜けていくように、あっさりと彼の核心に迫る。光上が苦手意識を持つのも、豊実の方が上手で自在に距離を調整できるからか。それとも、何でも見透かしたように話してくるからか。

 

「好きだとして、圭ちゃんのどんなところが好きなのかな? 圭ちゃんに好かれた晶くんにしか見えないものがあったはずだよね~」

 

 自分にしか見えない圭の姿。それが何かを考える。本来なら考えなくても出てくるはずのそれを、光上は考えた。考えた上で、圭の姿が霞んでいく。その事に自分の内側が冷えていくことを感じた。

 

「見えてないでしょう?」

 

 圭に見てほしいと言われたのに。圭をちゃんと見ると決めたのに。

 何も見えていなかった。

 

「なんで見えてないかわかる?」

「……」

「難しいか~。今回だけは全部教えちゃうね~」

 

 豊実は光上をテラスにある椅子に座らせ、その対面に自分も腰掛けた。華やかな令嬢としてではなく、1人の姉として光上と話す。少しだけの人生の先輩として。

 

「晶くんは自分がないんだよ」

「俺にも意思はありますよ」

「本当かな~? じゃあ晶くんは()()()()()()()()()?」

「ぇ……」

 

 にっこりと包み込むような笑顔で放たれた言葉なのに、光上には豊実の言葉が深く刺さった。その言葉の意味はわかっていないのに。

 

「私には光上晶くんの居場所が映らないんだよね~。そこにいるはずなのに、どこにもいない。そんな感じ」

 

 阿天坊にも言われたことだ。虚ろであると。御行には、自己否定が根底にあると言われた。それらはいまいちピンと来ていない。だが、今ならそれらが光上に届いていく。

 

「ずっと受け手だったでしょ? 何かがあってそれに反応する。ずっとそうしてきたから、自分発信ができない」

 

 現状を保つように生きてきた。自らバランスを崩すようなことをするわけもなく、だから受け身の姿勢が身についた。

 

「圭ちゃんのどこが好きか。理由なんて後付けでしかないけど、言葉にしないと伝わらないから。そこは必要なところなんだ~」

「どこが好きか……」

「うん。圭ちゃんの仕草とか言動とか性格とか。なんでもいいけど、言葉にできるようにならないと駄目だよ~」

「でも……考えても見えてこないんです……」

「晶くんは自分をわかってないもん。まずはそっち」

 

 俯きそうになる光上の額を指で押す。しっとりとした指はぐーっとゆっくり光上の視線を戻させた。光上と視線が合うと、豊実はにっこりと微笑んで指を離す。

 

「自分って、どうやったらわかるんですか?」

「そんなの私に聞かれても困るよ~」

「え……」

「私は晶くんじゃないもん。それは晶くんにしかわからないこと」

 

 豊実は中にスタッフに声をかけ、飲み物のおかわりを注文する。光上もそれに便乗して飲み物を頼んだ。

 

「じゃあ豊実さんは、どうやって自分を知ったんですか?」

「知りたい~? お姉さんのこと」

「揶揄わないでくださいよ」

 

 豊実が頼んだワインが届けられる。ボトルを開けてもらい、グラスにワインが注がれる。ちゃっかり光上の分も。

 

「ワインは俺の年齢じゃ駄目ですよ!?」

「気にしない気にしない。ワインみたいなジュースだから」

「本当ですか?」

「匂いを嗅げばわかるよ~」

 

 半信半疑で匂いを嗅ぐ。たしかにアルコールは感じられず、飲んでみてもアルコールの味はしなかった。本当に見た目だけがワインのジュースだったようだ。

 

「それで、豊実さんはどうやって知ったんですか?」

「私はそれを考えたことないよ~」

「え?」

「私は私だからね~」

 

 豊実はワイン風ジュースを飲み、夜景を一瞥してから光上に視線を戻す。どう話すか悩んでいたようにも見えた。

 

「晶くんはさ、何のために生きてるの?」

「いきなりなんですか」

「だって、子供は生まれることを選べないでしょ? 男女がヤって生まれるわけだから」

「ドストレートに言いますね」

「生まれたこととか、育てられることとか、親に感謝することはあるよ? でも、だからって親のために生きるのは違うと思うな~。もちろんそれを選んでやるならまだしも、晶くんは流されてるだけだよね?」

 

 光上家のひとり息子として生まれた。将来は学園を理事する立場に立つことが決まっている。これは、豊実が言うように用意された道だ。光上晶が立てた将来設計ではない。

 

「うちはそういう家じゃないから、晶くんとかかぐやちゃんの苦悩はわからないよ? でも、あえて言わせてもらうけど、()()()()()()()()()?」

「──ッ!」

 

 それは、かつて光上本人が早坂に言ったことと同じである。自由のない生活は楽しいのかと。光上自身は、納得していると早坂に言った。しかし豊実の目からすれば、そこに光上晶の意志がないのだ。

 

「一度きりの人生で、その命と体はその人のもの。なら自分が楽しめて幸せになれるように生きたらいいじゃん。私は胸を張って言うよ。私は私のために生きてるって」

 

 誰かのために生きるんじゃない。親のために生きるんじゃない。この世に生を受けたのだから、自分が主役なのが当たり前。自分の人生を彩るために生きている。それが藤原豊実の考えで、千花や萌葉もそういう生き方をしている。

 

「誰かのために生きることは否定しない。そこに本人の意志があるならね。だから、君の幸せはなーに? 何がしたくて生きてるのかな?」

 

 人生の目標とは何か。生き甲斐だと口を揃えて皆が言うだろう。では、なぜ人生の目標が生き甲斐となるのか。そこを考えた人はどれだけいるのか。

 考えなくても、理解している人は理解している。それが当たり前のことだと思っている。自分の人生を彩るものが生き甲斐。幸せになれると信じて突き進み、充実感を得られるから、それが生き甲斐なのだ。

 用意された道を歩くことが幸せなんじゃない。与えられた目標を達成するのが幸せなんじゃない。自分の頭で考えて、自分の意志で決めるから、それが幸せに繋がるのだ。

 

「冬休みの間はこっちにいるんでしょ? フランスの子と交流しながら考えてみるのもいいんじゃないかな~」

 

 そう締め括った豊実は、光上の手を引いて会場内へと戻る。会場内ではフォークダンスが始まっており、先程から何人かの男性の視線が豊実に向けられていた。ちやほやされるのは悪い気がしないが、フォークダンスともなるとボディタッチが増える。気のしれない相手にそれを許すほど、豊実は寛容じゃない。

 

「付き合ってもらうね~」

「……いいですよ」

 

 わざわざフランスまで来てくれて、大きなアドバイスをされたばかりだ。これぐらいのことは付き合う。

 絹のように綺麗な手と手を重ね、体を寄せ合う。社交場でのダンスは光上も一応経験がある。だが、女性を意識するようになってからは初めてだ。そして豊実は断然美人の部類であり、仕草が艶っぽいところもある。光上は珍しく緊張した。

 

「ふふっ、やっぱり晶くんか~わい~」

「そういうとこが苦手です……」

「知ってるよ~。これは圭ちゃんには内緒にしないとね~」

「質が悪いですよ」

「自業自得だよ。あ、こっちで年越しするから、帰るまでよろしくね?」

「え?」

 

 帰国するまで振り回されることが確定するのだった。

 

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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