薄暗いカラオケの個室の中、光上と圭は好きなように歌っていた。どちらも好きな人に歌を聞かれるという緊張があり、固さが抜けるのに数曲は要していた。2人しかいないために順番はすぐに回ってくる。歌い続けないといけないわけではないのだが、歌わないと勿体無いと思ってしまうのだ。
カラオケの薄暗さからムードが出来上がり、おっ始める人も中にはいるだろう。基本的に監視カメラがあるからやめておいた方がいい。監視カメラがないカラオケもあるらしいが、喘がず歌え。ここはカラオケだから。
光上と圭がそういうことをするわけもなく、順繰りに歌い続ける。圭は流行のものが多く、光上は有名所の曲を選びがちだった。
「光上さんもご存知の曲の方がいいですよね?」
「気にしなくていいよ。白銀さんが好きな歌を知っていきたいし」
好きな人の好きなものを共有したい。こうなる気持ちは誰にでもあるだろう。光上も例外ではなかった。圭も好きな歌ものを知ってもらい、共有できることに喜びを感じた。
光上も圭も、カラオケに全然来ることがないため、レパートリーが少ないのがこのデートの失敗点だろうか。一旦歌い終えると、2人揃ってドリンクバーに向かう。休憩もあるが、歌う曲を迷っているのも理由だ。正確には詰まったと言ったほうが正しそうだが。
「これとこれを混ぜると美味しいですよ」
「チャレンジャーだね」
「萌葉が飲んでました」
「白銀さんも飲んだんじゃないの?」
「……1回だけ」
行儀が悪いことだと思ったのだろうか。圭は知られたくなかったようだ。しかし自分から話題を振っている時点で墓穴を掘っている。1回だけ飲んだことを認め、少し苦々しそうに顔を逸らす。
光上はそれを行儀の悪いものだとは思わなかった。そういうことはあるものだと知っているし、店によっては組み合わせを推奨している場所すらある。今回は圭に教えてもらったのもあり、光上が飲み物を2種類混ぜた。
「? 美味しいんでしょ?」
味は圭自身が確かめている。それを疑う気もないし、美味しいと言ったあの言葉に嘘がないこともわかっている。
「光上さんがそういうのをするのが意外だと思いまして」
「やったことないからね。試してみたくなったんだ」
「では私もこれにします」
光上が圭を真似、圭は自分を真似た光上を真似る。どちらも、相手がやったからという理由で飲み物を混ぜ合わせていた。
個室へと戻る。防音にはなっているはずだが、廊下を歩いている時に他の部屋からの声は聞こえていた。声からして近い年代の人たち。平日ということと、時間帯からしてサラリーマン世代はいないようだ。
「独特な味だけど、美味しいねこれ」
「そうなんですよ。萌葉に言われた時は疑いましたけど、これが結構いけるんです」
特製ドリンクの感想を言い合い、中等部の友達と遊ぶ時の話も聞く。あまりお金をかけないようにしているようだが、学生割引があることでそれなりに遊べてはいるらしい。今時だとお金をかけない遊びもないに等しいだろうが、節約しながらでもなんとかなるようだ。
「白銀さん。この曲知ってる?」
「これですか?」
機械を操作し、これから歌う曲を検索にかける。画面が見えるように圭が隣に移動し、画面を覗きこんだ。距離が縮まったことでふわっと薫る彼女の髪の匂いは柔らかく、鼓動が早くなっているのに心が落ち着いていた。
「あ、これ知ってます……ょ」
パッと顔を上げたところで気づいた。光上との距離が近く、顔の距離も10cmはなさそうだ。目と鼻の先とまではいかずとも、意識してしまうには十分過ぎた。
「す、すみません!」
「い、いや別に……」
どちらも赤らみながら視線をそらした。言葉もうまく出てこず、聞こえてくるのは己の鼓動だけ。
今までだって手を繋いだり、距離が近くなったことはあったのに。顔がここまで近づいたことはなかった。さっきまで意識してなかったわけじゃないが、これのせいで余計に意識してしまう。歌おうと思った曲はデュエットソングなのに、この調子では歌えそうにない。
「……白銀さん」
「は、はい」
「大事な話……今するね」
カラオケが終わってからにしようと思っていたが、続行できそうな空気ではなかった。ヤケになって歌うとそれこそ話をする空気も作れなさそうで。そう思った光上は、今切り出すことにした。高揚した頬はまだ引いていないが、それは圭も同じ。話を聞こうと目を合わせては、恥ずかしそうに視線を逸してしまう。
それでもいいと思った。話ならちゃんと聞いてくれると
「来年度にはフランスに行くことが決まったんだ」
「…………ぇ?」
今何を言われたのか。言葉はわかるのに、その意味が理解できなかった。
「主治医が向こうにいてね。手術を受けることになったんだよ」
「手術……ですか? え、でも……ランニングできてますし……」
「延命措置みたいなものだったんだよ。最低でも高校卒業までは日本にいたかったから、苦肉の策でしかなかったけど」
「……手術は……成功率はどれくらいですか?」
「高いよ。そこは安心してほしい。難しい手術だけど、主治医がそれのエキスパートだから」
はたして成功率が7割に及ばないものを、高い成功率だと言ってもいいのか。それは審議したいものであるが、光上の中では高いらしい。それとも、圭に安心してほしくてそう言ったのか。どちらにせよ、圭はその言葉を信じた。数値を言わなかったのに、高いという言い方に逃げたのに。
「……成功を信じます。光上さんが元気になられることを」
信じているのだ。光上なら大丈夫だと。彼ならそういう苦難を乗り越えられると。
それと同時に理解する。文化祭の時に光上が話そうとしていたことは、この話だったのかと。もう1つ話があるということも見破り、努めて暗くならずに話を聞く姿勢を保つ。彼だって話しにくいことだから。
「ありがとう。白銀さん」
光上もまた、圭がハリボテでも聞く姿勢を維持してくれていることに気づいた。叶うことなら全てが嘘で、日本で一緒にいられると言いたい。ずっと一緒にいられると。君のとなりにいると言いたい。
けれど現実はそれを許してくれない。光上は話さないといけない。もう1つの話、四宮家とのことを。
「それとね。……これも言いにくいことなんだけど、うちの家が四宮家との抗争を始めることになった。だから、その……」
「…………側にいたら、巻き込んでしまうと」
「……そうだね」
圭は日本にいるし、四宮家だって日本にいる。四宮家と衝突するにしても、光上はフランスにいるのだ。彼と深い関係になったとして、それがバレれば自分の身が危ない。それぐらい圭にだってわかるし、最悪の場合兄と父にまで手が及ぶかもしれない。かぐやの影響で防げるのか怪しい部分だ。圭は知らないことだが、そのかぐやも御行と共にスタンフォード大に行こうとしている。危険性はむしろ圭が思っているより高い。
「私が……光上さんのご迷惑に──」
「ならないよ!」
「っ!」
重ねるように否定した。圭の存在が迷惑になるわけがない。そんなことはあり得ないと力強く言い切った。
圭の根底にある恐怖「恋愛感情は永遠じゃない」という話。それがあるから、圭はこの話をより深く重く受け止めた。自分の存在が邪魔になるから、光上は離れてしまうと考えた。
「白銀さんが迷惑なわけがない」
「……なんで、そう言えるんですか? 客観的に考えて、私はいなくなったほうがいいじゃないですか。
「俺が白銀さんのことが好きだから」
「……っ! そんなの……」
「この気持ちは変わらない。もちろん口だけで証明できることでもないし、すぐに簡単に証明できることでもない。だから、
光上が示せる答えはそれだけだ。好きであり続けるという誓い。言葉にできることはそこまでで、後は実行し続けるだけ。
簡単なことではない。まだ未練があって離婚届に判子を押していない白銀父のように、一方通行の感情になってしまう可能性だってある。たとえ光上が好きであり続けられても、圭の気持ちがどうなるかは本人次第だから。
「怖いんです」
目を伏せて圭がぼそりと呟く。
「私も光上さんのことが好きで……。うちの両親だって好き合って結婚したはずなのに……。だから、もしかしたら、私も母親みたいになっちゃうかもしれないって……」
怖いのは光上の関心が消えること。それと同じくらいに怖いのが、自分が親と同じ道を辿ってしまうかもしれないこと。
彼女の小さな手を包み込む。小鳥に触れるように優しく。大人びていようとも、気高くあろうとも、彼女は14歳の女の子だ。怖いものもある。不安に押し潰されそうにもなる。その小さく華奢な身体は、ひと針で儚く崩れてしまいそうだ。
「途切れさせないよ」
何を言えば正解か。どう言っても効果覿面とはいかないか。
それでも言葉は必要だ。言葉に表し、実行に移す。結局のところ、できることはそれだけなのだから。
「白銀さんの気持ちが消えないように努力するから。自分を磨き続けて、白銀さんをずっと好きでいる。だから、白銀さんも信じてほしい」
信じたい気持ちはあるのだろう。ただ不安があるから信じ切れる自信がない。彼女の瞳からそれを読み取る。
「白銀さんはずっと好きでいてくれた。恥ずかしいことにいつから好きでいてくれたのかはわからないんだけど、俺が気づいてない間も根強くそうあり続けてくれた」
今にしてみれば、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。一方通行の恋なんて綱渡り。恐怖の風に常に煽られているのに、彼女はそれを進んできたのだ。
「小さい頃に祖父が亡くなって、その一件で人間不信なところもあったんだよ。関係なく距離を詰めてきた人もいたし、壁を突破してきた人もいたけど」
藤原千花とか。白銀御行とか。
「白銀さんみたいに、壁を溶かしてきた人は初めてだよ」
彼女の瞳には、すべて見えていたのではないかと思えてしまう。全部見抜いて、その上で距離を詰めていたのかと。
「少し驚いたし、嬉しかったよ。そういう人もいるんだって。人に嫌われてもおかしくないような生き方してるからさ。白銀さんが、普通の世界を引き込んでくれる」
ただの恋愛よりは何倍も面倒だろう。普通の恋とは言えないかもしれない。けれども、普通の恋愛に近いものへと引き込まれた。
「白銀さんの純粋さが好き。困っている人をすぐに助ける優しさと行動力があるところが好き。努力を重ねる姿勢が好き。少しお茶目なところがあるのも好き。俺を見抜いてくれるのが好き。だから、ずっと側にいてほしい」
見上げてくる彼女の視線と交差する。お互いしか映さないこの瞬間が何よりも愛おしい。
「白銀圭さん。あなたのことが好きです。付き合ってください」
彼の言葉が嬉しかった。ずっと望んでいた言葉がようやく届いたのだから。その喜びに胸が痛む。悲しみなんてない。胸を満たす幸福感で、この胸が張り裂けそうなだけ。
その喜びが陰る。不安は常に付き纏うもの。たとえ願いが叶っても、その先にはずっと不安があるから。
「はい。喜んで」
それを振り切って言葉を絞り出した。頭の中で鳴る警告を無視して、今は目の前にある幸せに飛び込む。望んでいたのだから、勇気を出すしかないじゃないか。
背中に手を回され、ぎゅっと優しく引き寄せられる。大切そうに扱われ、それを受け入れながら彼の肩に手を置く。さっきと同じように距離が無くなり、顔と顔が近くなる。高鳴る鼓動が今は後押しに感じて、静かに瞳を閉じた。その僅か後に唇が重ねられた。
何秒そうしていたのか。長かったのか短かったのか。時間の感覚は消え去り、そっと離れて目を開く。気恥ずかしそうに微笑む彼が見えた。
「圭って……呼んでいいかな?」
「は、はい……。私も下の名前でいいですか?」
「もちろん」
「えと、晶……さん」
「……ははっ、なんか照れくさいね」
「でも、好きです」
名前で呼び合うこと。これもやりたかったことで、より親密になれた気がする。『好き』という言葉も、言うだけで心がきゅっと絞められる。『好き』という言葉も好きだ。
「それでね圭。フランスに行く話なんだけど」
「うん……」
「一緒に行けないかな?」
「え?」
「フランス校の入学時期とかは日本に合わせられてる。授業の進捗もほぼ変わらない。それに、フランスに来てくれたら一緒にいられて、圭を守ることができる。だから、一緒に来てほしい」
「それは……。私だって一緒にいたい……けど」
「わかってる。だいぶ分が悪い話だ。もし駄目だったとしても、必ず帰ってくるから。その時は待っててくれる?」
「晶さんと一緒にいたい……」
「それは……俺もだよ」
弱々しく話す彼女を包み込む。気持ちは一緒だと。離れるのは辛いことで、待たせたくなんてない。けれど、現実的なのはそちらなのだ。
大学生の息子となれば海外に1人飛び立たせられるだろう。しかし、まだ中学生の娘となれば話は別だ。たとえ光上が一緒だろうと。圭1人で決められることでもなく、白銀父の許可は当然必要となる。
その後、時間になるまで適当にデュエットで歌い、圭を白銀家まで送り届けた。
そして翌日の放課後。圭と共に白銀家へ。生徒会の仕事はあったけれど、御行が事情を知っているため問題なし。翌日にこなせばいいとのことだ。
白銀父は職業不定で、いつどこで何をしているのかは子どもたちにもわからない。だから圭は前日の夜に、時間を指定して家にいるように伝えておいた。これで入れ違いになる心配はない。
「何度か来てるけど、一番緊張するなぁ」
「大丈夫……ですよ」
「話し方は無理に変えようとしなくてもいいよ」
「ううん。だって……付き合ってるから」
もじもじしながらそういった圭が可愛らしく、抱きしめたい衝動をなんとか抑えた。気持ちを切り替え、一度深呼吸する。圭に視線を向けて頷くと、圭も頷いて家のドアを開けた。
「ただいま」
「おうおかえり。晶くんも久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
「さぁさぁそこに座りなさい。お茶もいれよう」
「いえお構いなく」
白銀家のリビングにあるテーブル。座る場所を指定するように座布団が敷かれており、光上は圭と横に並んで座った。お茶が置かれ、対面に座った白銀父にお礼を言う。
「あの、何かお仕事中でしたか?」
「ああこれのことか」
テーブルの上に置かれていたのはノートパソコン。仕事中だったなら申し訳ないと思ったのだが、どうやら少し違うらしい。
「娘を任せられるかリスナーに意見を求めようと思って」
「真面目にやってよ! なんでそこで視聴者使おうとするの!? 真面目な話をしに来たのに!」
「え、お父さん娘さんをくださいって話じゃないのか?」
「合ってるけど!」
「とうとう付き合ったか。御行も彼女ができてるし、ますます面白くなってきたな」
「間違ってもネタにしないでよ!」
エンジンはすでにかかっていたらしい。待っている間に起動ぐらいはするか。
2人の会話の一部だが、光上はついていけてない部分があった。迷ったがひとまずそれを聞くことに。
「視聴者というのは?」
「あ……」
「圭パパ実はユーチューバーデビューしてたんだ」
「……まじっすか」
「まじ。ほら」
ノートパソコンの画面が向けられた。そのチャンネルに映っているのは間違いなく目の前にいる人物で、チャンネル登録者数もえげつない人数になっている。これは大物ユーチューバーと言えるのではなかろうか。
「最近での一番の収入源これ」
「この数だとそうなるでしょうね」
隣で沈黙している圭が気がかりなのだが、今は触れないでいたほうがいいのだろうか。大変難しい選択である。
「娘が彼氏連れてきたとかやったら大反響だろうな。炎上もするだろうけど」
「え? もしかして圭も出演してる?」
「お。父親の前で娘の名前呼びか。やるね」
「私は出演というか……」
「生配信の時にたまに後ろを通ってたりしてるね。その度に赤スパくるし、圭の人気は高いぞ」
成り立てではあるが、彼氏としてはなんとも言えない気持ちである。家族のチャンネルで出ているのだから、別に問題はないのだけれども。ネットという広い海に圭の姿が流れていると思うと苦い顔をするしかなかった。
「冗談かガチか。娘さんをくださいなんて言う人もいるしな」
「そういう人も湧くでしょうね」
「ははは。火がついてきたな」
「父さん。晶さんで遊ばないで」
「たった今、今年で一番ダメージ受けたわ」
娘が彼氏の名前を下の名前で呼ぶ。わかりきっていたことではあるものの、予想以上に結構キツイらしい。これはリスナーの中で死人が出るなと思い、ノートパソコンを閉じて机から下ろす。
「付き合うこともそのまま結婚も別に構わないが? 晶くんという人物にはそれなりに評価しているつもりだ」
「順番めちゃくちゃ!」
「それ以外でも話があるんだろう? そちらを聞かせてもらおうと思ってな」
予定していた話の順番も吹っ飛んだというか、主導権を完全に白銀父に握られた。思い返してみても、この男を相手に話の主導権を握れたことなどなかったのだが。それができるのも別居中の母親くらいではなかろうか。
光上はフランスに行くことを話した。手術のために行かないといけないこと。術後のこともあり、どう足掻いても年単位でフランスにいるということ。四宮家との抗争もあり、圭と一緒にフランスに行きたいのだと。
「ほう。そういう話か」
さすがにこれは快諾なんてないと思っていた。予想通り白銀父はしばらく考える。そして重く口を開いた。
「
「パパ私は──」
「圭と付き合うのも結婚するのもいい。だが、それならなおさら
光上晶という人間は評価している。しかし娘を危険な目に遭わせるのは話が別だ。光上家と四宮家の抗争がどうなるかもわからない。四条家と四宮家がぶつかり、その結果どうなるかも。そんな時に圭と一緒にいるのは得策ではない。愚の骨頂である。
「今の君は高校生だ。しかも手術後はしばらく入院だろう。それでどう圭を守る? ぶつかることが決まっている時点で争いは始まるんだ。今この瞬間もスキを見せるべきじゃない」
「それは……」
「何度も言うが、俺は2人の関係自体は反対しない。応援するさ。だからこそ、2人は関係を隠す必要がある。圭もフランスに行くべきじゃない。2人の関係を隠せていれば、目立った繋がりがないということになり、圭の安全性がより増す」
至極当然の話だった。付き合っていることが知られなければ、圭は完全に対象外になる。抗争の外側にいる一般人と同じになるのだ。巻き込まれる可能性は激減する。守りたいのであれば、安全圏に離しておくべきだ。光上の場合ならなおさらに。
「圭が高校を卒業するまでにすべて片付けてきなさい。それができれば、君のことを信頼できる。そういうことが起きる世界でも圭は守られると信じられる。その時に正式に2人の交際を認めよう」
「……パパのバカ!」
「圭。これは──」
「わかってる! けど……私は晶さんと一緒にいたいの!」
「だが駄目だ。こればかりは認められん」
「……2年で帰ってきます」
圭の気持ちは痛いほどわかる。光上だって圭と一緒にいたい。片時も離れたくない。いや、積もりに積もった感情の多さからして、圭の気持ちは誰にも推し量れないだろう。
それを考慮したとしても、圭の安全性を担保できないのなら、共にいるべきじゃないという意見を覆せない。大人の世界を知っている白銀父を納得させられる材料など持ち合わせていない。彼の目からすれば、光上晶もまだまだ子どもなのだから。
だから光上は宣言する。手術を受けたとして、動けない時期を考慮し、最短で決着をつけて帰ってこられる日数を。親の意見も知らない。これは自分の人生なのだから、自分の中での優先順位を間違えない。
「晶さん……?」
「どう考えても安全性を担保できるものを提示できない。確実性が高いのがそれしかないことも理解できてしまう。……だから、俺にできることは最短で帰ってくることだけ」
「圭もそれで納得しなさい」
「……できないよ……。そんなのできない!」
「話は終わりだ。俺は夕飯の具材でも買ってくるかな」
白銀父が出ていき、家の中には2人だけが残った。制服のスカートを強く握り締める圭に光上は謝罪しかできない。身勝手な感情で、彼女を振り回してしまったことを。
「ちがう……ちがう……!」
首を左右に振って否定する。
「パパが言ってることが正しいのもわかってる。その方がいいってわかってる。わかってるのに……!」
声が段々と湿っていき、圭の目の端からそっと涙が溢れる。光上は圭に声をかけようとするも、次の瞬間には圭に押し倒されていた。光上の上に乗る彼女は軽く、印象よりも実像が小さいことをつい忘れがちだ。彼の頬にポタポタと雨が落ちてくる。上にいる彼女が降らす雨が。
「はやく……かえってきて」
「うん……」
「ぜったい、かえってきて」
「約束するよ。2年以内に帰ってくるから」
返事はなく口を塞がれた。柔らかなその感触は愛おしく、小さくついばむ彼女に手を伸ばす。光に照らされて輝く髪も、清澄の如き瞳も愛おしい。
「大好きだよ」
同時に放たれた言葉だった。
空港のロビーで人を待つ。夜に輝く月の色をした美しい髪は腰にまで届き、汚れを知れど曇りなき瞳は蒼穹のようだ。
誰もが目を引くような美しさを備えたその少女は、モデルにスカウトされることもあったがそのすべてを断った。親の収入は決して安定したものではないけれど、モデルになると誰かのものになってしまう気がして首を縦に振れなかった。父親もその意見を尊重していた。
ロビーで到着する飛行機を確認し、時間を確かめる。今到着した飛行機に目的の人が乗っているはずだ。到着してすぐに人が出てくるわけでもなく、キャリーケースが出てくるのを待つ時間を考慮してもあと10分は待つだろう。今出てきている人も、違う飛行機から降りてきた人たちだ。
頭ではそう分かっていても、今か今かと待っているため落ち着かない。何度も腕時計をちらちらと確認して、きょろきょろと出てくる人の中に彼がいないか探してしまう。
「圭?」
ドキッとして振り返ると待っていた彼の姿がそこに。
「え? あれ?」
予想外の場所から来られてガチ困惑。大人びた綺麗さを兼ね備えているのに、ぱちくりと子どもらしく反応する。それが妙にギャップに感じられて、彼はくすっと笑みを零した。
「自家用ジェットで帰ってきたからね」
「それは聞いてない! 時間しか聞いてない!」
「あぁ、似た時間に到着する便があったのか」
「絶対わざとでしょ?」
「いやそんなことはないよ?」
どうだかと疑う彼女に、本当だよと返した。彼女にしてみれば、別にそんなことはどうでもいい。彼が帰ってきたことが嬉しいんだ。1年と8ヶ月12日ぶりの再会だから。
だから、我慢できなくなったのも仕方ない。
「晶さん!」
「っと」
彼に飛びつく。実に長かった年月。ぽっかりと空いてしまった穴を埋めるように、彼の首に腕を回して強く抱き締める。彼もそれを受け止めてくれて、そんな彼と唇を重ねた。
周りの目なんて知らない。自分の世界は彼が彩り、彼が全て。
彼もまた彼女を強く抱き締める。もう二度と離れたくないと言わんばかりに。タガが外れたように。
「おかえりなさい」
「ただいま圭」
愛に調整なんて効かないのだから。
おわり。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行