毎朝のランニング。平日の睡眠学習。そして毎日の自主勉強。
毎日同じことの繰り返し。それを苦に思う人もいるだろうし、淡々と過ごしていく人もいるだろう。同じように見える日々に、僅かな変化をつけて楽しめる人もいる。
藤原千花はその中でも代表的な存在と言えよう。彼女は毎日を全力で過ごしているし、その天然さと底抜けに明るい笑顔から周囲をも楽しませることができる。放課後によく一緒にいる生徒会メンバーは、それを一番実感できてるだろう。
そんな人物とは反対に、光上晶は不器用だった。誰とでも一定の距離を作っていることと、休み時間を睡眠に費やしてしまうことから、『何でもない馬鹿げた会話』をする相手が限られている。放課後も勉強に使ってしまってるのも一因か。
「つまりボッチなわけですか」
「誰がボッチか」
「え、ボッチ以外に言い方があるんですか?」
「いい切れ味をお持ちで」
最近の変化としては、不定期ではあるものの、放課後に早坂に呼ばれることだ。その目的は聞いているし、早坂の苦労も知っているから協力的に応対している。光上本人ですら自覚のないことへの探り。答えなんて見つからないだろうと、早坂の気持ちは後ろ向きだ。
今日は普段の空き教室ではなく、生徒会室に面する廊下で雑談している。夏が近づいてきており、窓から差し込む陽射しは日に日に鋭さを増していく。
「そういや早坂。夜中のうちに学園に侵入したでしょ」
「……ストーカーですか?」
「失礼だな。夜は22時で夢の中だよ」
「かぐや様より早いことに驚きです」
早朝のランニングに備えてのことである。
「うちのシステムは、突破されたらされたで記録が残るんだよ」
「そんなシステム聞いてませんよ」
「教えるわけないでしょ……。でもま、親にシステム1個追加してみてって言われたから俺が追加したやつだし。早坂が知らなかったのも当然だよ」
親から提案されたのは中学生の時。それが完成したのは今年の春のこと。まさしく最新鋭の防犯システムだ。そのシステムの導入には細心の注意を払い、極秘裏に行われた。導入された事自体を知ってるのは、学校関係者を除けば提案者である光上と、今話を聞いた早坂ぐらいだ。
「それで、何か罰則でもあるんですか?」
「別にないよ。不法侵入ではあるけど、そこから発展して他の罪を犯したわけでもないし」
「甘いんですね。それで将来を生き抜けるとは思えませんよ」
「早坂は手厳しいな」
苦笑する光上を見てるとますますそう思う。財閥の競争は甘くないし、それの傘下である企業も同様だ。そこ以外の企業であろうとも、競い合いは当然のようにある。付け入る隙を見せたらそれで終わり。一瞬たりとも気が抜けない世界。
否応なくその渦のど真ん中に飛び込むことが決まっているのに、ましてや魔の巣窟となり得る学園を治める立場になるのなら。その甘さは致命的だ。
強さによる赦しなら通用する。しかし、甘さによる赦しは通用しない。その事を分かっていないはずもないのに。
「あなたの考え自体はいいと思いますよ。理想論ですし、どす黒い世界を垣間見てる私からしたら、綺麗事過ぎて気持ち悪いぐらいではありますけど」
「そこまで酷いか~」
「かぐや様も苦虫を噛み潰したような顔してましたからね」
「四宮家とは相容れない考えだしな」
世の中はそんなに優しい世界じゃない。光あらば影がある。そこには必ず闇がある。誰もが手を取り合えるような世の中はあり得ない。そんなの洗脳しないと無理だ。
光上の理想を否定する材料はいくらでもある。この社会の存在自体が否定材料を山ほど抱えている。
それでもなおその考えを貫くのは、針の山を裸足で登るのと同じ。
「ですが」
「ん?」
それを知っていても、それでも諦める気なんてサラサラない。その目はブレることなく力強く前を見ている。早坂はそんな目を見ながら話す。
「実現すれば理想論ではありません。私は少しばかり楽しみにしてます」
「……ははっ」
「なんですか小馬鹿にしたように笑って」
「いやごめん。まさか早坂に応援されるとは思ってなかったから。誰よりも先に社会の暗い部分を痛感してるはずなのにさ。それでも応援してくれるんだ?」
「期待はそこまでしてませんけどね」
素っ気なく答えられる。それで十分だった。
敵を作るわけでもなく、かと言って味方を作るわけでもない生き方。早坂が言ったとおりのボッチ状態。その事についての自覚はもちろんある。他の生き方をしてみたいと思ったことだってある。
それでも自分で問答して決めた道だ。やり通そうと心に決めてる。それを応援してくれた。口先だけの応援だろう。
それだけのものでも嬉しいものだった。
「ありがとう早坂」
「お礼はいりませんよ」
なんだか心が軽くなる。何故だろうと少し考えてみると、納得できる答えが見つかった。
ここまで踏み込んだ話をしたのは、今日が初めてだからだ。事情を知っている人間。その道の厳しさを知っている人間。
その上で応援してくれる。これ以上のものはない。
『ビィィ! ビィィ!』
「かぐや様?」
「今シュシュが鳴らなかった?」
光上の言葉を無視して急いで生徒会室へと踏み込む。作戦実行中だったはずで、抜かりないはず。しかし緊急事態というものは想定を超えてくる。
(いったい何が──!)
「会長の頭が私の肩に!」
「……」
「うわ珍しい」
その程度のことで緊急事態用の連絡を寄越さないでくれ。というのを口にはせず、つきたくなるため息も控えて用件を聞いた。
今の状態はどう見てもラッキー展開を見せつけられてるだけだ。見せつけられて楽しいものでもない。
「何人たりとも生徒会室に入れちゃ駄目よ!」
「……かしこまりました」
「四宮さん。寝込みを襲うなよ」
「襲いませんよ!」
「かぐや様にそんな度胸はないのでご安心を」
「何よ人をヘタレみたいに言って!」
「じゃあできるんですか?」
「できるけどしないわよ! 人としての品性が疑わしいじゃないそれ!」
人としてなんて話をよくその口で言えたなと思わなくはない。この時ばかりは早坂と光上の胸中が一致する。
これ以上話していて誰かが来ては任務失敗だ。邪魔者は早く退散しよう。
生徒会室のドアを閉め、ここに至れる二つの廊下を監視できる場所で待機。先程と同じように壁に凭れて光上と雑談。話し相手がいるのは暇つぶしになっていいなと思ってみたり。
「いつもこんな感じ?」
「そうですね。半年間あの調子です」
「あの二人半年前からなのか」
ドアの奥にいる二人の方を見て呟く。思い返してみたらたしかにその時期あたりから、御行の行動に小さな変化もあったことに気づく。本当に恋愛が絡むと残念なまでに鈍る感性だ。どうやって二人のことを知ったかと言うと、御行からの相談が、恋愛に鈍感な光上にでも分かるほどに分かりやすかったからだ。
「っと、さっそく誰か来たな」
「あれは会計くんですね」
「忘れ物かな?」
リュックを背負って走ってくる石上。あの様子からして考えられるのは忘れ物が有力だ。きっちりしてることが多い分、こういう時のミスが目立って見える。
「四宮さん人を殺せるぐらいに機嫌悪かったな~」
タイミングのいい独り言。それを聞いた瞬間石上が華麗にUターンを決めて帰っていく。が、その足がピタリと止まって振り向いた。
「光上先輩が学校に残ってるのって珍しいですね。しかも生徒会室の前。会長に用事ですか?」
「そういうわけでもないよ。早坂に頼まれて不定期で放課後に残ってるだけ」
「早坂先輩?」
「それはウチのことだし~。あ、別に付き合ってるとかじゃないから安心してほしいし!」
「何に安心しろと」
うわぁギャルだとはっきり顔で語る。言葉で表さないだけで本音は語るなんて器用だなと光上は思い、早坂はその反応に少しイラッとする。
「光上先輩の性格からしてなかなかない組み合わせに見えるんですけど」
「ははは、ほら俺交友関係がアレだから。……うん、ほんと、ね」
「なんかすみません。それで、お二人は何を?」
「光上くんの暗号に挑ませてもらってるだけだし」
「暗号……あー、前に会長も言ってましたね。僕も見させてもらっていいですか?」
「ウチはいいけど、会計くん大丈夫?」
「何がですか?」
「さっきドアが音なってたし、四宮さんが──」
「すみません急用が入ったので帰ります」
来たときよりもさらに早く廊下を走っていく石上。さらっとついた嘘でここまで効果が出るとは。四宮と石上の関係はどうなっているのやら。光上が頭を悩ませていると、早坂が何か言いたげな様子で見てきた。
「どしたし」
「真似しないでください。光上さんがいることで、難易度が上がってる気がします」
「放課後に図書室以外の校内にいるのは珍しい人間だからな」
「こんな弊害があるとは……。それもこれもかぐや様が──」
始まった愚痴もそこそこに。ここで一番厄介な人間が乱入する。
何を考えているのか。どういう思考をしているのか読めない人間。ど天然さをそのままに、思い立ったことを行動に移す珍種。対象Fこと藤原だ。
「あれ? 書記ちゃんじゃん! どしたし~」
「あ、早坂さん。光上くんと一緒なんですね。……光上くん!? どうしたんですか!? 砕けた心を早坂さんと探してるのですか!?」
「そんな異世界を冒険するようなことはしてないし、心も砕けてないよ」
「ほぇ~。珍しい組み合わせですね。でも光上くんみたいなボッチなら、たしかに早坂さんみたいに誰にでも愛想を振りまくフレンドリーな人と相性がいいかもしれません! これはベストマッチですね!」
「藤原って悪意無く人を刺すよな」
「ほえ?」
天然であることと人柄の良さで見逃されているけども。藤原千花という少女は無意識で人の癇に障ることをしでかしてしまう少女だ。歩く起爆装置である。
藤原による被害を最小限に抑えた上で、早坂の任務を遂行する必要がある。ここは話を先に促すべきだ。
早坂に視線を送ると、彼女も同じことを思っていたようでコクリと頷く。共に行動することこそ少ないものの、連携には事欠かなかった。これもお互いが身を置く環境によるもののおかげ。
「書記ちゃんは生徒会に用事~?」
「用事と言いますか。頭につけるリボンを探してまして」
「ついてるじゃん」
「昭和のボケかな」
「違いますよ! よく見てくださいこれはスペアです! 大きさがいつものやつより小さいでしょ!」
「言われてみるとたしかに」
申告が無ければ全く気づけないぐらいの変化。これは藤原に彼氏ができた時、彼氏は相当苦労することになりそうだ。まだ見ぬ藤原の男に、いつか現れるであろう藤原の男に合掌した。
「二人ともなんで手を合わせてるんですか?」
「なんとなくだし。それより書記ちゃん。探すの手伝ってあげる!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
行動を全く読めない藤原から目を離すのは得策ではない。幸いにも生徒会室に訪れる人は滅多にいない。警戒すべきは生徒会メンバーであり、石上は帰った。ならばこの場から離れてもリスクは限りなく低いと判断できる。
早坂の提案で、藤原が今日通った場所を順番に訪れることになった。親に黙ってポケGOをしていたことがここで判明。スマホまでは親も確認しないために、規制が多い藤原の唯一の抜け道なのだ。
「私は見てただけですよ!」
「そもそも校内でゲームは校則違反だし! 生徒会が校則破っていいの!?」
「……私は見てただけで、私が校則違反したわけではないので」
「保身に走るなし!」
「まぁその辺で。とりあえず探しに行こう」
「光上くんは話が早くて助かります~」
「ウチ間違ったこと言ってないのに!」
「早坂八つ当たりで抓らないでくれ」
間に挟まれると損な役回りである。それはこれまでの経験からわかっていたことなのだが、自然と間に挟まってしまう星の下に生まれたのがこの男。小学生時代は体調を崩して休み、学校に行ってはトラブルの間に挟まれ、体調を崩して休むの地獄ループ。
彼が誰とでも距離を取る道を選んだのは、そんな時代を経験したことも関係するのかもしれない。
「書記ちゃんさすがに池の中には入ってないよね?」
「それはもちろんですよ。この周りをぐるぐる歩きましたけど」
「中に落ちてる可能性もあるのか……」
「はぁー。仕方ないなっ!?」
早坂は池に入ろうとしたところでグイッと後ろに引っ張られた。振り向いてその犯人を確かめると、思った通り光上だった。
「早坂は入って探さなくていいよ。俺がやるから」
「おぉー! 光上くんが男見せてます! これは10ポイントです!」
「体調崩すよ? やめといたほうがいいと思うな~」
「これくらいなら大丈夫だから」
そう言ってズブズブと池の中の捜索を始める。光上は池に入ってから思った。今日体育ないから着替えがないということを。
保健室に行けば借りられるだろうし、帰る頃には乾いてる気がする。前向きな解決策を思い浮かべつつ、池の中を探してみる。結果から言えば見つかるなんてことはなく、光上の濡れ損なのだが。
「今生徒会室あたりにピカチ──」
「なにやってんの爺さん」
「君こそなんでズブ濡れなのボーイ」
お互いにツッコミどころがある。藤原はのほほんとそれを眺めるだけで、ツッコミ役と化した早坂はというと。
(疲れるわこれ)
ツッコミを投げ捨てることにした。
校長を生徒会室の方ではなく、体育館の方へと早坂が誘導。
藤原のリボンの捜索が再開され、低木の下にないかと藤原が四つん這いになった。光上は藤原に背を向けて反対側を捜索。その背中に早坂のジト目が突き刺さる。
「別に何も見てないぞ。回避しただけだ」
「ウチは何も言ってないし」
「……」
弁明が裏目に出た。
どう足掻いても逃げ道なんてないのだが。それもこれも秀知院学園の制服が悪い。多くの男にとっては役得だが。
早坂は藤原の方へと視線を戻し、スカートの内側にリボンがあることに気づく。減らなくてよかったはずの光上の名誉の一部が削られた。怪我の功名ですらない。
「こんな所にあったー!」
藤原曰く、ニワトリの写真を取るときにリボンが食べられそうになり、服の内側へと避難させたのだ。
これまでの時間を返せと言わんばかりに早坂の視線が暗くなる。藤原はそんなことには一切気づかないのだが。藤原が気づいたのは、さっきから光上が視線を逸しているということだ。その事に首を傾げ、今の自分の状態を見る。
リボンを確認するためにスカートを持ち上げている。当然ながら普段隠れている部分が見えるわけで。
「み~つが~みくん?」
「藤原さん。俺は何も見てないよ。見ないようするために視線をそらしてるんだカラ」
「ふふっ、もちろん信じますよ~」
「そ、そう?」
「はい! 信じますけど~」
含みのある言い方。圧を感じる笑顔で光上に近づき、そっと肩に手を置いて体を近づける。自分の胸が当たってるのもお構いなし。いや、それすら利用している。
艶っぽい顔を浮かべて顔が近づけられる。光上は微動だにできない。
「光上くんのえっち」
「──っ!!」
そっと耳元で囁かれた。
今年一番の一撃である。
その場に完全に固まった光上をそのままに。藤原は丁寧なお辞儀とともにお礼を言って去っていった。
その場に残っているのは、石像と化した光上といつも以上に感情が消えた早坂の二人。自動人形のような動きで光上へと向き直る。早坂は無表情ではあるが、目は無感情ではなく何かが渦巻いていた。
「最低ですね」
光上は何も言えずにその場に崩れ落ちた。
今年一番の一撃が僅か10秒で更新された瞬間だった。
今回も早坂ですまないさん。次回は圭ちゃんです。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行