各々いろんなことがあった冬休みが明けた。伊井野は腕が折れ、石上は罪悪感に苛まれ、片や生徒会長と副会長は正式に付き合い始めた。自分たちの周りの恋愛事情が大変なことになっており、その事に引け目を感じはするものの2人は付き合い始めた。青春とは刹那の時間であり、付き合いを始めることを責められるいわれもないので、御行とかぐやのメンタルが強かったなという話なだけだ。
光上はというと、生徒会室のソファでぐったりしていた。藤原豊実に振り回され、その回復が追いついていないのである。夢にまで侵蝕してきたらしい。
「圭ちゃん以外の誘惑に負けないようにしないとね」という名目で、デートの毎日。豊実の行きたいところに東奔西走。冬休みという期間内に2000キロ弱の移動をしていた。ホテルは同室にさせられ、わざとボディタッチが増やされ、光上の精神はゴリゴリと削られていたのだ。
「お姉様がすみません」
フランスでの滞在期間中に何をしていたか聞かされた藤原は、毎日デートしたと聞いて飲み物を吹き出した。萌葉ですら、それはやばいと血の気が引いていた。
そんな姉に代わって、藤原はソファに深く腰掛けている光上に謝罪。そのまま、冬休み前に泣かせたことも謝罪する。
「藤原さんが謝ることじゃないよ。俺がしっかりしてなかったせいだから」
藤原は光上の雰囲気が、前と少し変わったことを感じ取った。冬休みの間にいろいろとあったのだろう。あの姉に散々振り回されたのだから、よくわからない成長をしたのかもしれない。
「晶くん聞いてください」
「なにを?」
安心と若干の不安を抱えつつ、藤原は光上に話しかける。ソファにもたれていた光上も、体を起こして話を聞く態勢になる。
「最近皆さんの私に対する態度が酷いんです」
「そうなの?」
死んだ魚の目で言った藤原の言葉を受け、光上は御行の方に視線を向ける。御行はしばらく唸り、否定する材料を見つけられずに肯定する。石上と四宮はいつものことなのでスルーし、藤原を一番尊敬している伊井野に目で問いかけた。
「私はまだ尊敬してます」
「まだ?」
「俺もそんなことはないと言いたいのだがな。ハゲヅラ被ってくる女はどうにも擁護できん」
「藤原さんそんなことしてたんだ」
「かぐやさんの誕生日祝いにサプライズしたかったんですよ!」
「発想が飛び抜けてるね~」
「えへへ~。でしょ~?」
「藤原先輩。それ褒められてないですからね?」
石上の指摘は届かなかった。今も昔も変わらない接し方をしている光上の言葉を、都合のいい解釈で受け入れるほうが精神的によろしいからだ。
「それでは今からゲームします」
「前振り雑過ぎないか?」
「皆さん散々私をコケにしてくれましたからね。私の認識を改めてもらいます」
「なにやるの?」
「愛してるゲームをやります!」
愛してるゲーム。ルールは簡単。要は相手に告白するように好意を伝え、相手が照れたり恥ずかしがったりしたら負けである。
「ミコちゃん……愛してる」
「!!」
「こんな感じで照れたら負けです」
元々伊井野は藤原のことを尊敬している。段々と現実を認識するようにはなってきたが、未だに尊敬する先輩であることには変わりない。そして好意を向けられることに慣れていない伊井野が、こうして藤原に迫られたら照れるのも当然である。
「私と皆さんで勝負してもらいます」
「そんなんで照れるわけないでしょ」
「石上くんシットダウン!」
石上と藤原がソファに座って向かい合う。先にソファにいた光上は立ち上がり、伊井野の隣りに移動して見守ることに。
今日の藤原は自分が勝利者になるために本気である。石上のことを分析し、いつも必ず一線を引いてくれていることを指摘。苛つきよりも先に楽しさが来ることを伝え、それから「好きだよ」と締め括る。これには石上も照れて俯いた。
「はいドーン! クソザコ極まれりー!!」
役者になれるのではないかと思わせるほどの態度の変容。石上の背後に移動し、全力で後ろから煽っている。その切り替えの早さに周囲は無言で見つめるしかない。
「どうしたんですか~? ウブちゃんでちゅか~?」
「そうやってすぐに調子に乗るところ改めた方がいいですよ」
「あらら~負け惜しみ~」
「人を弄ぶような嘘は嫌いなんです。ねぇ? 光上先輩」
「今のが嘘だったら、ね」
「え?」
「はい。今言ったことは本当ですよ」
ぽんと石上の肩に手を置いてそう言った藤原を、石上は照れながらも見直しかける。
「はいドーン! 学習しませんね~」
「しつけぇぇ!! いいんですか光上先輩! これは許容範囲なんですか!?」
この手の話は光上の許容ラインぎりぎりのこと。だから助けを求めるなら光上に言うのが最良の判断である。
「揶揄い過ぎてるわけでもないし、藤原さんはこういうの本音でしか言えないからね」
「あ、晶くん!?」
「だから、石上くんが一線引いて接してることは、本当に好きなんだと思うよ」
「なんでそういうこと言っちゃうんですかー!!」
石上と藤原に同時に勝利した光上。思わぬ横槍に藤原は猛抗議。光上の胸倉を掴んで激しく振る。体裁を一切保てていないその姿が、光上の分析が正しいと証明してしまっている。
「こうなったら晶くんと勝負です!」
「手当り次第じゃん」
「シャラップ!」
光上に口を閉じさせ、一歩下がって距離を取る。こういうのは物理的な距離でも心理的に作用するもの。初めから近い位置ではなく、
「この中だと、晶くんが一番長い付き合いですよね。かぐやさんとは中等部から仲良くさせてもらってますし」
「俺達は初等部の頃に知り合ったもんね」
「はい。晶くんは誰とでも距離を置いちゃいますけど、その癖して誰よりも優しくて、心配性ですよね。何かあったらその情報を集めて、丸く収められないか苦悩して。優柔不断なところもありますけど、それは誰も傷つけたくないから。そういう優しくて頑張り屋さんなところ、私は大好きですよ」
「うん。ありがとう」
「……あれ~?」
全く動じない。にこやかに藤原の言葉を受け止めた光上に、御行と石上から賞賛の声がかけられる。しかし光上は内心では焦っていた。むず痒さに耐えるのに必死だった。それもまた、冬休みに豊実に鍛えられたおかげである。まさか感謝する日が来るとは思っていなかった。
光上が動じなかったことにきょとんとする藤原へ、今度は光上から仕掛けられる。
「人一倍他人思いなところがあって、いつも笑顔で話しかけてくれるよね。元気がもらえるその笑顔に助けられた人は、俺以外にもいると思うんだ。ありがとう。そういう千花ちゃんが好きだよ」
「~~っ! ず、ズルいです! ここで名前で呼ぶなんて卑怯です!」
「あはは、ごめんね藤原さん」
「あー! 戻さないでください~!」
「すごいな。藤原が翻弄されてるぞ」
「まぁ、今の彼のやり方はたしかにズルいですからね」
(会長にいつ名前で呼んでもらおうかしら)
自分が勝つために始めた愛してるゲーム。後輩2人には勝てたものの、同学年の光上に敗北。この流れなら回ってくるのかと御行は身構えたが、藤原の矛先は変わらず光上のままだ。
それもそのはず。この愛してるゲームは、本当の狙いが別にあるからだ。
「晶くん。圭ちゃんが相手ならどうですか?」
「……ぇ」
(藤原書記の狙いは初めからそれか)
クリスマスイヴに圭に言ったこと。代わりに光上の気持ちを聞き出してみせるという約束。藤原はそれを切り出すために、それに近いゲームを用意してきたのである。その手法に、イヴの日に盗み聞きしていた御行と四宮は感心する。
「圭ちゃんのこと、好きですか?」
「……
「じゃあ、圭ちゃんが他の男の子と遊んでたら?」
「内容にもよるけどデートなら嫉妬する。というかめっちゃ嫌だな」
「ふふっ、それなら圭ちゃんのことが嫌いって線はないですね」
「それは絶対にない」
即答だった。圭のことが嫌いだなんてあり得ないと光上は言い切った。その事に、話を聞いている周囲の人間もほっとする。伊井野なんて安心しきってその場にふにゃりと座り込んだ。一番心配していたらしい。
ひとまず、最悪のシナリオはまず無くなった。
「白銀さんと……一度会ってきちんと話がしたいと思ってるよ。でも──」
「なら善は急げですね!」
「はい?」
「
光上の手を引っ張って生徒会室を飛び出す。向かう先はとある教室。拗れ続ける前に、早い段階で直してしまえばいい。2人の気持ちは、僅かなズレですれ違っているだけなのだから。
「圭ちゃんを正面から、しっかりと真っ直ぐに見てください」
「うん」
「圭ちゃんだって、まだ14歳の女の子なんです。心が未熟なのは当たり前です」
「うん」
「それでも、あの子の気持ちは一人前の女性のものなんです」
「そうだね。俺はそれを正しくはわかってなかった」
その教室は、光上にとっては見慣れた場所。早坂がいつも使っている空き教室。そこに到着するとすぐに、藤原はドアを開けて中に入った。
「書記ちゃん聞いてたプランと違うし~」
「臨機応変に、ですよ」
「はぁ。ウチらは退散しますか」
「ですね~」
教室の中にいたのは、早坂と圭の2人だった。光上がそうしていたように、圭とタブレットで生徒会室の様子を見ていたようだ。
この作戦は藤原と早坂で立てたもの。クリスマスイヴに圭と話した内容を早坂と共有し、どういう流れなら光上から話を聞き出せるか会議。その会議の中で愛してるゲームが生まれ、これならいけると判断。圭には高等部に来てもらい、早坂とタブレットで様子を見てもらおうという作戦だ。その日のうちに2人を会わせるとまでは決めていなかったが。
藤原と早坂が教室から出ていき、圭と光上の2人だけになる。およそ3週間ぶりの再会。圭は気まずそうに目を逸らしている。そんな圭の前に光上は移動し、深々と頭を下げた。
「ごめん。白銀さんを不安にさせて、泣かせちゃって。楽しんでもらうって言ったのに、本当にごめん」
「いえ! あれは私が……! ……ごめんなさい。どんな顔して会えばいいかわからなくて、光上さんに嫌われたんじゃないかって怖くなって……。それで会いたくないなんて言ってしまったんです……」
「いや全部俺に責任があるんだ! 白銀さんに非なんてない!」
「そんなことはないんです! 私に非はありますから!」
「なんでそこで強情なのさ!」
「光上さんには言われたくありません!」
圭も椅子から立ち上がり、光上に詰め寄って言い張る。責任の比重。それの主張による口論。光上も下げていた頭を上げて彼女と言い合い、そこでようやく目があった。気の強さを表すようなツリ目と目つき。澄んだ瞳は美しく気高い彼女を表す。
久しぶりに目が合うと、おかしそうに互いに笑みが溢れる。藤原の言う通り臆病なんだ。怖くて踏み出せなくて、でも話してみたら思ってたよりは話せる。相手の気持ちが伝わってくる。思っていたような険悪なことにはならなかった。口論もやめて、圭は気にしていたことを聞くことにした。
「……さっき言っていたことは、本当ですか?」
「うん。本当だよ。白銀さんを嫌いになんてならない」
「よかっ、た……。ずっと……怖かったから……」
「本当にごめん。白銀さんから何度も距離を詰めてくれてたのに、俺は動かなかったから。そのせいでこんなことにさせてしまった」
豊美に指摘されてようやく自覚した。自分がどれだけ酷かったのかを。御行にも指摘されていたというのに。
自覚する。御行に言われた通り、自分を嫌っていると。あやふやで、自分という柱がない。自己があまりにも小さい。だから、それをこれから変えていこうと思った。
「……我儘なお願いだけど、もう一度チャンスをください」
「……?」
「白銀さんの魅力を、俺にしかわからない白銀さんの良さをいくつも見つけてみせるから……。何よりも、君に相応しい男になってみせるから! だから……そうなれたら、もう一度君の隣りにいさせてください」
再度頭を下げる光上を、圭はぽかんとしながら見つめた。何度もぱちぱちと瞬きをし、言われたことを反芻し、しっかりと咀嚼してくすくすと笑う。そうするしかないじゃないか。だって、隣りにいたいほど情があると言っていて、もっと好きになると言っているのだ。こんなの告白でしかない。
とはいえ、酷く都合のいい話でもある。第三者からすれば忌避されても仕方のない話。それでも、たとえどれだけ醜かろうと光上はそれを選んだ。自覚した上で、それでもと選んだのだ。自分の中で生じた数少ない気持ちを、10年ぶりのそれを理解して。
圭は光上の頭を上げさせ、意地悪っぽく悩んでみせた。焦る彼がおもしろい。都合のいいことを言われているとわかっている。でも、彼のことは今でも好きなんだ。圭は自分にも責任があると思っている。全然曝け出せていない部分もあって、そこが重要な部分なのだと。それを見せるのが怖い。それを話すのが怖い。だから、それを話す日を決める。
「条件をつけていいですか?」
「なんなりと。どんなことでもやってみせる」
「その時が来たら、光上さんから告白してください」
家の身分差もそれで解決できる。身分差などそもそも時代遅れではあるけれど、未だに富裕層の中では根強く残る。それを越えるためには、彼からの言葉を正式に貰うしかない。
「もちろんそうするよ」
「ありがとうございます。その時に私が光上さんの本気を受け取れたら許してあげます。私も何か贖罪を考えておきますけど」
「いやだから白銀さんに非はないんだって」
「それだと私が納得できません!」
「なんで!」
「……教えません。考えてください」
「難しいやつがきた……」
答えは「子供扱いされているようで嫌だから」である。反抗期に入った理由もそれだ。つまり、子供扱いは圭にとってタブーなのだ。しかし光上は年上として責任をすべて取りたいと考えている。なかなか答えにはたどり着けなさそうだ。
周囲の尽力もあり、こうして2人のすれ違いは元に戻ることができた。何歩か前進もしている。
だが、藤原が指摘したように、光上は優柔不断な部分がある。フランスへの移住の話も、四宮家とのことも話を切り出せていない。
圭にもまた、彼女の心の中に根付く残っている問題がある。
2人にはまだ、大きな壁が立ちはだかったままである。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行