彼との出会いは覚えている。
初めての席替えをして、その時に改めて自己紹介をした人物こそ光上晶だ。
「よろしくね!」
眩しいばかりの瞳をしていた。普通の生徒のように曇りなき目をしていて、それが私にだけ向けられていた。2人で話していたのだからそれは当たり前のことなのだけど、その輝いた目はとてもじゃないけれど直視しにくかった。
それと同時に、呆れるほどに脳天気な目をしているとも思った。そう思ったのは、彼も特殊な立ち位置にいるはずなのに、苦悩もなさそうに過ごしていたことへの嫉妬かもしれない。そんな調子で、将来の光上家を背負える人とも思えず、家の力は今代だけのものだろうとも思った。
「なんで泣いてるの?」
そう聞かれた時、酷く動揺した気がする。態度にこそ出さなかったはずだけど、一瞬崩れかけただろうし、彼はそれを見逃さなかったのだろう。毎朝鏡で確認していたし、他の誰にも気づかれなかったのに、彼にだけは気づかれた。
彼が特別な人間なのか、それとも彼にとって私が特別なのか。後者は高望みが過ぎることで、その頃は彼を異質と感じていたはず。ずっとクラスが一緒だったのも、彼を目の届く位置に置いておくためだ。その頃から少しだけ警戒はしていた。ただ、近づいては暴かれ過ぎる気がして、距離を取っていたのも事実。それが変わったのが今年度というだけ。
四宮家の別邸へと帰り、その日はママがいたから私は仕事を終えてからママのいる部屋に行った。一緒に寝たいという思いと、ママと話したいという思い。純粋に、ママの隣にいる時間を増やしたかったから。
「今日はご機嫌ね」
「ママがいるから!」
「嬉しいわね。でも、それ以外にもあるんじゃないかしら? 学校で面白いことあった?」
「ママの言うおもしろいことはなかったけど、ヘンな子はいたよ」
「あらナンパ。やるじゃない」
「ナンパなのかな?」
ナンパではない。たぶん。
光上家のひとり息子と席が隣りになったこと。彼に言われたことを正直に話す。泣いたことだけは伏せた。これはママも知らないことだから。
「友だちになってほしいって言われたの」
「光上家のお坊っちゃんから? あらあら」
「お家のこともあるから、それはむりってことわったんだけど、お家が関係なくなったら友だちになれるねって言われて」
「間違ってはいないけれど、難しい話ね」
「だよね」
関係が良好になれば可能かもしれないが、現状では実現が難しい。関係が良好になることもまた現実味がないこと。友達になることができるとすれば、光上家が飲み込まれるくらいしか考えられない。
「でも、その子と友達になれたら素敵ね」
「どこが?」
「だって、そういうことを気にせずに言ってくれる子なのでしょ? あなたにとって、大切な人になるかもしれないじゃない」
「ママゆめ見すぎ。すぐにかわいいって言うような人だよ」
「愛以外に言ってた?」
「……それは聞いてないけど、どうせ言ってる」
そう言うとママに引き寄せられて、クシャと髪を撫でられた。わざと髪を崩されて、それをママ自身が直してくれる。その過程がよくわからなかったけど、ママに撫でられるのは好き。だからそれを大人しく受けてた。
「ヤキモチ?」
「ちがう!」
「でもかわいいって言ってもらえたことは嬉しかったでしょ」
「ぅっ、それは……うれしかったけど……」
「自分を見てくれる人とは、良好な関係でいたいものね」
無理だろうと思いつつ、心のどこかではそうなれたらいいなと思ってた。
彼の中で転機が訪れたのは、少なくとも私がそう感じたのは、彼が敬愛する祖父が亡くなった時だ。初等部の2年生の9月17日。その日に葬儀が行われて、私はママに連れられてそこに参列した。
現当主は別として、彼の祖父は周囲から敬意を表される程の名君と言われていた。四大財閥それぞれから本家の人間が参列し、この時ばかりは牽制のしあいも何もなかった。さすがに当主たちは用心して来なかったけれど、血筋の人たちは来ていた。四宮家からは長男の黄光様が。世話になったことがあるらしく、普通に悔やんでた。そんな感情あるんだと驚いたからよく覚えている。
その葬儀、正確には彼の祖父が亡くなった日が彼の大きなターニングポイント。葬儀の時の彼は、泣いていたわけでもなく、現実を受け止められずに呆けていたわけでもない。祖父の死を受け止め、話しかけてくる大人たちに対応していた。一分の隙もなく、学校で見る彼と違うと感じた。
「悲しくないの?」
「悲しいよ。でも、泣いてたら生き返るわけでもないし」
当時7歳の少年から出る言葉ではなかった。一般人と大差ないと感じていた彼からこの言葉が出てきて、私はゾッと背筋が寒くなった。
今の彼の基盤はこの時から浮上してきていた。元々は二面性だった。私と話していた彼と、ペルソナを被った彼。前者は祖父の影響によって保たれ、後者は親の教育によって育まれた。その前者が消えたことで、彼はもう後者しか残らなかった。そちらが素と思うぐらいに、割合が増したんだろう。
けどこれは、今だからわかること。その時にはわからなかった。私の知る彼は消えたのだと思った。
でも、その認識はすぐに怪しいものとなった。
同じクラスなのだから、彼と話すことは当然偶にはある。
「? 早坂さんどうかした?」
「……ううん。なんでもない」
「そっか。何かあったら言ってね」
「うん」
私と話す時だけ雰囲気が変わる。誰だって相手によって接し方は多少なりとも変わるものではある。それはいろんな生徒を観察していてわかったことだし、私自身役を変えてコロコロと話し方も変えている。
だけれど、彼は他の生徒たちと接する時の距離感があまり変わらない。誰に対しても同じ。聞こえこそいいけれど、それは人間味が薄れるもの。違いに気づけたのは、目をよく見ていたからだと思う。誰もが気づかないことだったけれど、私はそこに気づけた。
彼の目は、私と話す時だけ出会った頃と遜色ない色をしていた。
それはきっと、友達になりたいという気持ちが残っていたからなのだろうか。
「光上にとって、早坂は楔だったんだろう」
「楔?」
「光上の祖父が亡くなってもその時の自我が消えなかったのは、その時の素の光上が早坂と友達になろうと思ったからだろうな。俺としては感謝したいところでもあるよ。それがなかったら、光上の人間性は消えていただろうから、友人になることもできなかっただろうし」
「私が……楔……」
そうなのだろうかと早坂は悩んだ。彼を裏切っているのに、そんな役割をしていたとは思えない。けれど、御行の言う通りそれだと納得できる箇所もあるわけで、それが残っていたから、光上は恋もするわけなんだ。そこを圭が広げていった。図らずも早坂は、狙い通りの当て馬をしてしまっていたわけか。
しかしそこを感傷する資格などない。自分で繋がりを断ち切って行動しているのだから。御行を巻き込んでしまっているが、他に頼れる人がいないのである。
「光上を頼ってほしかったがな……」
「それは無理だよ。彼を頼ったら、四宮家と光上家の戦争の引き金になる。ただでさえ今情勢は悪化してるんだから」
「冷戦は睨み合いだから冷戦と呼ばれるんじゃなかったか?」
「戦争はたぶん起きるよ。すぐなのか、何年後かはわからないけれど、四条家が準備してる。光上家がただ静観してるとも思えない」
「これだからデカイお家というやつは!」
情報戦は始まっており、光上家はカモフラージュに成功していた。四宮家と四条家の仲裁に入るというふうに。そんな事情までは御行の知ったところでもなく、自分の頼みが友人を苦しめていることへの罪悪感の方が大きい。光上からはそこまでの話は聞いておらず、サポートは難しそうだと伝えられているだけ。断言しなかったのは、本人がまだ迷っているから。
「とにかく、彼は巻き込めない」
「……それが早坂の気持ちだとしても、光上は納得しないぞ」
「だから手は打った。彼は約束を破らない」
自分のことは忘れてほしいと言っておいた。約束を反故にしない彼になら、これで抑止になる。
「なるほど。光上が気にかけるわけだ」
「どういうこと?」
「
「……」
やはり似ているのだろうか。夏休みのあの日、たしかに彼はそう言っていた。似た者同士だと。だからお互いに相手のことをわかりやすいと思っていたのだろう。しかし早坂は、そっくりとまでは思わなかった。似た箇所があるのは頷けるけれど、それが全てというわけでもない。
彼はこういう裏切りを選択しないから。そこが決定的に違うと早坂は確信している。嫌われたくないけれど、こうすれば確実に嫌ってくれる。彼とは永遠に別れられる。その方がいいと思い、そのためにこの選択をした。
(光上絶対キレるだろうなぁ)
御行が今一番怖いと思っていることは、早坂を狙っている四宮家の追手ではない。早坂に騙し討ちという形で場外に追い出されている光上だ。
光上が大切な人だと判定している相手は少ない。好意を寄せている圭と、唯一の友人である御行。そして特別な位置に早坂愛。この3人のことは他の何よりも優先する。その中でも、早坂だけ別枠なのだ。初めて友人になろうと思い、未だになれていない相手。光上の根底を繋ぎ止め続けた人物。
好意では圭が勝るとしても、特別な思いとしては早坂が勝る。そんな相手からの騙し討ち。しかも御行を巻き込んでいる。ただの役満だった。
「ここは?」
「四宮家の私有地の山。かぐや様との思い出の場所」
四宮家の追手から逃げながら、かぐやとの合流地点へと到着した。念の為にここの場所を少し捻って伝えているが、彼女なら到着するだろうと信じている。そして、四宮家の私有地であれば、光上が来ることもできない。そもそも、彼はこの場所も知らないのだから。
御行はこの時に、早坂の上着にGPSがつけられていることに気づいた。ここまでの逃走中、一度だけ四宮家の人間と接触している。藤原の助けで逃れられたが、その時に付けられていたようだ。
「あったなぁこんな場所。虫が多くて鬱陶しいんだよここ」
「っ!」
「逃げられると思ったか? 鼠が」
「ぐっ」
四宮家の三男である雲鷹の部下により、御行と早坂は地面へと押さえつけられた。
後継者争いから外れているかぐやの一派は、情報だけが生命線である。それは派閥を無視した情報網であり、広さだけで言えば3人の兄のそれぞれの派閥に勝る。そのため、かぐやのお付きである早坂愛が持つ情報は、底知れない価値があると思われている。実際には大した情報も持っていないが、その事すら知られていないため、こうして身柄が狙われてしまうわけなのだ。
「光上の小僧と逃げてりゃあ楽だったんだがな。あいつの居場所も吐いてもらうぞ」
「……私も知りませんよ」
「シラを切るのもいいが、今さら仲間面か?
「…………は?」
(10年? 裏切ってる? 私が? だって、出会ったときは何も……)
「なんだ知らんのか。滑稽だな。なぁそう思わねぇか? 小僧」
「お前ほどじゃないさ。無能」
「っ!?」
「光上!? どうしてここに!?」
「協力者のおかげだな」
「探す手間が省けたな」
早坂や御行を挟む形で雲鷹と向かい合う位置に光上が現れる。早坂はそれが信じられず、頭が理解を拒んでいた。ただ呆然と光上を見つめ、けれど怖くてその顔を見上げることはできない。
「さっきの話も拾っていたが、滑稽にも程があるぜ。小僧の楔を鼠がしていた? そりゃそうだろうよ。そいつはたしかに特別だからな」
雲鷹は愉快げに口を釣り上げた。
「何を言っている。光上が誰を恨むというのだ!」
「お前は部外者だろ。割り込んで来るな、と言いたいところだが、今は気分が良い。ギャラリーとして扱ってやる」
「ショーでもやるつもりか?」
「愉しいショーをやるのは、そこの2人だ」
雲鷹が指を差したのは、御行同様に押さえつけられている早坂と、冷めきった目をしている光上だ。その目をしてるのも無理はないと、事情を知っている雲鷹は思っている。信じたい相手が何度も裏切るのだから。
誰も信用していない? 当然だ。祖父の死因が彼をそうさせたのだから。
「ここに来たのは裏切り者に一言言いに来たからだろ? 言ってやれよ小僧」
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修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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ネタバレ気にしないから更新続行