主人からの命令は、光上晶を監視すること。ただし事を構えたくはないから軽度のものでいい。探るのではなく、もはや観察の域でいい。
そう指示されたものの、どうしたものかと頭を悩ませた。四六時中の監視ではないし、学校にいる間もずっとというわけでもない。聞こえとしてはとても簡単に聞こえるが、実際にはそうも言っていられない。
何かの兆候があるのならそれを見逃すわけにはいかない。だが、観察と言える程度の監視でそれを見逃さないというのは至難の業。
「そんなわけで監視することにしました」
「どんなわけで? というか監視することを本人に言うんだ……」
今日も今日とて早坂は空き教室へと呼び出した。二人で並んでタブレットを見つつ、会話を続ける。
「どうやろうにも気づかれますから。正直言って面倒なことにはしたくないですし。光上さんはわりとかぐや様を嫌ってますし」
「いや嫌ってないけど!?」
「? そうなんですか?」
「え……嫌ってるように見えてる?」
「少なくとも仲悪いって印象ですね。あーでもご安心を。他の人たちは誰も気づいてませんから」
それならまだいいかと一安心。早坂だけが気づいたのも、二人の間に立てる人間であり、気を張っているからだ。現に御行は微塵もそんな印象を抱いてはいない。
「仲悪い、か。あの人に悪い印象とかは抱いてないんだけどね~」
「それでしたら苦手意識でもあるのでは? かぐや様もその意識があるようですし、お互いにそう思ってるのでしたら、ぎこちなさがあっても仕方ないかと」
「それを感じ取れるのは早坂ぐらいだし、無意識のままの方がいいのかな」
「私からはなんとも。今のところお二人は接点も特にないですし。将来のことを考えたら、改善するのも悪くないかと」
「将来ね。早坂は子どもほしい?」
「は?」
なんの脈絡もなしに突然の話題を振られる。「結婚願望ある?」とか「将来どうなりたい?」とかでもなく、いきなり子どもがほしいかの質問。何を考えてるのか読めない。光上の皮をかぶった
「確認ですけど、私たちは付き合ってませんし許嫁でもありませんよ」
「知ってる。将来のことを考えたらさ、先輩やら後輩やら同級生の人たちの子どもを見ることになるわけじゃん? そのまま結婚しそうだなってカップルもいるし、数年後には結婚してそうだなって人たちもわりといる」
生徒会が仲立ちして成立した早熟カップルとか。
「早坂はどうなのかなって思ってさ」
「話の流れからしたらかぐや様にどんな子が生まれるのか、という流れになりますよね普通」
「読めないところだからさ。今の体制を壊せるかで大きく変わる人生でしょ。あの人」
「……そうですね」
財閥の令嬢と一般家庭の男。誰の目から見ても釣り合わない。ラブロマンスなら十二分にあるだろう。学園生活を見ていたら、お似合いの二人だと誰もが言う。
ただし、それを家が認めるかは話が別だし、周囲の大人たちの反発も十分ありえる。認められなくても黙らせるだけの地位を確立するか。もしくは逆パターンで成立させるか。どうするかは二人次第で、どうなるかはまだ読めない。
「暗くなりそうな話をしても息が詰まるから。それに、今目の前にいるのは四宮さんじゃなくて早坂だし」
「それならまず結婚願望があるかを聞きますよね」
「あるでしょ? 早坂って結構そういうの憧れてるじゃん。カップルとか、デートとか」
「決めつけられても困ります」
「そっか。勘違いだったか。ごめんね」
あっさりと引く。座っていること、すぐ近くにタブレットがあることによって、頭を下げるのも小さな動きだけになる。早坂は別段その事を気にしないし、あの二人を見てたら恋してみたくなるなぐらいのことは思ってる。だから光上が言ってることも掠ってはいるのだ。
そもそもなんで確信めいてそんなことを言ってきたのか。少し考えてすぐに答えに至る。自分がいつもつるんでる子たち。彼女たちが情報源なんだろう。学園内での光上の情報網は広い。それぐらいのことは流れてくるのだ。
「そう言う光上さんはどうなんですか?」
「結婚願望? できたらいいなーぐらいだよ」
「そうですか」
そこを掘り下げるわけでもなく、さらっと流してタブレットを見やる。今日は四宮も藤原も部活に行っていて、今生徒会室にいるのは御行と石上の二人だけだ。会話からして、今年度の部費の調整をしてるのだろう。
「……二人は欲しいですね」
ぽつりと呟いた。それが何かなんて聞かなくてもわかる。光上は少しだけ驚いて、すぐにふわっと微笑みながら「きょうだいは憧れるよね」と返す。
光上はひとりっ子だ。早坂もひとりっ子。ただし、早坂の場合は主人のかぐやと姉妹のように育っている。主人ではあるものの、妹同然に感じている。仮に結婚して子どもができるのなら、きょうだいがいるようにはしてあげたいと思っていた。
「話は戻りますけど」
「ん?」
「かぐや様に苦手意識があるかもって話です」
「あー、うん。考えてみたけど、正確には
そうだろうなと納得できた。彼の性格上、四宮家の方針というものは何一つ受け入れられない。中立という立場にいること、かぐやが学園生活をほぼ普通に送っていることで、対立構造が出来上がらないのだ。
そこは早坂からしてもプラスに働く。当主を毛嫌いしている早坂にとって、四宮家の在り方に良い印象がない光上には仲間意識が働く。あくまでも若干のものではあるが。
なにせ、彼が嫌うものの1つに、自分が当て嵌まってしまうのだから。
(偽りばかりの私は、むしろ嫌われるはずなのですが)
チラッと彼を見ても嫌ってるような様子が見受けられない。彼の中の理屈というか、ルールというものがまだ分からない。
「どうかした?」
「いえ」
早坂の視線に気づき、何かあるのかと聞いてみる。早坂は短くそれを否定し、視線をタブレットへと戻した。生徒会室では絶賛石上のヘイト祭りが始まってるようだ。部活動に励む男たちへの妬みが強い。
「あはははは! 石上くんは相変わらず面白いな~」
「面白いで流せるのはあなたぐらいでは?」
「早坂は部活に入れるとしたら何に入りたい?」
「人の話聞いてませんね」
この振り回しっぷり誰かに似てるような気がする。誰でもいいやとその考えを消し飛ばし、自分が部活をしたらというもしもを考えてみる。
「特に希望はないですね」
パッとは出てこなかった。
「光上さんはどうですか?」
「体が脆いからなー。運動部とかは無理だし、文化部かな」
「そうでしょうけど、それならなぜ文化部に入ってないんですか?」
「どこかに属するってのがね」
「……あー」
入りたい部活はいくつかある。そう呟いてみるも、現実はそうもいかない。部活に入るとどうしても中立性がなくなってしまう。どこの誰でもない。ただの秀知院生という立場でないといけない。だから光上は部活動を始めることはないのだ。委員会も同様である。
「生徒会もある意味中立の立場ではあるんだけどな」
「断ったって話でしたね。かぐや様経由で聞きましたよ。あの人文句言ってましたよ」
「あはは、だろうな~」
断った理由も早坂は聞いている。生徒会に向いてないと言って断ったということを。
『四宮は弓道部だぞ』
『めちゃめちゃ向いてるじゃないですか』
掘り下げようかと思ったけど、それよりも面白そうな話が始まりそうだ。早坂はタブレットへと意識を戻し、光上もそれに倣う。
弓道というのはその競技上、胸の前で弓を引くことになる。当然だが胸当てで胸の保護もする。
男子は何一つそこに不安要素なんてない。ただし、女子の場合は人によってはそうもいかない。
『──サラシとか巻く必要あるんですよ。でも四宮先輩のサイズならなんの心配もないじゃないですか。こんなんですし』
ケラケラと笑いながら胸の前でジェスチャーを始める石上。彼の辞書にデリカシーという言葉はないのだろうか。男だけの会話ならそんなものは必要なかったか。
石上はここでは止まらない。一度走り出した彼からはブレーキなんて機能が消されている。石上による弓道講座は続き、Dカップを超えたらどうしようもないという話にチェンジ。ターゲットはそのまま学園でも指折りの大きさの藤原へ。
『石上くん?』
『っ!!!』
石上の弓道講座を聞いていたのは会長だけではなかった。四宮のくだりから四宮はいたし、藤原のくだりの時も藤原がバッチリ聞いている。生徒会室では、新聞を丁寧に折り畳んで作られたハリセンで石上がしばかれている。
その一部始終を見ていた生徒が別室にいるわけで。その会話内容もすべて聞いている。その二人がいる空き教室では微妙な空気が漂っていた。
「この人なんでそんな事知ってるんですかね」
その沈黙を破ったのは早坂の方だった。声は低く棘があり、その目は画面の中にいる石上を蔑むものだった。
「妙な豆知識持ってるよな。ゲームで知ったのかな」
「世の中いろんなゲームがありますからね」
石上が生徒会室から退場したところで、早坂の視線も元に戻る。ストレスが溜まってるのだろうかと思うものの、よその事情には踏み込まないのでその言葉を飲み込む。
(使用人の一人でどうこうとはならないだろうけど、うちの親はアレだしな)
四宮家の当主が嫌いだと公言してる父親を思い浮かべ、火種になるか怪しいものすら送らないように留める。生徒間のことを任せてもらっているのは、そういうことも事情に含まれていたりする。
光上家が噛み付いたところで、四宮家の財閥は潰れない。ただ損害は確実に出るし、それを敵対勢力が黙って見過ごすわけもないのだ。だから不干渉が暗黙の了解なのである。
早坂の視線を追ってみる。それは真下であり、より正確には胸元。
光上はやらかしたと瞬時に悟った。
視線を逸して誤魔化す前に早坂の手が光上の頬を挟む。
「今何を見ました? 何を見て何を失礼なことを思いました?」
「……いや……早坂なら弓道できるんじゃないかなって」
「その性格はこういう時に難儀しますね」
嘘をつけない性格。先程の石上の話のせいで、「早坂はDカップ以下だろ」と言ったも同然なことに。
ニタァと口角を上げた早坂は、空き教室内をぐるりと見渡す。誰のものかはわからないが、都合よく新聞が置かれていた。それを取りに行き、藤原が作ったのと同じハリセンを作り上げる。強度は藤原よりも高いが。
「それはさすがに俺死んじゃうんだけど」
「大丈夫です。加減は間違えませんから」
「ほんと、ごめんなさい」
「今さら遅いですよ。セクハラ発言と同義です」
スパァンといい音が響きわたった。
一度で終わることなく。連続で音が鳴り響く。
叩かれる勢いに逆らうことなく、光上の頭があっちへ行ったりこっちへ行ったり。先程の石上の再来である。
「これくらいでいいでしょう」
「早坂……途中から楽しんでなかった……?」
「なんのことか分かりかねます」
「あ、そう……」
器用に少しずつ角度を変えられ、満遍なく頭をハリセンで叩かれた。意外だったのは、音の割には痛みが小さかったこと。見た目も痛そうだったのに。
光上のことを気遣った早坂なりの小さな優しさだった。
「ありがとう早坂」
「Mなんですか?」
「そんなことはないぞ?」
「目覚めかけないでくださいよ」
他人の性癖を開拓なんてしたくない。
引き気味にそう言うと、光上は笑ってまだ目覚めてないと言う。先のことなんてわからないから「まだ」がついてるとは理解できる。それでも不安と恐怖を感じずにはいられなかった。
「男子って藤原さんを見る目がたいてい厭らしいですよね。そんなに大きいのが好きなんですか。まぁ所詮男なんて二言目にはセックスを言う生き物ですけど」
「その男子の前でよくそれを言えたな。恥じらいとかないのか」
「恥じらってほしかったですか? そういうのが好みなんですね」
「そういう話ではなく。男が盛ってるサルという認識には否定させてもらっとくぞ」
「胸の方は認めるんですね」
「そこは遺伝子レベルの誘惑だからね。その人を好きになるかの基準になるかは別として」
男はそんな単純な生き物ではないぞという主張だったものの、残念なことにそこまでの説得力がない。光上個人ならある程度の信用があるものの、その前の話の文脈のせいで効果が薄れている。
しかも「ハーサカさんが気になる」発言。胸の大きさをかさ増ししてる姿の方が気になると言われているのだ。信用の薄さは透明度80%である。
「よく巨乳派か貧乳派かの話が白熱しますよね」
「早坂はどっからそんな話を仕入れちゃうのかな……」
「ちなみに光上さんはどっち派ですか? 会長は貧乳派ですね」
「断言しちゃったよ」
かぐや様を好きになったのだからそうでしょと目で語られ、主人に対して容赦ないなと心の中で呟く。お互いの信頼関係があってこそだろう。そんな関係に憧れを抱いてしまう。
「巨乳派か貧乳派かと言われてもな……。これ女子相手に言うのキッツいな」
「私は他言しませんからご安心を」
「そこは信じてるけどさー。……程よい大きさが好きかなぁ。デカすぎてもちょっと……ってなるし。付き合うならって話になると人によるとしか言えないけど」
「軽く逃げましたね」
「保険ぐらいかけさせてくれ……」
「いいですよ。十分楽しめましたから」
(いやこれどっちなの!? ウチはかぐや様と書記ちゃんの間くらいだけど!)
ただ単純に好みの話のはず。しかし、人間の心理というものは、好きな人の特徴と合致するものを好きになりやすい。
この場合。
せめて照れとかがあればヒントになるのに、光上は照れることなくサラッと答えてしまってる。謎が深まる一方だ。
「この論争って途中からは違う意見が飛び出すよな」
「男の盛り話にはそこまで興味ないですよ」
「じゃあいいか」
「……あーでもかぐや様への助言に使えるかもしれません。聞くだけ聞きます」
「簡単な話だよ。違う部位の方がときめくってやつ」
「性癖ってやつですね。うなじとか腰のくびれとか」
「それもあるし、お尻とか脚とか。髪型の話になったりもするね」
「今さらながらよく女子の前でこの話ができますね」
「話を振ったの早坂なんだよなぁ!」
揶揄いを交えつつ、早坂は光上から話を聞くのだった。
かぐやへの助言はどうしようかという話にもなり、特に着飾らない性格を考慮した結果、『御行が好きな仕草を探し出して不意打ちでやらせよう』という結論に至るのだった。
主人公の設定であれですけど、私はかぐや様好きです。
みなさんの感想や評価を貰えるたびに大喜びして張り切って書けております! 本当にありがとうございます! これぞWin-Winの関係ですね!
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行