愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第42話

 

 秀知院学園高等部の校長は、わりと差し入れを生徒に出す。そのほとんどは生徒会に向けてのものであり、その方法は毎度バラバラ。生徒会の人間を捕まえられたらその人に渡すし、見当たらなかったら適当に生徒に声をかけて届けてもらう。自分で探し出して差し入れを直接渡すという選択肢は取る気があまりない。ポケモンを集めたいから。

 今回はボランティア部に所属する大人の女性こと柏木に白羽の矢が立った。彼女は生徒会室に遊びに行くこともしばしばあり、他の生徒よりも適任だと言える。

 

「校長から皆さんへ差し入れだそうです」

「さくらんぼのゼリー! 食べましょ~」

「柏木さんもご一緒にいかがですか?」

「いいんですか? ではご相伴与ります」

「8個入りか。白銀さんも食べよ」

「ありがとうございます」

 

 前回の一件により、圭はなんとか以前と同じように遊びに来ている。はっきりとした告白ではないが、光上の気持ちも伝えられており、圭の心も上向きになれていた。これまでは圭が攻める側だったが、今は立場が逆転。受け手に回っていて、以前とは違う緊張感にはまだ慣れていないようだ。少しそわそわしているのもそのせい。光上の隣りを確実にキープしているが。

 以前までなら手を重ねるぐらいのこともしていたのに、今はそれもしていない。これはどちらも我慢しているからだ。圭は光上からの告白待ち。光上は自分磨きの真っ最中。その間、以前のようなイチャつきはしないようだ。伊井野はこの変化を喜びと心配のハイブリッドで見守っている。

 

 全員にゼリーとスプーンが配られ、会話を交えながら味を堪能していく。圭と光上は2人だけ別の会話で世界を作り上げているが。

 

「この前聞き忘れてたけど、白銀さん夜ふかししてた?」

「あ、気づかれてましたか」

「眠そうにしてたからね。何かあったの?」

「実は……兄が長電話してたんです

「「!!」」

「何時まで?」

「5時前まで」

「なっが!!」

 

 その会話に四宮と御行が反応する。2人が反応したことには光上と柏木しか気づいておらず、どちらも2人が付き合っていることを知っている身。顔に似合わず甘酸っぱい青春してるなと面白がる。

 そんな話題に食いついてくるのがラブ探偵千花っち。恋話っぽいものならセンサーが敏感に反応するのだ。そのはずなのに、今はティッシュを鼻に詰めている。

 

「藤原先輩が食いつかないなんて珍しいですね」

「いやちょっと……今回はディープなので……」

「長電話が?」

「藤原先輩保健室に行きますか?」

「そこまでじゃないよ。ありがとうミコちゃん」

 

 藤原の脳内では、長電話の相手がハーサカくんになっているのだ。御行とハーサカくんによる長電話。その妄想は勝手に2人の関係性を押し進めていた。

 そんな藤原の様子には一切気づかず、圭は気恥ずかしそうにしながら光上にお願いする。

 

「今度、私たちもしませんか?」

「しません」

「むぅ……」

 

 あっさりと断られた。圭はむくれながら理由を聞く。私と電話したくないのかという思いも含めて。

 

「白銀さんの睡眠時間を削りたくない。まだ体が出来上がってないんだよ?」

「また子供扱いですか」

「健康を気遣ってるの。夜中に起きることがそもそも体に悪いんだし、成長を妨げるよ」

「女子の成長期は男子より先に終わるんですよ」

「関係ないよ。美容にもよくないじゃん。白銀さん綺麗だし、体のケアも大切だから」

「っ、そ、そんなこと言って……」

「本当にそう思ってるからね」

 

「え、僕ら何を見させられてるんです?」

「石上。妬みは醜いわよ」

 

 2人だけの世界を作り上げられ、その余波により石上のボルテージが上がっていく。御行は御行で、四宮に長電話させたことをアイコンタクトで謝り、四宮は同罪だと返す。罪は半分ずつ背負うようだ。

 

「この部屋は幸せオーラが充満してますね~」

「そうみたいですね」

「柏木さん、藤原さんの感性がわかるの?」

「今のは共感できただけですよ」

「みなさん、さくらんぼの茎を口の中で結べますか?」

 

 光上と圭の世界を鑑賞し続けてもいいのだが、それよりも遊び心が勝った。せっかく茎ありのさくらんぼがあるのだ。今日はこれで楽しもうという判断である。

 

「それができたらキスが上手いって話か」

「僕は口の中に入れたものを見せ合うのって行儀悪いと思いますけどね」

「石上くんは見るからに下手そうだもんね~」

「やってやらァこのイモ女ァ! 僕が結べたらそのサクランボーイって言葉を撤回してもらいますからね!」

「いいでしょう。その時にはサクランボーイって言ったことを謝罪しましょう」

「出てきてないけどな。そんな言葉」

 

 石上が焚き付けられたことにより、今日の遊びが確定した。口の中で茎を結ぶことができるのか。これはキスの上手さを問われているのとほぼ同義であり、男石上にとっては流せない問題なのである。

 この話に消極的なのは御行だ。そもそもその話に信憑性がないという点と、食べ物で遊ぶのはどうなのだという点が引っかかるらしい。茎が食べ物かは別として、食べ物がくっついていた部分だからグレーゾーンなのである。

 

「そもそもそこに相関性などあるのか?」

「あ、結べました」

 

(あるっぽい……!?)

 

 大人の女性こと柏木が茎を結べたことにより、キスの上手さとの相関性がありそうだと思わされる。それに続くように他の面々も挑戦。柏木より短時間で成功したのが四宮。しかしはしたない乙女とは思われたくないため、結べたことだけを石上に確認させ、藤原に聞かれた時には解いていた。とんだテクニシャンである。さすがは初チューでディープをかました自称乙女。

 

「あれ? みんな何やってんの?」

「今気づいたのか」

「茎を口の中で結べるか挑戦中なんです。これが難しくて……」

「へ~。白銀さんはやったことある?」

「萌葉が挑戦してるのを見たことはあります」

 

 嘘である。以前に白銀圭も一緒に挑戦していた。昼休みに昼食を取った後に挑戦し、残り時間内に達成していた。流れるように嘘をついたのは、行儀の悪い人間だと思われたくないからだ。

 

「せっかくでふし、晶くんと圭ちゃんもやりまひょ~」

「挑戦しながら喋るな」

「千花姉ぇ結構苦戦してない?」

「前にやった時はできたの! 今日は舌のグリップ力が足りないの!」

「グリップ力なんて使わないでしょ」

「そうなの?」

「っ……、萌葉はそんなこと言ってなかったので」

 

 しらを切る圭を光上は追及しなかった。誰にも踏み込んでほしくない話はある。藤原にデリカシーがないと指摘された光上は、より警戒心を高めるようになっていた。

 

「伊井野さん。柏木さんに教わってみたらどうですか?」

「そうですね」

「うーん、光上さんたちが一度挑戦してからにしますか」

「やらないと駄目なんだ」

「みたいですね」

 

 あまり乗り気ではないが、やる流れとなって光上と圭も茎を口の中に入れる。無駄に皆の注目が集まっているが、それを気にせずに挑戦。

 

「できた」

「早っ!?」

「光上くんはサクランボーイじゃなかったみたいですね!」

「何その超不名誉な称号」

 

 30秒ほどで光上は成功し、その事に石上と御行が焦る。この2人、澄ました顔をしているが絶讚挑戦中なのである。光上もできなければ、女子が器用なだけだという言い訳ができるのに、1分も経たずに成功されたせいで退路が1つ消えた。

 

「私もできました」

 

 光上から遅れること40秒ほどで、圭も結ぶことに成功。妹が成功したことで、御行の焦りは密かに増していく。前に結んだことがあるという事情を知っていれば、彼女が早く結べたことにも納得なのだが。

 

「できてからしばらく待ってなかった?」

「そんなこと無いよ千花姉ぇ」

「え、でもモゴモゴしてなかったよね?」

「そんな大胆に動かさなくても結べるよ? ですよね柏木先輩」

「そうですね」

 

 恥じらう圭を可愛らしく思いながら、柏木はくすくすと笑って肯定する。それはそれでテクニシャンだということは、圭のためにも言わないでおいた。

 2人の挑戦が終わったことにより始まる柏木講座。口での説明だけでなく、指を歯に当てたりと分かりやすさを重視した丁寧な説明。しかし仕草や口調のせいで茎の結び方の話なのか、それともキスの話なのか判断が難しくなっていた。

 

「あいたっ! 自分の舌噛んじゃいました……」

「大丈夫ですか?」

「はい。でも、その勢いで茎を噛み切っちゃいました」

「うわっちゃ~」

「人間相手だと大事故だな」

「うるさいわね。キスって結局気持ちの問題でしょ。キスの上手い下手なんて気にする人いるんですか!」

 

 逆ギレする伊井野に、石上はやれやれと首を横に振る。その内心では焦りが消えていない。同性の光上が成功し、年下の圭も成功した。男としてのプライドが成功以外を認めないのである。

 

「あっ! できましたー!」

 

 ここでライバル藤原の達成。

 

「石上くんまだできないんですか~! 仕方ないですよねー! 石上くんはチェリーボーイですもんね~!」

「そこはサクランボーイってマイルドな言い回しにしとけよ」

「光上さん。チェリーボーイってなんですか?」

「俺の口からはなんとも。今度藤原ちゃんに教えてもらうといいよ」

 

 さすがに異性の口からそれの説明は躊躇われた。萌葉ならたぶん知ってるだろうと適当に押し付け、この場で圭にそういった知識を覚えさせるのは止めておく。圭はまた子供扱いされたのかと不服そうにするが、柏木のフォローも入って鎮まってもらう。

 

「下らん。キスはテクニックよりも、相手の気持ちを汲んでできるかどうかだろう。気にするなら、その相手ができてから上手くなればいい」

「会長……。経験者のように言いますね……」

「兄さん。よくそんな事を上から言えるわね」

「えっ、いや……。はははははっ。ごめんなさい」

「? お二人の間で何かあったんですか?」

「別に何もないですよ」

 

 何かあったんだなと全員が察する。光上は当事者の一人でもあるため、冷や汗をかきながら見守り、他の面々は踏み込んではいけないと察してその話題には食いつかないように気をつけた。

 

「会長の言うとおりですよ。テクニックなんて二の次。肝心なのは、来てほしい時に来てくれるか。かけ引きによるじらしなんてのもいいですね」

「要は気持ちの問題です! キスをしてほしい時はサインを出して! 相手はそれを見逃さないようにすることです! こねくり回すだけがキスの極意ではないんです!」

 

 四宮の暴走を柏木がフォローし、経験者らしく語ることで未経験組を黙らせる。その話を光上は忘れないように記憶に刻み込み、圭はチラッと光上へと視線を上げた。

 

「ん? どうかした?」

「あ、いえ……」

 

 視線に気づいた光上と目が合う。すぐさま圭は視線をずらし、光上の口元へ。今聞いた柏木の話と、茎を30秒ほどで結んでみせた実績。彼ならきっとサインを見逃さないという信頼。

 もし、サインを出したとして、深いキスをすることになったら。それは中学生の圭には刺激が強く、想像するだけで頭が蕩けてしまう。

 熱い血潮。高まる鼓動。圭は彼の口元から目を離せぬまま、ばたりと気を失った。

 

「白銀さん!?」

「圭ちゃん!?」

 

 意識を失った圭の体を光上が支えながら呼びかける。返事はなく、しんどそうにぐったりとしているだけ。動揺している光上や御行に変わって、普段から冷静な柏木が指示を出した。

 

「救急車を!」

「今呼んでます」

「保険医も!」

「ミコちゃんが行きました」

「……慣れてません?」

「3人目なので」

「生徒会室って呪われてるんですかね~」

「えぇ……」

 

 特に出番らしい出番もなく、達観した様子の石上と藤原に困惑。到着した救急車には、光上と御行も同乗した。

 

 

 

 

 

「白銀圭さん。診断結果を言いますね」

「はい……」

恋の病です

「はい?」

「いやもう3人目。今年度の流行りかな?」

「え……死にたい……」

「若い身空で死なないでよ。というか医者の前でそんな事言わないで」

 

 恋の病ならこのお医者。世界でも有数の名医である田沼先生本日も出勤です。

 四宮かぐやから始まり、こんな事ってあるのかと名医も驚いていたのに。2人目は白銀御行。そして3人目はその妹の白銀圭。「近年の恋の変化」とかで論文出せるかなとか思わなくはない。もっと症例がないと出せないが。

 

「だって! 恋してることに自覚はあるんですよ!?」

「あるんだ。これまでの患者さんよりしっかりしてるね」

「私以外にこんな恥ずかしいことになってる人もいるんですね」

「身近にね」

「私……ドキドキするのは別に初めてじゃないのに……」

「それならもっとその人を好きになったってことじゃないかな?」

「もっと……」

 

 そうなのかなと考え、そうなのだろうとすんなり納得した。今までは恋してただけだ。ほとんど一方的に、好きだから側にいようと必死になっていただけ。それが今は、しっかりと好意を向けられていることを実感できている。その事に胸が踊っているのは間違いない。けれど、その変化だけでこんな事になるのだろうか。

 

「何か不安なことがあるんじゃないかしら?」

 

 悩んでいると、看護師にそう聞かれた。田沼先生は「また割り込まれた」って顔をしているが、女性陣は完全に田沼先生を無視。シリアスガールズトークが始まろうとしていた。

 圭は話そうか悩み、葛藤した末に切り出した。また会うことがあるかわからない人だ。他にも多くの患者も見ている。いずれ忘れるだろうし、言いふらされる心配もない。病院という立場上、プライベートな話は相当厳しく管理されるはずだから。

 

「私は……あの人が凄い好き。誰よりも好きだって言い切れるほどに好きなんです」

 

 誰にも負けない自信がある。たとえそれが、彼の親であろうとも。

 

「最近、あの人からの好意もいっぱい感じられるようになって。それがすごく嬉しくて、幸せだなって思えるんです。……でも……」

「でも?」

「好きって気持ちが強くなるほど。あの人からの好意を受け取るほどに……怖くなるんです」

「怖くなるの?」

「はい……。昔……母さんが私を連れて家を出た時……。『恋愛感情は永遠じゃない』って言ってたんです。それがずっと心に刺さってて、あの人との気持ちも……いつか母さんみたいに無くなるんじゃないかって怖くて……。だから、好きなのに! いつか壊れそうだと思ってしまって! 怖くて!」

 

 ベッドのシーツを掴む。シーツはぽろぽろと溢れる涙が染み込んでいき、その不安を受け止めていく。

 

「光上さんといたいだけなのに……! 壊れてほしくない……。失いたくない……! ずっと一緒にいたい!」

 

 心中を吐き出した圭を看護師はそっと撫でる。気持ちを落ち着かせるためではなく、彼女の中に溜まっているものを減らすために。

 

「きっと大丈夫よ」

「なんでそんな事言えるんですか……? あの人のこと知らないのに!」

「少しだけなら知ってるわよ。昔この病院に来てたから」

「ぇ……」

 

 看護師は圭を撫で続けながら過去のことを話す。光上が一時期この病院に来ていた頃のこと。彼が初等部に入る前の頃だ。

 

「あの頃、すでにペルソナでも被ってたのね。淡々としていて、あまりにも()()()()()だから、一種の精神病じゃないかって疑われてたのよ。両親と離れたのもその頃なのに、彼は一度も泣いたことがない。仕事だと理解して見送ったそうよ」

 

 光上が日本に残ったのは、その時に彼が珍しく言った我儘によるものだ。日本に残りたいと言い、親も承諾して離れ離れになった。まだ幼い肉親と別れているあたり、彼の親もまた普通ではないのだが。

 

「何はともあれ、彼は感情の揺らぎがあまりにも小さい。恋愛感情とか消し飛んでそうだと個人的には思ってた。でも、今日それは間違いだと気づいたわ」

「……どういうことですか?」

「あなたが気を失って、酷く取り乱してたのよ。混乱して、涙目になって。彼がそこまで思うのは、それだけあなたのことが大切だからじゃないかしら?」

「そう、でも……」

「恋愛感情は永遠じゃない。それはそうかもしれない」

 

 そこを認めたことに圭は目を見開き、黙って見ていた田沼も焦る。トラウマを肯定するとか正気とは思えない。だが、もちろん看護師にも考えがあってのこと。

 

「でもね、恋愛感情は昇華して変わるものよ」

「何に変わるって言うんですか」

「愛情よ。愛を育んで、いずれ結婚すればそれは家族愛になる。最も美しいものになるのよ」

「そんなの……わかってます……」

 

 頭では理解できる。理解できるが、心が追いつかない。その混濁が圭を苦しめているものだ。

 

「それは1人で解決するものじゃないでしょ?」

「っ!」

「家族は、1人だけでなれるものじゃないの。あなたが助けを求めるべきなのは、1人だけよね」

 

 これ以上話してもキャパシティを超える。今でも圭のぎりぎりのラインだ。父親が来たら帰っていいということを田沼が伝え、看護師と共に退室。

 

「うわっ。君たち聞いてたの? 聴診器って安売りしてんの?」

「フリマアプリで」

「そっか~」

 

 田沼たちは他の患者の所へと向かい、聴診器で聞いていた光上と御行は廊下の長椅子に腰掛ける。

 

「……母親の話は?」

「本当の事だ。……圭ちゃんは連れて行かれたってのと、あの頃はまだ幼いのもあって、奥底にそれが眠ってたんだろう。気づけないとは兄失格だな」

「そうはならんだろ。ひとりっ子の俺にはピンとこないが、いい兄だとは思うぞ」

「ははっ、ありがとう。それで……どうするんだ?」

「やることは変わらない。あの子が今心から笑えないのなら、心から笑えるようにするだけだ。……難しい問題もあるんだがな」

 

 決意がいまいち固まりきらない。ここまで相手のことがわかって渋るのは、なんとも光上らしくない。御行はそう感じ、何が気になっているのか聞くことにした。

 

「……そうだな。白銀には先に話しておく」

 

 どこまで話すか。一瞬悩み、判断しかねているものも含めて素直に打ち明けようと考えた。御行の協力は必要になるだろうから。

 

「四宮家とのこともあるが。お前がスタンフォードに行くように、俺は春にはフランスに行く」

 

 

 




 次回から修学旅行編です。

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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