愛の調整は難しい   作:粗茶Returnees

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第48話

 

 修学旅行も終わり、今日も今日とて早朝に目を覚ます。春はまだ少し先だが、何度も押し寄せてきていた寒波も最近は休み気味。南下してきていた冬将軍も北への撤退の素振りを見せている。

 早朝と言ってもまだ日は登っていない。夜の寒さに完全に冷やされた空気たち。冷感スプレーをかけられたような寒さ。これならゾンビにも気づかれない。

 光上は体を起こし、グッと伸びをする。

 

「おはよう晶」

「ん。おはよう愛。…………なんでいんの!?」

「え、だって四宮家の人間じゃなくなったから、住む場所ないし」

「お金余ってるし、ひとり暮らし始めるとか言ってなかった?」

「有り余ってるけど、東京は物価高いし。晶だって、貰ってくれるって言ってたから」

「たしかに言ったけど!」

 

 それは早坂家を吸収するという話であって、早坂愛個人を言っているのではない。愛が早坂の人間である以上、どのみち同じ話であり、愛もそれをわかっていて逆手に取っている。こっちの方が面白いから。

 

「お義母さんから許可は取ってるよ」

「さらっと義母にするな。まぁ許可は出るだろうけども」

「寝取ってもいいって」

「なんの許可出してんだあのオバハン!」

 

 きっとフランスでけらけら笑いながら許可を出したのだろう。光上には母親が楽しんで承諾した姿がありありと想像できた。息子をなんだと思っているのだと問い詰めたいところだが、まともな返しは来ないだろうと思っている。

 なんだか頭が痛くなってくるのだが、まだ早坂には聞かないといけないことがある。住む場所がないというのなら、別に住み着いてもらって構わない。今聞かないといけないのは、なんでこの時間に早坂が部屋にいるのかだ。

 

「晶を起こそうかと。ランニング行くんでしょ?」

「合ってるけどさぁ。愛がこの時間に起きる必要ないじゃん。使用人ってわけでもないし、ゆっくり寝てたらいいよ」

「二度寝はしようかなって思ってる。でも、ただ住むだけって申し訳ないし」

「気にしなくていいのに」

「気にするよ。晶は守ってくれてるんだから」

「そんな大層なことはしてない」

 

 黄光は早坂に興味があるわけでもない。自ら切り捨てたのだから当然だ。雲鷹も早坂を取り込めないとわかって手を引いている。光上家の庇護下に入っているため、手出しをしようとしても一筋縄ではいかなくなった。

 そしてこれは、他の勢力からも守る形となっているのも事実だ。いくら隠そうとしたところで、裏事情を知っている者は知っている。真っ先に四宮家から切り離された早坂愛を、他の家が狙ってもおかしくはなかった。そこへの牽制にもなるのだ。

 早坂はその事も含めて何か返せるものがあればと話している。しかし光上はその事に微妙な顔をするしかなかった。どのみち戦争にはなるのだ。一時の安寧の保証にしかなってないし、巻き込んでしまうのも事実。本当なら、早坂がそれに巻き込まれないように手を打ちたかったが、そこまでの力は光上晶にはない。

 

「安全を保証できるわけじゃないし」

「とか言っちゃって」

 

 保証はできない。けれどその覚悟はある。はっきりとその目に書かれていて、早坂は小さく微笑んだ。ずっと守る側で、ずっと1人でやってきた。それが今はどうだ。頼りにしていい友達ができて、ちょっとしたお姫様扱いされて。嬉しくないわけがない。

 早坂と話したいことはいろいろとありそうで、それなのになんだか話題が出てこない。今後話せる時間も増えるし、これからランニングに行くのだから今はいいかと切り替えて着替えることに。

 

「ちょっ、何しようとしてんの!?」

「何って、着替えだけど?」

 

 徐ろに服を脱ぎ始めた光上を早坂が慌てて止めた。顔を横に逸らしつつ、待ったをかけるように両手を突き出して。その顔は赤くなっており、いかにも耐性がないことを表していた。

 

「私がいるのにそのまま着替える!? 一言言ってほしいし!」

「……やっぱそれが普通だよな。うちの親がおかしいだけだよな」

「家族と友達を同列に扱うのがおかしいんだって!」

「同じ屋根の下で住んでたら家族感出てくるけどな」

「今それはいいの! 私が外に出るまで着替えは待って!」

「りょーかい」

 

 いったいどんな思考をしてるんだと思いながら光上の部屋を出る。ドアをしっかりと閉め、そこに背中を預けて深呼吸。初めて見た彼の上半身は、バランス良く鍛えられていてスリムだけど引き締まっていた。何度かその胸に体を預けたことを思い出し、せっかく落ち着いてきた鼓動も再び高まる。フラレたけれど、彼のことを異性として見ていることに変わりはないのだ。

 

「愛。着替え終わったから部屋出たいんだけど」

「あ、ごめん」

 

 ドアから離れると、中から運動着に着替えた彼が出てくる。ランニングするためのカジュアルな格好だが、上着も用意してあるようだ。体を冷やさないためのものだろう。

 玄関へと向かいつつ、後ろを歩く早坂へと振り返る。その顔は少し不満そうで、早坂はそれがわからずきょとんと小首を傾げた。

 

「使用人じゃないんだから、後ろ歩かなくていいのに」

「……癖ついちゃってて」

「将来何をするのか知らないし、その癖を無くせとは言わないけど、隣を歩いてほしいかな」

「取り方によってはプロポーズ」

「違います」

 

 揶揄うのはいつも通りだなと言うと、それも癖だと返ってくる。なんとも言えない気持ちになり、黙り込んで早坂が隣に来るまで待った。横に並べば再び玄関へと足を進める。

 

「軽食は食べないの?」

「玄関にラスクが用意されてるから、それを摘んでる」

「それお菓子じゃ……」

「戻ってきてから朝食だし、いつもそんなもん」

「……じゃあ、私が今度からサンドイッチ用意したら食べてくれる?」

「睡眠取っててほしいから駄目。使用人たちが誰もいないのもそれが理由」

「…………晶のバカ」

 

 せっかくの好意を受け取ってくれない。可能な限りの恩返しのつもりなのに。朝食を作るのも考えたが、それは料理人の仕事を奪うことになるからできない。可能なこととしたら昼食だろうか。

 

「ならお昼ご飯。私がお弁当作るから食べて」

「嬉しさと申し訳無さが混同するんだが? あと購買のおばちゃんがくれるし」

「交渉する」

「おばちゃんが納得して、愛が睡眠時間削らないなら」

「元から少ない方だし、今さらだから」

「駄目。7時間は確保」

「……過保護」

「なんとでも」

 

 7時間の睡眠を確保となると、早坂の生活時間は確実に変わる。約2時間ほどは増えるわけだ。体に染み付いた生活リズムを今から変えるのも難しいが、光上はそこを納得はしてくれないだろう。

 

「睡眠時間を減らすのは体に悪いし、美容にも致命的じゃないの?」

「私はこの通りだけど」

「それでも、若い時の無理の積み重ねは後々ツケが回るって話だから。愛はゆっくり休んで」

「言われた生活リズムに慣れるまで時間かかりそう」

 

 はぁとわざとらしくため息をつきながら言う。早坂の言い分だって光上にもわかる。慣れた生活のほうがいいんじゃないかと確かに思う。けれど、仕事をしなくてよくなったのだから、その分今まで削っていた時間を増やしてほしい。主に睡眠と余暇。

 

「あ、じゃあ慣れるまで一緒に寝るか」

「馬鹿なの!?」

 

 その方が余計に寝られないということをわかっていないようだ。しかも、フッた相手と一緒に寝るとか正気じゃない。それはもうイジメじゃないかと言いたい。

 玄関に着き、靴を履いた光上が立ち上がって早坂の方へと振り返る。呆れた視線が突き刺さる。軽く睨んでいるのも地味に痛いが、誰が考えても光上が悪い。言い逃れはできない。

 

「そういや髪切ったんだったな」

「京都で切ったし、付いて来てくれたじゃん。……前のほうが好き?」

「印象は変わるけど、どうだろうな。その長さはちょっと懐かしさもあるし」

「伸ばす前に会ってるからね」

「うん。どっちも好きって言ったら怒る?」

「そう言うだろうなって思ってたって返す」

「ははっ、読まれてたか。愛のきれいな髪、好きだよ」

「……圭がいるのにそういうこと言っちゃうんだ?」

「嘘はつけない性分だから」

 

 内心ではやらかしたと思っている。とはいえ、本心であることも事実だ。光上は早坂の髪が好きだし、早坂もその事に気づいていた。髪を切ると話した時に、少しだけ寂しそうにしたのを見逃さなかった。ちょっとそれで躊躇ったけれど、決めたことだからと自分に言い聞かせて美容室に行ったのである。

 

「それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 そのやり取りが新鮮だった。光上はこの時間ならいつも1人で静かに家を出ている。使用人たちが眠っている時間。起きなくていいと言ってあるから。

 早坂にしても、この時間に人を見送ることはまずない。そして、使用人としてではなく、対等の友人として見送るのは新鮮だった。癖になりそうな感覚。けれど、今後はやらせてくれないのだろうと思い、少し残念。

 彼を見送り、二度寝のために自室に戻ろうかと思い踏みとどまる。せっかくだから彼の部屋に行こう。男の子の部屋で物を漁る。ベタなことをやってみたい。何もなさそうだけど。

 

(光上家は、わりと質素な内装なんだ)

 

 財力だって大きなものがあるだろうに、富裕層にしてはそこまで綺羅びやかさに欠ける。あえてそうしているのだろうし、その辺りも調整なのだろうか。

 この屋敷は光上の祖父が内装を弄ったのだが、そういう事情は早坂の知るところではない。用意してもらった自分の部屋ではなく、光上の部屋へと入る。かぐやの部屋のように、珍しいものもなく面白みのない部屋。ダーツができるくらいか。

 

「ベッドの下もエロ本の1つもない。収穫なしか~」

 

 本棚に視線を向ける。参考書、図鑑、文庫本。いろいろと置いてある中で目立つのはアルバムだ。卒業アルバムでもない。光上自身のアルバム。それに興味が惹かれるのも仕方のないこと。早坂はそれを取り出し、光上の椅子に腰掛けてアルバムを開いた。

 

「かわいい」

 

 最初はやはり赤子の頃の写真。小さい頃に出会ったとはいえ、もちろん知らない時期もあるし、出会った後も見てない部分が多い。パラパラとアルバムを見ていって楽しんだのも束の間。思っていたより写真が少ないことに気づいた。正確には、写真を取られている年齢か。初等部卒業よりも先に写真が途絶えていた。ふと思ったことを確認するため、もう一度最初から見直してからアルバムをしまう。

 

「これは……圭が見たらどう思うんだろ」

 

 別に彼女の盗撮とかがあるわけじゃない。ここにあるのは光上晶の写真だ。彼自身がどう思っているのかは知らないし、勝手に見てるから聞くわけにもいかない。

 それに、問題があるわけでもない。ちょっと、光上家の根源みたいなものが見えた気がしただけだ。

 

 

 

 

 圭と合流し、毎度のように新聞配達のコースを付き添って走る。変わらない日常でも、なんだか以前とは違う感覚。こうして一緒に過ごす時間が好きなのだと気づけたからか。

 圭も仕事には慣れたものであれど、時間内で終わるように自転車を漕ぐ苦労自体は変わらない。体力もついてしんどさがマシになったぐらいだ。なんなら、筋肉がついて足が太くならないか心配している。スリムでありたいものだ。

 

「報告してきますので。体を冷やさないように気をつけてくださいね」

「ありがとう。上着持ってきてるから大丈夫だよ」

「すぐに戻りますから」

 

 汗を拭いてから上着の袖に手を通す。暖かくして待つということを示せば、圭の懸念も和らぐというもの。それでも早く戻ってくるというのは、心配されているのだろうかと少し自信を無くしそうだ。

 圭としては心配もあるけれど、それよりも早く戻って光上と一緒にいたいだけである。光上はその可能性も考えたが、自惚れては恥ずかしいだけだと否定していた。思春期である。

 

(白銀さんを──)

 

 早坂の気持ちもよくわかる。好きだから巻き込みたくない。好きだから遠ざける。それは自分もやろうとしたこと。けれど、圭の気持ちを知ったことで決意は更に固いものになった。圭の隣にいるという断固たる決意。 

 そのためにも、彼女には話さないといけない。彼女の父親にも。光上家は四宮家とぶつかる。白銀圭を危険に晒す。御行はかぐやと一緒にいるため危険が少ない。四宮かぐやも光上晶も守ろうとする人物。どちらからも守られるという点で最も安全な人物だ。

 けれど、圭の場合は事情が異なる。光上と付き合ってしまえば、四宮から最も狙われやすくなる。ただの一般人だから、明らかな弱点となる。守り抜くという誓いはできても保証はできない。けれど、この気持ちは腐ることのない光上の決意だ。

 

「光上さんどうかされました?」

 

 考え事をしていて気づかなかった。本当にすぐに戻ってきた圭は、心配そうに眉を下げて光上の手をふわりと包み込んでいる。いつの間にか力拳を作っていた手を。その手は優しく、儚げな印象を受けるほどに柔らかい。彼女の手が汚れていない表れで、彼女の純白さを顕現している。

 

「怖い顔されてますよ」

「……そう?」

「はい。そう見えます」

「ちょっと考え事してて……」

 

 どう誤魔化そうか考えた。そしてその思考を止める。いつまで彼女に隠すつもりだと。話さないといけないことじゃないか。フランスに行くまであと2ヶ月程度しかないのだ。

 細く息を吐いた。圭はそれを、光上が寒がっていると思い、彼の手に息を吐いて温める。人の良さが出ているその行為が可愛らしく、心から愛おしさがこみあげて来る。

 

「ありがとう白銀さん」

「どういたしまして。帰りましょうか」

「そうだね」

 

 彼女に包まれていた手は、そのまま彼女の手と繋がる。以前とは違う点は、指を絡めていることか。

 ああ、心が温まる。たしかに冷えていたようだ。彼女の体温がとても温かい。女性は末端冷え性になりやすいはずなのに、彼女の手はとても温かった。

 

「修学旅行は途中で終えられてしまったそうですね」

「うん……いろいろあってね。でも、楽しめたよ」

「お土産も持ってきてくれましたもんね」

 

 光上が東京に帰ってきた日。彼は真っ先に白銀家に向かい、電話をできなかったことを改めて謝罪しながらお土産を渡した。その時に説教されたことは記憶に新しい。電話をできなかったことじゃない。病院を抜け出したことだ。なぜそれを知られているのかと御行に視線を向けたが、犯人は御行ではなく藤原だった。

 体調を崩して入院。翌日に脱走。体調に一切の不調はなかったという点を除けば、やらかしたとしか言えない客観的事実。真相を話すわけにもいかず、光上はただ謝り続けた。

 

「反省はしてないけど後悔してない。そんな顔されてましたけどね」

「うぐっ……」

「別にいいんですよ? 私は子供ですもんね。大人の事情とか言って隠し事されても仕方ないですもんね」

「……ごめん」

 

 謝るしかない。白銀家のあるアパートへと到着し、その敷地内で圭と向き合う。冷えのせいか、頬が上気している。その清澄な瞳は汚れがなく、戻るべき場所を示してくれる。

 話してくれないのは別にいいと思った。自分の知らない世界があることぐらいはわかっている。光上はそっち側の人間で、それを知られないようにしてくれていることもわかる。けれど、理屈と感情は別物だ。わかっているけれど、共有したいという気持ちもある。その世界を知った上で、力になりたいと思う。そう思うことは、いけないことなのだろうか。

 

「白銀さん。放課後の予定は空いてるかな?」

「え、はい。生徒会もないですし、空いてますよ」

「よかったら、俺とデートしよう」

「行きます」

 

 食いつくように言った。圭ははしたなかったと羞恥し、光上は気にしてないように微笑む。承諾されたことが嬉しかったから。

 

「大事な話もあるんだ」

 

 ぎこちなかった歯車が回りだす。

 2人の歯車は、噛み合うために近づきつつあった。

 

修学旅行編について

  • 漫画出るまで修学旅行編待機
  • 18巻の内容までならOK
  • ネタバレ気にしないから更新続行
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